漁師食堂
「ず~ぅっと海だねぇ!」
貸しシャワー(海の家というらしい)で潮を落とした俺たちは馬車に揺られていた。
ビーチと町の間は乗合馬車が頻繁に往復している。
海沿いの道を行くと砂浜が岩場に変わり(釣り船はそこから乗った)、さらに進むと整備された港に漁船が並ぶ。転移してきた丘を基準に北東へ、海に沿って動いたことになる。
転移で来たので旅の風景を今頃楽しんでるわけだが、かかる日数を考えると大変助かった。キノミヤにはお土産を買っていこう。
港から陸に入ると市街地だ。一番賑わう目抜き通りの端で、俺たちは馬車を降りた。
「さすがに町も賑わってるな」
「おいしそうな匂いがするねぇ」
通りの両側には宿と飲食店、土産物屋が並び、建物の隙間を埋めるように屋台が立ち、通りにはビーチと同じくらい人が溢れている。
多くが観光客なのだろう、冒険者風の人たちもリラックスした表情で酒を片手に屋台を冷やかしていた。
通りの海側の店からは海が見え、それを売りにできるためお高い。宿も同様だ。
いや、もしかすると陸側の店が不利を埋めるため値下げしているのかもしれない。
そんな値段の違いを見るだけでも商売の活気を感じるいい町だ。大きな町ではないが、アントレの宿屋通りをしのぐ賑わいだった。
俺は旅なんて王都からアントレに来た時以来だから、こういう観光旅行は初めてだな。
「おなか空いてきたねぇ」
「もう昼だからな」
船では黒カレイの後、アイナメとマダイが釣れて捌いて食べたきりだった。
うまかったけど釣れる度に中断して食べたので、あまり釣れなかったのだ。メルセデスからは魚が逃げるし。
アイテムボックスには船長にもらったカサゴやサバの他数匹の収穫しか入っていない。
屋台のメニューは海鮮が多くてうまそうな煙を立てている。
俺はタコ串、メルセデスはすり身団子串と魚のフライのバーガーを買い、食べながら歩いた。
目抜き通りから内陸に500メートルほど入った所にある市場。ここが最初の目的地だ。
市場といっても漁港直結の卸売ではなく、地元民の台所、小売り市場で観光客も多い。
十分新鮮で豊富な魚介類を見ることができ、活気にあふれた海辺の生活に触れた気分にもなれる。上質な干物など加工品はお土産にもなるし。
だが俺たちの目当ては市場の脇にある『漁師食堂』だ。
「ござっしゃい。そこ空いてるよ」
ガラガラと戸を引いて入ると広い店内は混雑していた。
厨房から顔を出したおばちゃんの指示に従いテーブルに着く。
ここは船長に教えてもらったうまい店のひとつで、漁師が仕事終わりに食べにくるそうだ。
実際周りの席には良く日焼けした作業着姿の人が多い。この時間から酒をひっかけているのは仕事が終わったからだろう。
古びた店内を見渡してメルセデスは。
「なんだかおいしそうな予感のするお店だねぇ」
「だよな。船長は『うまいけど観光客はガッカリするかも』みたいなこと言ってた気がするんだけど」
こういう、出汁の香りが染みついたような店はうまいに決まっている。
いかんせん船長の言葉を完全に理解できるわけじゃないので、俺の聞き違いだったのかもしれない。
壁のメニューを見つつ、俺たちより先に入っていた客たちの注文を聞いて参考にする。
「オレ生姜焼き、飯大盛り」
「カツ丼大盛り」
「から揚げ定食、飯大盛り」
ちょうどメニューに書いてるのを見つけたところなんだが、一番人気は『カツ丼』だった。魚じゃねぇの!?
周囲を見てもカツ丼の他はカレー、親子丼、チキンカツ……あ、エビフライ発見。でもエビフライはなんかチガウ。船長が言ってたガッカリってのはこれか。
メニューにも『ホオズキ』みたいな肉料理の定食の他は魚介の名前がいくつか貼ってあるだけだった。
高級店みたいに調理法選べるんだろうか? 通りかかった給仕のおばちゃんに聞いてみよう。
「このカニとかサバって、どういうのが出てくるんだ?」
「今日のカニはね……ああ、チャーハンだね。サバは塩焼き。焼き魚は他にホッケとサンマと鮭。あと煮魚はカレイとイカがあるよ。なんにするんだい?」
「……じゃあ、カニチャーハン」
「わたしはサバとカレイ、ご飯大盛りで!」
「はいよ――カニ、サバ、カレイ!!」
おばちゃんは大声で注文を通すと空いたテーブルを片付けに行ってしまった。
魚ごとに調理法が決まってるのか。
てか言葉が俺たちと同じだったぞ。おい船長。
カニの調理法で『チャーハン』が出てきた時は面食らったが、飯屋なんだからカニ飯かチャーハンが妥当だよな。
酒飲んでる人たちも定食の他に肴は食べてないし。
「おみゃはんらここは初めてか? ここの魚は店主が作れる料理でしか出てけんわ!」
「そうそう、だけん皆他のもん食っとるわ!」
「カツ丼が一番うまいで!」
隣のテーブルの客たちはそう言ってガハハと笑う。この人たちも漁師だろう。
冗談で言ってるのがわかる、嫌味のない言い方だった。確かにカツ丼もうまそうだな。
「ええっ、そうなの!? どうしよう、エミール君……」
冗談に気付かないメルセデスが絶望した。
そこへ注文した料理を持ってきたおばちゃん……いや、今度は若い女が来た。
「このぬけさくども、いい加減なこと言ってるとあんたらもメニューに載せるわよ! カニとサバとカレイ、お待ちどう!」
青みがかった髪の気の強そうな娘だが、看板娘だろうか?
お盆が空くと流れるような動作で三人の客を殴った。
「騒がせてごめんね、お客さん。ここいらのもんは朝ご飯に決まって魚食べるから、昼は違うもの欲しがるのよ。魚は朝出した残りだけど、おいしいから安心しなよ!」
そうまくし立てると行ってしまった。
朝というのは漁に出る前なのでほぼ深夜だ。この店は夜明け前に開店してランチが終わると閉まる『漁師食堂』なのだ。
「ええにょばだのぅ」
「ええにょばだ」
「ええにょば」
殴られた客たちは恍惚としているので、看板娘を褒めたんだろう、多分。
テーブルに並んだカニチャーハン、サバの塩焼き、カレイの煮付けはどれもうまそうだった。これに小松菜のお浸し、お新香、岩ノリの味噌汁、それにメルセデスの大盛りご飯が付いている。
パッと見はまぁ、普通の定食と言えなくもないが。
「ああ……味噌汁。この味はうちじゃ出せねぇな」
「しっかりした出汁と岩ノリがいい香りだねぇ」
恐らく自家製の煮干しに、丁寧に処理したアラも使って出汁を取っている。日によって味は変わるだろうけど、港町ならではの味だ。岩ノリの歯ごたえもいい。
大盛りご飯にしらす干しとたらこが乗っているところも実にらしい。
カニチャーハンは卵とレタスのチャーハンの上にカニのむき身がこれでもかと乗っていた。味噌の詰まった甲羅も付いているから、一匹分使ったのか。ちょっと殻が混ざっているのはご愛敬だ。
メルセデスとシェアしたサバとカレイもうまい。
自分たちで店をやってるのが馬鹿らしくなるくらい、高品質の海鮮を贅沢に使っていた。これを食い飽きるってのはまた、贅沢だなぁ。
***
夕方まで町で時間を潰すのは簡単だった。
港で漁船やシモンが仕入れているであろう卸売市場(競りはもう終わっていた)を見物したり、遊覧船に乗ってみたり、屋台で買い食いしたり。
遊覧船では魚を見つけて飛び込もうとするメルセデスを引き留め、屋台では二人ともサザエ串を気に入った。
「ござっしゃい。遠い所ようきまっせ」
船長の宿、『民宿 稲荷』で女将さん、つまり船長の奥さんに迎えられた。にこにこした心身ともに丸っこい人だ。
宿はこの町に多い石造りの家屋で、『漁師食堂』とは市場を挟んで反対側にあった。
普段は二階の二部屋のみで営業しているが、今日は中二階の使ってない部屋を空けてくれたわけだ。
「無理言って泊めてもらって、すんません」
「お部屋用意してくれて、ありがとうございます!」
「こちらこそあげなもん頂いたのに、こげな部屋で申し訳ございません」
『水虎』のことだろう。俺たちには不要なものだ。
部屋は使っていなかっただけに調度品は少なく畳の傷みはあるが、掃除してくれたのでホコリっぽいということはなかった。
「そういや、船長さんは?」
「うちの人は今、別の仕事で……朝にはご挨拶させて頂きますけんね。お風呂はもう入れますから、ご自由にどうぞ」
昼間は釣り船、夜は民宿の仕事か。船長もあれで忙しそうだな。
夜の町に繰り出す前に風呂でさっぱりすることにした。
風呂は男女別でそこそこ広いので、好きに入っていいそうだ。なんと天然温泉である。
「これはなかなか立派じゃねぇか……お邪魔しますよ」
「お、来たな、巨乳の姉ちゃん連れた赤毛の兄ちゃん?」
「おう、いい湯だぜ。安心しろ、あれは俺たちじゃどうにもできねぇ強者だ」
ガタイのいい先客二人に挨拶する。
一人は狐目の身軽そうな男、もう一人は両サイドの髪を剃り上げたパワー系戦士だ。
小さな宿なので二組の宿泊客のうち、片方とはもう顔を合わせていた。彼らは冒険者のパーティーで男三人組だ。
身軽さんの俺への認識がちょっとおかしいが、休暇を取って旅行するほどの余裕がある冒険者は気のいい連中が多い。
身体を洗って熱めの湯に肩まで浸かる。
大きな宿には敵わないが、三人が足を伸ばせるサイズの岩風呂、露天風呂だ。
「かーっ、生き返るな……あれ、もう一人は?」
「あいつはもう、行っちまったよ……」
「『風呂なら店で入るから』って言ってな!」
「あー……突撃隊に敬礼だな!」
もう一人はぶっちゃけエロいサービスのあるお店に突撃したようだ。
本来彼らのパーティーには女が二人いるのだが、今回の旅行は断られたそうで。それ故の男三人旅である。
羽目を外すのも責められまい。
そこへ、仕切りを隔てた女風呂から声が聞こえてきた。
(あら、お嬢ちゃんなかなか……じゃない?)
(いやぁ、お姉さん程……じゃないよぉ)
(肩凝るわよね、こんな……)
(お湯に浸かると……浮くから楽だよねぇ)
途切れ途切れに聞こえる声、一人はメルセデスだ。それをお嬢ちゃんと呼ぶハスキーな声は……もう一組の客しかいないだろう。
メルセデスより年上の女の、一人旅だろうか?
「おい、何がお湯に浮くんだ……?」
「アレに決まってんだろ……タオルは湯船に入れねぇからな!」
鼻を抑える二人のタオルが血に染まっていく。
メルセデスがほんとすんません。
二人が目が血走っていても女風呂を覗こうとしない紳士で安心した。
メルセデスの水鉄砲に目玉を撃ち抜かれるところなんて見たくねぇからな。
***
今更気付いたんだけど。俺、メルセデスと同じ部屋で寝るの……?
出雲弁参考:北三瓶会様 http://www1.ttcn.ne.jp/~kitasanbe/a_top01.html




