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迷宮前の居酒屋には迷宮の階層主が通う 《迷い猫の居酒屋めし》  作者: 筋肉痛隊長
三章 鬼と聖女のオカルティック・サマー
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お好み焼き(1)

 長く感じた熱の月も終わり、今日は果の月の四日。まだまだ暑いが。

 常連が並ぶカウンターではメリッサの様子がおかしかった。暑さで壊れたか?



「…………領主様の前で失敗したのよ……死にたい」


「初心な新入りじゃあるまいに……」


「領主様って言えば、この街ではあまり評判よくないのよねぇ……特にわたしみたいな地元民(ジモティー)には反感持つ人もいて」


「迷宮できた頃の話だな。俺も院長先生に聞いたけど、領主様に怒られでもしたのか?」


「それが……むしろ、ねぇ……」



 事情を聞けばそもそも昨日、領主夫妻がアントレに到着したそうだ。用件はもちろん迷宮都市宣言後の調整。

 今日の昼はギルド主催の昼食会で、迷宮街の東、つまり長者通りの高級レストランを借り切ったそうだ。食後はそのまま会議、というかこちらがメインだった。



「わざわざレストランで会議か?」


「高級店は冷房魔術が効いてるからですよ。ギルド会館は高貴な方々をお迎えするには騒がしいですし、暑いので」


「高級店は涼しくていいよねー」


「あんま冷房の効いたところにいると、またグーラたちみたいに夏バテするぞ」



 暑い方が冷たい飲み物がよく売れるんだよ。

 応じたのはメリッサの同僚受付嬢、エヴァとミーナだ。メリッサの悪い酒に付き合わされていて不憫だった。

 

 そんな席になぜメリッサが呼ばれたかというと、記録係だ。末席で高級料理にありついた後、難しい話を公式記録に残す……あ、これ眠くなるやつだ。



「記録は大変だったわ。高貴な方々ってわざと要点をぼかしたり、わざと難しい言い方するじゃない? その時思ったのよ……『餃子食べたいなぁ』って」


「会議は食後ではありませんの?」


「量が少なかったのよ」


「会議の前だから当然ですわ……」



 ロマンが言うには、会議後か休憩時間に改めてお茶と軽食やデザートが出るものらしい。

 結果的にメリッサはそれにありつけなかった。



「気付いたら目の前にあったのよ、羽根つき餃子が……おいしそうに羽を広げて飛んでいる、羽根つき餃子よ?」


「餃子は飛ばねぇだろ」


「会議中だから我慢してたんだけど、手の届かない高さまで飛ぶものだから……つい目が離せなくてね……」



 椅子ごとひっくり返ったそうだ。

 メリッサが見たのは餃子の幻覚、というか夢だったわけだ。食後に餃子の夢見るかね。



「つまり偉い人だらけの会議で居眠りしてやらかして会議を中断させたわけだ」


「あわわ……メリッサちゃん、怒られちゃった!?」



 メルセデスもよく居眠りするから共感したんだな。そりゃ貴族じゃなくても怒るよ。

 ところが領主の反応は意外にも。



「それが怒られなかったのよ……『彼女は疲れてるようだ』って帰されたわ、怪我の心配までされて」


「なんだ、よかったじゃねぇか。シモンも言ってたけど、ずいぶんと優しい伯爵なんだな」


「グリエ伯は質実剛健で知られる、中央でも評価の高い人物ですわ。武門貴族でありながら揉め事を嫌う穏やかな人物なので、軟弱な中央貴族からも人気がありますの」


「わたしは怒られた方がよかったわよ。それだけやらかした自覚あるし、謝って済むなら挽回のチャンスがあるもの」


「明日以降の記録係はエヴァに代えられちゃったからねー」


「メリッサはもっと緊張感を持ってください」


「いやさ、前の晩よく眠れなかったのよ。緊張して」



 なるほど、取り返しのつかない失敗ってのはスッキリしねぇよな。

 ミーナもエヴァも上司と話はしたそうだが、他に罰があるわけでもなし、記録係交代の件はどうにもならないらしい。

 まぁ自業自得だし人生がひっくり返ったわけじゃなし――と、誰か来た。ヴィクトーさんだ。

 おしぼりとお通しの生春巻きを渡す。



「いらっしゃい、エールでいいかい?」


「お願いいたします。本日は主よりお店へ、仕事の依頼を持って参りました」



 主っていうと代官か。タイミング的に領主の接待絡みだろう、と思ったら案の定だ。


 三日後にアントレ最後の夜を過ごす領主夫妻を、内内でもてなすための料理の依頼だった。

 アントレでの仕事の打ち上げみたいなもので気楽にやりたいとのこと。ポアソンで作ったような会席もどきではなく、庶民的な居酒屋料理をご所望だというので受けた。


 形式的には代官からの依頼だが、他にギルドと迷宮もホスト側だ。

 七日は貸し切りか、と思ったら場所は想定外だった。



「迷宮六層……ってテルマ温泉か!?」


「ちょっと、妙な呼び方……!」


「うむ、気楽に、とは伯爵の希望での。翌朝領都に帰るというし、温泉とうまいものでリラックスするがよかろう。迷宮は貸し切りにする故、護衛や人目を気にする必要もなし」


「迷宮の貸し切りなんて前代未聞ですわ……」


「当日は広場にて領主様より振る舞い酒がございます。冒険者からの不満も出ないでしょう」


「面白そう! お酒はいいとして、お料理はうちで作って持っていけばいい?」



 ロマンが知らないってことはこの国初の『本日貸切』迷宮なんだろう。

 メルセデスの言う通りアイテムバッグでどうとでもなるけど、それだとテイクアウト……ってか出前だな。

 グーラもそこは考えていたようだ。



「湯殿はこれから作る故、厨房を付けることも容易い。この店と同じ作りでよいか?」



 迷宮で出張居酒屋を開くことになった。

 俺は領主の好き嫌いや当日までに出す料理などを聞き、思いついたことをグーラとヴィクトーさんに相談する。




   ***




 迎えた当日夜。店で仕込みを済ませた俺とメルセデス、ロマンは迷宮に向かう。昼間の迷宮広場は領主の振る舞い酒で大混雑だった。今もなんだか酒臭い気がする。


 入口の衛兵にロビーへ通されると、テルマが待っていた。いつもと同じキモノ姿だが、今日は気合いが入っているように見える。迷宮温泉の女将か。



「厨房は言われた通りにできてると思うわ。なかなかいい湯殿だから、あなたたちも帰りに入っていきなさいな」


「えへへ。そのつもりでお風呂セットも持って来てるよ!」



 さて、ここから六層まで歩くのか、と思ったらくらくらっと違和感が。これは転移だな。




   ***




 四回目となればさすがに転移も慣れたものだ。

 ムッと香るお湯に立ち込める湯けむり。六層【温泉街】はその名の通り温泉街だった。

 無人のせいか静かで、自分たちの足音と小川のせせらぎがやけに大きく聞こえる。地面には石が敷かれ、小川に掛かる橋は朱塗りとなかなか風情がある。


 点在する岩風呂には冒険者が服を着たまま入るのだろう、仕切りも脱衣所もない。浴槽ごとの立て札にはお湯の効能と、入っても許される汚れ具合がそれぞれ書かれていた。


 男女別に分かれて囲いのある浴槽もあり、何かと思えば傷に効くお湯だ。最も清潔さを要求されるようで洗い場と脱衣所が付いており、洗濯禁止だった。


 そしてひときわ目立つ風変わりな二階建ての建物が三日で建てたという湯殿だろう。竜の鱗のような屋根材は瓦というらしい。

 木造ではあるが作りも装飾も見慣れない、異国の建物に見えた。そういや観光地の温泉旅館にちょっと似てるな。

 これが三日で建つのかよ……。


 引き戸を開けて中に入るとロビーだ。新築の木の匂いがする。テルマは俺たちを階段に誘導しながら言った。



「これは六層で初めての建造物よ。冒険者たちも最近お湯の使い方がなってきたから、今日の接待がうまくいくようならこのまま試験営業するわ」


「迷宮に温泉旅館ですの……!?」


「宿泊施設は無いわ。男女別のお風呂、中庭は露天風呂で二階は休憩所、そして今から行く食事処だけね」


「立派な日帰り温泉だねぇ。外に屋台みたいのはあったよね、温泉まんじゅうとかくれるところ」


「クマガルーの温泉まんじゅう・温泉ラムネ・温泉卵ね。定着してきたから、今は有料よ」


「!?」



 メルセデスが言ったお土産屋台、一部の材料は俺が融通していたのだが、今後はクマガルーが市場まで買いに行くそうだ。ファンシーだなぁ。


 食事処の名前は『花宴(はなのえん)』。俺たちが通用口から入って準備を終えると、『ユカタ』という楽そうなキモノを着た客が七人、入ってきた。



「いらっしゃい! 準備できてますよ!」


「お席はこちらですの。席順など気にせず楽にして頂きたいですわ」


「早速始めよう、よろしく頼むよ」



 貴族スマイルを見せながらさりげなく席順を決めたのは代官、ユカタ似合わねぇな!

 他はギルド長、グーラ、カガチとロア(受肉した褐色肌の美青年、こいつもユカタ似合わねぇ)、そして領主夫妻。

 領主はロマンスグレーの髪に口髭でヴィクトーさんをガタイよくした感じだ。これが噂の優しい伯爵か……その奥さんはなんかすごく上品なご婦人だった。一番ユカタ似合ってるな。

 皆湯上りでほっこり温まっているようだ。


 ちなみに俺たちも用意された服に着替えている。上下に分かれた着やすいキモノのような、パジャマのような服で、『サムエ』というそうだ。

 中にシャツ着たままでいいし動きやすい。



「君がグーラ殿ご指名の料理人か。楽しみにしてきたよ。それにしても……風変わりなテーブルだね」


「どうも。今日の料理はその鉄板で焼きながら食べてもらうんで、火入れたら火傷に気を付けてくださいよ」



 領主はメルセデスとロマンに目線で挨拶した後で、俺に声を掛けた。

 その鉄板付きテーブルは俺がグーラに頼んだ物のひとつだ。


 俺は客席の『掘りごたつ』と『座布団』って座り方の方が風変わりだと思うけどな。

 客席は一段高い板の間で、靴……というかサンダルを脱いで上がる。テーブルの下は掘り下げてあって、床が椅子になるのだ。これはグーラとテルマが考えた。


 まぁ勝手は違うが大差はない。人手もメルセデスとロマンに、今日はテルマも手伝ってくれるから十分だ。


 お通しの『味噌田楽』とキンっと冷えたエールが行き渡り、グーラの音頭で乾杯をしている。



「あら、素朴でいいお味。熱々でお風呂の気持ちよさを思い返すよう」



 今日の味噌田楽はこんにゃく串二本だけ。お通し史上一番簡単だったが、伯爵夫人には好評でよかった。

 そこへ早速のメインディッシュ登場だ。俺も運ぶのを手伝う。

 今日のメニューを知っている客は代官とグーラ、カガチだけで、他の四人は渡されたお椀とヘラを持って怪訝そうな顔をしている。



「そいつは『お好み焼き(ミックス)』、今日はお客さんに自分で焼いて食べてもらう趣向ですよ」



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