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冷めた餃子

「あれぇ? 誰も来ないねぇ」



 熱の月も折り返しに入る頃、街は閑散期のピークを迎えた。『居酒屋 迷い猫』には料理人の俺と店長のメルセデスしかいない。


 もう9時だがグーラすら来ていなかった。今日は迷宮で何かあったんだろうか?


 迷宮の常連客は誰かしらが毎日いて、外が嵐でも転移してくる。

 なんだかんだで助けられてるな。



「火曜日は元々客が少ないし、早仕舞いにするか」


「そうだね。こういうの、なんだか懐かしいねぇ」



 この時間まで一人の客も来なかったのは、俺がこの店に雇われてすぐの頃以来だ。


 あの頃はまだアイテムボックスの存在も知らなくて、仕込んだ料理の多くが無駄になった――孤児院にあげたりメルセデスの胃袋に入ったから、捨てたわけじゃないけど。




 当時の暇な時間に何をしていたかというと、メニュー作りだった。

 壁掛けメニューが出来て不要になったグランドメニューは、一冊だけカウンターの隅に立て掛けている。


 実は残りも捨てられずに空き部屋に押し込んだ。メルセデスが5冊手描きした力作だからだ。


 今にして思えばオープン後にメニュー考え始めるとか、この店はどうかしてたな。



「その割に厨房は始めから揃ってたよな? 保温庫とかアイテムボックスとか」


「ギルドに依頼して飲食店経験者を派遣してもらったからねぇ。あとはよそのお店覗いて必要そうな魔道具を自作したり」



 普通の店には枝肉入るようなアイテムボックスなんてないけどな。

 あと猫の絵の看板も自作したらしい。



「メニュー作りの試作で作ってくれたお料理もおいしかったねぇ。餃子とかまた食べたいよ?」


「あの時、『酒飲みながら試食するとか本格的だな』なんて店長の評価上げすぎたのは気の迷いだったぜ」


「しくしくしく……」




 その試食の後でメルセデスが作ったのが、最初で最後の賄いだった。


 二人ともかなり試食した後に賄いってのがそもそもおかしい。試食中に飲んでいたメルセデスは、酔って気が大きくなっていたのだと思う。


 ――そして思い出したくない味の賄いが爆誕し、俺は『こいつは厨房に入れまい』と誓った。



「あのモサモサした酸っぱいチャーハンは何目指してたんだ? 肉はデカかったな」


「お肉ゴロゴロのビーフカレー♪」


「…………」



 牛肉、ニンジン、たまねぎ、トマト、米……材料は大体合ってたわ。

 スパイスと調理法が根底から違ってたけど。



「スパイスって大切だね?」


「常識も大事にしろよ……」




  ***




 のれんをしまった後で、足の早い仕込み品を調理してテーブルいっぱいに並べることにする。


 ついこの間も似たようなことしたけど、メルセデスが喜ぶからいいだろう。

 火曜日は定休日前だから刺身などのおすすめは少ないし。


 刺し身でもなんでも、アイテムボックスに放り込めばいいんだろうけど、気分というものがある。


 重石して水を抜いていた厚揚げ用の豆腐は使い切りたい。

 それに熟成や煮物のしみ具合はアイテムボックスじゃどうにもならないしな。




 水切りした豆腐に豚肉、苦瓜と卵を炒め合わせた『ゴーヤチャンプルー』。それに『手羽先揚げ』を普段出さない塩胡椒味で作った。

 『厚揚げ』はあんかけにせず、大根おろしとショウガを乗せる。ついでに『チャーハン』をニンニク増しで作った。


 後は山盛りの『餃子』だ。これは本来なら今日のお通しだった。当然冷めている、というか冷まして出すつもりで作ったものだ。



「この餃子、冷めてるのに脂がトロトロで柔らかいよ! 肉の味がしっかりしてるし、コリコリするのは牛スジ?」


「豚スネ肉だけど、スジを混ぜてるから食感がいいんだぜ」



 アツアツの餃子がうまいのは当然だ。ジューシーで柔らかく、焼き跡も香ばしい。熱という刺激そのものだって旨さに寄与する。


 だけどお通しってのはすぐ出せて、料理が来るまで空腹が紛れて、かつツマミにならなきゃいけない。そこで考えたのがこれだ。


 肉はメルセデスに言った通りで、肉屋でそれに上等な脂身を混ぜてミンチにしてもらう。ラード分が多いので冷めても脂が固まらずジューシーなままだ。


 具はミンチとキャベツのみで濃い目に味を付け、麻婆豆腐で使う花椒にクローブ・シナモン・スターアニス・フェンネルを混ぜた五香粉というスパイスミックス、さらにクミン、ショウガなどを足してスパイシーに仕上げる。


 できた餡を薄く作った皮で包み、ごま油をひいたフライパンで蒸し焼きにしたら完成だ。くっつかないようバラけさせて冷ます。

 もちろん焼き立てでもうまいが、常温に冷めるとよりしっかりした味になるし、いろんな酒にも合うのだ。


 俺は早くも半分程になった餃子の山に箸を伸ばして、レモンサワーを飲み干した。




  ***




「前にさ、どうして居酒屋を開いたのかって聞いたよね?」



 あらかた食べ終えたメルセデスが、リンゴ酒に氷を浮かべて言った。

 孤児院でお花見した晩の帰りに、そんな話したな。元冒険者だってその時聞いたんだ。



「わたしの魔法はね、見た技をなんでも盗んじゃうんだ」



 囁くように言ったメルセデスはカードの束を取り出すと、鮮やかな手付きでシャッフルした。

 このカードは子どもの遊びから大人の賭事まで国中で使われるもので、52枚に1から13までの数字と4種類の記号が割り振られている。


 メルセデスはシャッフルしたカードの束を伏せて置くと、上から一枚ずつめくった。


 葉のマークの1、同じマークの2、また同じマークの3……シャッフルされたはずの束には同じマークのカードが数字順に並んでいた。



「イカサマか……実家の客がよくやってたけど、全然気付かなかったぜ」



 詳しくないがこれは多分、冒険者の遊びの範疇ではない。プロの技だ。これをメルセデスは見ただけで身に付けたわけだ。



「これを教えてくれたお爺ちゃんはね、できるようになるまで三十年かかったんだって」



 にんまりしても寂しそうなメルセデスは、カードを玩びながら続けた。

 今度は表にして並んだカードの図柄が変化して、全て星マークの1になる。魔術か魔法だろう。



「剣も魔道具作りも、魔法だって見様見真似でできちゃうの。他のこともできるから、どうしても教えてくれた人より上手くなっちゃって……」


「教えた奴が文句でも言ったか?」


「なんの努力もせずにその人が積み重ねた研鑽の上澄みだけ盗んで。しかも周りの人たちからは『本物を超えた』って褒められるんだよ? 楽をしてるわたしに追い越された人の顔を見るのは、怖いよ……」



 確かに。弟子は師匠を超えるもんだっていうけど、なんの研鑽もなしに一瞬で超えられたら受け止めきれないよな。


 でもそんな能力がある奴に基礎から学んで地道に身に付けろ、とも言えない。むしろそんな時間と能力の無駄遣いを許せないだろう。


 冒険者を続ける限りは他人の技を見ない訳にゃいかない。依頼があれば覚えた技を使わざるを得ない。だから辞めたってことか。

 贅沢な悩みといえばそうだけど、世の中そう上手くはいかねぇよな。

 あれ、ひょっとして俺の調理も見て覚えたんじゃねぇか?



「王都の迷宮でいろいろあってね。今は見るだけじゃダメなの」


「わざとじゃないんだな……?」


「ホッとした?」


「今になってクビにされないのはホッとしたぜ」



 メルセデスが俺の技術を盗めたとしたら、始めの一週間で俺はお役御免だったはずだ。

 あの頃なら「そんなもんか」で終わったかな。いい気分はしないけど。



「隠しててごめんね? 今は能力がないって言っても、エミール君に嫌がられたらと思うと言えなくて……」


「考えようによっては、メルセデスが技術同士を結びつけて新しいもの作るから、世の中にはいいことだな」



 魔道具作りの技術と刻み込む魔法とか、シナジーってやつだ。

 炭酸サーバーとか花子さん・太郎さん除けの魔道具なんてメルセデスにしか発明できない気がする。


「わたしももらった技を無駄にしないようにしてるけど……それと人の思いは別なんだよね。

 でもね、お料理はなぜか元から覚えられなくて。だからこのお店を開いたんだよ。ここでいつかお料理できるようになったら、それはわたしが初めて自力で身に付けたことだって思えるから」



 俺より少し大きいメルセデスがなんだか小さく見えた。いつもふんわりしてるけど、こんな話もするんだな。


 俺はリンゴ酒のジンジャーエール割りを飲み干すと、ジョッキを勢いよく置いた。


 なんだよ、バカだなぁ。そういうことならさ。



「ちょうどいいから、厨房来いよ」




  ***




「なになに、何作るの?」


「『目玉焼き』だ。作れるか?」


「……」



 メルセデスは無言でにんまりした。これは作れないって意味だ。



「卵は平らなところで割って、ザルに入れる」



 やって見せながらメルセデスに卵とザルを渡した。卵の割り方も教えた方がいいか、と思ったら。



「できたよー」



 ヒビを入れる前の卵の殻が、きれいに二つに割れた、ていうか切れた。意味がわからないけど、割れたならまぁ、いいか。



「ザルから流れる水っぽい成分を除くと、黄身が鮮やかで濃厚になるんだ。こっからは隣のコンロ使って同じように動いてくれ」



 フライパンに薄く塩を振って強火で温め、低い位置からザルの中の卵を落とす。

 中心の底が固まったら弱中火にして2分くらい、黄身の周りの白身が固まれば完成だ。蓋をして弱火で5分でもいい。



「これでいいのかな? なんだかいつものより小さくてこんもりしてるね」



 水切りをしてから焼くと厚みが出る。俺も賄いじゃこんなことしないけど。

 自作の目玉焼きを持ってテーブルに戻るメルセデスに、フォークを渡した。



「食ってみろよ」





 普段はしょうゆ派の俺だが今日は気分で塩コショウをかけた。メルセデスもソースの前に塩コショウを試すようだ。



「………………」


「どうだ?」


「…………おいしいよっ、これ! 黄身が濃厚トロトロで、白身はぷりぷりしてて、底がカリカリ! わたしが作ったのに!」



 多分、初めて成功した料理なんだろう。メルセデスの目がちょっと潤んできた。


 いやぁ、勢いでやらせてみたけど、これ失敗すると気まずかったな。マジで成功してよかったわ!



「剣術や魔法と違ってさ、料理ってのは家でも店でも王宮でもできる人がいるだろ。何が違うかわかるか?」


「んー……メニュー、量、材料…………あ、食べる人が違うかな?」


「それだ。これは客に出すプロの目玉焼きだ。客が今朝自宅で食べたのと『ひと味違うな』って思わせるように作ってる。誰に食べさせるかで目玉焼きでも調理法が変わるんだ」




 賄いは作りやすく食いやすく、あと俺の気分で食いたいものを作る。目玉焼きなんて焦がさないようにするくらいしか気にしない。



 客に出すものは仕入れ・仕込みから仕上げまで真剣勝負だ。万一客の口に合わなくても後悔したくない。



 王宮料理は作ったことないけど、品位や主の健康状態を加味して長期的なスケジュールで作るだろう。毒見があるから例の餃子みたいに、冷めてもうまいように考えるのかもしれない。



「今まで料理だけ身に付かなかったのは、そこんとこ定まってなかったからじゃねぇかな」


「そっかぁ、護衛術と暗殺術をごちゃ混ぜに覚えるようなものだね?」



 メルセデスにも思い当たるところがあったようだ。例えはまったくわからん。



「でもいいの、エミール君? これで何かの拍子に魔法の力が戻ったら、エミール君の料理の腕を盗んじゃうかも」


「おう、やれるもんならやってみろ! 調理が二人になって楽できるじゃねぇか」



 啖呵切ってグラスの酒を飲み干すと、喉が焼けた。なんだこりゃ? あ、メルセデスのリンゴ酒じゃねぇか!? キツイ酒だなこれ……一気に酔いが回ってきやがった…………。


 視界が回る。テーブルに伏せると冷たくて気持ちいいな。



(ありがとう、エミール君。やっぱりお店開いてよかったよ)



 メルセデスが何か言いながら頭を撫でるので、文句を言ったけど言葉にならなかったかもしれない。


 お……なんだか急に手の込んだ料理作りたくなって来たぞ…………ダメだ、起き上がるのめんどい。

 もうちょっと休んだら、片付けるから……メルセデスは残り物を始末して……明日は休みだし………………。




  ***




 翌朝。



「あー……やっぱベッドに運んでくれたのはメルセデスか?」


「そうだよぉ。あれくらいで潰れるなんて、かわいいなぁ、エミール君は」


「……すまん」



 寝坊して起きるとメルセデスが朝食を作っていた時の気まずさったらない。


 二日酔いに効くポーションをもらってテーブルを見る。

 メニューは買い置きのパンと洗っただけのキュウリ、それに昨夜教えた目玉焼きが付いていた。



 教えた甲斐があったなぁ。

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