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迷宮前の居酒屋には迷宮の階層主が通う 《迷い猫の居酒屋めし》  作者: 筋肉痛隊長
三章 鬼と聖女のオカルティック・サマー
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『漬け丼(2)』

「回りくどい説明のおかげで事情は理解しました。つまりこの田舎貴族は治安維持を怠り、そちらの金の亡者は保身のため娘を差し出そうとしたわけですね。まったく、甲斐性の無いことです。その股間にぶら下げたものは飾りですね」



「「ぐはっ」」



 カタリナは表情を変えずにお茶を一口。テーブルの向こうで血を吐きそうな男二人には興味がないとばかりに、池の睡蓮を眺めている。

 黙っていれば可憐な少女に見えるが、これでも21歳である。


 彼女はフランベ王国で上流階級の大半が信仰する『フィニヨン教』唯一の聖女である。領都の大聖堂もフィニヨン教のものだ。

 総本山はフランベの東、山岳地帯に囲まれた小国だが、神殿が一声掛ければ一国潰せると言われるほどの権勢を誇る。

 カタリナはその総本山において、教皇に並ぶ権威を持っているのだ。


 領主たちが使い物にならないので、ミリスが問う。



「せ、聖女様はいつから……いえ、なぜここに?」


「食べ歩きの旅の途中でこの街に寄りました。一週間ほど前からいます――あ、食休みに寄っただけで、ここの料理には興味ありません――」


「……」


「やめてやれ、領主様が死ぬ」


「――この屋敷に来たのは愚かにも迷える信者たちから、よからぬ噂を聞きつけたからです。噂に尾ひれを付けて汝を尻軽女と吹聴した背教者は破門ですね」



 聖女が食べ歩きの旅というのはミリスの理解を超えていたが、自分を心配して屋敷に来てくれたことはわかった。

 初対面ながら噂通り慈悲深い聖女だと思う。


 カタリナのおさげにした銀髪が風に揺れ、赤い瞳が覗く。青白い顔は人形のように端正だが表情は無い。

 その口を開くと、狼、というか猫のような牙が覗く。それらを見てシモンが気付いた。



「影が無いな。聖女様はノスフェラトゥなのか? 初めて見たぜ」


「ドワーフとノスフェラトゥのハーフです。汝は……変わった顔ですがヒト種で当たってます?」


「……」



 ハーフとはますます珍しかった。

 ノスフェラトゥとは、先程瞬時に移動したように不思議な特性を持つ種族だ。ヴァンパイア・吸血鬼とも呼ばれる。

 日光が避けて通るため青白く、影ができない。不死であり、複雑な手順を踏まない限り身体の損傷で死ぬことはない。

 そしてなによりも、知能が高い。


 敵なしに見えるが、エルフ以上に子どもができにくい。さらに生きるため人の血を必要とするので、徐々に数を減らし現在では希少種族となった。

 まして混血など伝説級である。


 ハーフのカタリナは不死ではないが、ノスフェラトゥの特性を活かし、類まれな冒険者として活躍している。

 同時に聖女とは世界でも珍しい回復魔法使い(治癒術ではない)だ。


 そしてそれだけでなく――辛辣な罵倒でも名高い。

 特に彼女が『破門』と口に出すと、ゾクゾクする層がいる。

 最終兵器『破門砲』――代々の聖女に破門された信者は、なぜか仕事が増えて収入が減るというブラックな呪いにかかる。元信者は神に見放されたことを深く後悔するという。

 フィニヨン教の神は誰も見たことがなく、声を聴いたこともない。にもかかわらず信者が多いのは、聖女(の破門砲)による『神の存在証明』の効果が大きい。



「ともかく、オレのせいでミリスや商会を危険さらしちまうのは変わんねぇ」


「安心なさい、か弱き者よ。汝己の無力に打ちのめされたイソギンチャクの祈りでも、多分神には届くのです。すでにいくつかの商会が動いていますよ」


「か弱き……イソギンチャク?」


「多分……」



 言葉の刃が返ってくるかもしれないのに、話しかけたシモンは勇気あるなーと他の一同は思いつつ、商会が何を? と首を傾げた。ミリスは少しだけ信仰が揺らいだ。



「ならず者たちに仕事を与えているのです。仕事があり、それに満足する者は立場を守ります。衛兵に捕まるような真似はしないでしょう――あら、誰が領主かわかりませんね?」


「ぐへぇ」



 発言しなくても流れ弾は飛んでくる。ナイスミドルが台無しだ。

 しかし商会長にはまだカタリナに異論をはさむ勇気があった。



「ちょっと待って下さい、聖女様! 私の商会は以前から、そういう後ろ暗い商会にならず者をけしかけられて――」


「落ち着きなさい、汝金に囚われしエンドウ豆よ。商会に狼藉を働いたのは引き取り手のない――聖典の言葉に則ればDQNと呼ばれる者たちです。衛兵隊もタマナシなら、汝も考察と脳味噌が足りませんね、豆なのに。

 そもそも、汝の商売敵は違法行為のリスクがわからない程、愚かなのですか? 汝はそんなナメクジと長年張り合っているのですか、ナメクジエンドウ豆よ」


「なっ、えっ、エンドウ豆? DQN? いや、ではあの噂は」



 一週間の『食休み』中にそんなことを調べている辺り、さすがは聖女である。

 カタリナの言うことには理があり、多少意味の分からない宗教用語はあるが商会長も概ね納得だった。

 では、あの噂は誰が、なぜ流したのだろう。



「さぁ? 誰かの妬み嫉みか、もしくは恋慕か愛情か――」


「愛情?」


「――どのみち大事な神官が貧乏貴族の犠牲にならずよかったです。あとは神官ミリス、信者シモン。汝らが決めることですよ」



 カタリナは事情通のようだが、すべてを話すつもりはないようだ。

 なおシモンは信者ではないが反論しなかった。


 ところで、領主と商会長にも別の事情がなんとなく読めてきたところだ。



「うんうん、シモン君が噂のような悪人ではないことも、優れた商人であることも知っているよ。他ならぬ商会長からの情報でね」


「オ、オレ?」


「お父様。私の身辺を調べたのですか?」


「当たり前だ。この男が行商人とも大商会とも差別化を成功させたことは知っている」


「親バカなら初めから親バカらしくすればいいのです」



 シモンは人件費を削り物流に時間を掛けている点で行商人に近い。しかし一攫千金を狙わず地道な仕入れの安定に注力したので固定客が付いた。

 同時に肉料理の街、アントレで魚一本に絞り一番の目利きになった。これは大商会だと負えないリスクだ。


 すでにこの場は『シモンとミリスのお見合い』会場に変わりつつあったのだ!

 続くカタリナの発言はお見合いを盛り上げるのか、それとも。



「ところで、わたしはお腹が減りました」


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