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迷宮前の居酒屋には迷宮の階層主が通う 《迷い猫の居酒屋めし》  作者: 筋肉痛隊長
三章 鬼と聖女のオカルティック・サマー
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カキフライ(2)

 夜八時。今夜は大きな月が出ている。

 迷宮入り口の前にはひな壇が建っていた。グーラを祀る祭壇だ。鎮座しているのはご神体、というかご本人のグーラだ。

 もっと神妙な顔をしているかと思ったが、退屈そうに寝そべっている。



「今更われを土地神に据えるなど、無理ではないかの」


「いつになくネガティブじゃねぇか」


「この国の民はフィニヨン教ですら奮わぬ国民性だからの。われも忘れられておったし」



 作法があるらしいので盛り付けからはロマンとメルセデスに任せている。


 俺が祭壇の前に来ると、グーラはふさふさの尻尾を揺らしながら拗ねていた。そういやグーラは忘れられた土地神だったな。


 すでに祭壇には他の店の料理が並んでいた。

 シルキーのとんかつに薪のクマさんのピザ、ホオズキのビーフシチュー。

 高級店も気軽な料理で参加だ。あのラムチョップに塗られた緑色のペーストはなんだ? あのウズラのローストの中身は? 味見してぇ!


 すると何事かと集まってくるのがこの街の人間、というか国民性だ。

 すでに衛兵隊が交通整理に駆り出され、広場の周りに屋台が並ぶ事態になっていた。青空焼肉と二代目豚骨ラーメンも来ている。


 料理人(プロ)だけじゃない。

 地元のおばあちゃんたちは「なんだか懐かしいねぇ」とおはぎやいなり寿司を持ってきては祭壇に置いていく。外周部から噂を聞きつけて来た人もいるようだ。


 もうお祭りだな。

 聖女によるとこれも儀式に必要なことらしい。



「そういや俺も信者じゃなかったわ。神殿なんてフィニヨン教のしかないのに不思議だよなぁ」


「この国の民は呑気故、信仰に多くを望まぬ」



 フィニヨン教は世界最大の宗教だ。およそ地図に載っている国なら必ず信徒がいると言われている。

 ところがフランベ王国で信徒を公言してるのは王族・貴族と大商人くらいだ。国内外への権威付けが必要だからだろう。フィニヨン教の神殿や施設が多いのはそういう理由だ。

 あとは治癒術師が欲しいギルドと、その治癒術師と交流の多い冒険者にもちらほら信徒がいる。


 普通の庶民は治療院とか孤児院とか葬式とか、社会的な役割でしかフィニヨン教を見ていない人が多い。ほかの宗教にしても、道端に祠があれば誰かが世話をしている程度で距離を置いている。

 みんな怪談話(オカルト)は好きなのにな。



「土地神になるには民の信仰が必要だからの。これでダメだったらわれが人気ないみたいではないか」


「そんなこと気にしてたのか?」


「大丈夫だよぉ、みんなグーラちゃんの三角耳大好きだから!」


「耳!?」


「お、準備できたか」



 メルセデスだ。儀式用だという白地に金糸を縫い込んだ神官服を着ている。

 メインの供物を運ぶ『巫女』という聖職者は、祀る神様に近しい人間がいいらしい。テルマやビャクヤは人じゃないしな。


 神殿の人たちがリュートと太鼓を鳴らし始めると、群衆が湧いた。

 フィニヨン教の儀式とは関係のない、けれどなんとなく厳かな曲だ。



「新たな土地の守りに御饌(みけ)を捧げなさい」



 聖女の言葉で儀式は始まった。

 御饌というのは供物のこと。土地神は異教の神だから、聖女の口から「神」とは呼ばないようだ。神官服がいつもの青と白じゃないのも異教の儀式だからだろう。


 メルセデスとロマンが俺の居酒屋料理を祭壇の中央下段に置く。もっと違和感あるかと思ったが、白木の台に乗せた皿にそれっぽくきれいに盛り付けられていた。さすがロマンだ。

 上段からグーラがトテトテと降りて来た。


 祭壇から流れてくる料理の匂いに、見物客の誰かがゴクリと唾を飲む。

 おっと、俺は祭壇の前に行ってグーラに料理を奉じるんだった。こういうのって代官じゃなくていいの? 代官一家は神殿の司祭と一緒に見物してるけど。



「汝は何が起きても打ち合わせ通りに」


「エミールよ、早う食わせい」



 隣に立つ聖女が小声で不吉なことを言う。何が起きるってんだ。

 高いところに座るグーラには食べにくいので、俺が食べさせる。つまり『アーン』するのだ。



「じゃまずは『牡蠣とキノコのグラタン』だ。熱いけどアーン」


「アーン……あづっはふっはふぅ。もう少し冷ませ、フーフーもせよ……だがこれはうまいのぅ。クリーミーなのにジューシーである。次はそのいなり寿司がよい」



 そう言ってグーラは傍らの酒杯を呷った。ワインだ。あとなぜか群衆が湧いた。こんなの見て何が楽しいんだ?


 さて、いなり寿司はどうやって食べさせよう。丸ごと口に突っ込めばいいか?



「『炙り牡蠣のいなり寿司』だ」


「むぐ」



 グーラの口にいなり寿司を詰め込んだ時。

 観客の様子が変わった。

 グーラも何かを訴えるようにむぐむぐ言っている。



「うわぁっ」


「す、透けてる!?」


「幽霊だっ!」



 人の隙間を埋めるように、ぼんやりとした人影が増えてきた。

 幽霊というのはこうして人が集まって賑やかにしていると寄ってくるのだそうな。

 「何が起きても」ってのはこれか? と思ったら、さらに大物が来た。



「なんだあの巨人は!?」


「あれも幽霊か!?」



 いつの間にか月は雲に隠れていた。その雲に届きそうな巨大な人影は北東と南西に二つ。ここから見えるくらいだから相当な大きさだ。

 どちらも鎧を着た騎士に見える。



「この地はかつて王国と帝国が幾度もぶつかり合った古戦場跡です。数多の亡霊があざない、南西は王国の将軍、北東は帝国の将軍を形作りました」


「そういや南西と北東って王都と帝都の方角だな」



 今でこそ国境は北東200キロ先だが、かつてはこの辺りだったと聞いたことがある。

 聖女の解説を聞いて見物客が歓声をあげた。聖女が動じないところを見るに害はないんだろうか?


 両者が剣を振り上げるだけで、空気がビリビリ震えた。圧迫感というか、息苦しさも感じる。

 脇に控えていた巫女役の二人もこちらへ来た。

 気付けば湧いてきた幽霊たちも巨大幽霊に釘付けだ。



「すごい迫力だねぇ」


「古戦場の亡霊なんて見世物にして大丈夫ですの?」



 メルセデスはにんまりしながら、いなり寿司を飲み込んだグーラの盃に酒を満たす。俺が巨大幽霊に気を取られているうちに、グーラは三つ全部食べていた。悪いことしたな。


 ロマンの問いに聖女は不敵な笑みで答えた。

 この状況でも続いていた音楽が、フッと止む。



「汝ら知っての通りここは古戦場、クソ穢れた土地です。古の大きな力がぶつかり合えば、汝か弱きありんこたちが住むことなどかないません」


「「「!?」」」



 静まり返った迷宮広場に聖女の言葉は淡々と響いた。言葉遣いはともかく。その意味を理解した人からざわめきが始まる。


 そりゃそうだ。祭りかと思って集まったら『アントレ終了のお知らせ by 聖女』だからな。

 困惑する群衆へ、聖女はさっきよりも柔らかい声で続けた。



「終わりたくなければ祈りなさい。願いなさい。請いなさい――この新たな守りに向かって」



 パンっと照明魔術で照らし出されたのは、地元のおばあちゃんのいなり寿司に手を伸ばすグーラだった。三角形のやつもおいしそうだよな。



「むぐ」


「「「グーラ様かわいいっ!!」」」



 歓声が爆発した瞬間、俺は見た。聖女が『カキフライ』にタルタルソースをたっぷりつけてサクッとつまみ食いするのを。

 そして聖女は無邪気な笑顔のアホに変貌する。



「んまーーいーーっ!!」


「おい、われのカキフライ!」


「【異教の神にも祝福あれ】」


「む、この感覚は久々の――【南西の小堂を修復・全域の禊祓い(みそぎばらい)を実行する】……【穀物と料理の神秘を鍵とし地脈に接続せよ】・【祈る民を稲穂に見立てよ】……【結界生成】」



 グーラが光に包まれ、眩しさにみな目をつぶる。

 その間、いつもと違う様子で呟くグーラの声が聞こえた。


 まだチカチカする目を開いた時、巨大幽霊は消え再び月が顔を出していた。

 息苦しさが嘘のように消え、清浄になった空気の中、群衆に紛れた幽霊たちが空に昇り霧散していく。


 それはなんだか寂しく見えた。そう思ったのは俺だけじゃないらしく、誰かの名を呼ぶ声がちらほら聞こえる。



「爺ちゃんも逝ったかな……」


「非在の者に会えたなら、別れを告げなさい」



 無表情に戻った聖女が呟いた。

 なるほど、こいつはほんとに聖女なんだなぁ。




   ***




 大騒ぎだった一夜が明けて果の月の15日、土曜日。

 俺とメルセデス、それにカガチは外周部の丘に来ていた。店から北へ30分ほど歩いたところにあるここは、墓地だ。



「ああ、あった。これだぞ」


「まさかカガチも幽霊に会ってたとはなぁ」


「でも会いたい人でよかったねぇ」



 ここには家族のためアントレに移り住み、二年後に他界した『鬼人料理 ホオズキ』の初代店長が眠っている。

 カガチは昨夜の騒ぎの最中、それらしい人を見かけたのだそうだ。


 ちなみに儀式の間、迷宮の幹部たちはトラブルに備え広場や二つの祠など街中を見張っていたらしい。俺は全然気付かなかった。

 壊れた祠はグーラの力で残骸から無事再生したとのことだ。



「新しい花があるってことは、家族かな?」


「だろうさ。あたしのところに来てあっちに行かないわけ、ないぞ」


「じゃあお供えはこの辺に置くね」



 メルセデスが墓前の脇に置いたのは重箱に詰めたオムライスだ。三段重ねで三段ともオムライス、俺が作った。横の花はカガチが買ってきた。

 元々この辺りでは、今くらいの季節におはぎやいなり寿司をお供えし、それをみんなで食べるという風習があったそうだ。


 昨夜地元のおばあちゃんたちはそれを思い出して食べ物を持ってきたのだが、自分でお供えするのは初めてというくらい忘れられた風習だ。

 だが。



「この風習は復活しそうだねぇ」


「だな。次はエルザが作るだろうぜ」



 墓地を見渡すメルセデスが言う通り、他の墓前にも食べ物を供える人がちらほらといた。


 墓参りも済んだところで、メルセデスが芝生に敷物を広げる。



「早く食べようよ! 食器とスープも持ってきたよ」


「情緒がないぞ……」


「まぁ夏は食い物が傷みやすいからな……あ、オムライスは味付けが違うから、取り皿にとって食べてくれ。一段目はケチャップライスにデミグラスソースで普通のやつな」


「二段目はチーズ入りだぁ、ケチャップに合うね!」


「最後は……中身がカレーチャーハンで上にミートソースを乗せたのか。肉たっぷりだぞ!」



 余りもので作ったからそんなに手間はかからなかったけど。トッピングは全部カキフライだし。


 ちなみに昨夜の儀式の供物も終わってから皆で食べた。結局宴会になったのだ。

 あの儀式、俺には何が何やらわからなかったんだが。



「目立つことやって人を集めて、ピンチを演出して祈らせて、グーラ様への信仰を取り戻したんだろ? 聖女はなかなか策士だぞ」


「そんなのよくうまくいったよな? 聖女様も異教がどうとか言ってたし」


「カタリナちゃんはね、『あらゆる宗教儀式を成功させること』ができるんだよ」


「だから土地神を祀る儀式もできたってことか」


「そう。【神話の紡ぎ手(ゲームマスター)】っていう魔法でね、相手が神なら栄達も零落もさせられるから邪神討伐も楽々だったよぉ」


「「邪神討伐」」


「でもノスフェラトゥの血を弱めないと使えない魔法だから、食後限定なんだよ」


「「食後」」



 俺だけじゃなくカガチも呆気にとられる。冗談のような話だが、カタリナが聖女たる所以はその魔法なのだそうだ。

 神の力を上げ下げできるんだから幹部に取り立てとかないと怖いってことか。


 ともあれ幽霊騒ぎは解決した。ロマンが来たり、ポアソン行ったり、シモンに彼女ができたり、BBQしたり領主が来たり聖女が来たり……今年の夏はイベント多すぎだったが。


「これで幽霊も災害級も来なくなるのか。平和だな」


「ああいや、今の街なら災害級魔物は脅威じゃないから、来年も呼ぼうって話になってるぞ」


「北部領に上陸はするから、進路がわからないよりいいよね。BBQもできるし!」



 「来年も呼ぼう」って、芸人じゃねぇんだから……まぁ来るならカニ食いてぇな。


三章 鬼と聖女のオカルティック・サマー ・完

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