焼肉のタレ(2)
肉は焼けた。だがタレが無い。
なんてことだ、タレが無いと流石の魔物肉も味気ない。
食材を配布する天幕を見ると、同じ状況の冒険者に詰め寄られギルド職員がうろたえている。
手配ミスだな。こんなに早く討伐終わると思わなかっただろうし。
「どうしよう、エミール君。タレが無いよぅ」
「しょうがねぇなぁ」
とりあえず何も付けずに肉を齧り始めたメルセデスには塩を渡しとこう。
俺は小走りで店に戻り、鍵を開けて厨房に入る支度をした。
着替えて部屋から出るとロマンが入口に立っている。
「どうする気ですの? タレならギルドの職員が買いに行きましたわよ?」
「作った方が早いぜ。せっかくの肉と炭火を前に待ってらんねぇだろ?」
いっそ塩だけでいいかなとも思ったけど。
みりん、酒、しょうゆを煮切り、ハチミツ、ごま油、すりおろしたニンニクとショウガ、いりごまを加えて混ぜたら完成。焼肉用の『即席タレ』だ。
もう一つ。ケチャップ、中濃ソース、しょうゆ、はちみつ、すりおろしニンニクとショウガを混ぜて完成。肉を漬けても塗りながら焼いても、焼いてから付けてもいい。
この『BBQソース』の方がこの国じゃメジャーで、これに漬け込んだラムチョップやバックリブは屋台でも売ってる。パンにはこっちの方が合う。
両方ともロマンに指揮所まで持っていってもらった。
俺はついでにレモンなど使いそうなものをアイテムバッグに放り込んでからBBQ会場に戻る。
本来BBQってのはでかい肉を時間かけて焼く料理だけど、こうして見るとそんなことしてる奴はいない。
焼肉だな。皆早く食いたいもんな。俺たちもだ!
「エミール君、例のタレ持ってきた?」
「例のタレって、今作ったものは使いませんの?」
「俺たちが使うのはこっちの『秘伝のタレ』だ」
俺は黒い液体の入った小瓶を取り出した。これはすぐ作れるものじゃないからギルドには即席のを提供したのだ。
『秘伝のタレ』は春に季節外れの梨が手に入ったので作ったものだ。レシピは親父由来。
煮沸消毒した大瓶にくし切りにした梨、薄皮をむいたニンニク、スライスしたショウガ、黒糖を入れる。
しょうゆ、酒、みりんを混ぜて瓶を満たす。これを室温で二週間、冷やして一カ月熟成させたら完成。時々天地を返すのも忘れない。
残量が半分をきったら新しい瓶に調味料半量で仕込み、そこに熟成済みの残りを濾し入れている。
炒め物や焼き物に使うこともある。
孤児院に提供している『炒め物ならなんでもこれでいける』万能タレはこれの応用で、梨の代わりに手に入りやすい果実を使ったり、フォンを加えたり、ニンニクとショウガをすりおろして熟成期間を短縮したものだ。
メルセデスはハラミに、ロマンは厚切りのランプに、俺はタンに『秘伝のタレ』を付けて一口。
黒く澄んだタレに肉の脂が浮く。
「いい香りとコク……やっぱり焼肉にはエミール君のタレだね!」
「おいしいですわ……赤身の力強い味と包み込むような柔らかさ、それをタレの甘みが引き立てていますわ。黒く澄んでいるのもなんと美しい……」
「タンはねぎ塩レモンもいいが、この歯ごたえにはしょうゆベースの味が欲しくなるんだよな」
「次はマルチョウ焼こうかな。このタレすっごく合うんだよねぇ。あ、ご飯欲しくなる……」
「はいよ」
「ありがとう!」
俺はアイテムバッグからホカホカご飯を茶碗ごと取り出した。入れてきて正解だったな。
「エ、エミール君……わたしにも……ご飯ちょうだい……」
アンデッドかと思ったが萎れたメリッサだった。目の下に隈があるので徹夜明けだ。
よく焼けたカルビを乗せたご飯にタレをかけ、ゴマを散らして渡す。カルビ丼だ。
受け取ったメリッサは無言で食べきった。エールも一気飲みする。遭難者かな?
「だはーっ、生き返ったわ……気付いてくれた? 創刊号、大反響よ!」
メリッサは外出禁止中でも動ける前線行きの馬車に『道草アントレ』創刊号を仕込み、多くの人の目に触れるという目的を果たした。
しかしメルセデスが討伐で目立ち、予想外に早く外出禁止が解けたため、反響が大きすぎて奔走していたらしい。
「明日はお客さん押し寄せるわよ!」
「どーしよぅ、行列ができちゃうかも!」
「皮算用してもしょうがねぇ。そんときゃそんときだ」
並ぶくらいならよそで飲んだ方がいいと思うけどな。ラーメン屋じゃねぇんだから。
メリッサは移動する気もないらしく、しれっと俺たちに混ざり肉を焼き始める。
お、また誰か来た。
『ホオズキ』の二代目と『薪のクマさん』のドワーフ店長、それに若いのは『青空焼肉店』の店主だ。
大先輩二人に連れまわされているのだろう。
「迷い猫とギルド誌の人じゃないか。なんだい、そのタレは、しょうゆかい?」
「肉のタレならうちも負けておらんぞ。次はうちの店を取材するべきだ」
「焼肉のタレなら、うちだって負けてないぜ!」
やっぱり料理人の考えることは同じで、三人とも『肉のお供』を持参していた。
というか二代目が持ってるそれは。
「大根おろしとポン酢か。ちょっともらうぜ」
俺はちょうど焼けたカルビにおろしポン酢を乗せて口に入れた。
脂の多い部位を選んでおいてさっぱり食べたいという矛盾。だがこれがうまい。
「カルビはタレはじくから、なおさらこういうのが合うんだよなぁ」
「むぅ、おろしポン酢も小僧のタレも悪くないな。だがわしは『これ』よ」
メリッサ同様、勝手に焼いては食べる『薪のクマさん』のドワーフ店長、もうクマさんでいいや。差し出したのは塩とわさびだ。
「ただの塩ではないぞ。『ドワーフの岩塩』だ」
「わーい、高級品だぁ……ん~っ、ヒレの繊細な味が際立つね!」
『ドワーフの岩塩』はドワーフが掘り当て、粉砕加工まで行った高級岩塩だ。クマさんが持ってきたのは粒が粗いから咀嚼に合わせて塩味が安定する。
「それにわさびか。合うじゃねぇか」
「これはうちの屋台の裏メニューを出すしかないな……」
『青空焼肉店』が出したのは、味噌に砂糖、ごま油、ニンニクと唐辛子を混ぜ込んで熟成させた『辛味噌』とニンニクスライスだ。
ロマンがゲタカルビに乗せてゴクリ。
「このお肉、飲めますわ……!」
よく噛めよ。
この食べ方は肉を葉野菜で包んで食べる時や焼き野菜にも合う。ニンニクの刺激も相まって止まらなくなるな。
「こんな裏メニューがあったのかよ?」
「今作った!」
なかったのかよ。
『青空焼肉店』は従弟より行き当たりばったりでノリがいいのな。
三人はまたぞろ見つけた知り合いに絡みに行くと席を立つ。そういえばロマンを紹介してなかった。もう名前は知ってるだろうけど。
「今度うちのセルヴーズやってもらうから、よろしくな」
「よ、よろしくお願いしますわ」
「小僧、セルヴーズを置くのか。変わった居酒屋だな……いや、英雄で貴族の嬢ちゃんがセルヴーズやるのか? 最早どっちがおかしいのかわからんわい」
「大丈夫、ロマンちゃんは『はまり役』だよっ」
***
というわけで途中だった仕事の話を再開する。
会話のお供はレモンサワーだ。肉はザブトンとトモサンカク。真四角だけど。
あとさっきのBBQソースに漬けたバロメッツのラムチョップもじっくり焼いている。
「ロマンちゃんには給仕だけじゃなくて、お客さんの様子を見てエミール君とわたしに指示を出して欲しいの」
「指示ですの? 給仕がシェフとソムリエに?」
「客がよく見える仕事だ。食う速さとか残してるものを教えてくれるだけでいいぜ。俺はそれ聞いて作る順番とか味付け変えるから」
「わたしはもっと合うお酒考えるよ。ロマンちゃんは食器とか酒器も好きに選んでね」
「飲食店初めてですのよ? わたくしに務まりますかしら……」
ポアソンで旅館の真似事をやったからわかる。ロマンの機転と観察眼ならできる。人の顔もよく覚えている。接客向きだ。
「大丈夫、ロマンちゃんならすぐだよ! おいしいもの食べてお酒飲んでられるよ!」
「それは仕事じゃないけどな……そういやロマン、冒険者辞めちまってよかったのか? さすがに収入も減っちまうだろうし」
冒険者はギルドの依頼を一定数こなさないと除名される。身分の悪用を防ぐためだ。
ロマンは冒険者であることを条件に侯爵家を出たらしい。実家に連れ戻されたりしないのだろうか?
「それは問題ありませんわ。お店からギルドへ指名依頼にしてもらいますの。それにここなら空いた時間に迷宮探索もできますわ」
「なるほどな……!」
「それよりいいんですの? わたくし、二人の邪魔をするつもりはありませんのよ」
「ん? 部屋なら空いてるぜ」
「ふっふっふー……実はね、ロマンちゃんを勧誘しようって言い出したのはエミール君なんだよ。だから遠慮はいらないよ!」
「あら、そうですの?」
「お、おう。だから期待してるぜ」
その通りなんだけど、そんな不可解そうな顔されると気まずいな!
俺はほとんど厨房か仕入れに行ってるから誰が増えても気にしないけど、ロマンは同居に抵抗あるのかもしれない。お嬢様だし、パーティーも女だけだったし。
まぁ当面は代官の屋敷に泊まるらしいから、と問題を先送りしたところで、迷宮入口から現れる者たちがいた。
「なにやってんだ、あいつら……?」
グーラたちだ。最後に見慣れない、というか目立ちすぎる巨人も這いずるように出てきた。
階層主たちが真っ昼間、この衆目の中に姿を現したのだ。
代官とギルド長は当然のようにそれを迎え、グーラと並び立つ。
群衆というかBBQ客たちは興味深げにそれを見る。お祭り気分のせいか、黙示録の羊という特大の脅威が去ったからか、異国の貴賓を迎えたような歓迎ムードだ。
「人の子たちよ、われの前によくぞ集ったの! われはここに、真なる迷宮都市の誕生を宣言する!」
いや、皆BBQしてるだけだって。




