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アワビのステーキ

 葡萄の月の一日は火曜日だった。月が替わったと聞くと急に秋らしくなったような気がするから不思議だ。


 そんな秋の夜長、俺は店を早じまいして出掛ける。メルセデスとロマンももちろん一緒だ。

 ロマンと聖女が共同で新居を構えたので引っ越し祝いに呼ばれた。つまり宅飲みだ。



「しっかし神殿の裏なんて立地のいい家、よく買えたな。さすが金持ちだぜ」


「神殿所有の物件が売りに出されたのですわ。メリッサのご両親が不動産を扱っていて、押さえてくださいましたの」


「もうすぐ学校が始まるでしょ? カタリナちゃんが先生やるから、近場で探してたんだよねぇ」


「わたくしはそれに便乗ですわ。迷宮街ながら神殿の裏なので静かですの」


「ああ、孤児院も近くだろ? 連絡あるときはメルセデスが孤児院の帰りに寄るから、よろしくな」



 半月前の儀式でグーラは土地神に復帰し、力を増した。今や迷宮街はすっぽり迷宮に含まれていて、魔力供給が安定したので街灯が明るい。


 歩きやすくなった道を歩くこと10分足らず、ロマンと聖女の新居に到着だ。周囲も神殿の敷地なので閑静な場所だった。



「それなりに傷んでいたのでリフォームしたのですわ」


「代官屋敷ってほどじゃないが使用人がいてもおかしくないデカさだな。金持ちめ」


「立派な家だねぇ。カタリナちゃーん、遊びにきったよぉーっ!」


「……わたし聖女。今家にいるよ」



 メルセデスが勝手にドアを開けると聖女が待ち構えていた。それ言わなきゃダメなの?

 と、街灯の瞬きにしては大仰な光、少し遅れてゴロゴロと空が鳴る。



「雨ですわ。入ってくださいまし」


「すっかり秋の空だなぁ。邪魔するぜ」



 中に入ってドアを閉めた途端、俺たちの背中を追ってきたように雨が強くなった。

 推理小説ならこれから事件が起きる前兆だな。




   ***




「はいこれ、お店からのお祝いだよぉ。選んだのはエミール君。どっち使うかは二人でじゃんけんだよ!」


「ありがとうですわ、お姉さま! わたくしは茶トラを……」


「む。わたしはハチワレがよかったのですが、そう言われるとじゃんけんしたくなりますね」



 メルセデスが渡した包みはマグカップだ。猫の絵が付いていて、しっぽが絵から飛び出して持ち手になっている。

 店には俺とメルセデス用の黒猫・三毛猫があるので、二人には茶トラとハチワレを買ってきた。


 通された部屋は貴族の住まいには珍しい、厨房の付いた食堂だった。暖炉とソファー席もあってホームパーティーにはもってこいだな。



「手を入れたにしても、元々いい作りの家だよな」


「神殿では使い道がないので長らく空き家だったのです」



 この街は住宅不足なのに不思議な話だ。事故物件じゃないだろうな?


 ともあれ引越祝いの宴会を始めよう。

 俺、宅飲みって初めてな気がする。自宅が店だからな。


 持ってきた枝豆とチーズをソファー前のローテーブルに出す。

 酒はホストが用意した白ワインで乾杯だ。

 結構お高いやつだな。さすが金持ちズ、と思ったら。



「この家の地下にあったもの?」


「ですわ。好きにしていいという契約でしたので頂きましょう」


「缶詰もたくさんあったので、どれか開けましょうか」


「おほぉっ、すごいねぇ。サバの味噌煮缶にオイルサーディン、やきとり、ほたてマヨネーズ、コンビーフ……えっ、ラーメン? たこ焼き? あとこの膨らんでるの何だろう?」


「オイルサーディンは後でひと工夫してみるか。あとその膨らんだニシンの缶詰は絶対開けるな。膨らんでなくても開けるな。ステイ!」



 メルセデスにラーメンとたこ焼きの缶詰を押しつけて他は没収した。ニシン缶の処理は毒とか爆発物に詳しそうなカガチに相談するとして、調理開始だ。


 店と同じカウンターキッチンには魔導コンロや炊飯器に小型のフライヤーまであった。新型を後付けしたように見える。裏口の脇には七輪もあった。



「あんまし料理しないだろうに、いいキッチンだな」


「元からありましたのよ。どれも洗浄はしたのですわ」


「空き家に火の元があるってのも不思議だな」



 と思いつつ、フライヤーに油を入れて温める。新居だろうと情け無用の揚げ物だ!


 その前に。持ってきた活アワビをたわしで軽くこすり、ぬめりを取る。

 調理器具と食材は一通りアイテムバッグに入れてきたが、こいつは生きてるからトロ箱で持ってきた。


 火を通すので、固くならないよう塩では洗わない。仕上げに酒で洗ったら格子状に包丁を入れる。

 昆布を敷いた皿にアワビを乗せて酒を振りかけ、蒸し器でじっくり蒸す。鍋でも蒸せるけど、ここには蒸し器まであった。神殿の前の持ち主は料理好きだったんだろう。

 新しい住人たちが使う機会はなさそうだけど。



「マゼンタさんだったらこういう家、住みそうだよねぇ」


「家庭料理ながら料理ができましたからね。野営の最後の砦と言えます」


「マゼンタって、あのエルフか。冒険者にしちゃ珍しいな。てか冒険者って野営の飯どうしてんだ?」


「お料理できる人がいないと、携帯食か魔物肉が普通かなぁ……一日で飽きるんだよねぇ」


「わたしたちはアイテムバッグにお弁当を詰め込んで行くことが多かったですね。あと非常用に食材も持ちます」



 弁当か。親父に修行と称して大量に作らされてたけど、納入先こいつらじゃねぇよな?

 煮詰めたキーマカレーをジャム瓶に入れてカレー弁当とか、いろいろ作ったなぁ。



「マゼンタも得意料理の味はなかなかのもでしたのよ。天丼とパウンドケーキでしたわね」



 天ぷらのネタは現地調達するとして、米と小麦粉、卵、塩、砂糖に油があればなんとか両方作れるな。

 タレとバターと牛乳があれば上等だ。

 応用の利く食材ばかりだからアイテムバッグ持ちには便利なメニューかもしれん。


 蒸し上がったアワビの殻を外し、肝・ヒモ・口を取る。蒸し汁は捨てない。

 フライパンにバターを溶かしてヒモと身の両面に焼き目を付け、取り出す。フライパンにバターを足して蒸し汁を加え、裏ごしした肝としょうゆを混ぜてソースにする。


 付け合わせはむかご・おくら・甘藷の素揚げだ。



「もう一つの引越祝い、『アワビのステーキ』だ。ソースは生クリームを使うレシピもあるけど、酒にはバターしょうゆだろ」


「ん~っ、バターとしょうゆが絡んだ海の香りと贅沢な旨味! でもなにより歯ごたえがいいよねぇ、飲み込むのがもったいない!」


「んまーいーっ!! 高級旨味溢れるーっ!」


「身もヒモも、ほどよい歯ごたえですわ。焼く前に蒸したからですわね?」


「それもあるけど、煮たり焼いたりする時は身の柔らかいやつを選ぶんだ。アワビの刺身がコリッコリに固いのは身の締まったものをさらに塩で洗うからだぜ」


「お刺身だとコリッコリの方が新鮮に感じるよねぇ」


「火を通したものが固いと味気ないですわ」


「料理って柔らかい方がガツンと味を感じられるんだけどさ。魚でも刺身の厚みはネタの固さみて、歯触りがいいように調整するんだ。

 熱い料理は一口大に切っちまうと冷めたり肉汁が抜けるから、とんかつでも二口三口のサイズに切るな」



 ほぇ~と言いながらアワビをモグモグするメルセデスのそばには、空になったラーメン缶詰とたこ焼きの缶詰があった。俺も一口もらえばよかったな。

 聖女はアホになる前に食べたようだ。



「たこ焼きはー、んまーくなかった……ソースでふやけてた」


「味はまんまたこ焼きだったけどねぇ。ラーメンはこんにゃく麺だったよ。温めればいけそう」


「野営食がこんにゃくではやせてしまいますわ……あら、この揚げ野菜もお酒に合いますわね。このお芋のようなものはなんですの?」


「むかごな。山芋の茎にできる……芽、みたいなもんだ。ほくほくしてほろ苦いのが酒に合うだろ?」



 なるほど、缶詰は野営食として評価してたのか。さすが元冒険者たちだ。


 店から持ってきた清酒クニマーレもなかなか合う。酒盛りらしくなってきたな。



「――そもそもこの家が長らく空き家だったのには訳がありますのよ……」

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