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迷宮前の居酒屋には迷宮の階層主が通う 《迷い猫の居酒屋めし》  作者: 筋肉痛隊長
三章 鬼と聖女のオカルティック・サマー
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カキフライ(1)

「わたし聖女。今汝の前にいるよ」



 早朝、仕入れに行こうと戸を開けた俺の前に、聖女が立っていた。

 そのまま戸を閉めようかと思ったが。



「どうしたんだよ朝っぱらから。ロアまで」


「幽霊騒ぎの犯人を連行してきたであります」


「そうか犯人は聖女様か……だからなんで店なんだよ。衛兵隊はあっちだぜ?」


「騒ぎを収めるためにエミール殿の協力が必要なのであります」


「え、俺? 仕入れしながらでいい?」




   ***




「根菜はまだ在庫あるから……お、キノコが増えてるな。グラタンにするか。おばちゃん、これ――」



 市場は店から歩いて10分かからないところ、西の裏町にある。西の馬車乗り場の隣だ。


 魚は水曜夜仕入れるし、肉も在庫見ながら大体週一肉屋に行けば済む。だからここで仕入れるのは調味料と野菜やキノコ、穀物など。

 使い道を考えながら買ったものをアイテムバッグに放り込む。牛乳も一本買っていくか。



「――そこの破戒聖女が祠を壊したのが原因だったのであります」



 道中ロアに聞いたのは先日の『モルグ、遺体が動くぞ事件』の真相と、その際街の南西にある古い祠を壊してしまったという話だ。大体噂通りだったけど。

 ちなみにロアは今日も褐色の異国人に偽装している。



「元々この土地は迷宮が産まれるほどの地脈の要所故、境界が曖昧になりやすいであります。例えば陰と陽、存在と非在、そして現世(うつしよ)幽世(かくりよ)、つまり生者とそれ以外の存在でありますな」


「その異教の偶像……土着信仰の祠ですが、迷宮街北東の『鬼門』と南西の『裏鬼門』に配置することで街全体に境界を敷く、いわば結界の要石だったようです。

 大昔にこの土地の性質を見抜いた術者が土地神の力を借りて作ったものでしょう」


「すまん、全然わからん。あ、バターも一塊もらうぜ」


「小川を流れる落ち葉のような脳みそにもわかるように言いますと……その祠が無いと、本のページの裏の内容が常に見えてしまう、ようなものです」


「なるほど、そいつはマズいな。どうして直せないんだ?」


「エミール殿は動じないでありますな……この地の土地神とはグーラ様でありますが……今は迷宮主であります。影響できる範囲は迷宮に限られるのであります」


「すでに結界には綻びがあったのでしょう。毎年災害級魔物に襲われるのがその証拠です。だからわたしはそれほど悪くないのですー」


「カタリナ様は反省しましょうね?」


「ぴぃっ!?」



 しれっと言い訳を挟む聖女に悲鳴を上げさせたのはミリスだった。聖女の居場所を探知する魔法でもあるんだろうか。


 ミリスは今、聖女のお世話係だとシモンに聞いた。おかげでデートもままならないと。

 苦労してるんだろう、孤児院で顔合わせた時はもっとおどおどした印象だったけどなぁ。



「それでエミール殿には、グーラ様を再び土地神としてお祀りするための儀式に協力してほしいのであります」


「儀式つっても、俺にできるのは料理だけだぜ?」


「おいしい料理を儀式の供物とします」


「そんなんでいいのかよ?」


「食事というのは魔術的な意味のある行為です。食材の力を内に取り入れることであり、世界とつながることであり、そして料理は神への供物でもあります」


「先日のBBQも十年前の災害級討伐で出た犠牲者の追悼が始まりなんですよ」



 ミリスが最後に補足した。

 なるほど葬式の後で宴会するのと一緒か。ともあれ迷宮からの正式な依頼だ。

 俺は費用と量やメニューをロアと打ち合わせて店に戻った。忙しくなるな。




   ***




「エミール君、遅かったねぇ……あーっ、カタリナちゃんだぁ、待ってたよ!」


「私聖女。今汝の前にいるよ」


「その符牒、言わなきゃダメなのか……?」



 聖女はメルセデスに会いにアントレまで来たのだというので、店まで付いてきた。ミリスは儀式の準備があるので迷った末、店の前で別れた。



「メルセデスが本当に店をやっているとは……ゴブリンの○○並みのメシマズは治りましたか?」


「お料理はエミール君が作るから安心して!」


「なるほど。やはり野営でのアレはわざとではなかったと。『この女、パーティー全員始末する気では』と内心警戒していました」


「仲間にずっと疑われてたっ!?」



 いろいろ聞いてたから驚かないけど、こいつほんとに聖女かな?


 儀式の方はメルセデスに事情を説明すると快諾した。店長が迷宮の依頼を受けたわけだ。

 儀式は夜なので準備にはまだ早い。まずは孤児院の差し入れと朝飯だな。メルセデスには孤児院の帰りにロマンのところへ寄ってもらおう。



 マカロニをゆでてザルにあげておく。

 鶏むね肉を角切り、たまねぎは薄切りにする。キノコは濡れ布巾で汚れを取ったら石づきを除き、食べやすい大きさにスライスする。マカロニ以外はバターで炒め、塩を振る。


 鍋にバターを溶かし、薄力粉を加えて混ぜたら再度火にかける。弱火で滑らかになるまで加熱したら牛乳を加え、中火でとろみがつくまで混ぜる。ホワイトソースだ。


 炒めた具材とマカロニにホワイトソースを合わせ、塩コショウで味を調える。これを耐熱容器に流し込み、チーズとパン粉を乗せてフタをする。あとは孤児院のオーブンで焼けば『キノコグラタン』の完成だ。

 三人分耐熱皿に入れて朝飯用に焼こう。その間にもう一品。


 フライパンで刻んだニンニクとショウガを炒めて香りが立ったら、小ぶりの牡蠣を入れて強火で半生程度に両面焼く。油がめちゃ跳ねる。

 中火にして水溶き片栗粉を回し入れ、ざく切りにしたほうれん草と刻んだネギを入れたらフタをかぶせて一分蒸し焼き。次に塩を加えた溶き卵を入れてまた一分蒸し焼き。ひっくり返して両面焼いたオムレツを皿に乗せる。


 ソースは『手羽先揚げ・ピリ辛味』に使うスイートチリソースにケチャップを混ぜてフライパンで軽く温め、オムレツにかける。『牡蠣のオムレツ』だ。


 あとはパンとコーヒーと果物を付けて、簡単だが朝飯にしよう。



「おいしそぉ! グラタンって夏でも食べたくなるよねぇ」


「んまーいーっ! なにこれー? パリパリしてうんまーっ!」


「お、おう、口に合ってよかったぜ。レモン型のきれいなオムレツより、このパリパリになった片栗粉が牡蠣に合うんだ」



 聖女はおいしいものを食うとアホになるとは聞いていたが……よろしくない粉とかキメてないよね?


 こういう見た目で味がわかりにくい料理はグーラの好物だ。儀式の供物ってのはグーラが食べるんだろうし、こういうのがいいかな。



「カタリナちゃんが二人いるみたいで楽しいよねぇ。こっちのカタリナちゃんの方が強いんだよ」


「強い? ああ、冒険者だもんな」


「うん。アホの時しか使えない魔法があるからねぇ」



 メルセデスにアホ呼ばわりされるとは、聖女もなかなかやりおる。

 なんて油断したのが悪かったのか。



「ごちそうさまーっ……カプッ」


「!?」



 聖女が俺の腕に噛みついていた――あ、これ牙が思い切り刺さってるけど、あんまり痛くないな。


 ちゅーちゅーちゅー。



「カタリナちゃん、男の人の血は吸わないはずなのにっ!?」


「あー……そういや食後に吸血しないと腹壊すんだっけ。男だとマズいのか?」


「ふぅ……聖女が男性に近付きすぎるのは好ましくないというだけです。はい回復魔法」



 治癒術じゃなく、回復魔法か。ガキの頃の火傷まで治った。すげぇな、血を吸われたのに得した気分だ。でも。



「それならメルセデスの血でよくねぇか?」


「そうだよぉ、わたしの血ならいくらでも――」


「メルセデスの血は勘弁してください……クッソマズいのです。血マズです。」


「そうだったよぉ……血がマズいって何?」


「ド、ドンマイ……」



 無表情に戻った聖女が顔をしかめるのだから、ガチなんだろう。

 愕然とひざを折るメルセデスに、俺はかける言葉がなかった。血の味はわからん。

 だから指先を針でつついて俺に味見させようとすんな。




   ***




 さて、供物の調理だ。

 俺たちも儀式に出るよう言われたので店は臨時休業になる。店には俺一人だ。

 ロマンとメルセデスには別の仕事があるらしくテルマに連れていかれた。


 ずいぶん盛大な儀式をやるらしいけど、俺はメインの三品を作るよう言われた。居酒屋料理がメインでいいのかね?


 今日はカキフライ出そうと思って昨日たくさん殻むきしたから、グーラの好みも考えつつ牡蠣尽くしにしよう。

 塩水で振り洗いした牡蠣は水けをよく取っておく。


 朝と同様、マカロニをゆでてザルにあげる。

 鍋にバターを溶かし、タマネギの薄切りとキノコを炒め、しんなりしたらざく切りのほうれん草と牡蠣を加えてさっと炒める。

 朝作ったホワイトソースに味噌を混ぜ、具材と合わせたら塩コショウで味を調え、耐熱皿に流し込む。

 チーズを敷き詰めパン粉を振りかけたら250℃に予熱したオーブンで10分焼いて完成。『牡蠣とキノコのグラタン』だ。


 次は『カキフライ』だ。仕込みで大ぶりの牡蠣に薄く小麦粉を付け、溶き卵にくぐらせてパン粉を付けてある。

 これを170℃の油で3分揚げ、油を切る。レモンと、らっきょう漬けを入れたタルタルソースをたっぷり添えれば完成だ。


 あとはグーラの大好物、いなり寿司を酢飯少な目で作って上に牡蠣のしょうゆ漬けを乗せる。

 昨晩ゆでた牡蠣をしょうゆとみりんで漬けておいたのだ。

 仕上げにバーナーで牡蠣を炙って軽く焦げ目を付ける。『炙り牡蠣のいなり寿司』だ。



「カタリナ様は相変わらずでしたわね……エミール、できましたの?」


「わぁ、おいしそぉ!」


「おう、盛り付けよろしく。つまみ食いすんなよ」



 丁度ロマンとメルセデスが入ってきた。ロマンも聖女に再会したようだ。


 俺は入れ違いに店を出て迷宮入り口に向かった。

 儀式が始まる。

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