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迷宮前の居酒屋には迷宮の階層主が通う 《迷い猫の居酒屋めし》  作者: 筋肉痛隊長
三章 鬼と聖女のオカルティック・サマー
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お好み焼き(3)

「メルセデスよ、ウィスキーのハイボールをもて」


「はーい、お好み焼きに合うよねぇ」



 皆気に入ってくれたようでなによりだ。

 そして役目を果たしたお好み焼き仮面は、ついにその素顔を見せた……!

 お面取らないと食えないからな。



「は、伯爵様。『お好み焼き』……庶民の味は気に入って頂けたでしょうか?」



 エールを一気飲みして一息ついたメリッサが言う。先日の失態を引きずっているのか、不安げな顔だ。

 領主は受け取ったハイボールを一口飲むと箸を置いた。



「失敗の穴埋めにと来てくれたのだろう? 作り方の指導といい、追加の注文といい。君は僕の失敗までフォローしてくれた。ありがとう、お好み焼き仮面」


「なっ、なんのことでしょうか!? わたしは『ソースとマヨネーズの妖精・お好み焼きソルジャー』とは別人です! 伯爵様がご失敗なさったところなど見ておりません!」



 メリッサはお面を背中に隠して目を泳がせた。

 お前の呼び名は今日何回揺らぐんだよ。

 周囲がじっとりした視線で見守る中、領主はそれにツッコむこともなく、遠い目で言葉を続けた。



「どうも僕はリスクを取る勇気が足りていないらしい。先日聖女様にも『甲斐性なし』と叱られてしまったよ。

 お好み焼きをひっくり返す時も、失敗するイメージが先立って動けなくなってしまってね。

 12年前、迷宮が現れた時のことを思い出した。当時の僕は勇気も想像力もまるで足りていなかった」



 聖女容赦ねぇ……。

 そういや迷宮ができて3年くらいは大混乱だったって院長先生が言ってたな。地元民(ジモティー)メリッサに聞いた話だと、知り合いが次々に村を離れていくが一番怖かったそうだ。


 混乱を収めたのは領主ではなくギルドと、影ながらカガチたちだったという。


 領主はこんな田舎に迷宮ができたくらいで村に人が集まるとは思えず、街として整備するなんて無駄だと考えたようだ。

 まぁ普通はろくに宿屋も飯屋も無い土地に人が溢れ返ると思わないよな……ところが相手は冒険者だ。冒険する場所があれば野営でもなんでもして集まっちゃうんだよ。


 そして、あっという間に手が付けられないほど混乱したわけだ。

 領主は迷宮と冒険者を甘く見ていたのを、後悔してるってことだろう。



「あの時の僕に、お好み焼きをひっくり返すほどでも勇気があれば……メリッサ君はここの出身だそうだね。苦労も、怖い思いもあったろう。不甲斐ない領主で申し訳ない」


「は、伯爵。頭を上げて下さいっ」



 平民に頭を下げる領主に慌てたのは、その平民の上司であるギルド長だ。


 領主はメリッサたち黎明期に苦労した領民に負い目があったのか。元々優しい人なんだろうけど、聖女には追い打ちを掛けられるし……この人、ヴィクトーさんと気が合うんじゃねぇか?


 頭を下げた領主にメリッサも面食らっていたが、なぜか再びお好み焼き仮面を被った。そして香ばしいポーズを決めて言う。



「今では村だった頃よりも、アントレが好きですよ! この街の平和は『お好み焼き戦隊 ぶた玉レッド』が守りますっ!」


「領主としてこの上ない言葉だが……その独特の振る舞いは、街で流行っているのかね?」



 メリッサは芸人でも目指してるんだろうか。

 迷宮の面々と代官、それに俺たちは笑いを堪えきれず、領主夫妻は苦笑いを隠せなかった。ギルド長は……不憫だ。



「まぁクラハさん。ギルドにはリスクを恐れない、いい人材がいらっしゃるのね」


「……彼女にはもう少しリスクを避けて行動して欲しいのですが」



 領主夫人のお褒めの言葉はきっと、ギルド長を気遣ったものだろう。メリッサが『この街が好き』と言ったのも嬉しかったに違いない。



「ところであなた。お料理の注文、私も言ってみていいかしら?」


「もちろんだとも。エミール君、いいかな?」



 夫人の注文は二品。せっかくの鉄板なので、これはテーブルで調理させてもらおう。


 鉄板をヘラできれいにして火を強くしてもらう。

 円形に油を引いて、そこに並べるのは餃子だ。これは以前作ったお通し用と違い、合いびき肉にニラをきかせている。

 そこへ熱湯を回し掛け、ドーム型の蓋を被せる。


 その間にもう一品。

 油を引いて豚バラスライスを焼く。片面に焼き色が付いたら裏返し、焼きながらヘラ二本をすり合わせるようにして食べやすい大きさに切る。


 鉄板は広いので、並行して刻んだキャベツ・にんじん・たまねぎを炒め、豚バラと合わせて塩コショウを振る。これにドーム型の蓋を被せて蒸し焼きにする。


 蒸しておいたちぢれ麵を鉄板で炒めながら少し水を加えて固さを調整。具材と合わせたらソースと天かすを加え、両手に持ったヘラで下から扇ぐようによく混ぜて完成。『ソース焼きそば』だ。


 丁度餃子も焼き上がったので特大のヘラで一息に剥がし、ひっくり返せば完成。

 七人前だから結構な量だった。とろ火にして鉄板から取り分けるようにしてもらおう。



「『焼き餃子』と『ソース焼きそば』お待ちっ」


「大したものだ、ヘラ捌きを見ていると料理を待つ時間すら楽しかった」


「自分でメニューを見るなんて初めてだったわ。どういうお料理かわからなかったけど、おいしそう」



 何も知らずに注文した領主夫人は怖いもの知らずだな。旦那と正反対だ。




   ***




 食事処『花宴(はなのえん)』の片付けを終えた俺たちは、テルマに露天風呂へ案内された。

 立派な脱衣所で『サムイ』を脱ぎ、ガラガラっと引き戸を開けて浴場へ。


 身体を洗って早速露天風呂へ向かう。もちろん混浴じゃあない。

 飯と風呂と寝る時間は誰にも邪魔されない、救われたもんじゃねぇとな。お、庭園風の岩風呂か。屋根も付いててなかなかいいじゃねぇか。これを三日で建てたとは。



「やぁ、来たな」


「君もご苦労だったね。お陰で胸のつかえが一つ取れた」



 脱衣所で気付いたけど代官と領主がいた。

 お好み焼きは油が跳ねて結構臭いが付くから、ひとっ風呂浴びて帰ると思ってたぜ。



「エミール君も関わってることだから教えておく。国王陛下への『ご返礼』だが、迷宮都市宣言そのものがそれだ」


「え、あのBBQが『意趣返し』になるんですかい?」


「BBQはともかく、王都以外の迷宮都市宣言は初めてだ。王家の優位性を揺るがすという点で、十分な『お礼』になるさ」


「王都の迷宮は王家の力の源……というよりこの国の興りは王都の迷宮群を一人の冒険者が攻略したことだからね。民草には伏せられた王家の秘密、というやつだ」



 領主が補足してくれた。

 大昔、すごく強い冒険者が迷宮を攻略し、得た財でこの国を興した――つまり王家は冒険者の子孫ってことだ。

 スキャンダルじゃねぇか!? 聞きたくなかったぜ、俺消されない?



「エミール殿も迷宮にとって重要人物でありますからな。そのくらい耳に入れてしがらみを増やすとよいであります」


「うぉぁっ!?」



 お湯の中から褐色の美青年――偽装したロアが出てきた。道理でいないと思ったよ。

  普段の偽装は触れて体温や質感もリアルなのだが、風呂では実体が無いらしく時々ノイズが走っている。だから見た目とお湯の動きが一致しなくて余計にビックリだ。

 そりゃ本体を肉で覆ったまま風呂に入っても意味ないしな。


 今日のロアの役目は裸の付き合いだそうだ。領主と代官だけだと間がもたねぇよな。あれ、俺もそのために呼ばれたのか? 誰が重要人物だよ。


 ところでさっきの意趣返しの話だが。



「王様にケンカ売るような話じゃないですか。領主様は『リスクが嫌い』って言ってたけど、いいんですかい?」


「実は南部領も同時に迷宮都市宣言へ漕ぎつけてね。南北から王都にプレッシャーをかけるなら、大したリスクではないよ」


デュカ侯爵(父上)孫娘(テュカ)を危ない目に遭わされて、王都に攻め入りかねない怒り様でしたからね。協定を交わすのは簡単でした」


「代官の君が北部の情報を実家に流していたことを不問にするくらいの功績ではあったな。以前からだろう?」


「お気付きでしたか? いやぁ、僕もまだまだです」


「「HAHAHAHA……!」」


「貴族とは難儀なのであります」


「俺、お先に上がらせてもらっていいですかね……?」



 貴族怖えよ……。

 ネズミ使いの件が国王の差し金だってわかったのは最近だ。それから代官の実家が南部の迷宮にコンタクトしてたら、時間的におかしいよな。




   ***




 男女別の入り口前でメルセデスとロマンを待つ。ちょっと早く出ちまったから休憩所のクマガルーに瓶入りのコーヒー牛乳をもらった。風呂上がりのこれは格別だ。


 会話の内容はともかく、いい温泉だったな。

 あのお湯はテルマが泉質にこだわったものだ。回復薬くらいの効能があるそうで身体が軽い。



「エミール君、お待たせー! なんかおいしそうなもの飲んでるっ」


「お姉さまっ、やはりその格好では……こぼれるっ、こぼれますわっ!?」



 女湯の方から出てきたメルセデスとロマンが騒がしい。何かと思えば借りたらしい『ユカタ』を着たメルセデスだったのだが。



「ぶっ!?」


「エミール君、口からなんか出たぁ」


「エミールは見ちゃいけませんですわ!」



 湯上りでほんのり色付いた肌、その豊満な胸が収まりきっていない。人がコーヒー牛乳飲んでるタイミングでその格好とは……油断ならねぇ女だな!


 旅館でも思ったけど、『キモノ』の形はメルセデスに合わないのだろう。

 動くたびにはだけそうな衿を、ロマンが必死に押さえていた。いやぁこれは通報されてしまう……多分俺が。



「おい、メルセデス……その格好で外出るつもりか?」


「およ?」


「とっとと着替えて来い……」



 女湯の方から「怒られちゃったー」と聞こえるや、キャッキャッと姦しい。グーラたちもいたんなら止めろよ……。


 疲れたから、もう一回風呂入ってこようかな。




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