ケバブロール
二章完結後にひっそりと章題を変える所存。
俺たちがポアソンから帰って一週間後の金曜日。
今日は前日に階層主たちからもらった、『お土産』を調理して振舞うことにする。
バカンスだと聞いていたカガチたちが、実は仕事で出張していたことは昨日知った。俺たちにも関係ある話だとも。
だから今日の店は貸し切りで、料理は俺にオマカセだ。
お土産には生ものもあったけど、例によってどこからともなく出したので大丈夫だろう。味見はしたし。
六時に店を開けてすぐに集まったのはグーラ、カガチ、ロア、キノミヤ。丁度出張組とその上司がそろったので早速始める。
「今日はお通し代わりにこれつまんでてくれ」
深めの鋳物皿で出したのは、タコ・エビ・ズッキーニ・ミニトマト、それにキノミヤにもらったキノコと山菜の『具だくさんアヒージョ』だ。バゲットも付ける。
人数分の皿に火を通すのはオーブンで一気にできた。
使ったオリーブオイルはカガチにもらったものだ。西部領産だろうけど、さすが王都。いい品が手に入る。今度衛兵隊長にも出そう。
「ニンニクが効いておる。スパゲッティを投入してもうまそうだの」
「あ、茹でる?」
みんな欲しいそうなので数口分になるよう茹でた。
続いてメルセデスが酒を持ってくる。
カガチに聞いて作りたがっていた、オリーブオイル入りジントニックだ。
このために市販のトニックウォーターを買い、わざわざ炭酸を入れ直していた。
お疲れ様をした常連たちとメルセデスが、揃ってゴクリとやる。
「あぁ、こっちの方が炭酸が強くてうまいぞ」
「アヒージョに合うのぅ。生ハムにも合うのではないかの?」
「やったね! でもこれ洗い物が大変かも……ごめんね、エミール君」
メルセデスも苦労した甲斐があったようだ。
グラスに油は残るが、オリーブオイルはそれほどこびりつかないから心配ないだろう。あとメルセデスも洗うんだよ。
スパゲッティが茹で上がったので、ついでにキノミヤからもらったイノシシの生ハムも出した。
これはモモ肉なのだが、脂が滋味でうまい。
カガチが王都で入ったバーの話を聴くと、なかなか面白かった。アントレのバーは酒を楽しむことを重視していて、ナッツと軽食くらいしか出さないのだ。
「料理目当ての客に酒を飲ませるってのは、発想が居酒屋だぞ」
「お料理がタダっていいよねぇ」
「有料メニューもあるけどな」
次の料理を作りながら思うに、今日みたいにこっちの出したいものを作るだけなら、料理を無料にするのもありだな。材料費次第だけど。
「マドゥバで自分が入った店も、酒と水タバコと料理を出す宿屋だったであります。成り立ちとしてはバーや冒険者酒場より古いものでありますな」
「ロアが一人で飲みに行くまでになったかぁ……」
つい口に出たけど、いや、ほんと。
ロアは先月までの長い年月、飲まず食わずだったからな。
むしろ順応しすぎだ。
さて次の料理だが。実は仕込みでほとんど終わっている。
キノミヤにもらった鹿のロース肉を塩胡椒してオーブンで焼く。大雑把だけど火を通しすぎなければこんなんでいい。
千切りキャベツ、スライスしたタマネギとトマト、ちぎったレタスを準備しておく。
すりおろしニンニク、マヨネーズ、ケチャップ、クミン、チリパウダー、パプリカパウダー、黒胡椒を混ぜてソースを作る。
卵、水、塩、砂糖を混ぜ、ふるった薄力粉と強力粉を加えてしっかり混ぜる。薄力粉と強力粉は4:1だ。
これにオリーブオイルを加え、滑らかになるまで混ぜたら30分くらい休ませる。かなり緩い生地になる。
これをフライパンに落として全体に広げ、両面焼く。ここまでが仕込みだ。
なお、今日の生地はしっとりした食感だが、粉の配合やふくらし粉の使用で、ふわっとしたもの、パリッとしたものも作れる。
「ロアさんの過去が童話になってたのはすごいねぇ」
「悪い気分ではないであろ?」
「胸の辺りがこそばゆい思いでありますな。あばら骨でありますが」
「ロアは骨のまま行ったの?」
「無論、人に化けたであります。魔力に鋭い者なら見破る程度のものでありましたが」
マドゥバにはそういう魔術に向いた人間が少ないのを見越して行ったそうな。
ロアがその童話を一冊買ってきたので、メルセデスがパラパラとめくっている。どのページも挿絵が付いた、子ども向けの本だ。
「その絵物語、ぬしへ差し向けた討伐隊の関係者が作ったものであろ。いざ魔境に乗り込むと大将がいない、となれば――」
「――討伐の意義とか敵の人物像がぼやけて、いい話風になるのはよくあることだぞ」
グーラたちにしてみれば50年なんて短い時間だろうけど、人間は10年、20年で変わるからな。
元引きこもり魔術研究者のロアですら、人の世にも興味が出てきたようで。飲み食いという世界を開いたからだろうか。
「独特の風土が面白い土地でありました。また行きたいところでありますな。」
「ロアが一番旅行らしい旅行したの」
キノミヤがうらやましそうに言った。エルフの国でちやほやされたとか言ってなかった?
どっちにしろそうそう行ける距離じゃないからな。俺は実家の客や親父から聞いた話から想像するのが精一杯だ。
でも見知らぬ土地が楽しいのは同意。
次の料理の前に、ロアからもらったメロンとラクというマドゥバの酒を出した。チーズも付ける。
飲み方を教わって俺も飲んでみた。
無色の細長いグラスには白濁したラクの水割り。青いガラスのタンブラーはロアのお土産で、こっちはチェイサーを入れた。
「癖の強い酒だな。でもアニスの香りは好きだし、酒飲んでるって感じする。これチェイサーの方が先に無くなるな」
「焼き菓子の香りづけに使う匂いだよね」
「カレーに合うの」
うん、カレーに合うかどうかはわからないが、キノミヤには鹿肉で作ったドライカレーを出した。
調理の続きだ。
生地に野菜を乗せてソースをかけ、スライスした鹿肉をたっぷり乗せて再度ソースをかけて包む。
生地がしっとりしているので包みやすい。
フライパンに丸ごと投入して軽く温めたら完成だ。
簡単なのでもう一種類作る。
生地にキャベツとタマネギを乗せ、キノミヤが食べている肉肉しいドライカレーと、焼いた腸詰を乗せて巻く。こっちは腸詰の両端が生地からはみ出る。
「『シャワルマ』ってのはわかんねぇから、『鹿のケバブロール』と『腸詰カレーロール』だ。包んでる方のソースは親父に教わったから、あっちの国っぽいはず」
親父は若い頃、マドゥバにも行ったことがあるみたいだ。
曰く、気候風土の違う国の料理は食材、特に水や野菜、調味料の味が違うので再現できないらしい。油や調理器具だって違うしな。
「おおっ、この味! より丁寧で食べやすいが、ずっしり来るところは同じであります!」
「ソースの適度な刺激と具材の歯ごたえがよい。淡白な生地も小麦の香りを添えてくれるのぅ」
「カレー味3つ持って帰るの。ラクにも合うの」
カレー以外にこだわらないキノミヤが、ラクを気に入ったようだ。さすがにうちじゃ仕入れできないけど。
そのキノミヤが言うには、エルフは国王自ら料理を研究するほど味にうるさいらしい。
イノシシの生ハムなんかも、『アカシャの記憶』とかいう地下重要施設に貯蔵しているそうだ。熟成にいいひんやり具合って……。
それでいいのか、ブリヌイ。
「ギルドのミーナちゃんもそういうとこあるよね。長生きだからいろんなお料理食べたいんだよ。このケバブロール喜びそうだね!」
「里帰りしたら記憶の提供とか、あたしの性には合わないけどさ」
「『アカシャの記憶』かぁ。『子豚』で行った時は見せてもらえなかったんだよぉ」
「メルセデスに見せるのはセキュリティ上の問題があったと思うの。
そういうルールも『アカシャの記憶』を作った当時の国王が決めたの。他国の料理の情報が欲しかったらしいの」
「エルフらしい理由だけど、カガチの言うこともわかるぜ。俺もプライバシー無いのは嫌だな」
ちなみにブリヌイ土産は他にもある。
アヒージョに使ったキノコと山菜は、オムレツに入れて孤児院にも届けた。残りはおひたしか和え物にしよう。
大量のヤマモモはジャムにして、これも孤児院向け。アケビジャムは量がないので、アイスクリームに添えようか。
しかし「身体動かしたいな」程度で王様代わってて、よく国を保てるもんだ。
「ブリヌイは国というより、大森林を守るための氏族の共同体でありますからな」
「長寿だから人と世界の守護者という意識もあるの」
「あー、千年以上生きるんだっけ?」
そんくらいの存在だと普通の人間なんか見下してるもんなのか、と思ったら違うようだ。
グーラが何か思い出すような目で教えてくれた。
「それほどの長寿は稀だの。600年がせいぜいであるぞ。だがの、外の国で200年も暮らせば知った幼子が年老いて他界する様を、三度は目の当たりにするであろ」
「エルフは大体100歳過ぎると旅に出るんだよねぇ。300歳になる頃には、普通の人がみんな自分の子どもみたいに感じるらしいよ」
「ガチの保護者目線かよ……!」
そのエルフに信仰されているのがカレー大好き幼女キノミヤで、その上司が泡盛のロックに切り替えた酒飲み幼女のグーラだな……!
「マゼンタさんは相変わらず旅をしてるんだね。元気そうでよかったよ!」
同じく泡盛を飲み始めたメルセデスがにんまりする。
今日ずっと飲んでない? 空いてるからいいけどね。
「裏でいろいろ動くところも、変わってないなぁ」
「やっぱりそういう奴だったかぁ。まぁ、元仲間だから手加減してくれたってところかな……でもさ、メルセデスが店で奴に気付かなかったのは意外だぞ?」
「なるほど、メルセデス殿なら自分の偽装魔術程度、むしろ偽装のうちに入らないでありますな」
カガチの指摘に同意するロアは、頭だけ褐色の肌のイケメンになっていた。首から下は相変わらず骨だ。
それは気持ち悪いから誰も指摘してないだけだぜ?
「んー、骨格から変えられたらわからないよぉ。魔力紋とか気にすれば別だけど、理由もなく疑わないからねぇ」
「!!」
首を傾げるメルセデスの魔力紋という言葉に、グーラがハッとして気まずそうにグラスを置いた。
代弁すると「その手があったの!」だな。




