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迷宮前の居酒屋には迷宮の階層主が通う 《迷い猫の居酒屋めし》  作者: 筋肉痛隊長
三章 鬼と聖女のオカルティック・サマー
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牛カツ(2)

「またエミールに負けてしまったな……」



 そう呟いたシズルさんに、俺は聞いてみたいことがあった。



「シズルさんはさ、この店の『タルタル』と『牛カツ』、どっちがうまいと思う?」


「『タルタル』に決まっている。スペシャリテは伊達ではない」


「じゃあどうしてメニュー開発なんてしたんだ?」


「そりゃ客層が……あれ?」


「エミールさんはその……“絶対的にうまいものなど存在しない派閥”ですかい?」



 そんな派閥あんのかよ。

 ポテチ食べたい時に最高級ステーキ出されても、とかケンカした後の飯はまずいとか、そりゃ派閥じゃなくてただの真実だ。


 実家にいた頃は客と親父が面白がって、よく親父とどっちの料理が先に売り切れるか勝負した。

 たいていボロ負けだ。そこから学んだことも多いから料理勝負を無意味だとは思わない。


 だけど俺が目標にしてるのは親父ってわけじゃないのだ、実は。



「俺、冒険小説好きでさ。負け戦でボロボロになった後に出てくるカツ丼がうまそうなんだ。

 きったねぇ厨房で味見もしないで作るんだけど、登場人物たちは競うように食らいつく。それ読むと『これ以上にうまいものは無い』って思える。そういう料理作るのが俺の目標だ」


「『飯テロ』というものですね。私と兄さんは好きですよ、そういうの」


「だがな。それは『絵に描いた餅』ではないか? 手の届かないカツ丼より目の前のパンの方がいいだろう」


「そうでもないぜ。物語じゃなくても、何かを無性に食いたい時ってあるだろ? そういう客がいれば、そいつは俺にとって勝負の相手だ。

 真っ向勝負なら同じメニューだ。できるだけそうしたいけど、出せない料理もある。

 そういう時に客が食いたくなる理由を作れる料理人になりたいぜ。他の客が注文した麻婆豆腐の香りを送り込むとかな」


「客が抱える物語(ストーリー)を見出すのか」


「向き合うべきは客、ということですな。お嬢、これは見習わねばなりますまい」


「シズルさんだってそう思うから新メニュー開発したかったんだろ? 気に入ってくれたカツ丼だって、初めて食ったわけじゃないだろうし」


「ああ、魔道具作りの時か。仕事に打ち込んだ後の夜食はうまかったな」



 シズルさんがキリっとした笑顔を見せた。

 いい話風にまとまろうとした時、今まで黙っていたシルキーが手を挙げて言う。



「あの。『牛カツ』ですが、このお店では出さない方がいいと思いますよ」


「!?」




   ***




 翌日。今日のおすすめはホッキ・ツブ・赤貝・ホタテの貝刺し四点盛、しめさば、それに『牛カツ』だ。定食にもできる。


 早速全部並べたグーラがツブ刺しの歯ごたえを楽しみながら言った。冷酒スタートだ。



「で、結局『シズル』はメニューを増やさぬのか?」


「そういうことだ。専門店ってのは居酒屋とは違うもんだな。メリッサに紹介したのは余計だったかもしれねぇ」


「料理をする理由を考え直す、良い機会になったであろ。他にもうまそうな小説の『飯テロ』はないかの?」


「そうだなぁ……傭兵が蕎麦屋で人を待つ間、天ぷらと佃煮で一杯やる話も好きだぜ。〆のそばが来たところで待ち人が来て――斬り合いになる」


「殺伐だのう……」


「あと塊肉はたいてい一飲みだから、あれは魔物肉だと思ってる」


「――こちら『牛カツ』と麦とろ追加ですわよ、エミール」


「はいよっ」



 物語の世界に旅立ちそうだったが、ロマンの声で我に返った。


 昨日の話の続き。シズルさんは「『タルタル』の方がうまい」と自信満々だったが、シルキーは『牛カツ』だとその百倍売れると指摘した。


 魔族料理店とは少量の生肉をつまみに酒を飲む、ニッチな商売なのだ。魔族だって生肉だけ食べて生きてるわけじゃないし。

 まぁ高級店の味を毎食食べたい人が少数なのと同じだ。


 ところがあからさまに生肉だった『牛トロ丼』とも違い、揚げ物である『牛カツ』の客層はニッチに収まらない。


 シルキーは自分の店を開く前に調査したとんかつの見込み客数を参考に、これでは『シズル』の業態が破綻して従来の常連が店に入れなくなると予測した。

 要するにお気に入りの店を守りたかったわけだ。


 専門店ってのは客が店に合わせるから、そもそも客層広げる必要なんてなかったんだな。

 ちなみにシルキーのとんかつ専門店は一日12皿限定だ。メルセデスとロマンで10皿食べてごめんなさい。

 『迷い猫』の平均来店人数も12人くらい。回転率1切ってるけど、階層主の滞在時間と注文量が異常なんだよ。



  ~ グーラのめしログ 『牛カツ』 ~


 これが魔族料理かどうかよくわからぬ“半生料理”『牛カツ』であるな。

 確かに揚げ物ではあるが、断面の肉は赤い。わさび醤油を勧められたのも納得であるの。


 あさりの味噌汁をすすってから最初の一切れ。

 エビフライのような火傷するほどの熱々ではないが、なにより軽い。揚げ物とは思えぬ軽さである。パン粉が串カツのように細かいのも関係あるのかの?

 赤身の肉は生っぽいのに容易く噛み切れる。とんかつよりもさらに柔らかい。癖や臭みは全くないの。衣の香ばしさが生っぽい肉の旨味や食感とよく合っておる。


 しかしこれは少々パンチの足りぬフライであるの。とんかつやアジフライならまだしも、ウィスキーのハイボールにはちと負ける味であろ。


 と見せかけて、これは定食。飯にも一工夫あった。

 大麦を混ぜて炊いたパラっとした麦飯ぞ。

 それにほんのり出汁の香るとろろ汁をかける。すると麦飯はとろろをよく含み、大根の葉の漬物だけでも食えてしまう。

 そこにわさび醤油を多めに付けた牛カツを乗せたらどうであろうか。


 ……麦飯が消えよった。いや、食ったのであろう、牛カツも半分ほど消えておる。

 麦飯ととろろ汁をお代わりして、今度はレモンとソースで牛カツを……牛カツが足りぬ。お代わりはすぐに出てきおった。揚げ時間が短いのはよいの。


 ……またしても麦飯が足りぬ故、お代わりをする。すぐに無くなってはたまらぬ、今度は付け合わせのキャベツや水菜も挟みつつ、ゆっくりと――ゴマダレで食っておった牛カツが消えおった。


 さすがに喉も乾いたのでハイボールを干す。これはこれで、一仕事終えた後のような充実感があるの。

 ここでエールや麦焼酎のソーダ割りもよいが、ロマンには生搾りグレープフルーツサワーを頼む。


 さて。いくらなんでも、われが認識できぬ速さで無くなるのはおかしい。つまみ食いを疑って左右を見るが、階層主たちはみな自分の皿を満足げに……なるほどの。

 テルマの箸の動きが速い。特に飯をかきこむ時はわれの目でも追えぬほどである。他の者たちも個人差はあれど同様。メルセデスはあのスピードで箸が折れぬかの?


 つまり秘密は麦とろ飯だの。とろろ汁が潤滑剤となって、かきこむ速度を増しておる。

 さらにはこの牛カツ。軽くて食べやすい上に麦とろ飯との相性が極めて良い。癖になる味と喉ごし故、いつ箸を停めればよいかわからぬ。


 シルキーが『シズル』を諫めたのもわかろうというもの。このような料理を出してしまったら、『牛カツ専門店 シズル』まっしぐらぞ。

 料理ひとつといえど、恐ろしきものよ。


 さて次は大根おろしとポン酢しょうゆで頂くとするかの。


   ~ ごちそうさまであった! ~



 とろろ汁はすり鉢で滑らかにした山芋にカツオ出汁と酒、みりん、しょうゆ、みそ、卵を加えたものだ。

 うまいし、まとめて作れば楽なので、定番に入れてもいいなと思っている。


 しかし『牛カツ』ってのもすげぇ料理だ。別に『牛カツ』を食う話を読んできたわけでもないグーラたちが、こんなに食いつくんだから。

 あのしっぽり飲める『シズル』で出す料理じゃなかったな。

 うちの店なら簡単だ。



「『牛カツ』終わりー。また俺が食いたくなった時に出すぜ」


「「「!!」」」」




   ***




 一週間後、宿屋通りの隅っこに『牛カツ シズル』が開店した。

 瞬く間に行列のできる人気店となったこの店、元は廃業を考えていた宿屋だった。そこをシズルさんが買い取り、業態転換させたのだ。

 調理は元の宿屋の主人夫婦で、店の三人が交代で指導に当たっている。


 店員に魔族料理の心得はないが、火を通すのでそれほど難しくないそうだ。むしろ。



「簡単な料理だから、すぐに真似されるだろう」



 とのこと。そん時ゃそん時で、客と向き合って次の料理を出していくだろう、シズルさんたちなら。



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