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迷宮前の居酒屋には迷宮の階層主が通う 《迷い猫の居酒屋めし》  作者: 筋肉痛隊長
三章 鬼と聖女のオカルティック・サマー
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『たこ焼きとハイボール(2)』

 聖女の砲撃を封じるためギルド会館に逃れたロア。訓練場へつながる裏口のドアに手をかけた、その時。

 ギルド会館に聖女が現れ、キョロキョロした後にロアを見つけた。



「止まりなさい、汝魂まで腐った歩く骸よ。無辜の信徒を壁にしようとも――」


「なんだい神官の嬢ちゃん。この街でロアさんを知らねぇたぁよそもんだな? しょうがねぇ、オレたちがアントレの流儀ってやつを教えてやるからパーティーに入んな。うぇっへっへっへ」


「リーダーやっさしぃっ! よかったな嬢ちゃん、へっへっへ」


「嬢ちゃん治癒術が使えるなら分け前も色付けてやるよ、へっへっへ」



 人混みをかき分けようとしたカタリナの肩をつかむ、大柄な冒険者。パーティーメンバーらしき男たちも囃し立てながらカタリナを取り囲む。

 これがアントレ名物、無軌道な冒険者たちか。しかしカタリナは人形のように表情を動かさず、赤い瞳をリーダー格の男に向ける。



「汝、下卑た視線を聖女に向けるアブラムシたちよ。その迷いを打ち払ってあげましょう」


「アブラムシ!? 聞いたか、このちんちくりん聖女様だと――」



 カタリナは男のベルトをつかむと、体格に似合わぬ膂力で男の体をロアに投げつけた。



「【殉教神罰】」


「「リーダー!?」」


「なんか飛んできたでありますっ!?」



 ドワーフとノスフェラトゥのハーフならではの膂力である。メルセデスのパーティーにいた頃、カタリナの役割は治癒術師だけではなかった。前面で徒手戦闘も行っていたのだ。


 飛んできた大柄な冒険者にロアは――ちょうど裏口から入ってきた教導課の男性教官を捕まえて盾にした。


 ひどい音と声がギルド会館に響く。


 残りのパーティーメンバーも【殉教神罰】(死んでない)の犠牲となり、ロアはその都度【教官の盾】(そういう術はない)で受ける。


 あっという間にギルド会館は阿鼻叫喚の図となった。受付嬢ミーナなど、そこに聖女(加害者)がいるにも関わらず治癒術師を探して回るほどだ。


 ちなみに犠牲になった冒険者パーティーは新入りを見つけては世話を焼くベテランで、下卑た視線に見えたのは平常時の顔だった。犠牲になった教官はただのとばっちりだった。


 肉弾戦の有利も聖女にあるようだ。

 ロアは意識のない教官たちにそっと回復薬を握らせる。ギルド会館が混乱しているうちにと、人混みの中を這って外へ出たが。



「敬虔な信徒の殉教をよくも無駄にしてくれました。観念しなさい、骸の王」


「これのどこが聖女でありますか!?」



 ここから迷宮まであと少し、というところで、先回りしたカタリナに道を塞がれる。

 仕方なく別方向へ逃げるロア。追うカタリナ。

 再開された追いかけっこはやはり混迷を極めた。


 巡回中の衛兵隊を見つけたロアが助けを求めれば、聖女の威光で衛兵隊も追う側に回り。


 死体安置所(モルグ)のそばで聖女たちがロアを追い詰めれば、ロアは遺体を操って追っ手を足止めし。


 ロアがその隙にと迷宮へ引き返す気配を見せれば、カタリナは【広域神罰】でロアの死霊術を引っぺがす。


 その後も街のものを壊し騒ぎを起こしながら、追いかけっこは続いた。



「ここは……どこでありますかね?」



 めちゃくちゃに逃げてきたため、ついにロアも知らない場所に出たのだ。ロアには肺はおろか血液すら無いのだが、息が切れたように感じる。


 木陰が多く静かで涼しい場所だ。

 聖女の足音はまだ聞こえないので、ここらで一休み、と目の前に続く長い石段を見上げると。

 そこには乳母車を上げるのに難儀する母親がいた。逃亡中の身だが、見てしまったものは仕方がない。



「手伝うであります。おや、赤子でありますな」


「助かります。もうすぐ二か月なんですよ」



 長い石段を上っていると、この先は迷宮街に続いていることがロアには感じ取れた。

 もうすぐ上りきるという、その時。ちらりと見降ろしたロアの視界の端に、聖女を捉えた。



「伏せるであります!」


「えっ、ひぃっ!?」



 ロアが母親を伏せさせたのと、聖女砲が閃いたのは同時だった。曲射された【神罰】が石段の上の何かに当たり、破壊音が響く。

 土煙の中、母親を助け起こしたロアは嫌な予感がした。聖女のいる方を見下ろすと。



「乳母車ーっ!!」


「私の子がっ!?」



 赤ん坊を乗せた乳母車が石段を降りていく。伏せた時に手を放してしまったのだ。

 一段ずつ加速する乳母車は今にも倒れそうに見える。そうでなくとも降りた先で勢いよく木にぶつかれば危険だ。

 ロアは石段を駆けながら手を伸ばした。



「赤ん坊を人質に取ろうとしても、そうはいきません。【牽制神罰】」


「『神罰』とは自由なものでありますな……仕方ないであります。【愚者火(イグニス・ファトゥス)】」



 ロアは何か誤解したカタリナから攻撃を受ける。それなら赤ん坊はカタリナに任せようか、とも思ったが、これほどアレな聖女のことだ。とても任せられないと考え直した。


 実際、高位の神官にとって「アンデッドを見たら攻撃」は生理現象のようなものだ。

 高い知能を持つノスフェラトゥでさえ、ちょっと『おバカ』になってしまうのは仕方がないのだった。


 牽制返しにロアが撃つ愚者火(イグニス・ファトゥス)はその辺の霊魂を小さな鬼火にして撃つシンプルな術だ。

 威力は小さく何割かひょろひょろ気ままに飛んで行ってしまう。『愚者』というだけあって自由なのだ。だから目くらましのように、でたらめに撃った。


 神罰の光とふわっとした鬼火が舞う中をロアが走る。

 下の道には干し草を積んだ大型の荷馬車が差し掛かっていた。追いつかないと危険だ。

 受肉して重い身体を加速する。

 そしてついに、その手が乳母車に届く――しかし。



「「「あ……」」」



 勢いのついた乳母車を急停止させた結果。慣性で中の赤ん坊が放り出されたのだ。

 反射的に駆け出す。だがロアでは間に合わないかもしれない。

 母親は顔を覆い膝をついたが。



「生まれながらの信徒に神の救いの手はあるものです」



 手すりと木立を蹴って大跳躍したカタリナは空中で赤ん坊を受け止めた。

 何の宗教か不安な母親も感謝したその時。


 カタリナの背中を愚者火(イグニス・ファトゥス)がかすめた。先ほど撃ったものが気ままに漂っていたのだ。


 空中のカタリナはバランスを崩しながら、ロアを見る。



「着地は任せます」



 ロアは死霊術でそれに応えた。通り過ぎ行く荷馬車の干し草を着地点に積み上げたのだ。

 背中から落ちるカタリナを干し草のクッションが受け止める。



「……肝の据わった赤ん坊に祝福を」



 カタリナの腕の中、赤ん坊は怪我一つなく笑っていた。



 この後ようやく追いついたミリスに、カタリナはめちゃくちゃ怒られた。騒ぎを聞きつけてあちこち謝って周っていたようだ。

 特に石段を上った先にある祠を聖女砲で壊したのはまずかったらしい。



「――異教の偶像など【神罰】が下って当然です」


「異教のものだから神殿(うち)では修復できないんです! 『ウチの聖女が神罰下したので弁償します』なんてどこのカルト教団ですかっ!」



 おどおどして見えるミリスだが怒るととても怖い。半泣きの聖女を見るとロアまで謝りそうになった。



「シモン殿も気を付けねばであります……」




   ***




 ロアとカタリナの追いかけっこは街を半周以上していた。当初の目的地、ビアガーデンの近くまで逆回りで来ていたのだ。そりゃミリスも怒るわけである。

 それを知ったカタリナは「見どころのあるリッチに喜捨の機会を与えます」と言ったので、三人はビアガーデンにいる。


 当然カタリナはまたミリスに怒られた。すっかり力関係が逆転したように思うカタリナだった。



「たくさんあって迷いますね……」



 客席を囲むように並ぶ屋台に、カタリナがキョロキョロする。

 ガレット、串焼き、ラムチョップ、手羽先揚げなどの定番からチャーハン、うなぎ、ラーメンなどお食事まで揃っていた。たい焼きやお団子、カキ氷、それにもちろん酒もある。

 ちなみにカキ氷屋台を出店しているのはカガチのアントレ氷店だ。



「まずはこれで腹を落ち着かせるであります」



 ロアが差し出したのは『たこ焼き』だ。

 紙のように薄く削った木、経木の舟皿に八個入っている。ソースとマヨネーズにカツオ節と青のりを乗せた一般的なものだ。



「確かに軽いものから始めるのもよいでしょう……」



 ソロになって屋台から足が遠のいていたカタリナには、久しぶりのたこ焼きだ。

 中のタコを狙って楊枝を刺し、口に放り込む。


 噛みしめるとタコの持つ歯ごたえと海の風味が弾け、それを出汁の効いたトロトロの生地が包み込む。そこにソースとマヨネーズが絡み――



「はふっはふっ、んまーっちーぃ!? あふい、あふい!」


「あわわわ、聖女様、これを飲んでくださいっ! あ、昼間からお酒なんて今日だけですよ」



 カタリナは久しぶりで油断していたが『たこ焼き』というのはこういうものだ。その熱は生地がトロトロであるほど鋭く襲い掛かる。


 それでもカタリナは口の中をウィスキーのハイボールで冷やすと、二つ、三つとたこ焼きを食べた。

 合間に飲むハイボールは口を冷やすだけでなく、タコの後味を流してくれる。実に相性の良い酒だ。


 思えば一人飲み(ソロ)だとこういう飲んで騒ぐ酒(とカタリナは思っている)を飲む機会は少ない。清酒やきつい酒をちびちびやるばかりだった。

 こういう飲み方も実に楽しい。


 ――やっぱりアントレに来てよかったー!



「んまーいーっ!」



 さて、次は何を食べよう?


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