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迷宮前の居酒屋には迷宮の階層主が通う 《迷い猫の居酒屋めし》  作者: 筋肉痛隊長
三章 鬼と聖女のオカルティック・サマー
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夏バテ

あけましておめでとうございます。

本年も『居酒屋 迷い猫』をよろしくお願いいたします。

 BBQ大会の翌日火曜日、ギルド誌の宣伝効果とやらはどんなもんだろう、と思ったが。



「あちぃな……こりゃダメだ」



 朝から猛暑だ。西の職人通りの向こうは森なので、仕事ほっぽりだして涼みに行く連中もいた。

 店の中も暑いし、厨房はさらに暑い。陽が落ちても熱帯夜だ。



「ああ、ポアソンより暑いとはな……」


「薄着の女が増えるのはいいけどなぁ……」


「迷宮の中よりはましだけどな」



 それでも客入りはよくて、現在ほぼ満席だ。

 カウンターでぼやく三人はポアソンの『民宿 稲荷』に泊まっていた男冒険者――発言の順にパワー系戦士でリーダーのサミ、狐目の軽い男ノアル、治癒術師で僧兵のイザックだ。


 今回はアントレの災害級目当てに遠征に来たそうだが、着いたら討伐は終わってるは暑いはで、『迷い猫』でくだをまいている。

 パーティーメンバーであるもう二人の女冒険者も来ているが、席の都合で二人掛けに分かれてもらった。別に男三人カウンターに来いって言った覚えはないが。



「ギルドであんたらの店の記事を見かけた時は驚いたよ。店がこんな近くでもう一度驚いた」



 そう言ってレモンサワーを干したのは、恋人を身請けするために働いている僧兵のイザックだ。

 短髪で色黒なこの男、法衣を着ていないと漁師に見えた。



「あんたら来てくれただけでも、ギルド誌に載った効果があったってもんだ。改めて店の記事見るのはむずがゆいけどな」



 イザックが持ってきた『道草アントレ』、店の紹介ページの見出しはこうだ。


 『迷宮向かいの居酒屋 迷い猫、若き料理人は迷宮に味で勝負!』


 迷宮に勝負を挑んだ覚えはねぇよ。

 そしてメリッサが書いたらしい店の紹介文が続く。


 『メニューにないものは注文してね! と自信満々のゆるふわ店長。』


 メニューにないんだから注文すんなよ。できるものは作るけど。あとゆるふわって言われてんぞ。


 お通しの『長芋ときゅうりの梅肉』をつまんで冷酒を干したサミが満足げに口を開く。



「いい店じゃないか。冒険者酒場でたらふく飲み食いするのもいいが、ノアルが飽きて抜け出すからな」


「『揚げ餅のたっぷりおろしポン酢』と『激辛ラム炒め』、あっちのテーブルにもな!」


「ありがとよ、店作ったのはあの店長だけどな。ロマン――」


「聞いて参りましたわ、ノアルさんのおごりなら食べるそうですの」


「じゃ二皿だな」


「はい、レモンサワーとクニマーレの冷や、お代わりだよぉ。ノアルさん、テーブルの女の子に飲み物は?」


「フッ、あっちの二人とかわいい店長さん、それにノーブルなセルヴーズちゃんにも冷たい飲み物を!」


「わぁい」


「粕取焼酎ですわね、一番高いお酒は?」



 暑いので冷たい飲み物がよく出る。バタバタしそうな場面で、ロマンのサポート能力が早くも発揮されていた。

 貴族なのにちゃっかりしてるのは、パーティーで鍛えられたのだろうか。


 切り餅を四等分して170℃でじっくり素揚げにする。さやいんげんと輪切りにしたレンコンも素揚げだ。

 器に揚げ餅を入れてポン酢しょうゆをかけ大根おろしをたっぷり乗せたら、さやいんげんとレンコンを添えて完成。『揚げ餅のたっぷりおろしポン酢』だ。



「さっぱりしていて香ばしい。冷酒にもよく合う。いいものを頼んだな、ノアル」


「うまいな」


「あーっ、イザックてめぇ二つ食いやがって! オレが頼んだのにっ」



 ギルド誌は店の紹介ページの後に『めしログ』というコーナーが付いていた。うちの料理の感想をグーラが書いたものだ。


 『とうもろこしのかき揚げ』、『肉料理おまかせ3点コース』、『チャーハン』が載っていて、料理のイラストは多分メルセデスが描いたのだろう。

 揚げ物、肉料理、ご飯ものと続くのはうちの定番に近くていいチョイスだと思う。

 刺身という説もあるけどあれは仕入れ次第で、『いつでもおいしい魚がある店』じゃないからな。


 さて、暑いが水分補給して次の料理だ。

 ラムの切り落としにクミン、黒胡椒、チリパウダー、塩を振って揉む。

 もやしをさっと湯通し、ピーマンは細切りに、この季節なら生で手に入る小指唐辛子は輪切りにしておく。


 ニンニクスライスと砕いたピーナッツを炒め香りが立ってきたら強火にしてラム肉を炒める。

 ピーマンを加えて全体に火を通し、もやしを加えたらナンプラーと酒を回し入れ、混ざったら皿に移す。

 輪切りにした生唐辛子を乗せて完成。『激辛ラム炒め』だ。実は唐辛子を除くとそれほど辛くない。

 小皿に追加用の小指唐辛子を添えて出す。



「くぁーっ、こいつはキクぜっ!!」


「食が進む匂いと味だぜ、口が痛てぇけど」


「災害級が空振りだったから迷宮に潜ったんだがな。中は外以上の猛暑というか……力が入らず食欲が出ないという状態異常をもらって退却したんだ」



 サミは深刻そうに言った。

 遠征に来たのに空振り続きじゃ確かに深刻だろう。食欲が出ないって割りにはよく食ってるけどな。



「内部ではイザックでも解除できない強力なものだったが、迷宮を出たら嘘のように完治した。真夏とは言え、ここの迷宮はあんなに暑いのか?」


「俺も今年来たばっかだし、冒険者じゃねぇからな。でも外がこんなに暑いのは初めてらしいぜ? そもそも迷宮の中は異界だから外の季節は関係ないはずだ」



 冒険のことなら四人掛けにギルド長がいる。そもそもカウンターには常連の迷宮関係者が並んでいるわけで……。

 俺はカウンターの隅で突っ伏している迷宮主・グーラを見た。


 おいおい、どうなってんだ?




   ***




「ありゃー、グーラちゃんたち夏バテだねぇ」



 メルセデスがグーラの額に触れて困った顔をした。道理で今日は料理があまり出ないわけだ。


 夏バテは他にビャクヤ、テルマ、キノミヤもだ。ビャクヤの管理する五層は雪原が解けたらしい。おい、氷雪竜。

 キノミヤはカウンターにおらず、二人掛けにいた。一緒にいるウンディーネに水分をコントロールしてもらわないと辛いようだ。カレーもまだいらないという。



「お前ら、酒飲みに来てる場合じゃねぇだろ……」



 昨日慣れない屋外で長時間陽にあたりすぎたせいだろうか。特に今年は暑いっていうし。

 とりあえず迷宮の異常の原因はわかった。



「われらの気分は現象に干渉するからの……う~ん、だるいのぅ」



 グーラたちの夏バテが迷宮に影響し、入った者に状態異常『夏バテ』を与えていたようだ。

 もう帰って寝ろ。

 アドン夫妻もそこにいるわけだし、提携したばかりでやらかすのはよくないんじゃないか?

 そのアドン夫妻は。



「エミール君、何かサッパリしたものをもらえないか」


「どうやら私たちも夏バテ気味で……」



 あんたらもか……!

 街の統治者三人がダウンしたぞ、夏バテって流行り病だったっけ?


 一方カガチとロアは元気で、冷酒片手に『ホッケの酒振り焼き』をつついている。

 夏のホッケは脂の乗りがいまいちだが、干さずに生のまま、清酒をふりかけながら焼くとうまい。

 まぁポアソンの迷宮海域産だから、季節関係ないかもしれないけど。



「ふわっとして上品な味だぞ。ホッケとは思えないな。あの辛そうなのもくれ」


「山わさびが合うのであります。我々は暑い土地の生まれでありますから、あの程度なんということもないであります。自分は骨になったのであって生まれてませんが」



 さて、カガチの激辛ラム炒めの前に。

 夏バテでも腹に何か入れた方がいいな、酒以外で。

 サッパリして喉を通りやすい冷菜でも作るか。


 トマトを湯むきして角切りにする。味のベースになるのでできるだけ甘さと酸味のバランスがいいものを選んだ。種は取った方が味はよくなるけど、栄養あるから今日はそのまま。

 きゅうりは皮をむいて角切り。これも種部分についてはトマトと同じだ。


 パプリカは赤を使う。こいつはさすがに種は捨てる。ピーマンとたまねぎも少量、角切りにして入れる。

 さらにバゲットをちぎって入れる。無くてもいいが、とろみがつくし香りもいい。栄養もとれる。


 材料にワインビネガー、黒胡椒、塩を加える。この状態で1時間は寝かせたいところだが、時間が無いので水を少し加え、あとはメルセデス製のミキサーのパワーを信じる。


 液状になるまでしっかり粉砕したら保温庫でキンキンに冷やす。ロマンが選んだガラスの器も冷やしておく。器にスープをよそって角切り野菜を散らし、オリーブオイルを数滴垂らしたら完成。



「『ガスパチョ』か。西部領で夏に常食するらしいな……ああ、サッパリしているが滋味だ」


「器まで冷たいのが嬉しいですね、見た目にも涼しい。おかげで元気になって帰れそうです。テュカを心配させずに済みますわ」


「「ひんやりして、おいしい……」」


 アドン夫妻とテルマ、ビャクヤが復活したようだ。

 キノミヤとグーラはどうだろう?



「夏野菜のキーマカレーがほしいの。ウンディーネありがとうなの」


「おう、できてるぜ。ウンディーネもいるか?」


「食べます」


「喉を通る冷たさが心地よいのぅ。野菜の栄養が胃の腑に染み渡るようであるぞ。パンとオリーブオイルの風味もよい……食欲が出たところで巻き返さねばの。アジのナメロウを持て。食っておらぬ故、力が足りぬ」


「まだふらつくが、この身も同じものを。あと辛い物があると聞いた」


「わたしは海鮮丼よ、急いでね」


「はいよ。酒はほどほどにしとけよ?」


「お酒ならこれがいいかも!」



 メルセデスが夏バテ連中に出したのはウォッカを炭酸入り回復薬(ポーション)で割ったものだ。

 この回復薬は薬カガチ堂とメルセデスが共同開発した特別製で、毒々しいほど黄色い。あと普通の回復薬よりずっと安い。

 『激辛麻婆豆腐』の後で飲んだ人もいたなぁ。二度目になるグーラはグイっとやった。



「なんと、腹のもたれも倦怠感も消えたのぅ。やはり甘酸っぱくてうまい」


「めまいが収まった……」


「回復薬って夏バテに効くのかしら? ちょっとえぐみのある味と甘ったるい香りだけど」



 そういやイザックの治癒術でも治らないって言ってなかったっけ。

 そもそもあの回復薬は薬カガチ堂とメルセデスが共同開発したもので、味はいいが傷や病気に効果が薄いとか聞いていたんだが。



「ふっふっふー。この回復薬はね、滋養強壮・疲労回復・ストレス緩和・健胃整腸、それに自律神経を整える作用もあったんだよっ! 怪我には効かないけどね」


「自律神経とな?」


「そう、内臓の活動とか体温とか、意識して自由にできない神経だよ。夏バテはその不調。温泉とかサウナも効果あるねぇ。水風呂と繰り返し往復してね」


「なんと、六層におれば自ずと回復したとな。これもいつか夏バテになるであろうという、われの先見だの」


「だから酒飲んでないで温泉に浸かってこいよ」



 さっきまで死にかけてたグーラが元気にさえずった。

 開発品は回復薬とは違ったところで需要があるそうだ。カガチが話を引き取る。



「回復薬よりよほど安いこともあって、これは冒険者以外の一般人向けに健康飲料として販売することになったぞ。治療院や飲食店にも卸す」


「炭酸入り回復薬(ポーション)だと紛らわしいから、名前も考えたよ! 元気飲料(エナジードリンク)です!」


「「「おおっ……」」」



 なんだかわからないけど、どよめきがおきた。すごいんだろうか? すごいのか。俺も飲もう、厨房は見た目以上に暑いのだ。

 あ、なんかまだまだ働ける気がするわ。大丈夫か、これ? よろしくない成分入ってない?




   ***




 エナジードリンク割りで一息ついたサミが言った。辛い物食べた後だからな。



「エナジードリンクか……冒険者としても持ち歩きたいところだが、荷物に余裕がないからな」



 なるほど、体力回復とか冒険者に需要有るかと思ったけど、本来の回復薬も必要だしな。飲み水分くらいがせいぜいか。

 そこへ思い出したようにイザックが封筒を取り出した。なんか見覚えがあるな。



「ポアソン出る時に聖女様に会ってな。この店に伝言だそうだ。エミールの店だとは思わなくて忘れていた」



 というわけで上質な封筒を開けると、やはり金箔で縁取られたメッセージカードが入っていた。



『わたし聖女。今ポアソンにいるよ』



 9日前領都にいた人が3日前にポアソンにいた。

 時間的におかしくはないんだが、グリエから伸びた街道はアントレ、ポアソンと続いている。



「聖女様、アントレ通り過ぎたな……」


「海でも見たくなったかなぁ、カタリナちゃん」


「あら、カタリナ様は今も自由ですのね」



 合流するって符牒じゃねぇのかよ。



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