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迷宮前の居酒屋には迷宮の階層主が通う 《迷い猫の居酒屋めし》  作者: 筋肉痛隊長
三章 鬼と聖女のオカルティック・サマー
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焼肉のタレ(1)

 馬車は敬礼する衛兵たちに迎えられ、西門をくぐった。すると外周部の端だというのに大路の両脇に人が集まっている。

 外出禁止が解かれているということは、討伐成功の知らせが先に届いていたのだろう。


 馬車は速度を落とし、代官が窓を開け身を乗り出すと歓声が起きた。てかこの馬車、窓開くんだな。さすが高級馬車。



「凱旋だ。メルセデス嬢とロマン殿も手を振ってやってくれ」


「はーい!」


「仕方ないですわね」



 もちろん俺は見てるだけ。二人が窓から手を振ると、歓声は一段と大きくなった。

 意外と慣れた様子の二人だ。そういえばメルセデスは迷宮の暴走を止めた救国の英雄、ロマンは侯爵令嬢だったな。


 よく見ると大路には打ち水がされ、それだけでも歓迎されているのがわかる。

 それでも暑いので観衆に向かって水を撒く者がいて、その度に別の歓声が上がっていた。どっかの国の水かけ祭りみたいだ。


 西の裏町、市場の手前で馬車が停まり、降ろされる。そこには飾り付けられた台車が用意されていた。それを牽く馬も装飾されている。



「これに乗り換えてくれ。エミール君もせっかくだから乗っていくといい」


「俺も?」


「ほらほら、滅多にできないことだよ!」



 メルセデスに背中を押されて飾りのついた台車に上がる。視点は馬車より高く、屋根が無い。

 ここから本格的に凱旋パレードというわけだ。先導の衛兵隊儀仗兵に続いて代官も立派な馬に跨る。


 市場を過ぎて迷宮街に入ると、割れんばかりの歓声が待っていた。



「黙示録の羊は『神を超えた天使』メルセデス嬢が討ち取った! アントレの危機を救わんとする英雄の元へ、『竜鱗』ロマン・ド・サン・シュフラン殿も駆け付けた! この街は英雄たちに守られ明日も栄えるぞ!」


「英雄万歳!!」


「天使かわいいよ、天使!!」


「侯爵令嬢、踏んで下さいっ!!」


「BBQ万歳!!」


「ギルド誌見たぞ、飲みに行くからな『迷い猫』!」


「「「BBQだ!!」」」



 代官が声を張り上げると観衆が応えた。

 この人、根っからの文官とか言ってたけど用兵の教育受けてるよな。乗馬できるしサーベル持っても様になってたし。


 メルセデスとロマンへの歓声は老若男女問わずだ。

 ほぼ無関係な俺も声を掛けられたのは、ギルド誌の反響だろうか?


 ちょっと戦場の空気に飲まれてたが、これは気持ちいい。お客が料理に満足した時みたいにゴキゲンだ。

 調子に乗って歓声に応える俺と鷹揚に手を振るロマン。一方メルセデスは恥ずかしいらしく、顔を覆ってうずくまっていた。

 気にすんな、皆の結論はBBQだ!


 観衆が埋め尽くす迷宮街は水が撒かれ、花びらが撒かれ、人出を当て込んだ屋台が出て本当にお祭りのようだ。

 迷宮広場に到着したところでパレードは終わった。

 迷宮入口の隣には天幕が建てられている。こっちは街の避難と最終防衛線の指揮所だったようだ。

 天幕から出てきたギルド長、クラハ・デュカが出迎えてくれた。



「――ロマン様の参戦に感謝を。メルセデスさんならやってくれると信じてました……では早速、祝勝会といたしましょう、BBQですよ!」



 この街の人はどんだけBBQ好きなの? いや俺も好きだけど。郊外の牧場でやったのはうまかったな。



「このコンロでいいかな、エミール君?」


「おう、ここにすっか。火も熾きてるし」



 俺たちは迷宮入口の真ん前のコンロに陣取る。小さな樽が椅子代わりだ。炭火の匂いでますます気分が上がるな。


 ギルド主催のBBQ大会は盛大だ。広場にはギルドがかき集めたコンロが並び、屋台の主人たちが慣れた手つきで炭火を熾していく。

 昼までの外出禁止の穴埋めに代官とギルドで雇ったのだろう。他にも戦利品の荷下ろしや肉の処理に人手が回されていた。



「こいつはロマンの歓迎会にうってつけだな」


「よろしくね、ロマンちゃん!」


「お、お世話になりますわ……」



 まずは店から持ち出したエールで乾杯だ。

 だはーっ、前線に行ってからここまでの緊張がほぐれる。



「よーし、もらってきた肉は各自好きな部位を好きなだけ焼いてくれ。料理人だからっていつも料理したがると思うなよ!」


「わーい、このお肉どこの部位?」


「タンですわ、スタートにピッタリですの。ランプも焼きましょう、お姉さま」



 焼いただけの肉でも多少はイメージで味が変わる魔物肉。牛の部位名で確認しながら焼くのはいい食い方だ。

 羊だとアバラ骨付き肉をラムラック・ラムチョップと言ったり、ネックを鶏と同じくせせりと呼ぶこともあるけど、食べ方が同じなら牛と区別する必要はない。


 それにしても、黙示録の羊は超大物だから肉一切れはきっちり四角い。豆腐のスライスみたいだ。ロマンの奴、これでよく部位がわかるな。



「そこで肉を切り分けている方の話が聞こえましたわ。あの方、宿屋通りの焼肉屋台の方ではなくて?」


「あ、あいつも帰ってきてたのか」



 そして帰ってきても仕事をしている。従弟の肉屋も一緒だ。肉の申し子たちめ。

 しかしロマンの機転と観察眼や記憶力はさすがだな。

 店での仕事にも期待してるぜ。



「そのホールというのは、要するに給仕のことですの?」


「そういや仕事の説明してなかったな。まぁ給仕なんだが『セルヴーズ』な」



 男なら『ギャルソン』と呼ばれる仕事だ。高級店じゃないとそういう呼び方はしないけど、ロマンに任せたい仕事にはこっちの方が合うだろう。

 メルセデスは肉が焼けるのを待ちながら、基本的な流れを説明しだした。



「まずお客さんをお席に案内してぇ、おしぼりとお通し出してぇ、お酒の注文を取るよね」


「酒はメルセデスとロマンで用意してくれ。酒を出す時に料理の注文を取る。悩んでたら飲んでる酒と今日のおすすめを参考にアドバイスだ」


「『メニューに無いけどこういうの食べたい!』っていう注文があれば、エミール君がなんでも作ってくれるよ!」


「なんでもはできねぇよ」



 後はできた料理を運んで空いた食器を下げて、空いた席の掃除か。うちの基本的な仕事はこんなもんだな。俺の手が空けばカウンターのフォローはする。

 あとは接客の最前線として――と、ここでギルド長が乾杯の音頭をとるようだ。皆勝手に始めてたけど、全体の準備が整ったのだろう。



「閑散期の終わりという人員が読めない時期の災害級襲来も今年で十回目。ギルド職員は毎年胃を痛めていましたが……」



 今胃の辺りをさすった人たちはギルドの職員だろう。ほんとよく壊滅しなかったよな、この街。

 十回目ってことは迷宮ができて街の体裁が成り立った頃からか。意外と歴史は浅い。

 ギルド長は眼鏡のポジションを直した。



「今年は黙示録の羊という過去最大の難敵を、最短記録で討伐して頂きました。ギルドの要請に応えて下さった元四つ星冒険者・メルセデスさんと『竜鱗』と名高いロマン・ド・サン・シュフラン様に感謝いたします」



 そこで歓声と拍手が起きた。ちゃっかりロマンまでギルドが呼んだことになっている。皆英雄が大好きなのだ。


 代官もそうだが、メルセデスが家名や身分を隠したがっていることに配慮してくれた呼び方だった。

 二つ名を言わない分、ギルド長の方が気遣いもある。



「前線を任された冒険者たちも役目を果たしてくれました。まだ現地で作業してくれている方もいます。動員された全員に感謝を――では、この街に英雄と迷宮があることに乾杯!」


「「「BBQだ!」」」



 流石女教師系ギルド長、学校の先生みたいな隙の無い演説だったな。ちょっと肉を焼きすぎちまった。


 再度の乾杯も済ませ、よく焼けたタンを取り皿にとって気付く。


「なってこった、タレはどこだ?」


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