レバニラ定食
土産食材を食べながらの土産話。
話題は例の吟遊詩人の正体、マゼンタの話に移った。
カガチを手玉に取るほどの腕利き冒険者だって聞いたんだが、どんな化け物だ?
清酒・クニマーレに切り替えたメルセデスは、思い出すように言った。
「強いことは強いんだけど、つかみどころがないって言った方が当たりかなぁ。同じパーティーにいたのに、マゼンタさんの技ってほとんど覚えられなかったよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! あたしが奴に後れを取ったのは『協定』があるからだぞ」
「協定ってなんだ?」
「親交のある迷宮と取り交わすものでの――」
グーラ曰く。
ひとつ、よその迷宮とその周辺で地脈に干渉せぬ。
ふたつ、極力人を傷つけぬ。
みっつ、人外であることを隠して行動する。
「――というものだの。他人の縄張りで好き勝手するな、というわけぞ」
「吟遊詩人の拘束は『怪人劇場』経由で了承とったけどさ……まぁ暗殺者だけあって、本気出しても無傷で捕まえるのは難しかったぞ、多分」
「しかもチェンジリングの『本物』とはの」
これだけ人と深く関わってきたグーラたちだから当然なんだろうけど、よその迷宮とも交流あるんだな。
迷宮同士に横のつながりがあるなんて、考えたこともなかったが。ところで。
「取り替え児っておとぎ話じゃないのか?」
妖精が赤ん坊をすり替える話ってのは結構ある。
物語では人間の夫婦の元で育った妖精の子は、成長すると消えてしまうことが多い。
『本物』の方はいつの間にか戻っていたり戻らなかったりだ。
俺には面白さのわからない話が多くて、『生まれた子をかわいがらない親』を暗示する戒めだろう、くらいに理解していた。
そもそも妖精自体おとぎ話の住人だと思ってたけど。
「歯も揃わぬ赤子が説教垂れて、喧嘩する両親を諭したという話があるのぅ」
「ベビーベッドの上に胡坐をかいて、ドスの利いた声でビールと枝豆を要求したってお話もあるねぇ」
グーラとメルセデスは俺の知らない話を披露してくれた。
なにそれ、ちょっと面白いじゃねぇか。
さて、次の料理も作っていこう。
キノミヤがもらってきたイノシシのレバーを使う。見るからに新鮮そうなレバーだが、イノシシのは扱ったことが無い。
けどアントレで上等なレバーが欲しければ、肉屋に予約を入れる必要があるし、牛豚も選べないことだってある。
せっかくだから今日は実験だ。
よく洗ったレバーを厚めに削ぎ切りし、かんすいに30分浸す。豚レバーならこれでプリプリした食感になる。重曹を使ってもいい。
牛レバーならこの工程は不要だが、ねっとりした食感になる。その辺は好みだ。
かんすいをしっかり洗い流したら、布でくるんでしっかり水気を取る。臭み抜きのため、残った血が布に移るように力を込めてしっかりと拭う。
ここまで仕込みで済ませておいた。
続いて白クワイの芽を落として皮をむき、スライスする。これは五分ほど茹でてあく抜きし、よく水を切る。
ニラを食べやすい長さに切る。茎の部分ともやしを一緒に湯通しして水を切る。
「実家でお産をすると妖精が来ないと言われているの。エルフの言い伝えなの」
「エルフかぁ。マゼンタさんがチェンジリングだなんて知らなかったけど、『本物』なら妖精じゃなくて結局エルフだよね?」
「それ、あたしも思ったさ。けど妖精に育てられたってことかもしれないぞ」
「マゼンタさん、自分のことは話さない人だったからなぁ。食べてる時以外無口だし。カガチちゃんは気に入られたんだね?」
「あのなメルセデス……あたしこれでもエルフよりずっと長生きなんだぞ? 気に入られるのはともかく、どうしてあたしが『ちゃん』であいつが『さん』なんだ」
「うちの常連さんには親しみを込めないとねっ!」
「気に入られるのはいいのかよ?」
「……」
俺は「食べてる時だけおしゃべり」ってのが気になるんだが。
エルフの王様といい、メルセデスたちといい、階層主たちといい、英雄みたいな奴らはずいぶんと食べ物に情熱持ってるのな。腹ペコとも言う。
レバーにしょうゆ、砂糖、米焼酎と重曹を少々加えよく揉む。そこへ溶き卵、ニンニク油の順で加えては和える。
ニンニク油はごま油にみじん切りのニンニクを加えて、きつね色になるまで中火にかけたものだ。
最後に片栗粉を揉みこんだら、180℃の油でさっと揚げる。
レバー、というか肉というものは100℃以下で加熱した方が臭みを抑えられる。
しかしカリッとした端っこの食感はそれだと出ないし、俺はレバー独特の臭みも嫌いじゃないので高温でごく短時間揚げた。
十秒も経たずに端っこがいい色になるのでザルに上げ、余熱で火を通す。
「うむ、今回得た情報は多いが、一番重要なことはあれだの」
「エミール殿の実家が判明したことですな!」
「実家訪問なの。キノミヤも行ってみたいの」
「すっげーうまい店だったぞぉ!」
「わたしは知ってたけどね!」
「そりゃメルセデスには雇われる時に言ったからな」
……いや、そういえば親父がここ、知り合いの店だって言ってたような。
案の定メルセデスは麦焼酎のソーダ割りを飲んでにんまりした。
「『子豚』の皆でよく食べに行ったよぉ。遅い時間限定だったけどね」
「マゼンタは『忙しかったから』って言ってたぞ」
「えへへ、それも本当だけど、ライアンさんに言われたんだよぉ。『お前ら来たら食材無くなるから』って」
実家にいた頃の俺は夕飯ピークが終わると上がって勉強をしていた。十八歳になってからは人気店の味を勉強に行ったりもしたな。
だからメルセデスもロマンも見た記憶ないわけだ。それにしても。
「実家のこと知ってたなら、どうして言わなかったんだ?」
「常連の店だって知ると気が緩むかもって、ライアンさんに口止めされてたんだよ。でもこれもらっちゃったから、もういいんじゃないかなっ!」
「ついに来たか……親父め」
俺はメルセデスが指差す小ぶりの壺を睨みつけた。
親父が俺に渡すようカガチに預けたもので、中身はウナギのタレだ。
親父が焼いたウナギの脂と旨味が溶け込んでいる。
今後は使った分を自分で注ぎ足すことになるから、一人前として認められたってことだ。
暖簾分けというと大げさだし、ここはメルセデスの店なんだが――そもそも実家もうちも、うなぎ屋じゃねぇよっ!!
実家だってうなぎは夏にしかやらないからな。
「金獅子亭のうなぎおいしいんだよねぇ……あ、よだれ」
「カガチよ、うな重をお土産にしようとは思わなんだのか?」
「えっ!? あ、そりゃあれですよ、これがあればエミール君が作ってくれると思ったもんで! いやぁ、楽しみだぞ」
「カガチが誤魔化したの」
「つかみどころのない吟遊詩人の話の後に、うなぎとは風流でありますな」
「風流ではないの」
なすりやがった、ロアもうまいこと言ってんじゃねぇっ!
うなぎ焼き始めると焼き台占有しちまうから、うなぎ一本で行くって日じゃねぇとな。そもそも。
「今日はうなぎ仕入れてねぇわ、悪りぃな。その代わりを今作るからよ」
「うむ、うまそうな匂いがしておるの」
鉄鍋に油をひいて強火にかけ、刻んだニンニクと長ネギを投入。香りが立ってきたところだ。
「匂いでおなか空いてきちゃった! ネズミ騒ぎの黒幕でも吊るしに行こうよっ!」
「キノミヤも手伝うの」
そこへ揚げたレバーを投入、温まったらオイスターソース、しょうゆ、砂糖を混ぜたタレを回し入れ、軽く混ぜる。
さらに空腹を煽る匂いが立つ。
その黒幕、フランベの国王だぞ! 俺の料理の匂いで王様が吊るされたら後味悪いじゃねぇかっ!
「代官とギルド長夫妻には話したぞ。悪い顔して仕返し考えてた」
「騒ぎを収められぬようなら難癖付けるつもりであったのだろう。一日で収まったがの」
「しかしグーラ様。攫われた子どもたちには代官夫妻の娘もいたであります。もしその身になにかあれば――」
「うむ、北部領と南部領で反乱が起きたやもしれぬ。あの小童め」
ずさんだな、王様!
幸い王国の危機は去ったが国王の危機はまだ終わってないぜ。
この街の飲食店に手を出したのがまずかったよなぁ。
次にニラの葉と湯がいた茎ともやし、クワイを投入し、ニラの葉がしんなりしたら完成。
ご飯と山菜の味噌汁、それに厚焼き玉子を付けて『イノシシのレバニラ定食』だ。
「その厚焼き玉子は味ついててな、こいつをかけてもうまいぜ」
「えっ、山椒? エミール君、もしかして!」
気付いたらしいメルセデスはまず厚焼き玉子に山椒をかけて一口。
「うなぎの味だぁ!」
「タレの味な。うなぎのタレを混ぜて、仕上げに薄く塗ってある。気分だけでもうなぎを味わってくれ」
「レバニラもプリップリだの!」
「この間も作ったけどな。今日はイノシシで実験だ」
「豚より味が濃いなぁ。ちょっと具だくさんなのが合ってるぞ」
「端っこカリカリしておいしいの。おなか落ち着いたの」
「このシャクシャクするのはなんでありますか?」
「そいつは白クワイって球根だ。ホクホクする青クワイもあって、そっちは煮物向けだな」
味見したらイノシシのレバーもなかなかいけた。想像より柔らかくて、後味がさっぱりしている。
実験成功だな。
腹が満ちるにつれ話題は移ろい、『金獅子亭』の夜メニューの話になった。
最近親父はレモン風味にハマってるらしく、豚の塩レモン焼きだの、チキンのレモンバターだの作ってるらしい。
元気そうだな。
そして腹ペコ英雄たちは矛を収め、王様の危機も去った。
代官夫妻からの仕返しはあると思うけど。
***
閉店後。
二人で店の片付けをしながら、メルセデスがぽつりと言った。
「ライアンさんが王宮料理人だったなんて知らなかったよぉ」
「俺もだ。まさかキノミヤをカレー好きにした犯人が親父だったとはな……親父はメルセデスが常連だったから、俺をここに紹介したんだろうか?」
「それだけじゃないよ、きっと。クレアさんも一枚かんでると思う」
「えっ、母さん?」
意外な名前が出た。クレアというのは俺の母さんで、宿の仕事を受け持っている。一階に出るのは宿が暇な時だけだ。
どうしてメルセデスが知ってるんだ?
「クレアさんとマゼンタさんは元パーティーメンバーだからね。太陽ってパーティー。わたしたちはその現役時代を知らないけど、先輩後輩なんだよ」
「つまり………………母さんって冒険者だったのか!?」
どうりで料理できないと思った。
そういや客の冒険者たちがやけに言うこと聞くんだよな。
母さんは俺が生まれる前に冒険者を引退して、その後で親父が『金獅子亭』を始めたらしい。
マゼンタが元仲間ってのは、さすがエルフだな。
メルセデスはいたずらが成功したみたいににんまりする。
まったく、世間は狭い。
二章 酒と肴と腹ペコな英雄たち・完




