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迷宮前の居酒屋には迷宮の階層主が通う 《迷い猫の居酒屋めし》  作者: 筋肉痛隊長
三章 鬼と聖女のオカルティック・サマー
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野戦料理(1)

 月曜日の朝。昨日は閑散期が終わったような忙しさだった。

 今日はギルド誌『道草アントレ』の創刊号が発行される日。特集はうちの店なので、さらに忙しくなる――はずだったが。



「災害級魔物の接近だって、エミール君!」


「ああ、この季節の風物詩らしいな。メルセデスも呼ばれたのか?」


「うん、前々からクラハさんに頼まれてるよ。わたしは引退した身だけど、失敗すると街がなくなっちゃうからね。おいしいやつだったらBBQだって!」



 エプロン姿のメルセデスが答えた。ギルド長が依頼したということは、ギルドが対策を主導するのだろう。

 冒険者じゃないと言いつつ、嫌ではないのがわかる。報酬もいいらしい。


 というわけで今朝は起きたら厳戒態勢で、この辺は避難に備えて外出禁止の知らせが届いていた。

 実は昨日忙しかった理由も、避難に時間がかかる遠くの人たちが事前避難で迷宮街に集まったからなのだ。


 うちの臨時休業は予想通りで仕方ないんだけど、『道草アントレ』の創刊は……メリッサ気の毒すぎるな。



「どうかなー、昨日もメリッサちゃんはウキウキしながら準備してたから、どうにかするんじゃないかな? あ、時間だね、そろそろいこっか!」


「おう、気を付けてな……ん?」


「料理人も募集あったから、応募しておいたよ! さぁさぁ、これ持って! 戸締りして!」


「マジかよ……」



 俺が料理以外できないことを、メルセデスはわかっているのだろうか?

 てか昨夜メルセデスに頼まれて、おにぎりを数十個握ってアイテムバッグに入れたけど、それじゃダメ?

 とりあえず、虫系の魔物が出ないことを祈ろう。




   ***




 店の前、迷宮広場で受付を済ませた俺たちは、ほかの冒険者と一緒に馬車に詰められ出発した。

 これからしばらく馬車の旅になる。100台以上の馬車で車列を作っているのでトラブルもないだろう。手入れする武器防具もない俺は暇だ。

 持たされたアイテムバッグの中身でも確認するか、と視線を落とした時、見つけてしまった。



「これ、メリッサの仕業だな……タダでは転ばないやつだ」


「『迷い猫』が紹介されてるなんて、感慨深いねぇ」



 隣に座るメルセデスはギルド誌『道草アントレ』を開いてにんまりした。

 座席の隅に何冊か置かれていたものだ。この馬車だけってことはないだろう。

 メリッサはこの『災害級魔物対策隊の馬車』を『道草アントレ』創刊号発表の場に選んだのだ。目的地まで二時間くらいかかるらしいから、うまい手だと思うけど。



「なんか、緊張感ねぇな」


「今から緊張してもしょうがないよ。ここは寝てるくらいじゃないと」



 言われてみると同乗した10人の半数は座席に座ったまま眠っていた。皆ベテランという風体だ。体力温存ってわけか。

 メルセデスがポンポンと自分の膝を叩くのは、そこで寝ろという意味だろうか? 勘弁してくれ。



「メルセデスは寝とかなくていいのか?」


「体力には自信があります!」



 メルセデスは大きな胸を張った。

 今日は白い軽鎧を来て帯剣している。初めて見たメルセデスの完全武装だ。頭は髪飾りだけで頼りないが、これで全体を守っているらしい。


 そこへ向かいの席にいる冒険者が一人、こちらを睨み腰を浮かせる。騒がしかっただろうか。

 筋骨隆々で大柄な……あ、女だ。



「あんたら、随分と余裕……あ、あんたは……どうも、こんなところで奇遇ですね、ヘヘッ」


「『筋肉婦人会』の人たちだぁ、元気だった?」



 勝手に出オチしてくれた。メルセデスの知り合いだろう、にこやかに揉み手をしている。

 横に座る三人も仲間らしく、同じ反応だ。他の冒険者たちが瞠目している。


 ロマンたちとビアガーデンに行った時、「『腕相撲』して回復薬かけた仲」だそうだ。

 他の冒険者たちにもニュアンスが伝わったようで、顔色が悪くなった。なんか申し訳ない。



「メルセデスさんが出張るんなら、黙示録の羊なんてサクッと討伐ですぜ! そうだろ、お前らっ?」


「「「へ、へいっ!!」」」



 『筋肉婦人会』のリーダーが青い顔しながら威勢のいいことを言う。なぜか丁稚風で。

 そこに聞き捨てならない情報も混じっていたので、俺は思わず立ち上がった。



「今年の災害級って、黙示録の羊なのか!?」


「そうですぜ、今日明日には迎撃地点に来るはずで。去年のマンティコアは進路を逸らすだけで精一杯だったが、今年はうまい肉が食えそうですぜ! 兄さんもメルセデスさんの連れなら、相当な――」


「あ、俺ただの料理人だから。敬語もいらねぇってか周りがドン引きしてんだけど……」


「「「「……」」」」



 冷静になった筋肉婦人会の皆さんに教えてもらった。

 災害級魔物は西の海岸に上陸してからアントレを目指すが、何が来るかは上陸までわからない。

 上陸からの猶予は一日から一週間で、方角的にポアソンをかすめる時もあるそうだ。


 今シモンがポアソン行きの道中のはずだが、大丈夫だろうか?



「ポアソン行きの旅人なら全員侵攻ルートの連絡員を買って出たぜ。護衛付きの特別便が出てるからな」



 この時期は災害級の目撃情報の伝達に協力する代わりに、普通の馬車より速くて護衛付きの特別便に無料で乗れるそうだ。

 だからシモンは一昨日までアントレにいられたわけか。


 なら問題は相手だけだ。

 黙示録の羊とは、七つの目と七本の角を持つ巨大な羊の魔物だ。

 その足元では時間の進みが異常で、羊より早く動けない。この効果は魔法耐性があっても防げないらしい。

 胴体はもこもこでダメージが通らない。その羊毛は刃物を通さず燃えもしないのだ。

 必然、頭を攻撃するしかないのだが、空から接近したり飛び道具は角による重力操作で落とされる。瞳が発する障壁で魔術による飽和攻撃も無意味だ。

 実は温厚で人を襲わないのだが、体高30メートルに達する巨体なので通るだけで甚大な被害が出る。


 メルセデス一人でどうにかできる相手じゃないだろう。

 それに遠征に出た腕利きたちが戻りきらないこの時期だ。てか毎年こんな状況で、よく生き残ってるなアントレ。



「やっぱ進路を逸らすのが現実的じゃねぇか?」


「羊かぁ……前に討伐した時はパーティーだったから、今度はソロでやってみたいなぁ。それに人のいない方へ誘導しても、その先どう動くかわからないしね」


「マジかよ……」



 進路を逸らすだけなら戦力は不要らしい。

 誘導方向に相手の好きなものを置き、街の方向から嫌いな臭いの煙を送るだけだ。


 アントレの場合南に農場と牧場があるし、南東は領都グリエの街だ。逸らすなら北東となる。



「人里の無い方向に誘導はするが、直進するとは限らないからな。国境を出るまで監視を続けて、進路上に人里があれば知らせなければならない。ギルドは長丁場の戦いになるってことさ」



 北東に進むと北の国境まで200キロ以上あるので、追跡は大変だ。魔物は夜寝るとも限らないから交代要員もかなり必要になる。

 ちなみに国境を越えると帝国で、あまり仲良くはないが警告は出すそうだ。


 教えてくれたのは『筋肉婦人会』のリーダー。

 彼女たちは災害級対策の皆勤賞パーティーだそうだ。



「わざわざ遠征しなくても大物とやりあえる。しかもギルドの支援付きだ。逃す手はないさ」



 災害級魔物の進路上にいるなんて不幸でしかない。

 それでもこういう冒険者がいるからアントレは生き残ってこれたのだろう。荒くれ者ではあるけど。


 できれば討伐した方がいいのは分かったので、ついでに教えてもらおう。

 俺は窓の外に顔を出して前後に続く長い車列を見た。



「夜明け前に出た先発隊が千人だろ? この本隊も千人くらいはいそうだけど、多くないか?」



 黙示録の羊は特殊な魔物で、数いりゃいいって訳じゃない。誘導するにしても二千人はいらないだろう。

 二千人には補給部隊も含まれているが、指揮をする街の幹部や馬車の御者、伝令係などは外数だ。



「相手は災害級だけじゃないからさ。大物に追われてきた小物、くっついてきた小物がいる。そいつらを狩るのもアタシらの仕事ってわけだ」


「わたしも久しぶりに本気出しちゃうからねっ、BBQのために! その前にエミール君、おにぎり食べようよっ」


「旅のおやつだったのか、あれ」



 俺は自信満々のメルセデスに一抹の不安を感じつつ、アイテムバッグからおにぎりを出して御者と同乗者に振舞った。



「こいつは鮭か、いい塩加減だ。ギルド誌に載った店のもんを早速食えるなんて、幸先いいな!」


「ツナマヨおいひぃ!」


「ついてるぞ、ご飯粒」



 おにぎりの具なら、俺は地味だがなめ茸が好きだ。

 かぶりつけば塩のしみ込んだ飯と具の味、それに海苔の香りが広がる。

 シンプルかつ簡単なのにうまい。人類が発明した最高の携帯食だ。


 街の西門を抜けた馬車は長閑な外周部も抜け、さらに2時間走る。

 ついに防衛ライン、湖の1km手前の草原に到着した。



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