おふくろの味
魚介祭りと定休日を終えた木曜日。熱の月の終わりが近付きますます暑い日が続く。果の月の上旬まではこんなものだろう。
今日は迷宮の面々にデュカ夫妻と衛兵隊長、肉屋、それに孤児院の旅行の引率から戻ったシモンも加わり、久々に大入りとなった。
領都ではいろいろあったらしいが、土産話は手が空いてからで。
本日のおすすめは『レバニラ炒め』と『冷やしトマトマリネ』、『冷しゃぶ』だ。
魚ばかり続いたので目先を変えたところ、みんなホッとしたような顔で注文してくれた。
レバニラと手羽先揚げをつまみにレモンサワーを流し込んだグーラが目を細めて言う。
「豪勢な魚介もよいが、やはりこの店の料理はこれくらいが落ち着くのぅ」
「いつものお店に来たって感じがするわ」
ササチーをつまむテルマも同調した。人間みたいなこと言うなぁ。
ドリンクを作るのに忙しいメルセデスもにんまりする。
「エミール君のお料理はおふくろの味だね!」
おいおい、こんな子産んだ覚えはねぇよ。
「おふくろの味とな!? 人の子は母御の肉の味にもこだわりを持つとは、業が深いの」
「怖ぇこと言うなよ!? おふくろの味ってのは母親の手料理を思い出すような親しみやすい料理のことだ。みんなもそういうのあるか?」
話を振ってみると、迷宮の面々は遥か彼方を見通すような目をした。
あ、これは理解できる答えが返ってこないやつだ。
「われはないの。親を持つ者も神代まで遡れば記憶の彼方であろう。しかし親しみやすい味と言われれば、いなり寿司であるな。油揚げとは実によい! エミールよ、厚揚げをもて!」
「はいよ」
それおふくろの味じゃなくてただの好物だけどな。
他の面々だとカガチはオムライス、キノミヤはカレー、ビャクヤは刺身。どれもただの好物だなぁ。
テルマは『アンブロシア』とか『アンドフリームニルの丸焼き』とかよくわからないもので悩んでいた。
神話の食べ物じゃないかな。
「そもそも幼少期の記憶がないでありますな」
ロアは仕方ないと思う。元拒食症だし。
ちなみに他のお客はどうだろう。
「俺の頃は食えるだけマシだったからな、孤児院。食い物にいい思い出はねぇよ」
悪夢のような顔でシモンが言った。
当時の孤児院は冬を越せるかどうかの瀬戸際だったらしいからな。せめて今の子どもたちには懐かしく思える味を残してやりたい。
「なんでもおいしかったけど、家族を思い出すようなお料理はないかな」
これはメルセデス。貴族におふくろの味とかないよな。デュカ夫妻も同じで、娘のテュカはそうならないように育てるらしい。
うちの常連、幼少期の食生活が極端な奴ばっかりだな。何も考慮せずメニュー作ってたわ!
なんだか心配になってきたが、そういえば、とシモンが言った。
「港の仕事仲間が言うには、イカと里芋の煮物とかブリ大根はおふくろの味だって聞いたぜ。そんな高級なもんでもねぇな」
「そうそう、そうだよ。こっちだとラタトゥイユとかポトフがおふくろの味だなぁ」
恰幅のいい肉屋が汗を拭きながら同意した。
ラタトゥイユってのはトマトベースの野菜の炒め煮だ。この辺りの庶民の食卓だと、夏はラタトゥイユ、冬はポトフが毎晩のように並ぶだろうな。
こんだけいて、ようやくおふくろの味を知る人物が現れた。
「私の家は裕福ではなかったのだが……母の作るトマトのスパゲッティやほうれん草とチーズのタルトは恋しくなるな」
そう言う衛兵隊長はよその町から来た元騎士だ。仕えた貴族家が没落してアントレに流れてきたらしい。
料理から察するに王国西部の出身だろうか。
「ふむ、エミールが作りそうなものばかりではないか。おふくろの味料理が得意なぬしは、さしずめみなの母御役であるな、バブー!」
「こんな子を産んだ覚えはねぇよ」
おふくろの味料理ってなんだよ。あと取って付けたようなバブー。
日常的に食べるものや常備菜は肴にしやすいから、あながち間違ってないけどな。今日のお通しはきんぴらごぼうだし。
……だからってみんなしてバブバブ言い出すのはやめろ。気持ち悪りぃぜ、特にロア。
「みんなエミール君にまんまと餌付けされてるからねぇ。エミール君はおふくろの味って何かないの?」
衛兵隊長に焼酎のボトルをおろしながら、メルセデスが言う。
まぁ俺の母さんも料理できないから、文字通りのおふくろの味は知らないんだけどさ。
「そうだなぁ……親父が作る賄いの『アシ・パルマンティエ』かなぁ。食い飽きたけど」
『アシ・パルマンティエ』とはたまねぎ・ニンニク・キノコとミンチ肉を炒め煮にして、バターを加えたジャガイモのピュレ(マッシュポテトみたいなもん)とチーズを乗せてオーブンで焼いたものだ。
肉のところは余った肉料理を刻んでも、トマトを加えてラザーニャみたいにしても、なんでもいい。
最後に焼くのでピュレも冷めた作り置きでよく、食べたい時にすぐ作れる便利な料理だ。
便利故にうちではよく余りものの処理に使われたし、王都の庶民はたいてい食べ飽きているだろう。
今でも店の賄いに作ることは結構ある。便利だから。
「それおいしそうね。今日は作らないの?」
確かにテルマの好きそうな味だなぁ。
でもオーブン焼きだから今日みたいな熱帯夜に食うもんじゃないと思う。
肉とイモでおふくろの味といえば、そろそろいい頃合いだ。保温庫でほどよく冷やしていた鍋を取り出し、味を見る。
「そっちは冷える季節に出すとして、『肉じゃが』の味がしみたぜ。食べる人いる?」
全員とメルセデスが手を挙げた。
『肉じゃが』は牛肉、ジャガイモ、たまねぎ、にんじん、しらたきを炒めて酒、砂糖、醤油を加え煮たものだ。
豚肉でもいいけど今日は冷しゃぶと被るので牛肉を使った。
おふくろの味、家庭料理なので作り方はいろいろあるが、今日は暑いので冷製だ。
そこで煮汁にカツオ出汁を加えて汁多めにしている。
弱火でじっくり煮込む際もかき混ぜずに、時々深皿にあけては鍋に戻した。煮崩れしてイモが溶け出すのを防ぐためだ。
さっとゆでた絹さやを乗せて完成。
~ グーラのめしログ 『肉じゃが』 ~
イモと肉の庶民的な料理である。われも食ったことはあったが、人の子はこういう素朴なものに母御を感じるのであるな。
改めて食ってみれば確かに優しい味で、しらたきの食感やたまねぎの香味が単調さを壊してもくれる。
おそらくは本来温かい料理であろう。
それを暑い夜でも食べやすいよう冷やしておるの、おかげで煮汁がよくしみておる。
多めの煮汁は薄味で、さっぱりしたカツオ出汁がまたよい!
寒い季節には温かいまま、もっと甘辛い味付けで出すのではないかの? (そのつもり by エミール)
おふくろの味と聞いた時、人の子は庇護者に与えられた食糧を値踏みして育つのか? と首を傾げたものだが、そうではないの。
母御の愛を感じるのに名物料理や贅沢なものは必要無いのであろう。
食わせる者へかように気を配るなど、確かに「おふくろの味」と言うだけのことはある。
やはりエミールはママンになりつつあるの! バブー!
~ ごちそうさまであった! ~




