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迷宮前の居酒屋には迷宮の階層主が通う 《迷い猫の居酒屋めし》  作者: 筋肉痛隊長
三章 鬼と聖女のオカルティック・サマー
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『たこ焼きとハイボール(1)』

 よく晴れた土曜日の朝。昨夜は温泉とお好み焼きでお楽しみだった、領主マルタン・ド・グリエ伯爵が東門から領都グリエへ発った頃。


 アントレの西門に神官服を着た白い少女が馬車から降り立った。手には杖、青白い顔に赤い瞳の、少女のような女は門兵に神殿発行の身分証を見せる。



「神殿は迷宮街の南東だから、すぐそこの乗り場で馬車を探してね。はい、これ街の注意点と観光マップ」


「これは……グルメマップ!」



 慣れた口調で説明する門兵は気付かなかった。

 おすすめ飲食店の書かれたマップにくぎ付けになっているのは、聖女カタリナである。


 東へ行く者と西から来る者は交差しないという必然により、領主の尊厳は守られた。


 なお門兵が渡したのはグルメマップだけでない。一番重要なのは『迷宮都市宣言のしおり』で、知らないとトラブルになりそうなことをまとめてある。


 特に地上の迷宮化と、迷宮関係者への敵対行為禁止は大事なことなのだが……カタリナはグルメマップとギルド誌『道草アントレ』にすっかり夢中だった。




   ***




「よよよ、ようこそおいい出で下さいました、聖女様……こ、こちらへ、どうじょ……っ」



 神殿で司祭の出迎えを受けたカタリナは、世話係となった眼鏡の神官、ミリスに宿坊へ案内されていた。

 聖女が来ると連絡を受けた司祭は面識があるから、とミリスを待機させていたのである。周囲には同情された。


 しかしミリスがシモンと交際できるようになったのは、カタリナのおかげである。よってミリスはこの再会を楽しみにも名誉にも感じており、結果盛大に緊張していた。

 無論カタリナも半月ほど前のことを覚えている。



「神官ミリス。その後、いかがですか」


「その後……あ、シシシ、シモンさんとはですねっ、清い交際をさせて頂いております! その、両親には改めて……折を見て二人で会いに……」


「よろしい。ならば昼食に参りましょう」



 実は他人の恋路に興味はないのだが、敬虔な信徒(だと思っている)二人が理不尽な目にあっていないかは気に掛ける。

 破門砲の必要が無いことを確認したカタリナは、部屋に荷物を置いて旅装を解くと治癒術で自身の疲労を回復した。


 おいしいものを食べると吸血したくなることを鑑み、今朝は味気ない携帯食料で済ませた。今は一刻も早くおいしいものを食べたい。

 一方ミリスもその辺の下調べはバッチリだ。聖女本人から食べ歩きの旅だと聞かされているので。



「で、では一昨日開店した牛かつのお店に――」


「このビアガーデンに行きます。いいですね」



 門でもらったグルメマップを熟読した結果、カタリナが選んだのはビアガーデンだった。なぜならいろんな料理を食べられるから。

 結局決められなかったのである。


 ちなみにこのマップはほぼメリッサが作ったものだ。『道草アントレ』を読んだ他の飲食店からの要望は案の定多く、とても取材しきれないので苦肉の策である。

 お店の選定はギルドと衛兵隊が総出で行った。



「えぇっ聖女様、お昼からお酒は……いないっ!?」



 すでに聖女の姿はなく、ミリスは慌てて神殿を出た。




   ***




「はて、ここはどこでしょう? 神官ミリスは……?」



 南の裏町にあるビアガーデンへ向かったカタリナだったが、神殿を出てすぐに方向感覚を失った。

 ミリスを置いてきたことにも今気付いて当惑している。


 何せ本来聖女とは道に迷わないのだ。神の導きがあるためで、例外は迷宮など異界の中である。

 グルメマップに夢中で気に留めなかったものの、街の中を馬車で移動している間も中心部を通るとおかしな感じはあった。



「このわたしを迷わせるとは迷宮都市を名乗るだけはありますね……しかし迷うならば地図を見ればよいだけのこと」



 そう、今カタリナの手中にはグルメマップがある。簡略化されてはいるがこれも地図だ。神殿からそう離れてはいないのだから、あの大きな館は。


 ――領主別館に違いありません。


 神殿からワンブロックしか離れていなかった。そしてここは第二期迷宮拡張により地上も迷宮化している。

 カタリナの方向感覚が麻痺したのはそのせいなので、ポーチの中でくしゃくしゃになっている『迷宮都市宣言のしおり』を参照すべきだった。


 改めてビアガーデンに向かうべく、慣れない地図を読みながら領主別館の脇へ回る。そこに壁をさすったり眺めたりしている褐色の美青年がいた。

 行動の怪しさもさることながら、聖女カタリナはその正体を一目で見破る。



「不浄の王、リッチ!? 白昼堂々街中で何を企むか!」



 やはりカタリナは、しおりをきちんと読むべきだったのだ。




   ***




 この日ロアは朝から街に出ていた。

 第二期迷宮拡張の状態を確認するためだ。特に設定ミスで不壊属性が付いたり、開かずの間ができたりしていないかは現地調査が必要だった。


 今回の拡張では『鬼人料理 ホオズキ』・『薪のクマさん』・領主別館・代官屋敷を迷宮域にカバーした。

 次回は孤児院から建設中の学校までを優先的に迷宮化する予定で、そちらへはカガチが事前調査に向かっている。


 領主別館の状態はその辺の無害なゴーストを集めて走査させた。『迷い猫』くらいの住居や店舗ならワンブロックまとめてできるが、大きな建物は一軒ずつ確認する必要がある。



「良いようであります。次は代官屋敷で――」


「――不浄の王、リッチ!? 白昼堂々街中で何を企むか!」



 この場を離れようとした時、通りの角から鋭く咎める声をぶつけられた。

 神官服を着た人形のような女だ。表情ひとつ動かさずとも殺意に溢れている。

 ロアがリッチであることはすでに隠していないが、こうして街に出る時は偽装している。会うのは街の人間とは限らないからだ。



「おやぁ、よそから来た人の子でありますか。リッチだからといって誰にも迷惑は掛けていないであります」


「【神罰】」


「あばばばばっ!?」



 神官が杖から発した光はロアにダメージを与えた。おそらくは聖属性魔術、それも高位の神官が操るものだ。

 焦げ焦げで動けないロアに神官がにじり寄る。



「恐れることはありません、これは祝福です。汝の最期はこの聖女カタリナが覚えておきましょう――塵も残さず消え去りなさい、【とどめ神罰】!」


「本音を隠せていないでありますっ!」



 放たれたより強力な光線は、済んでのところで回避した。代わりに領主別館の壁には穴が開いた。

 もはや冗談では済まされないが、ロアがこんなところで本性を出して戦闘するわけにはいかない。

 ならば迷宮へ逃げ込むのが吉。しかし転移の隙をくれそうな相手ではない。つまり――



「走って逃げるであります!」



 追いかけっこの始まりだった。


 背中を撃たれてはかなわない。ロアはできるだけ入り組んだ道を選び、頻繁に角を曲がる。聖女は走りながらでも撃てるらしく、背後から「【神罰】、【神罰】!」と物騒な声が追いかけてくる。


 目指すは迷宮入り口だ。しかしそこは迷宮広場の中で遮蔽物が無い。

 ならばとギルド会館に駆け込み、一旦やり過ごすことにした。ここなら人が多く魔術も撃てないはずだ。



「あ、ロアさん。いらっしゃーい」


「ト、トイレを借りるでありますっ」


「えっ、ロアさんってリッチじゃ……?」


 ミーナという顔見知りの受付嬢へ挨拶もそこそこに奥へ向かった。訓練場へつながる裏口から抜け出すつもりだ。


 ロアのこの選択が今日最大の失敗である。




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