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『閑散期の階層主たち』

 エミールとメルセデスが港町に行く前日。

 アントレ迷宮の最深部にある『会議室』ではグーラと階層主たちが難しい顔を並べていた。


 会議机の中心に置かれたのはテルマが持ってきた『温泉饅頭』、その横にはバイアル瓶に入った黒っぽい丸薬。以前アントレの飲食業界を騒がせたネズミ使いの男が、孤児院の庭に撒いたものだ。

 精霊魔術の臭いを嗅ぎつけたキノミヤが回収した。


 事件の際、ネズミ使いの従属化魔術は本来効かないはずの子どもたちに効果を発揮している。

 捕縛された男は三流テイマーの小悪党で、禁術である奴隷化など使えなかった。

 また、丸薬を男に渡しアントレで稼ぐことをそそのかしたのがエルフの吟遊詩人だと判り、キノミヤとカガチで詳しい調査をしていたのだ。



「結論から言うと、この丸薬に込められていた魔術は従属化でも奴隷化でもなく『傀儡化(くぐつか)』だったの」


「無関係の者を暗殺者に仕立て上げるようなマイナー魔術ではないか。まだ使う者がおったとはの。それは精霊魔術ではないのか?」


「精霊魔術は傀儡化を弱めて従属化に似せるために使われていたの。精霊魔術に生き物を操る術は無いの」


「これを作った奴は腕利きだが従属化は使えないってことさ。それがどういうわけか小悪党二人を街にけしかけることになって、魔術を無駄遣いして丸薬を作った。随分と雑な仕事だぞ」



 カガチは自分でも信じていない顔で自説を語ると、温泉饅頭を口に放り込んだ。甘さ控えめで後引く味だ。


 奴隷化と違い傀儡化の習得は禁じられていないが、人に使用した時点で傷害事件となる。グーラが言うようにろくな使い道のない魔術なので、堅気の人間は習得しないものだ。しかも難易度は従属化よりずっと高い。


 精霊魔術を器用に使うエルフの吟遊詩人が傀儡化を使うような裏稼業に属し、他人をそそのかして事件を起こさせた割りに仕事はお粗末。


 ちぐはぐな犯人像だという点はグーラも同意だったが。



「すっきりせぬが他にも考えねばならぬ。ロマンがメルセデスの消息を掴んだきっかけは、王都で聞いたエルフの吟遊詩人の歌だと言っての。なんぞ英雄が集う迷宮の酒場の物語詩だったという。なんぞ思い出さぬか?」


「またエルフなのね……」


「ああ、あれも怪しい奴だったな」


「……自分とセッションしたあの吟遊詩人でありますな」



 テルマ、ビャクヤ、ロアが思い出したのは、『迷い猫』でロアのトランペットと演奏を共にしたエルフの吟遊詩人だ。

 彼が唄ったのは『砂漠の英雄』と讃えられた異世界の大魔導師の物語。居合わせたロアの身の上と重なるところが多かった。


 ビャクヤが冷やしたお茶で温泉饅頭を流し込む。怪しいというのはそれが偶然とは思えないからだ。


 ロア、ネズミ使い、ロマン、三人に関わった『エルフの吟遊詩人』が同一人物である根拠はない。しかしグーラたちには警戒する理由があった。



「一概にエルフだからとは言えぬが、その者、妖精につながるやもしれぬ」



 妖精とは。外見は人に似た者から似つかぬ者まで様々、現世と幽世を行き来しつかみどころのない、生物と言えるかも怪しい存在だ。

 鍛錬を積んだ者、特に魔物を倒した冒険者の身体能力が飛躍的に向上するのは、妖精が加護を与えているという説もある。



 精霊とエルフは稀に妖精化するが、人や獣や魔物が亜神になり神にもなり得るのと同じくらい例は少ない。それでも精霊とエルフには妖精を信奉し与する者が一定数いた。だが問題は。



「この件が妖精による迷宮への攻撃だとしたら、一大事なんだぞ……」



 カガチは唇についたあんこを舐めとりつつ言った。

 道ですれ違いざまに殴り合うほどではないが、迷宮と妖精は地脈をめぐって対立することがあるのだ。


 妖精は魔力溜まりが迷宮に成長する前に、地脈から切り離し『ネスト』と呼ばれる住処にしてしまう。

 切り離された地脈はネストを避け流れを変えるため、周囲の地脈にも影響する。近所の迷宮は大迷惑だ。


 悪質な妖精はネストを迷路にして人間を迷い込ませる。本来『草迷路』と呼ばれるそれを迷宮と勘違いする人間がおり、迷宮的にはこれも大迷惑だ。


 つかみどころのない存在だが、妖精による『度の過ぎた悪戯』、もしくは『悪乗り』の悪評は歴史に記録されたものすらあり、対立するなら覚悟が必要となる。



「戦争中の二国の王を攫って入れ替えたこと、あったわね……」


「動物愛護で人間を扇動した後、迷宮の魔物を溢れさせた事件もあったの」


「わたしはー、レストランで山ほど注文してぇ、食べずに逃げた事件がー、一番嫌だったなぁ」



 頭上からの間延びした声に面々が見上げると、三層『巨人の家』階層主・『霜の巨人』ヨートンが困った顔をしている。

 巨人が座れるようなスペースを作っていないため、彼女は立ったままだ。大きすぎるので座るとグーラより偉く見えてしまうのだ。


 滅多に発言しない彼女の言葉は、特に迷い猫の常連たちに刺さり同じ思いに導いた。


 ――あの店でそんなことされたら、全面抗争やむなし……!


 テルマはヨートンの指に温泉饅頭をいくつか乗せると、お茶のおかわりを用意した。

 妖精の悪戯は時に度が過ぎて迷惑なのだ。しかし不思議と人間から敵視されることは少ない。


 神代から永く存在するグーラですら、妖精が組織的に活動しているのか、本拠地はあるのか、長はいるのか、何も知らない。



「われも含めみな迷宮に属して日が浅い。妖精と事を構えたことはない故、ここは慎重にいきたいの。閑散期のうちに『エルフの吟遊詩人』を特定せよ!」



 部下たちにビシリと指示を出したグーラ。菓子皿に伸ばした手は虚しく空を切った。



「まだひとつも食べてないのにっ!?」




   ***




 その日の夜、グーラの執務室にエプロン姿の女が招かれていた。

 応接セットのソファでアイスコーヒーを飲む女は、不機嫌なのか仏頂面で人形のような美貌を持っている。

 若く見えるが、迷宮主の前でも物怖じしない。



「この街に私以外の妖精の気配……と言われても。私ははぐれ者みたいなものですから」


「確かにの。人の街で普通の飯屋を営むなど、お人好しのシルキーでも変わり種ぞ」


「普通の飯屋ではございません。『とてもおいしいこだわりのとんかつ屋』でございます」


「確かにこのとんかつはうまいの!」


「出前はこれっきりにしてくださいね」



 グーラが呼びつけたのはこの街唯一の妖精、とんかつ屋のシルキーだった。ついでにとんかつの出前も頼んだのだが、これがうまい。ビールも持ってきてもらえばよかったと思っている。

 妖精の中でもほぼ無害なシルキーたちを、グーラは「お人好し」と評したが実際その通りかもしれない。


 ちなみに妖精の多くは固有名を持たない。シルキーのような者は一人を好み、群れる者は個の概念が希薄なのだ。



「ただ、雨の月の中頃でしょうか。一度だけ強い気配を感じました。この街の冒険者やギルドの娘ではないはずです」


「強い気配とな?」


「精霊とも妖精ともつかない……あれは恐ろしい」



 表情の動かないシルキーは真剣なのかどうかわからないが、グーラは口の中のとんかつをゴクリと飲み込んだ。

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