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迷宮前の居酒屋には迷宮の階層主が通う 《迷い猫の居酒屋めし》  作者: 筋肉痛隊長
三章 鬼と聖女のオカルティック・サマー
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鮎めし

 今月最後の土曜日、シモンが来た。

 熱の月もあと一週間で終わりだが、今月は随分長く感じた。いろいろあったせいなのか、閑散期で暇が多かったせいなのかはわからん。


 カウンターに座るシモンにおしぼりとお通しのねぎ塩やっこを渡すと、メルセデスが米焼酎のボトルと炭酸と氷を持ってきた。



「そういえば領都はどうだった? 孤児院の子たちは『楽しかった!』しか言わないんだよぉ」



 俺たちがポアソンに行ったのと同じ日、シモンは孤児院の子どもたちを連れて領都旅行に行ったのだった。

 確か一週間近く行っていたはずだけど、土産話を聞いてなかったな。



「ん、ああ……ガキども楽しそうだったぜ。こっちは大変だったけどな」


「家族サービスを終えたパパンのようだの」



 同じくカウンターで飲んでいたグーラが水を差した。

 今日のシモンはなんか歯切れ悪りぃなぁ。



「そういえばミリスちゃんも行ったんだよね? ミリスちゃんは里帰りのついで?」



 ミリスというのは孤児院のボランティア教師の一人で、若い娘だ。本業は治療院に努める治癒術師であり、フィニヨン教の神官でもある。

 孤児院では道徳と法律、衛生を教えているらしい。



「治癒術も魔術の一種なんだけど、信仰に基づく力だからねぇ。神官の資格を持ってるとわざわざ魔術の勉強する人は少ないから、貴重な人材だよね。いなくなっちゃうの残念だなぁ」


「……!」



 シモンが恐ろしい顔で息をのんだ。

 ミリスが優秀なのはわかったけど、いなくなるってのはどういうことだ?



「わたしたちがポアソンに行く前からお話があってね、領主さんの親類とお見合いしたはずだよ」


「なるほど、シモンの様子がおかしいのはそれか。今度の水曜から店開けるってのに、まだアントレでグズグズしてんのもそれか」


「……うっせぇ」



 悪態をつきつつも力はこもっていない。シモンの顔が一割ほど怖くなくなった。

 こりゃ話聞いてやらないとな。




   ***




 ミリスは茶色い長い髪を三つ編みにした、青い目の小柄な娘だ。

 俺が孤児院で見かける時は青と白の神官服を着ていて、眼鏡を掛けているから覚えやすかった。


 シモン曰く『花が似合う可憐な』その娘と出会ったのは、仕事で怪我をして世話になった治療院だった。マグロの解体中にざっくりやったらしい。


 そして孤児院で偶然再会した時、気付いたそうだ。



「ミリスはよ、俺の顔怖がらねぇんだ」


「お? おう、そうだろうな」



 シモンの顔は怖い。傷跡とかは無いし、どこがどうとは言い難いが、この会話が次にヤル奴の話に聞こえるくらいには怖い。

 初対面で怖がらなかったのはメルセデスと迷宮の面々くらいだ。孤児院の院長はまぁ、シモンが子どもの頃だし。


 だけど俺も含め、簡単に慣れてしまった人間も多い。

 例えばシモン丸の客、近所の店の奴ら、うちの(人間の)常連たち、そして孤児院の子どもたちと大人たちだ。シモンは気付いていないのかもしれないが。



「ミリスはあがり症ってやつらしくて、おどおどハッキリしねぇんだけどよ。ガキの相手だと落ち着くんだと。悪ガキのあしらいも大したもんだ」


「シモンさんがミリスちゃんに気があるのは、みんな知ってたけどね」


「……」



 言ってやるな。

 それで見合いの話を聞きつけたシモンが、せめて領都までミリスを送り届けようと考えた言い訳が、子どもたちを連れての領都旅行だったわけだ。

 健気な奴。


 子どもたちもミリスが辞めることに大反対だったから、院長も認めるしかなかったようだ。

 馬車で半日の道のり、金は全額シモンが出すので止める理由もなかったか。



「あっ、だから院長先生は行かないって言ったんだね。シモンさんへの応援として」



 なるほど、子どもたちに遠慮したわけじゃなかったかもな。


 ちなみに人数はシモンとミリスの他、赤ん坊を除いた子ども12人だ。18人いたが、三人は住み込みの仕事が決まって卒業した。

 トマは通いだが氷屋の仕事が稼ぎ時だ。あそこは閑散期でも夏は忙しい。

 あと二人は直前に熱を出した。


 シモンが伝手で馬車二台を借り、分乗した。御者はシモンと男の子たちで交代しながらだ。



「ソラルの奴が意外とうまくてな。マテオがむくれてたぜ」



 マテオ、ソラル、イネス、セリア、カーラは当然参加したわけだ。賑やかそうだな。

 子どもたちは近所で暇そうな御者を見つけては練習しているらしい。

 就ける仕事の幅を広げるためだろう。


 宿はミリスが実家の別邸を提供してくれたそうだ。豪商が接待に使うきれいな屋敷だ。

 早朝に出て昼すぎに着いたわけだが、生まれて初めての旅をした子どもたちは昼飯もそこそこに休んだという。



「馬車で騒ぎすぎなんだよ」


「街の外に出るのも初めてだもんねぇ」



 当然翌日には元気になって街へ繰り出した。生まれて初めての観光だ。

 俺たちが領都と呼んでいるグリエの街はかつての国境沿いで、古い街だ。そのため北部では珍しく石造りの建物も多い。

 領主館は元要塞だし、フィニヨン教の大聖堂もある。


 俺は王都からここに来る途中で寄ったけど、運河沿いに商館が並んでいてきれいな街だった。

 アントレの大手商会はほとんどがグリエからの支店だ。

 ちなみに迷宮は無く、冒険者ギルドはアントレよりずっと小さい。



「ま、ガキどもにゃつまらん街だな。アントレの方がおもしれぇ」


「観光地じゃないからな。ここもそうだけど」


「おいしいものは食べた?」



 三本の川を水路でつないだグリエは、北部の物流・軍事・政治の中心地だ。


 周辺から集まる肉と川魚を使った料理はバリエーション豊かだろう。だが。



「なんだか物騒でよ、それどころじゃなかったぜ」



 子どもやミリスを狙ったならず者に何度か襲われたそうだ。

 その都度シモンが駆け付け、その顔を見たならず者は飛び上がり、運河に落ちたという。



「穏やかじゃねぇな。運河沿いを歩いたのがまずかったんじゃねぇか?」


「それがよ、離れてもワンブロック先の運河に引きずり込まれるように落ちてくんだよ。ガキどもはいつの間にか飴舐めたりして、平気なもんだったけどな」



 なんとなくグーラを見ると、ひゅーひゅーと鳴らない口笛を吹いて目をそらした。

 ウンディーネあたりを護衛に付けたんだろう。シモンがいれば十分だったかもしれないが。



「アントレを追い出されたならず者が領都に流れ込んでるって話は聞いたことあるねぇ」


「ミリスも『仲の悪い商会がガラの悪い連中を雇ったかも』とか言ってたな」



 カガチが肩を震わせたので、ならず者が移動したのは事実だろう。だからグーラが護衛を付けたわけだ。


 ミリスの父親は商売で成功した人間だが、後ろ暗いことには決して手を貸さない人なのだそうだ。

 正義感というより、商売の成否は商品価値と時間、それに値段だけで決まるべき、という合理主義者だ。

 故に敵が多い。


 貴族との縁談もこれまで商売に関係ないと切り捨てていたが、街の治安も鑑みて必要に迫られた、というところらしい。



「貴族の縁者になると手出ししにくいし、衛兵隊の見回りも厚くなるからねぇ」


「貴族にも有力な商人とつながるメリットがあるぞ」



 商会としても期待のかかった縁談で、ミリスもそれを承知だったわけか。

 シモンの失恋を慰める必要があるな。丁度、魔導炊飯器のブザーが鳴った。


 釣り好きの客にもらった鮎がある。一晩砂を吐かせたものだ。

 表面のぬめりを洗い流したら、腹から肛門へむかってしごいて内容物を押し出す。


 両面に塩を振ってグリルで焼く。強火で表面に焦げ目が付けばそれでいい。


 研いで浸しておいた米をザルにあけて水を切り、しょうゆ・酒・みりんを加えて、昆布だしで水加減をして混ぜる。

 そこに焼いた鮎を乗せて魔導炊飯器で炊く。

 ここまでは仕込みだ。


 鮎だけ一度取り出し、頭・骨・ヒレを取り除く。

 身をほぐし、ワタ有りとワタ無しの具に分ける。ご飯も二等分してそれぞれの具を戻し、全体を混ぜる。


 渋面しているシモンには、ワタ有りを盛ってシソの葉の千切りを乗せて出した。店からのサービスだ。



「『鮎めし』だ。今が旬だぜ」


「いい香りだ……ほろ苦いのはワタか。鮎は清流で苔しか食わないから内臓も食えるんだよな?」


「ああ。胃が無くて夜食べないサンマとは理由が違うんだよな」


「甘い香りと出汁のうまみだけでもおいしいけど、ワタの苦みは一度食べると癖になるねぇ。ほろ苦い失恋の味だねっ!」


「げほっ……」


「あたしもワタ好きだわ。無いと物足りないぞ」


「皮の香ばしさもよいの。これは清酒であろ、クニマーレを冷やでもて」



 メルセデスは直球すぎるからもう少し何かに包んでくれ。シモンがむせた。

 希望する面々には両方出したのだが、カガチはワタ派、グーラは……どっちだ?



「わたしはワタ苦手だわ……炊き込みご飯自体は好きよ」


「……同じく」



 いつの間にかいたテルマとビャクヤはワタ無し派。ビャクヤはワタを入れた塩辛、うるかも好きそうだけど。

 ほろ苦ついでにこれも出しておこう。



「『夏みかんの皮の砂糖煮』は口直しにしてくれ」


「あ、これ合うよ!」


 メルセデスは自家製ジンジャーエールでハイボールを作り、そこにみかんの皮を差した。


 これはエルザにもらったもので、実はお菓子に使ったそうだ。

 細長く切った皮を水に浸してあく抜きし、水を搾ってから砂糖をまぶして煮詰めたものだ。

 強い夏の香りとほろ苦さですっきりする。


 ホオズキも閑散期は休みだったから、その間は修行とお菓子作りで過ごしたんだろう。

 あ、鴨のローストにオレンジソースをかけてもいいな。




   ***



 シモンの話に戻ろう。

 街が物騒なので、結局残り二日間は屋敷で過ごしたそうだ。

 この時期別邸にいるのは使用人だけなので、子どもたちは気兼ねなくミリスとの名残を惜しんだ。

 広い庭と屋敷は12人が遊ぶのに十分で、ミリスの特別授業はみな真面目に受けていたという。



「シモンは寝てたんじゃねぇの?」


「まぁな。庭から入る風が気持ちよくてよ」



 悪びれもしねぇ。そういうとこだぞ!


 使用人たちはミリスに同情的なのか、嫌な顔もせず子どもたちを世話してくれたそうだ。

 シモンがアイテムボックスに鮮魚を入れてきたので、孤児院では食べられない生魚も堪能した。



「刺身は好評だったぜ」


「孤児院でも食べられるようになるといいねぇ」



 シモンとミリスは夜、子どもたちを寝かしつけると庭を散歩したという。

 いい雰囲気じゃねぇか。



「いや、なんもねぇぞ? 昼も夜も花の匂いがしてよ、いい庭なんだよ。そこで仕事のこととか孤児院のこととか、アントレの話をしてただけだぜ」


「ヘタレめが」


「ヘタレだねぇ」



 シモンは採って食いそうな顔で俺を見た。

 ここには俺とお前しか男いないから、そんな目で見ても勝ち目はねぇよ。あとヘタレ。



「オレもガキどもも、それで十分だと思ったんだ……第一、貴族と金持ち相手じゃどうしようもねぇだろ?」



 シモンも若いのに商売で成功してるけどな。

 ミリスの父親と肩を並べる必要はないだろうし。でも家の事情を知ると何も言えないか。


 当事者であるミリスの考えが気になるけど、今更言っても傷口を広げるだけだよな。


 そしてなんの進展もなく、シモンたちは五日目の朝を迎えた。

 見合いはその日の夜で、ミリスの準備もあるからシモンたちは10時には帰路に就く――ミリスを置いて。


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