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迷宮前の居酒屋には迷宮の階層主が通う 《迷い猫の居酒屋めし》  作者: 筋肉痛隊長
三章 鬼と聖女のオカルティック・サマー
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野戦料理(2)

 防衛ラインに到着した俺たちは馬車を降りた。

 見渡す限りの草原で、西に湖、その向こうに森が見える。

 背後の街を守るように、黙示録の羊が嫌うニガヨモギの煙が焚かれていた。



「なんにもない場所だな」


「街道を外れても馬車は通れたよね。別の街道への抜け道か衛兵隊の訓練地かもしれないね」



 旅慣れたメルセデスはそういうこともわかるようだ。

 仕事の説明を受けていない俺は、メルセデスに付いて本陣の天幕へ行くことにした。同乗者たちとはここでお別れだ。


 流石に二千人以上動員しているだけあって、白い天幕はいくつも並んでいた。指揮官用のものだけでなく、治療用・資材置き場・調理場などもある。


 戦場らしいせわしなさに、ちょっと緊張してきた。

 通された天幕では疲れた様子の代官と衛兵隊長、それに数人の冒険者が地図を睨んでいた。

 作戦会議を重ね、あとは討伐か誘導の号令をかけるだけのようだ。誘導の場合は北東に向けて黙示録の羊が好むブドウを配置する。



「――防衛ライン到達まで、あと三時間です。ご決断を」


「そうだな……おや、ようやく来たか――よし、討伐だ」


「よろしいのですか?」


「ああ、メルセデス嬢が来てくれたなら不安はない。全軍に伝えろ、BBQだ!」



 冒険者たちからも歓声が上がり、「BBQだ!」という声が外へ伝播していく。いや、BBQに来たわけじゃないだろ?


 代官のノリに戸惑うが、迎撃の準備はすでに始まっている。

 まず夜明け前から偵察と誘導準備にあたっていた先発隊を中心に、千人を休ませる。

 つまり食事だ。


 ここには20人の料理人がいるので、50人前ずつ作る計算だ。そこには俺も含まれていた。



「他の料理人は先発隊で来ている。エミール君はそこに合流したまえ。存分に腕を競い合うといいっ!」


「……はいよ。じゃ、行ってくるぜ!」


「頑張ってね!」



 テンションのおかしな代官の一言で、メルセデスより先に俺の仕事が始まった。BBQコールといい、戦場のストレスがそうさせるんだろうか?

 それともほんとにあるのか、料理バトル!?


 ともかくグズグズしていられないので、代官への挨拶もそこそこに外へ飛び出した。

 本陣の空気は来た時とまるで違う。

 ニガヨモギの煙は一斉に煮炊きの煙に変わっていた。調理場の天幕は案内なしでもわかる。外からでも感じる熱気が違うのだ。


 やはりここは戦場だ。戻ってきた戦力に素早く栄養補給させ、一分でも長く休ませなければならない。

 顔も合わせていない他の料理人たちだが、プロが集まっている。このピリピリしたプレッシャーは実家のランチタイム前に感じるものと一緒だ。


 まずは食材。俺は指定された食糧庫の天幕に入った。足跡がたくさん残っているので、食材を取りに来たのは俺で最後だろう。



「あちゃー、これは完全に出遅れたな」



 案の定というか、いい食材が残っていない。料理バトルどころじゃなかったわ。


 他の料理人たちが先発隊で入ったのはなぜかというと、仕込みをするためだ。ここは街から近いので保存食を備蓄するのではなく、食材を運んでくるのである。

 米を炊いたり、芋の皮をむいたり、フォンを取ったりといった仕込みが必要だった。俺は図らずもそれをサボった遅刻者なわけだ。


 もちろん他の人員の分もあるし、明日の朝飯の食材まではどっかに置いてるだろうけど。



「それを使っちまうわけにはいかねぇな」



 ここは戦場、店じゃねぇ。料理人に期待されるのは味や栄養だけでなく、食材のやりくりもだ。あるもので作らねばなるまい。


 改めて食材を確かめる。量は50人前に十分だ。

 ご飯は熱々ではないが、皆同条件だから仕方ない。炊いてる時間もったいないし。パンは品切れだった。

 塩漬けの鶏と豚……の塩辛い端っこの部分。暑いので生肉は無いのだろう。卵はたくさんある。

 野菜は型が悪かったりしおれていたりもするが、使えなくはない。ただしどれも量が中途半端だ。

 たまねぎ、にんじん、かぼちゃ、ネギ、パプリカ、ナス、ズッキーニ、アスパラ……まとまらないな。お、ニラは結構量がある。

 調味料は調理場にあるかもしれないが、無いものはアイテムバッグから出すとして。



「さて、これで何作るか……」



 先発隊は早朝から重労働だ。朝食抜いてきた人もいるだろう。それに今日は暑い。

 あとは疲れていても食べやすく、胃腸に優しく、消化しやすくてすぐエネルギーになる、うまいもの。


 討伐に決まったから、最後の食事になる人もいるかもしれない……いや、勝算のある戦いなんだ。

 こんなところで死なないよう、命を大事にしてほしい。なら気分を上げるより、リラックスできる味だ。

 メニューは決まった。



「おし、やるか」



 食糧庫の表で洗ったり皮をむいた野菜を台車に乗せ、俺はいくつかある調理場のひとつに入った。



「暑っ」



 すごい熱気だ。調理が佳境に入っている料理人も多いのだろう。

 一つ空いていた隅っこの調理台を確保。アイテムバッグにメルセデスが放り込んだ調理器具を出す。


 手を動かしながら知った顔を探すと、いたいた。

 『魔族料理 シズル』の店長たち三人だ。メニューはなんとチャーハンと酢豚。すごい体力だ。三人で協力して150人分を作っている。


 俺は塩漬け肉の塩を軽く落としてゆでる。量が無いので鶏も豚も混ぜこぜだ。丁寧に灰汁を取り、火が通ったら粗熱を取って冷ます。

 あとナスを縦長に切って水にさらしておく。


 肉で取った出汁を一部残して鍋に入れ、たまねぎ、にんじん、ネギ、ニラを加えて煮る。

 次にさっと水洗いしてぬめりを取ったご飯を加え、煮立ってきたらしょうゆで味付けする。塩漬け肉の塩気があるので少しでいい。結局調味料は使い慣れたものをアイテムバッグから出すことにした。

 最後に溶き卵をたっぷり加え、下がった温度が戻ってきたら混ぜ合わせ、軽くコショウを振って完成。『ニラ玉雑炊』だ。


 もう一皿。冷めた肉を鍋から上げて酒としょうゆで和えておく。

 続いてかぼちゃ、水を切ったナス、ズッキーニ、アスパラ、パプリカを持ってシズルさんの調理台へ。



「お疲れ。揚げ油借してくれねぇか?」


「エミールも来たか。こっちは使い終わったから好きにしろ」



 薄緑色の髪を伝う汗をぬぐい、シズルさんが許可をくれた。職人気質でキリっとした美人だ。



「「お嬢、ご確認を」」



 シズルさんは店員の男女が差し出す小皿からチャーハンと酢豚の味を見て頷く。三人とも赤い瞳の魔族だ。



「よし。先に行くぞ、エミール」



 『シズル』の三人は配膳へ向かった。

 俺は揚げ油の温度を見ると、持ってきた野菜を素揚げにしていく。かぼちゃは三分、他は一分。

 バットに回収したら火の始末をして自分の調理台に戻る。


 アイテムバッグから出したニンニクのスライスをフライパンでゆっくり炒め、強火にして片栗粉をつけた肉を加え焼き色を付ける。

 次に揚げた野菜を加えてざっと混ぜ、オイスターソースとみりんを加え炒め合わせて完成。『塩漬け肉と揚げ野菜のオイスター炒め』だ。雑炊では物足りない人も満足だろう。




   ***




 炒め作業を何度か繰り返して50人前を作り、配給場所へ向かった。出遅れたけど順番的には真ん中くらいか。

 皿を持って並ぶ冒険者の列が料理人ごとにできている。


 あ、これ料理人の人気がもろに出るな! 「腕を競え」ってこのことか。うへぇ。

 売れ残っても俺は損しないけど、料理人のプライドが疼くな!


 冒険者にも料理人にも知った顔がちらほらいる。冒険者の場合は店の客だ。たいてい俺を見て驚いたあと、列に並んでくれた。

 なんでここにいるのかって? メルセデスの仕業だよ。



「ギルド誌に載った店の料理をこんなところで食えるとはな!」


「店の料理とはひと味違うぜ?」



 材料選べなかったからな!

 『道草アントレ』は先発隊の馬車にも置いてたそうだ。メリッサは徹夜したんだな、ギルド誌のために。この非常時に。


 料理人だとさっきのシズルさんは人気で、三列とも並んでいる。すぐに完売だろう。

 まだ10時前だけど、俺もガッツリした料理の方がよかっただろうか……いや、調理前に決めたことがすべてだ。シズルさんのチャーハンと酢豚だってこの場に合わせた工夫があるんだろうし。


 あとさっきから漂うカレーの匂いは、俺の好きなラーメン屋の店主の仕業だ。カレーライスは大人気だな。ルーは持ち込みだろう。


 他は屋台をやってる連中が多い。宿屋通りの青空焼肉店の店主は、意外にもパンとスープと焼いた肉というオーソドックスなメニューだ。

 いや、奇をてらう必要はまったくないんだけどな。料理バトルじゃねぇし。


 身なりがいいのは多分、代官のところの料理人……と思いきや、執事のヴィクトーさんだった。何でもできるんだな、あの人。



「エミール君、来たよー! 残ってる?」


「おう、足りるかな?」



 残り数人分まで減ったところに、来たのはメルセデスと『シズル』の三人だった。料理人も手が空いた者から食事だそうだ。

 メルセデスは打ち合わせを終えて一休みか。

 残り全部よそって渡す。



「気使ってないで、好きなもん食いに行けばいいじゃねぇか」



 こっちは余りものから料理の体裁整えるスタートだぜ。

 俺ならシズルさんとこかラーメン屋のカレー食いたかった。



「好きなものだから食べに来たんだよぉ。あ、やっぱり朝は優しい味だ。すっごい具だくさん、鶏と豚って混ぜてもおいしいんだね?」


「揚げ鍋を借りに来たのはこれか。酢豚と逆で野菜を揚げるとはな」


「肉の塩抜きで茹でたからさ、油気足りないと思ってな。なんとかまとまってよかったぜ……雑炊はカツオ出汁にしたかったけどな」



 俺が言い訳をすると、シズルの店員の二人が頭を下げた。ガタイのいい男と華奢な女で、兄妹だそうだ。



「すいやせん、エミールさんが来ることは仕込みの後に聞きやして」


「残り食材のバランスをとる余裕がなく、我が身の未熟がお恥ずかしゅうございます」


「あんたらのせいじゃねぇよ。ひょっとして先発隊の料理人に欠員ができたから俺を入れたのか?」



 俺は口いっぱいに咀嚼するメルセデスを見た。

 にんまりが返ってきたので肯定だ。

 後で聞いたことだが、『ホオズキ』のエルザが家族に黙って応募して二代目に連れ戻されたそうな。


 いち早く食べ終えたシズルさんの赤い瞳が俺を真っ直ぐに見据える。

 異論がある時の顔だ。



「野戦のことをよく考えたメニューだが……味が物足りないのは自分でわかっているな。なぜだ? エミールなら残り物でも作れただろう」


「買い被りだぜ、シズルさん。持ち込みの食材は極力使わないようにしたけど、材料があっても俺は似たようなもん作ってた」



 確かに今回は完成度に無理があったと自覚している。野外で非常時に食べる雰囲気が無ければ、もっと粗が目立つ料理だ。

 メルセデスが満足そうなのはうちの賄いを食い慣れているからだろう。

 あの二品は俺が作る賄いや朝飯に似ている。


 店のような料理を出すには出汁とまともな肉や魚、それに時間が足りなかった。アイテムバッグの中身を使えばどうとでもなったろうけど、料理バトルのつもりもなかったし。

 と、俺は喉まで出かかった言い訳を飲み込んだ。



「すまねぇエミールさん。お嬢はエミールさんと腕を競えるって楽しみにしてたんで」


「それでいて三人掛かりなんだから容赦ねぇな……まぁあれだ。物足りなかった人はこの戦い生き残ってさ、店に食いに来てほしいぜ」


「そうそう。お店に来ればもっとおいしいもの作るからね、エミール君が!」


「戦いにロマンなど持つな、ということか……そうだな、それもよかろう。馳走になった」



 言い残してシズルさんたちは去っていった。


 討伐にしろ料理にしろ、俺はバトル向きの性格してないんだろう。客にうまいと言わせたい意地はあるけど、どっちがうまいかなんて「両方食え」で解決だと思う。


 さて、メルセデスももうすぐ配置につく。

 その前に俺も何か食って片付けを済ませるか。


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