生牡蠣
「いいお湯だったねぇ」
「あ、ああ……」
風呂での会話が頭に残っていて、ちょっと気まずい。
陽が落ちた大通りはライトアップされ、一層賑わっていた。
ここを歩くのはほとんどが観光客、並ぶ店は観光客をもてなす店なので、お値段はそれなりに高い。しかし俺たちが向かったのもそんな海鮮料理店のひとつだ。
屋根の上に大きな船の模型を飾った店はいかにも観光客向け。ここも船長のおすすめだった。
「いっぱいあるねー! どれにしようか?」
「どれも処理がいいな……」
店先には氷漬けの海鮮と生け簀が並んでいる。この店は自前の漁船を持っており、食材にとことんこだわっているそうだ。
客はここで食材と調理法を選ぶ。その場で専属の従業員が食材を計量して料金を提示するので、納得のお値段なら店に入るのだ。
「うわぁ、素敵なお店だね!」
観賞魚が泳ぐ水槽の並ぶ廊下。その先に客席があり、奥は海上テラスだ。室内席とテラス席を選べるのだが、ここは当然テラス席。
混雑しているが運よく空いたテーブルに通された。
足元が海というのは不思議な気分だ。夜の海は当然真っ暗だが、飾りとして灯りを乗せた小舟をいくつも浮かべている。水面に映った灯りが揺れて幻想的だ。
いい雰囲気のせいか、どのテーブルもカップルばかりだった……。いや、俺たちも男女二人なんだけど。
待つことしばし、身ぎれいな給仕が『生牡蠣』を持ってきた。
「じゃあまずは薬味を……」
「おいひー!」
手の速いメルセデスはともかく、貝柱を切って殻に乗せられた牡蠣の身に薬味を乗せてレモンを絞る。薬味は甘めの唐辛子味噌とフライドオニオンだ。
タレは唐辛子とハーブと玉ねぎを刻んだ酸っぱいものと、ポン酢を選べる。付けなくても塩気は十分だ。
氷でよく冷やされた牡蠣を殻ごと口に寄せて、一気に吸い込む。
レモンの酸味と潮の味が突き抜ける。噛むとミルクのように濃厚な旨味が溢れ、薬味の刺激と混ざりあって複雑な味が喉を通った。
海を食べたらこんな味、という味だ。
すかさず酒を一口。ここで人気の酒はジンのソーダ割りにライムを絞ったものだ。
すっきりして魚介によく合う。ソーダの他にシロップや果実で味を付けたトニックウォーターも選べた。
「うまいな。いくらアイテムボックスがあっても、こればっかりは海を見ながらじゃないと」
「こっちもおいしいよ!」
続いて『シャコのニンニク炒め』と『フグのから揚げ』だ。でかいエビや珍しい魚の刺身もいいが、昼間十分食べたので生ものは控えめにした。
「うまいし、この店に馴染んだ味がするな」
「いつも食べてるものに手を加えて、ご馳走にした感じだよね」
縦に割った大きなシャコや、形の揃ったフグの身、繊細な味付けは店だからできる。
でもシャコのミシッと詰まった身、フグのぷりぷりした食感が食事を楽しくしてくれるのは、家庭料理でも同じだろう。
だから地元に根付いた味がするのだ。
「お待たせいたしました。『カジキのステーキ』でございます」
「おほぉっ、おいしそう!」
ニンニクで香りを付けた肉厚のメカジキの切り身にしょうゆダレを絡めたステーキだ。
淡白な味と野性味のある歯ごたえにニンニクがよく合う。夏のカジキは脂が少ないものだけど、これは冬物と中間くらいの脂を含んでいた。
おろしポン酢でもうまいと思う。
『迷い猫』の海鮮料理はさっぱりした味付けが好まれるけど、この町の料理はガッツリ系が多い。
この辺の違いは食肉が手に入りやすいか、なんかも関係あるのだろう。
「おや、あんたらも来てたのか。楽しんでるかい?」
料理を平らげ酒のお替わりを飲んでいると、隣のテーブルのカップルから声が掛かった。
軽装の男をよく見ると見知った顔だ。宿の冒険者客三人組、その三人目である。
フィニヨン教の僧兵にして治癒術師、三つ星も間近といわれる優秀な冒険者だ。法衣じゃないから気付かなかった。
一緒にいる灰色のワンピースの女の子は慣れた手つきでカニの殻を割りながらニコニコしている。
僧兵さんはエロいお店に突撃したらしいから、ことが済んで店外デートに連れ出したのだろう。この町を一番楽しんでるのが僧侶なんだけど。
「沖合に海中迷宮がある影響で、年中いろんな魚が獲れるんだ。迷宮といっても巨大な渦そのものだから、潜ってひと稼ぎとはいかないがね」
「隔てるもののない海中迷宮なら、周りの海域は魔境化してるんじゃない?」
「ああ。渦に近付くほど質のいい魚がよく獲れる代わりに、海の魔物も強いのが増える」
僧兵さんとメルセデスの冒険者らしい会話から察するに、ここの沖合は迷宮の魔力で魔物が多く、普通の魚も豊富になっているわけだ。
旬でもない魚が釣れるのはそういうことか。それでもシモンは季節に合ったものを仕入れていたんだな。
アントレみたいな迷宮都市にならなかったのは、海中故に狩場として冒険者が集まらないからだろう。
「渦に挑む船は危険だが稼ぎはいい。海の魔物を食える状態で獲るのは難しいから尚更だ」
僧兵さんが泡の立つ酒を一口含んで言った。
メルセデスが水虎を絞め落としたのは正解だったんだなぁ。
俺は思い付きを言ってみる。
「冒険者を護衛に雇えば、他の船より先に進めるんじゃねぇか?」
「オレはこの町の出でな。親の船が沈んで売られちまった幼馴染を身請けするために冒険者をやってんだ。一攫千金は望むところだが、ここの海はお勧めできねぇな」
「エミール君。人の護衛ならともかく、船を海中の攻撃から守るって難しいんだよぉ」
メルセデスが『イワシの蒲焼丼』を食べながら言った。なるほどな。
てか軽い奴だと思っていた僧兵さんの事情にびっくりだ。人は見かけによらねぇ……いや、見かけは僧侶なんだよ。
「ところがこの店の船は冒険者を護衛に小船団を組んで大物を狙う、武闘派漁師だ」
「ああ、やっぱそういうのもいるんだな。食材にそこまで拘る気持ちはわかるぜ」
「どうやってるの?」
「足の速い船で互いの足元をフォローし合う。冒険者は遠距離攻撃持ちで魔物肉は諦める。ってのが基本だった」
メルセデスも興味あるようだ。
遠距離攻撃持ちってのは魔術や投擲で水中まで攻撃を通せる人のことだろう。弓はどうなんだろうな?
「だが今は毛色の違う奴を雇ってるらしい。そいつは船をまるごと守れるから、魔物の襲撃は無視して漁だけやって帰ってくるそうだ。確実に三つ星、下手したら四つ星だってんで噂になってるぜ。ほれ、そこにいる奴」
人一人で船全体を守るとか、ちょっと意味が分からないが。
僧兵さんとその彼女がテラスの端に目を向ける。そこにはテーブル一杯に料理を並べて上品な仕草で食事をとる、噂の女冒険者がいた。
あいつ、どっかで見たことある気がするんだけど。
「あれぇっ、ロマンちゃんだ!?」
ロマンって半月前に店に来た、メルセデスの元パーティーメンバーだよな。あんなだったっけ。




