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『うな重』

10万PVありがとうございます!

あとそろそろ30万字です。

 王都の酒場を堪能した翌日の午前、カガチは教えられた『金獅子亭』に来た。

 場所は昨日行った『怪人劇場』の近く、宿屋と飲食店が集まる一角だ。


 『金獅子亭』は赤い三角屋根が目印の宿屋で、通りに突き出した街灯魔道具の下に屋号の付いた看板が下がっている。

 カガチの見立てでは、屋根裏が生活スペース、二階に客室が四つくらい、一階が酒場。よくありそうな小さな宿屋だった。


 ベルの付いたドアを開けて入る。

 丸テーブルが並ぶ酒場は冒険者向けに間隔を広くとっており、ざっと24席。カウンターに椅子がないのは宿のフロントにも使うからだろう。



「ありゃ、結構混んでるぞ」



 ほとんどの席が冒険者らしい客で埋まっていた。

 時刻は10時すぎ、中途半端な時間なので空いていると思ったのだが。


 酒場で男が言っていたように、よほど飯がうまいのだろう。

 今も脂と糖分、それにしょうゆが焼けるいい匂いが漂っている。

 その中で調理に給仕に会計にと動き回る中年男が一人。店主だろう、手を動かしながら口もよく動く陽気そうな男だ。


 並んでいるほどではなかったので、カガチは男に声を掛けず、ちょうど空いた二人掛けの席に座る。

 そこへ料理をサーブした帰りの店主が、軽やかに注文を取りに来た。


 黒いシャツに白いエプロンを付けた赤毛でひげ面の風体、よく見ると筋肉質だ。

 カガチはどっかで見た顔と思いつつ、男の鮮やかな動きも気になっていた。この混雑をすべて一人でこなして汗ひとつかかない鮮やかな動き。

 まるで歴戦の近接戦闘職の如き体捌きだ。客の冒険者たちより強いのではないだろうか。



 ――なんかすごそうなの来たぞ……。



 飲食店とはなんだろう、と思いつつ。注文の前に用件を済ます。



「ちょっと聞きたいんだが、こういう奴が泊まってないか――」



 ――と言いつつ深い胸の谷間から紙片を取り出す。谷間からなのはサービスばかりではない。


 紙片と一緒に黒っぽい球が転がり落ちる。

 不意の落とし物に見えるそれは床を転がり、やや不自然にカーブする。

 店主とカガチ、それに周囲の客もそれをなんとなく目で追った。小銭の転がる音が気になっちゃうアレだ。


 球はついに一人客の椅子の脚に当たって止まる。

 この暑いのにフードを被った客が、席を立って球を拾うと――球から何本もの蔦が伸びて身体中に巻き付いた。



「――ジャックポットだっ」



 カガチは呆気にとられる店主と動じない客たちを放って一人客に近付く。白紙の(・・・)紙片は握りつぶした。


 拘束された一人客の耳元にこう囁く。



「アントレで吟遊詩人やったことは?」



 対する相手の答えは。



「パーティーメンバーにだってバレたことないのになぁ」



 追われる心当たりはあるようだ。ローブを羽織っていてもわかる細身の身体にハスキーな女の声だった。

 カガチも確信があったわけではない。思いのほか客が多かったので試しただけだ。


 わざと落として転がした球は、以前アントレの飲食店にネズミをけしかけた犯人の一人、テイマーから押収した丸薬だった。

 それにグーラが持ち主へ還る呪いを掛け、キノミヤが拘束する仕掛けを埋め込んだ。


 吟遊詩人を見ていないカガチはエルフの男とだけ聞いていたが、目の前の女はその手掛かり、少なくとも丸薬の持ち主で間違いない。



 ――さて、吟遊詩人の居場所を吐かせるぞと。



 店には悪いがもう騒がせてしまった。このまま怪人劇場にでも転移して、出口のない部屋でゆっくり自白剤を飲ませよう――と考えたところで。



「――探しているのは私かな」



 背後から男の声が聞こえた。



 ――ここにいたのかっ!?



 思い付きが当たったとはいえ、用心はしていた。

 気配もなく後ろを取られたことに焦り、カガチは思わず振り向く。が、誰もいない。



 ――しまった……!



 慌てて女を見ると、どうやってか拘束を断ち切っていた。男の声はフェイクだ。

 カガチは一旦女と距離を取る。どのみち相手はカガチを抜かないと出口にたどり着かない。


 だが女は逃げるつもりが無いのか、フード付きローブを脱ぐ。

 それは長い耳と金髪の小柄なエルフの女だった。やけに鋭い目は深い緑色で、口元は皮肉気ににやけている。



「なんだ、ボクの面が割れてるわけじゃないのか」


「!?」



 今度はこの女の声が背後から聞こえた。が、カガチは振り向くことができない。

 肩をきめられ、首にナイフを這わされているからだ。目を離していないのに、今度は本当に背後を取られていた。


 これを抜けるには少々竜の本性をださねばならない。カガチの前髪に隠れた方の目が輝きを増すが、思い留まった。

 それは王都の迷宮との協定違反になる。店や客に被害も出る。



 ――ま、殺意ないし様子見るかぁ。



「確かにアントレの居酒屋で一曲やったよ。エミール君の両親から様子見てきてくれって、頼まれたからね。ま、別の依頼のついでだったし」


「エミール君の両親だと? じゃあ、どうしてあの店に入れた?」



 『迷い猫』は迷宮の一部だ。迷宮内の各部屋と同様、グーラが入場条件を設定できる。

 以前は人間以外が入れる設定だったが、今は『迷宮に敵意がなく、店の酒と料理が目当ての者だけが入れる』となっている。エミールの希望だ。


 なお『迷宮に敵意がなく』はグーラが付け足したもので、店も迷宮に含まれるのがポイントだ。

 入場条件の内容が広まっても裏をかかれにくい。

 ついでにギルド会館や衛兵隊の本部も迷宮化したので、たいていの犯罪者や依頼で揉めてご機嫌斜めの冒険者も『迷い猫』には入れない。



「ああ、あの呪いね。ボクは本当に料理を食べたかったし、迷宮にも敵意はないよ。まぁ小さな迷宮主に睨まれちゃって、料理は食べ損ねたけど」


「えっ、迷宮に敵意ないのか?」


「えっ、ないよそんなの」


「ロマンって貴族の娘に店のこと教えたのは?」


「もっとついで。ロマンが来たらあの子どうするかなと思って」


「じゃあ……『ホオズキ』にネズミをけしかけたのは敵意じゃないってのかねぇ」


「あそこは迷宮じゃないし。おたくらがアントレ全部迷宮化してたら、ボクは本命の依頼でも断るつもりだったよ?」


「くっ……」



 エルフ女の飄々とした答えにカガチがイラつく。

 『ホオズキ』を迷宮化しておけば、というのはカガチの後悔でもあり、痛いところを突かれた気分だ。


 現在代官屋敷や孤児院も含む迷宮化を検討している。すでに『ホオズキ』は試験的に迷宮化した。


 ちょっと痛い目を見せたい。

 本性を出さなくともカガチはその辺の冒険者より強いが、この相手に分が悪いことも理解している。



「おい、マゼンタ。いい加減にしろ」



 そこへ呆れ顔の店主が黒い箱と汁椀や、小鉢をテーブルに乗せた。二人分だ。

 倒れた椅子を戻して、もう一脚持ってきて自分が座る。



 ――ん、マゼンタっていうと、あのパーティーの……。



「こいつに依頼した両親の一人ってのは俺だ。あんたエミールがいる店のお客さんか? あいつ元気でやってる?」



 ――んー?



 情報が増えて困惑するカガチをよそに、店主は料理とエールを二人に押し付けた。エールは自分の分も用意したようだ。

 「まぁ食え、店で暴れるな」と言われ周囲を見ると、帰したのだろう、いつの間にか客の姿はない。店に迷惑を掛けてしまった。


 店主が「お前ら大人しくなるまで監視」という態なので、エルフ女――マゼンタと差し向い席に着く。



「ボクは料理を待ってたから、いいけどね」



 一方カガチは飯食ってる場合じゃ、と思うが、迷惑かけた負い目で黒い重箱の蓋を取る。

 四角い容器に茶色くつやつやしたものが詰まっていた。うなぎである。先ほどから店内に漂う匂いの元はこれだ。


 その刺激でカガチは思い出した。

 この店主(ライアンと名乗った)、エミールに似ているのだ。そういえば『金獅子亭』というのはエミールの実家の名前だった。

 客の前でエールを飲んでいるライアンは、エミールの父親らしい。むしろエミールの方が真面目だ。



  ~ カガチのめしログ 『うな重』 ~



 うなぎだ。それも、ご飯が見えないくらいピッチリ詰まった『うな重』だ。

 人によっては人生の重要イベントでしか食べないという、特別な料理と聞いたことがある。

 そういえば何度目かの学生をやっていた頃、論文発表がうまくいったお祝いに奢ってもらったことがあったっけ。


 今日出されたのは重箱に入ったうな重と、肝吸い・お新香・骨煎餅。それにエール。


 まず蓋を開けた瞬間立ちのぼる湯気と香りに腹が減って、目の前のムカつくエルフのことを忘れた。


 箸を入れると身も皮も柔らかい。下のご飯と共に、望んだとおりの形で口に運ぶ。

 臭み、ぬめり、余分な脂を取除く引き算の跡に、甘辛いタレが入り込んでいる。

 噛めば脂と身本来の旨味と香ばしさが広がった。この濃い味はご飯が受け止めて丁度いい。


 出されたエールは『迷い猫』と同じホワイトエールで、柑橘のような香りがうなぎと実に合う。

 そういえば今エルフから奪ってかけた山椒も柑橘の仲間だ。合うに決まってるぞ!


 ご飯をさらに掬い取ると、なんと再び蒲焼が現れた。このうな重、二段だぞ!


 下段に入っているのは先が細っているのでしっぽの方だ。上段のふわっとした身と違い、歯ごたえと香ばしさが増す。これ一つで一匹丸ごと使ったのだろう。

 そういえば上段の身も脂の乗りや皮の味に変化があった気がする。


 ご飯の間で蒸らされ上段よりも熱々なところがまた面白い。

 そういえば蒲焼をご飯で挟んだものを『まむし』というが、これは両方楽しめるのか。

 ただでさえ贅沢な料理なのに、こんなに贅を尽くしたうなぎは初めてだぞ。


 うなぎの蒲焼は随分手間が掛かると聞いたことがあるけど、ライアンは一人で全部こなしていた。

 さすがに洗い物は魔道具だけど、あれはやっぱりただものじゃないぞ。

 マゼンタよりよっぽどの要注意人物だ。


 でもこれは……グーラ様には報告できないなぁ。



  ~ ごちそうさまだぞっ! ~



「「ふぅ……うまかった」」



 カガチとマゼンタは同時にうな重を完食し、にらみ合った。

 骨煎餅をつまみながら無言でエールを飲む。

 するとマゼンタがぽつりと言った。



「ボクの背後に妖精がいるか知りたいんだろ?」


「お見通しかい。聞きたいことは他にもあるけど」



 ここに来る前、グーラから連絡を受けたカガチは、妖精の関与の可能性が高まったことを知っている。



「なら、先にはっきりさせとこうか。ネズミっていうか、嫌がらせの依頼人はこの国の国王だよ」


「国王があんたに直接依頼? なんでまた」


「ボクはこう見えて四つ星(国宝級)冒険者だし、あの子豚の丸焼き(コション・ド・レ)の――」


「「ぷっ」」


「――元メンバーだからね……真面目な話の途中で笑わないでくれるかな、七層階層主のカガチさん……まぁ無理だよね」



 真面目な話だからこそ、カガチもライアンもこらえきれなかった。マゼンタも諦めていた。


 カガチの情報が筒抜けなのは元リーダーのメルセデスから聞いたとかではなく、そのくらい情報収集に長けた最上級冒険者ということだろう。

 マゼンタは『子豚』の情報収集役だったのかもしれない。



「で、国王の無茶振りにボクが人死の出ない平和な方法で応えたわけ」



 結局国王にはアントレへの嫌がらせを依頼されただけで、テイマーとクレーマーを利用することはマゼンタの発案だったようだ。

 カガチは釈然としないが、ライアンは豪快に笑い、得意気に言った。



「あいつらがいる街だ、なんてことなかったろ?」


「なんてことないってわかるから、やったんだよ」



 実際に被害にあった店は大迷惑だったし、子どもたちを危険に晒したのだが。

 しかし高位の冒険者基準だとそのくらい、害意に含まれないというのもカガチには理解できた。冒険者を始め、鍛錬を積んだ者は隔絶した力を得る。それがこの世界の理だ。



 ――しっかし、随分ペラペラと情報を漏らす国宝級だぞ。



 隠したいことがあるから多弁になっている、とも考えられる。

 気を引き締めたカガチは骨煎餅をかみ砕いた。

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