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『うな串』

 アントレを騒がせたネズミ使いの一件。

 それは国王に依頼されたマゼンタによる、アントレへの『政治的嫌がらせ』であることが分かった。



 ――こういうのって相手に意図が伝わらないとダメな気もするけどね……いや、だからあたしに話してるのか?



 では乗ってやろうとも思うカガチだが、そもそもなぜアントレは嫌がらせを受けたのか。

 問いただしたいところだが、その前に。



「どうしてメルセデスとロマンは、あんたが目の前にいても気付かなかったんだ? 元メンバーだろ?」


「それはこうさ――」



 マゼンタから精霊魔術の気配が立ちのぼる。

 ほのかに変化が現れた。


 肩幅が広がり、やや筋肉質に。

 前髪を上げると額が広がり生え際は直線的に。眉間から鼻先にかけては少し太くなり、顎が少し広がり唇が薄くなり、首が太くなり……全体的に直線が増えた。


 そして立ち上がると背が少し伸び、手首やくるぶしが見えた。本来の体形に対してゆったりサイズを着ていたのだと気付く。

 一つ一つは気付かないほどのごく小さい変化だが、合わさると中性的な男に見えた。髪はそのままだが、エルフ男性には長髪が多い。


 魔術による変装――いや、ほとんど変身だ。


 呆気にとられるカガチにマゼンタは続ける。その声はハスキーで中性的な、しかしどちらかといえば男の声だった。



「服のサイズが変わらない範囲で骨格から変化させた。声と口調も変えると、同胞以外はまず気付かない。激しい動きはできないがな」


「驚いたけどさ、その術。堅気のもんじゃないね?」



 丸薬に仕込まれた『傀儡化』の魔術もそうだ。

 普通の冒険者はそんなこと、できる必要がない。

 マゼンタは元の姿に戻るとニヤリとした。



「冒険者になる前は、暗殺者(アサシン)やってたから」



 長命なエルフだ。過去色々な職に就いていても不思議ではない。

 カガチも人のことは言えないが。


 国王から後ろめたい依頼を受けたのも、その過去が関係するのだろう。


 と、いつの間にか席を外していたライアンが皿と酒を持って戻ってきた。



「ほれ、『うな串』だ。ランチじゃ出さねぇが、今日は晩飯時まで休みにしたからな」



 そもそもうなぎ屋ではないので、うな重ランチも今だけの限定メニューなのだが。


 皿に乗っているのは焦げ目の付いた串焼きだ。

 カガチはまず腹骨から削いだ身である『バラ』を手に取る。

 味が濃く脂がのっている。塩だけで味付けしているのに、蒲焼のような満足感だ。


 一方マゼンタは背びれと腹びれをニラと一緒に串に巻き付けた、『ヒレ』。

 噛み切れないかと思ったが、ヒレ一本は短いため心配ない。つまりこの一串のためにうなぎ何匹分ものヒレが使われているのだ。

 こちらは味というより、歯ごたえと香ばしさ、ニラの風味を楽しむもの。ライアンが勝手に持ってきた清酒がよく合う。


 そして二人とも最後は『レバー』。金獅子亭では内臓からレバーを外した『肝』を肝吸いに使ってしまうため、肝焼きは出せない。

 代わりに人気なのがこれだ。

 焼き鳥のレバーより固いが癖がなく、味が濃い。これも塩がぴったりだ。

にじみ出る甘みに清酒の辛さが混ざり心地よい。


 一本ずつ食べ終えた二人が皿を見れば、レバーが一本だけ残っているではないか。

 どうして三本あったのかは知らないが、食べないのなら。

 と、二人同時に手を伸ばし、指先が触れてにらみ合う。だが。



「三人いるんだから一本は俺の分に決まってんだろ」



 当然ライアンの分だった。やや赤面する二人にライアンは竹かごと塩の入った小皿を出す。



「『夏野菜の天ぷら』だ。エミールの奴、こういうのばっかり作ってんじゃねぇか?」



 大当たりだった。

 カガチはそれがうまいと思うのだが、その父が作る天ぷらは衣が少ない。ところどころ素揚げになっていた。


 試しにピーマンを口に運ぶ。苦みと清涼感のある香り、衣の甘み。さらに衣控えめなお陰で優しい食感だ。

 旨味と香味に溢れるうなぎを頂いた後で、これはありがたい。

 なるほど、こういう天ぷらの出し方もあるのかと感心するカガチに、ライアンは言った。



「こいつがうちに泊まるようになったのはエミールがアントレに行った後でな。そもそも『子豚』の連中は夜遅くにしか来たことねぇんだ。変なすれ違いだよな」


「ボクらも忙しかったからね」



 冒険者時代のメルセデスたちとエミールは、微妙な接点を持ちつつ面識はなかったわけだ。

 ライアンは夕飯ピークが過ぎるとエミールを店に出さず、勉強させていたそうだ。


 マゼンタはかぼちゃの天ぷらを気に入ったようで、籠の中のかぼちゃが急速に減っていく。

 カガチはなぜか、このかぼちゃが無くなった時、マゼンタが姿をくらますように感じた。



 ――いや、別に引き留める仲じゃないんだけどさ。まだ聞きたいことがあるんだぞ。



「そういやあんた、アカシャの記憶とマドゥバにも目撃情報があるぞ」


「んー、アカシャの記憶は依頼のためだよ。国王の本命の依頼はさ、一年前の『大宮殿』暴走の原因調査なんだ」



 カガチが質問するとマゼンタはターゲットをオクラに切り替えた。それはカガチも食べたい。



「対話が失敗したから暴走したんだろ? 調べるなら失敗した原因じゃないか」


「逆だよ。暴走が始まったから対話を中断したんだ。暴走と討伐の印象が強くて部外者には忘れられてるけどね」


「そんなの知性ある迷宮主のすることとは……いや、それがどうしてアントレに嫌がらせする話になるんだい」



 暗殺者なのに随分と口が軽い、とカガチは再度警戒する。マゼンタは意に介さず、五本の手指を見せた。



「王都内で今も生きている五つの迷宮はどれも対話済みだ。先王陛下までの時代に成功させた」



 残る四つはすでに枯れた跡地である。そして王都郊外には討伐された『大宮殿』の他、四つの迷宮が生きている。



「この国にとって迷宮は繁栄の象徴だ。なのに今の国王が即位して四年、対話はひとつも成功していないどころか、突如暴走してやむなく討伐しちゃった。国王が面目丸つぶれでピリピリしてるところへ、アントレから対話成功のお知らせが届いたってわけ」


「ははぁん、読めてきたぞ」



 統治者が何と言おうと、迷宮は治外法権だ。

 一方で人間との共存なしに迷宮の望む『進化』は果たされない。

 人間側が迷宮との共存で得られる利益も相応に大きい。


 迷宮主と統治者がいかに互いの立場を理解して、うまい落としどころを見つけるか。一種の通商条約、それが対話だ。


 アントレはそれを成した。

 力が迷宮側に偏っている分、グーラは人間側の利益の外、生活面にも配慮している。

 代官たちは力で対等に立つよりも、むやみに恐れず共に生きる形を模索している。


 双方に要求される知性と努力は計り知れない。ひとたび暴走など起きれば容易く崩れてしまうのが、迷宮との対話である。



「『迷宮討伐者』のメルセデスと『迷宮主のお気に入り』のエミール君なんて、完全にバランスブレイカーだからね。ちょっかいかけたくなるだろう?」


「あんた本当はどっち側なんだい?」


「ボクは面白くなる方につくよ。それが人間でも人間でなくても」



 気付けば天ぷらのかごは空で、ライアンが出してくれた『焼きおにぎり茶漬け』を頂きながら、カガチは呆れた。

 焼きおにぎりは蒲焼のタレとネギが混ぜ込まれ、うまい。



「とんかつ屋のシルキーよりよっぽど妖精っぽいぞ」


「『暗殺妖精』って呼ばれることもある。実際生まれてすぐ妖精に攫われた『チェンジリング』さ」


「『取り替え児』のことかい!? いや、それって要するにエルフ――」


「マドゥバに行ったのは個人的な好奇心でね。あっちにも『フェアリーリング』があってよかったよ」


「『フェアリーリング』だぁ? あんた――」


「あとボクの好物はうなぎじゃない。『天丼』と『パウンドケーキ』だからね――」



 最後は言うだけ言って、マゼンタは姿を消した。

 転移ではないだろうが、あの隠形を暴くのは骨が折れる。カガチは諦めて箸を置いた。



「……次会った時は『天丼』と『パウンドケーキ』奢れってかい?」


「あいつ昔っから、食ってる間しかしゃべらねぇんだよ」


「あんなにおしゃべりなのに!?」



 最後の最後まで情報をばらまいて、カガチも翻弄された気分だった。

 世界は広く、人間もやりおると思う。



「疲れた……もう一杯くれ」


「おう、飲め飲め。そしてエミールが何作ったか聞かせろ。部屋も今空いたから泊まってっていいぞ」



 空いた部屋とはマゼンタが泊まっていたところだ。荷物は常に置いていないらしい。

 そういえばまだ真っ昼間。ほろ酔いで陽を浴びるより、ひと眠りしてここの夕飯も食べて帰ろう。カガチにはそれが一番いいアイデアに思われた。


 直後、マゼンタの分もお代を請求され、酔いは醒めた。



 ――店には迷惑かけたからいいんだけどさっ!




   ***




 アントレ迷宮の最深部にある『会議室』。グーラと階層主たちは再びそろった。

 カガチたちが持ち帰った情報を、さらに数日掛けて検証した結果がまとまったのだ。



「吟遊詩人の正体は元『子豚』の『暗殺妖精』マゼンタと判明したの。みな、ご苦労であった」


「『迷い猫』に侵入した件とロマンをアントレに誘導した件。それにマドゥバに行ったのはそのエルフの気まぐれってことでいいのよね?」



 テルマは『オリーブオイル入り蒸しパン』を配りながらまとめた。

 カガチのお土産のオリーブオイルを使い、温泉饅頭の応用でクマガルーに作らせたものだ。コクがあってうまい。



「自分の出自に似た話も、結局偶然でありましたなぁ。それを『迷い猫』で唄ったのは作為かもしれませんが」


「その童話とやら、ぬしがモデルやもしれぬがな。マゼンタは関係なかろうよ」



 グーラは青いガラスのタンブラーから冷たいお茶を飲んだ。タンブラーはロアのお土産だ。



「問題は国王なの。王都のキノミヤが吊るしてもいいの」


「よい。本気ではあるまい。あわよくば利権のひとつも狙ったやもしれぬがの。そっちはギルド長と代官に任せよ」


「じゃああたしからつなぎましょう。向こうにとっても大っぴらにできない話だから、二人の政治手腕でどうとでもなる」



 キノミヤはエルフたちから森の恵みをたくさんもらい、田舎のおばあちゃん家から帰った子どものようになった。

 自分たちではどうしようもないので、エミールに進呈するつもりだ。カレーにしてもらうつもりだ。


 ところでキノミヤは王宮内にも生えているので、先ほどの発言通りのことは簡単にできる。

 世界中にいることになっているキノミヤがほとんどアントレにいることは、王宮にも知られていない。



「問題は妖精だの。大っぴらな関与はなし、と言いたいところであるが……」


「この身も『取り替え児(チェンジリング)』について調べましたが、記録は人の手に残った妖精の行く末ばかり。攫われた子がどう育つのかは……」


「われも聞いたことがないの。こちらをかく乱する嘘という線もある。当面はフェアリーリングの捜索だの」



 こちらは早速郊外で一つ発見し、即座に潰した。

 ただし一つとは限らないので、今後は冒険者を雇うことも視野に入れて捜索を続ける。



「ところでぬしら、出張先ではずいぶんとうまそうなものを食っておったのぅ……特にカガチよ」


「ぎくっ!?」


「口で言うな、口で。エミールの師匠の料理などうまいに決まっておるのぅ。いいのぅ、お出掛け。われも行きたいのぅ」



 誰も食べたものを報告しなかったのだが、グーラは階層主たちの視界を覗き見できるのだった。

 グーラ(上司)がいじけて「めんどくさっ」と思うカガチだったが。



「こっちはぬしらがおらぬ間、今度はメルセデスとエミールが迷宮に来てカレー置いていったくらいだのぅ」


「カレーで思い出したの。前に王都のキノミヤにカレーくれたのライアンなの」


「えっ、あの王宮料理人ってライアンなのかい?」


「間違いないの」



 キノミヤの発言に会議の内容を忘れそうな一同だったが、なんというか。



「マッチポンプ……げふんげふん。今宵行けるものは久々に『迷い猫』へ行くぞっ! あやつらにもいくらか話しておかねばなるまいて」



 そして向かった『迷い猫』ではポアソンの海の幸と地酒にすっかり酔いしれ、勝手に実家訪問したことも伝え損ねたのだった。


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