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『エルフ料理』

前話ごじありです。

 エルフの国ブリヌイはフランベ王国の半分ほどの国土を持ち、そのほとんどが森林だ。

 現存する最古の国家で建国年は不明。建国の祖は森を保全するために国を興したと言われる。


 よってわずかな平野を除き、森を切り拓く農耕は行わない。

 落雷火災などでできた森の空白地を耕す程度で、そこも周囲が繁り陽が入らなくなれば放棄する。

 宅地造成もしない。精霊魔術に長けるため、伝統的な樹上住宅でも出入りに不便することはない。

 誰しも水を魔術で調達できるので、井戸などのインフラも不要だ。


 生活の基盤は狩猟採集で得る豊かな森の恵みである。海に面した南部では漁も行う。

 またエルフは長寿故に多芸であり、自前の樹上住宅から高級魔道具・工芸品まで手工業技術が高く、現金収入源となる。

 長期間国外で働く者も多く、彼らによる外貨収入や情報網もこの国の強みだ。


 首都ロシュカは国の南東寄りにある。全体的に森なこの国が、首都を便利な海沿いに作らなかった理由は一つ。

 ここに世界樹が生えているからだ。


 首都といっても大木だらけの古い森で街という雰囲気ではない。その中でもひときわ大きなこの木の周囲は聖域とされ、王族・神官以外の立ち入りを禁じられている。

 巨岩とも見紛うような幹には注連縄が巻かれ、許された神官だけが住み込みで管理していた。


 今日も散歩ついでに見回りに来た神官・アンナは、倒木に腰掛けて持ってきた山ぶどうジュースを口に含む。

 森の中は陽射しが弱いと言っても、夏はそれなりに暑い。色素の薄い肌や髪が日光にさらされないだけでも、助かる話ではあるのだが。


 ふと世界樹の根元と自分の足元を見る。

 自分が立っている地面にご神体も根付いているという感覚は、世界樹を信仰する者にとって大事なものだ。

 アンナは自分が世界とつながっていることを確認するかのように、何度か視線を往復させる。


 もう一度世界樹に視線を戻した時――樹皮を内側から押し破って少女が現れた。



「!?」



 アンナは目をまん丸くして、白い神官服にジュースをぶちまける。

 そこへ長い総髪で賢そうな額を露わにした美青年が通りがかった。アンナよりも装飾の多い神官服を着た彼は、神官長だ。



「アンナ。もう少し落ち着いて行動したらどうだ。いつも言っているように、あなたは物静かで一見神官然としているが、目を離すと実に危なっか――おい、なんだっ?」



 アンナは小言を展開する神官長(上司)の頭を鷲掴み、今出てきた緑の髪の少女の方へくぃっと向かせた。

 すると神官長は少女と、その背後の穴を見とがめる。



「なんてことを! そこの君、自分が何をしたのかわかっているのかっ!? 今、衛士を――うぷっ!?」



 世界樹に傷をつけた犯人、キノミヤへ詰め寄ろうとする神官長(上司)を、アンナが捻って手際よく平伏させた。自らも膝をつく。



「ようこそ……『世界樹』キノミヤ様」


「!?」



 この地は世界樹信仰があつく、キノミヤは何度も訪れ人の子と直接交流してきた。

 前回ここへ来たのは50年くらい前だ。56歳の神官長は知らなくて当然だろう。

 一方のアンナは少女のように見えて89歳だ。若い(・・)世代に人気の神官職でも、年かさに入る上、50年前の神官長は彼女だった。


 普段は30歳や50歳の差は気にしないエルフだが、不運にもその差が出てしまったらしい。

 キノミヤは自分で開けた幹の穴を権能で修復しながら言った。



「無駄な結界を張りすぎなの。キノミヤじゃなかったら木諸共死んでたの」



 キノミヤ自身が他の世界樹へ転移する仕組みは通常の転移魔術と異なる。

 各地の世界樹はキノミヤ本人であり、各地にキノミヤはいる。しかし動いて観測され得るのは一体だけなので、動かす身体を切り替えているイメージだ。

 身体は本来、世界樹の幹からにじみ出るように現れる。


 しかし今回は聖域を守る結界魔術の干渉で幹に押し戻され、物理的に破るしかなかった。

 家の扉に外から鍵を掛けられて、扉を破って出てきたようなものである。


 最近神官長になり、張り切って結界を強化した彼は恐縮した。

 緊張しながらも神官長の職務を遂行する。



「す、すぐに王を呼んでまいりますが、差し当たっての御用は……?」



 聖域に王を呼びつけて饗応してくれる、下にも置かぬ国賓待遇。ちやほやである。



「森を歩きたいからこっちから行くの。王は代わってないの?」


「あ、今私のおじいちゃんです」



 この問いにはアンナが小さく手を挙げて答えた。

 この国の王族とは建国功労者の子孫であり、王家は複数ある。それでも継承問題になったことはない。


 長命のためか飽きっぽく好奇心旺盛なエルフは、生涯に何度も職を変える。王とて例外ではなく、「身体動かしたいな」などと思うと次の王を選んで退位し、商人や職人など好きなことを始めてしまう。

 王家が複数あるお陰で気軽に王権をパスできるメリットがあった。


 最古の国として敬意を受け、森しかない国なので戦争の対象になりにくい。

 自然と精霊に任せる生活なので内政も最小。

 そもそも首都以外は広大な森に散らばり氏族(リネージュ)ごとに統制されている。


 となれば王は大した仕事も利権もない名誉職であるが、同時に歳を重ねた知恵者も多い。

 キノミヤはそれに期待したのだ。



「おじい――王はただいまこちらです。ご案内します」



 饗応の準備を指揮しに行く神官長と別れ、服の汚れを魔術で浄化したアンナに連れられて来たのは、一軒の樹上住宅だった。

 アンナは魔術で跳躍し、キノミヤは蔦を伸ばして浮かぶように登る。


 中はワンルームで、似た風体の年配エルフ男性三名が、調理台を囲み議論を重ねていた。



「ジャムはいいな、ジャムは。料理の隠し味にも使えるわい。ベリーもアケビもうまい」


「キノコと山菜もじゃ。外の国のものより魔力が濃い。食べ方も豊富で飽きが来ない」


「肉はリス・ウサギ・鳥・イノシシ・鹿・熊……たまに魔物じゃな。牛豚のように安定しないのは不便じゃ。品質もな」


「その分ご馳走感があるではないか。それより野菜は輸入に頼らざるを得んな」


「タケノコやタラの芽は癖が無いから代用になるだろう。山芋もある。野生のネギもうまい」


「問題は穀物と調味料であろう。そのパンもジャムの砂糖も、味噌もしょうゆも原料の大豆も輸入品だ。国産は塩とハーブくらいだな」


「然り。海があってよかった。ではやはり我が国の名物料理にふさわしいのは――」


「――ジャム・山菜・ジビエ肉か……何百年経っても変わらぬのぅ」


「わしゃ、もう飽きた……旅に出よう」



 この一番飽きるのが早い御仁がイーゴリ二世、国王である。退位が近いかもしれない。

 なお、正確にはアンナの曽祖父だ。


 国王を含む三名は800歳を超え、三賢人と呼ばれる王族である。いずれも数回ずつ国王経験があった。ちなみに外見は似ているが、それぞれ異なる家の出身だ。

 そんな国の中枢が集い名物料理を試作・思案するとは、外交上のよほどの重大事か――。



「おじいちゃん、料理には飽きるのに料理研究会は飽きないね」


「おお、我がひ孫。この会合は我が国の食糧事情を把握する重要なものじゃ。しかしたまには違うものを食いたいのう」


「そう言って10年前まで放浪してたよね? 私79歳になるまで、おじいちゃんの存在知らなかったからね?」


「む、ひ孫の成長を見逃すのは惜しい。同じくらい、未知の料理を残したまま逝くのも惜しいのう。空に浮島を作って農場にするのはどうじゃろう?」


「「戦争になるからダメじゃ」」



 ロマンのある農場計画は三賢人のうち二名に反対され否決となった。ところで。



「キノミヤ様お待たせしてるんだけど」


「「「先に言わんか!?」」」



 暇だったのでアケビジャムを舐めていたキノミヤは視線を感じて振り返る。三賢人が跪いて謝意を示した。

 取り込み中にお邪魔したのはこちらなので、不満はない。ジャムはもらって帰ろうと思う。



「イーゴリは久しぶりなの。今日は吟遊詩人を探しに来たの」



 前回来た時にいなかったイーゴリ二世が代表して答える。会うのはおよそ百年ぶりだ。



「ふむ……吟遊詩人数あれど、我が同胞ならば吟遊詩人だけで生活することはまずありませなんだ。お探しの者は冒険者か商人ですかな?」



 長い寿命の中、趣味で詩歌の技を磨いたエルフは多い。(エルフなら)その気になれば誰でもできるため、仕事という意識が薄い。

 エルフにとって吟遊詩人とは副業の範囲を出ず、日中は他に没頭できることを見つけているものだ。



「吟遊詩人の身分は偽装の可能性もあるの」


「それはきな臭くなってまいりましたな。吟遊詩人と偽って一体なんの得がありましょう?」



 アンヌが淹れてくれたお茶を飲みながら、キノミヤは国王の反応を見て気付いたことを言った。なんらかの目的に吟遊詩人の身分が適していただけで、普段は活動していなかった可能性だ。


 そして吟遊詩人を名乗るメリットはある。



「『アカシャの記憶』を見に来たかもしれないの」



 エルフがいかに飽きっぽく放浪好きとはいえ、いずれはこの地に帰ってくる。その際、外で見聞きしたことは『アカシャの記憶』というシステムに保存されるルールになっている。


 『アカシャの記憶』にはエルフが知った情報以外は記録されず、この一年のことが記録され尽くすのは何十年先になるかもわからない。

 しかし、好奇心旺盛なエルフは世界中に散らばっていること、長い年月の積み重ねがあることから、他国に真似できない強力な情報検索ツールとなっている。


 それだけにみだりな使用は許されず、特に個人情報の閲覧は厳しく制限されている。

 その『アカシャの記憶』を自由に閲覧できるのは、三賢人のように要職に就く者、歴史学者、そして吟遊詩人だけだった。



「おじいちゃん、そういうことなら――」


「む、そうじゃな」



 三賢人もそこに思い至ったようで、ハッする。

 数瞬視線で相談した後、「こちらへ」とキノミヤを案内した先はなんと地下だった。

 街のはずれの入り口は衛士に守られている。


 ひんやりした薄暗い洞窟は、天然のものに手を加えたようだ。キノミヤも初めての場所である。

 ひと気は少なく、すれ違う者はみな白衣を着ていたので、ここの職員だろう。


 いくつも扉を抜けた最奥にあったのは、大木だった。だが普通の木ではない。

 青白く透明感のある幹の中を、発光する粒子が行き交っている。上昇した粒子を目で追うと、枝に沿って分岐し、末端で止まると点滅を始めた。

 点滅する粒子がいくらか集まると、そこに『葉』が生まれる。

 キノミヤはこれを植物ではないと断定した。

 三賢人が解説する。


「これが『アカシャの記憶』――お察しの通り、これは旅から帰った同胞の記憶を保存(バックアップ)し客観的に再構成する魔道具ですじゃ」


「膨大な情報を記録するのに木の分子構造を利用しておるので、『木のホムンクルス』みたいなものですじゃ」


「『アカシャの記憶』を閲覧した者はこちらに記録されておりますじゃ」



 一人が持ってきたのは普通の紙を綴じた分厚い台帳だった。

 吟遊詩人が『迷い猫』に現れた頃から、『迷い猫』の開店まで遡れば十分だろう。



「五カ月前からひと月前までに絞りこんでほしいの」


「ふむ………………その期間に閲覧した吟遊詩人は三カ月前に一人だけですじゃ。名前は……む、これはいかん」



 国王自ら調べた該当の吟遊詩人は、名前の欄を見ようとすると視界がうねうねと歪む。

 強力な認識阻害だ。

 恐らく記入自体は嘘を付けない仕組みになっていたのだろう。そこで、足取りを追われた時のため仕掛けていったというわけだ。


 三賢人の一人が解除を試みる。当然魔術の腕には覚えがあるのだが。



「むむっ、認識阻害が紙魚のように広がりおる……罠かっ!?」


「やられたのう……」



 魔力を通した瞬間、名前だけだった認識阻害が台帳全体を侵食し、ついには紙がボロボロと崩れ始めた。高度な罠だ。


 キノミヤは飛散する紙粉を払いながら呟く。



「慎重で、強くて、過激な奴なの」



   ***



 エルフは同族意識が強い。

 他国に出ても数十年に一度は帰郷して記憶を提供したり、出産時に帰国したり、死ぬ前の百年ほどを故郷で過ごしたいと思うくらいには自国と同胞を愛している。


 そのためこんな事件は初めてで、セキュリティに穴があったことを国王は何度も詫びた。


 キノミヤはスパイスを渡し、ジビエ肉のカレーを振舞うことでよしとした。



「むむっ、これはうまいっ! 我が国の名物料理になりますぞ!」


「熊肉は要注意なの」



 夜の宴は広場で開かれた。

 『鹿ひき肉のカレー』には森のキノコもたっぷり入っている。トッピングはイノシシのカツと野鳥のから揚げだ。

 ジビエ肉の多くは牛や豚と異なる食感に戸惑うが、旨味は強くカレーに負けない。


 熊肉はカレーではなく、カレー味の鍋になった。臭みの強い肉だが、長年蓄積された技術でそれを見事に抑え、滋味を引き出している。



「味噌ベースで味わい深いの。意外と臭くないの」


「酒を大量に加えておりますじゃ」


「鍋に蓋をせず臭みを抜いておりますじゃ」


「あとはカレー風味のおかげですな。カレーにすると臭みが抜けなかったので鍋にしたのじゃ」



 どうやら三賢人は本気でエルフの食文化を支えているようだ。おいしそうに食べていたアンナはため息を吐いた。



「おじいちゃんは食事に飽きて国を出るエルフを減らしたいんだよね」


「うむ、やりたいことがあるならともかく。食事くらいは好きなものを食べられる国でありたいのう」


「カレーうどんに山菜を乗せてもおいしいの」


「「「天才かっ!」」」



 キノミヤがエミール産の知識を披露するとたいそう喜ばれた。

 信者のエルフたちは次々に料理と飲み物を持ってきてくれる。ちやほやされるのが嫌いじゃないキノミヤは、これからもこの国を訪れるだろう。


 なお、エルフの国の名物料理にはカレーが加わったようだ。

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