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牛トロ丼

 めしログの監修――というかツッコミを書き終えた頃、グーラとカガチが来店した。


「なんだメリッサ、受付嬢辞めたのか? うちのストリップバーで雇ってもいいんだぞ?」


 お通しとそれぞれのボトルを出していると、カガチが言った。

 ついでにメリッサの『麻婆豆腐』をチラリと見て遠い目をする。辛いもの好きなのは変わらないんだけどな。


 そのメリッサが飲んでいるのはカガチにもらった泡盛のソーダ割りだ。ボトル入れないのは色んなもの飲みたいからだろう。


「今日は暑いの。われには冷たいものをもて」


 同じく遠い目をしたグーラには『ホウレンソウの辛子和え』を出した。

 辛子で和えたホウレンソウのおひたしに、かつお出汁のスープをたっぷりかけて、氷を浮かべたものだ。ところどころキンっと冷えているのがアクセントになる。


「やだわ、カガチ様。閑散期に入って受付が暇なだけですよ」


 なんかくねくねしたメリッサが答える。

 以前はカガチに接近するだけで気絶したり鼻血を出していたメリッサだが、慣れたようでなによりだ。


「その閑散期ってのは冒険者の話か?」


 俺はセクハラカガチに『ニラ玉』を出しながら尋ねる。カガチは自分の泡盛のグラスに氷を入れながら教えてくれた。


「そうだぞ。雪が降るまで四ヶ月あるだろ? この時期にアントレを出れば、かなり遠出しても年内に帰って来られる。だから遠征に出る冒険者が多いのさ」


「故郷に帰ったり、単に休むだけの人もいますけどね……要するにバカンスの季節なのよ! 毎年毎年わたしは休みとれないのに、恨めしいったら!」


 メリッサが声に怨嗟をこめた。

 なるほどアントレの気候的な都合もあるのか。なら当分うちの客足にも影響出るかな? 言われてみると最近ちょっと暇な気がしてくる。


「うちは冒険者のお客さん少なめだから、この機に休む他の仕事の人次第かなぁ。冒険者酒場とか鍛冶屋さんは休店するとこ多いみたいだよ」


 一番影響受けそうなギルドが休めないのは街の管理を請け負ってる面があるからわかるけど。巡り巡って思わぬ店が休みになったりするんだろうか。仕入れ先が休みになるとうちも困るなぁ。


「閑散期ってのは冬まで続くのか?」


 だとしたらヤバいな、と思っていたが、カガチは笑って否定した。


「目いっぱい遠出する奴はそう多くないぞ。それにしばらくすると、よそからアントレに遠征してくる冒険者が流れ込むさ」


「うむ、あと1,2週間もすれば賑やかになるのではないかの。毎年のこと故、街の者も心得たものぞ」


 なるほど、こっちが街を出るタイミングなら、外からは街に入るタイミングってわけだ。そりゃ一安心だけど、やっぱり閑散期終わる頃にはホール一人くらい欲しいなぁ。


「そうだねぇ、このところ忙しくて。カウンターで飲めるの久しぶりだよぉ」


 メルセデスはいつの間にかメリッサの隣で飲み始めていた。確かに久々に見る光景だ。

 ハイボールを飲んでるから、客の肴に手を出す前に『辛もやし炒め』でも出しておくか。安いし。

 てか店が空いてれば飲んでいいわけじゃないけどな。


  ***


「――というわけでお店の売りや名物を店長にお尋ねしまーすっ、うぇーい!」


 メリッサが隣のメルセデスに向かってインタビューを始めた。だいぶ酒入ってるけど。


「えぇ、なんだろう? 一番出てるのは『手羽先揚げ』と『ササチー』で、売りはエミール君にお願いすればなんでも作ってくれることかなっ?」


「なんでもは出ねぇよ……定番メニューの他にその日の仕入れでおすすめがあるし、作れるものはメニューに無くても作るから。お客さんが自分なりのお気に入りを見つけるのがうちの楽しみ方じゃあねぇかな」


「エミールがまとめおったの」


 ちょっと答えにくい質問だったな。

 うちはどっかの窯焼きレストランみたいにコンセプトがあるわけじゃないし、専門店でもない。仕入れや客の好みでメニューを作ってるから、ふわっとしたことしか言えなかった。


「ふむふむ…………『名物は巨乳ゆるふわ店長』っと」


「おい、捏造するな」


 アントレ唯一のマスメディアは情報操作も辞さなかった。

 実際のところ、ギルドがこんな面倒なことに手を出す理由といえば。街の発展や情報発信はもちろん考えた上で、やっぱり発言力を強くするためなんだろう。


「じゃあ最後に、次に取材すべきお店を紹介してくれるとわたしが楽できるんだけど!」


 おい、本音。

 メリッサは地元民ジモティーだから俺より街のこと知ってると思うけど。

 地元のしがらみがあんのかね? 親は商売してるらしいし。


「それなら断然、ビアガーデンか『ホオズキ』だよね、エミール君?」


「ビアガーデンは創刊号で一緒に特集するのよ。あとできればお酒飲めるお店でよろしく」


 注文が多いなぁ。

 でもうってつけの店があった。当然シルキーのとんかつ屋ではない。あそこは俺の隠れ家だ。


「じゃ市場の近くにある生肉のうまい店なんてどうだ」


 西の裏町には毎朝仕入れに行く市場がある。さらに近辺には肉屋、魚屋、氷屋があり、店主がうちに飲みに来てくれるという意味でも縁のある場所だ。


 そういえば最近シモンの魚屋は『鮮魚 シモン丸』に屋号を変えたそうだ。それっぽくていいじゃねぇか。


 そして肉屋と氷屋の近所という立地に、当然あるべくして生肉のうまい店――魔族料理店『シズル』はあった。


「――あー……わたし生肉だけはダメなのよー。お爺ちゃんの遺言が『生肉だけは食うな』だから。魔族と違ってヒト種の身体は生肉食べられないじゃない?」


 メリッサのテンションが急降下した。お爺ちゃんの遺言ってのもあながち冗談じゃないのかもしれない。


 だけど前に『牛肉のたたき』を出したように、ヒト種でも生肉を食べて問題はない。

 ただ、活魚や〆てそのまま氷漬けでハンドリングできる魚と違い、生肉は屠殺後に幾度も人の手が触れる。衛生管理が難しいのだ。


 そのノウハウを持っているのが魔族だ。『シズル』も魔族がやってる店で、安全な生肉を提供している。

 大変うまいのだが、やはり通好みの店というイメージが強い店だった。


 そこの店主となんやかんやあった俺は、先日『もっと気軽に食べられる生肉料理』を共同開発したのだ。


 無理強いするつもりはないが、ここはひとつ。食わず嫌いを直して魔族料理の宣伝に一役買ってもらおうじゃないか。〆にちょうどのご飯ものだ。


「じゃちょっと待ってろ」


「む、われらも食うぞ」


 わかってるって。

 特別に仕入れた新鮮な牛ロースの塊をアイテムボックスから取り出し、赤身、脂身に分けて筋を取る。これを保温庫で急速冷凍したら、なんとメルセデスの出番だ。


「頼んだぜ」


「まかせてー♪」


 誕生日にビャクヤからもらったカタナを消毒したメルセデスに向かって、凍った赤身と脂身を放り投げる。

 カタナが閃き、空中で肉の表面を満遍なく薄くそぎ落とした。ハラハラと落ちる薄肉は神話に出てくるアイギスの羽衣のようにキラキラしている(だが廃棄だ)。これはトリミングという除菌方法だ。直前に浄化の魔術も照射している。


 そのまま空中で5mm厚にスライスされた冷凍肉を、メルセデスが皿で受け止めた。


 皿を受け取った俺は赤身と脂身の比率を整え、浄化された魔道具に放り込む。メルセデスが作った専用の粉砕機だ。

 出てきたミンチ状の冷凍肉を清潔なストッカーに移し、素早く冷凍保存する。


 どんぶりに熱々ご飯を盛り、ディッシャーで凍ったままの冷凍ミンチを乗せる。刻んだネギを乗せた上に、しょうゆと酒を煮たてて冷やした辛めのタレをかける。

 刻み海苔を散らしてワサビを添えたら完成。本日のおすすめ『牛トロ丼』だ。


「こ、これは止まらぬ味だの!」


「シンプルなのに味は破壊力あるぞ!」


「おう、卵かけてタレを追いがけしてもうまいぞ」


 グーラとカガチが無言で空のどんぶりを突き出したので、お替わりはワサビ抜きで生卵を付けた。


「バジルの効いたパスタとかピザに乗せてもうまいし、ヴィナグレッチと一緒にバゲットに乗せてもいいな。サンドイッチとかうどんもできるけど、俺は丼が一番うまいと思うぜ」


 あれだけ嫌がっていた生肉を前に、メリッサが目を潤ませていた。そんなに嫌だったのか、と思ったら、どんどん顔が緩んでいく。


 生肉といってもこいつは臭みがない。海苔としょうゆは香り高い。そこに飯の熱で溶けた脂の甘い香りが混ざり、実に腹の減る匂いがする。


「まぁ、店長が初めて調理に参加したメニューだからさ、記念に食ってみてくれよ」


 恐る恐る、スプーンですくった一口を口に入れたメリッサの顔が、冷凍ミンチのようにとろけた。



  ~ メリッサのめしログ 『牛トロ丼』 ~


 どうしてこうなったのか、わたしにもわからないわ……。


 同僚のエヴァのお誘いですら断って、避けてきた生肉料理が目の前に出てきちゃったじゃない!?

 しかも店長が人外じみた技で作ったから断りにくいわ! 誰よ、あの人に武器持たせたの!?


 村だった頃はよその土地の料理を食べるなんて発想自体が無かった。そもそもレストランなんて無かったし、いつもの母さんの手料理で満足……するもしないも、他に食べるものはなかったのよ。


 ちなみにお爺ちゃんはまだ元気だし遺言なんて残してないけど、子どもの頃から『生肉は食べるな』って言われてたのは本当。


 でもこの丼、凍った肉のフレークがご飯の熱でじわじわ溶けてて、おいしそうなのよね……。


 肉の表面を削いで捨てたから清潔なんだろうし……目の前で加工してたわけだし……しかもいい匂いするのよ! 焼いてもいないのに!


 両隣でそんなおいしそうに食べられたら……え、もうお替り? かきこみすぎじゃない!?


 ああ、卵をかけたら確かにおいしそうよね……店長の初作品みたいだし、一口くらい記念に食べようかしら……よく凍った部分にスプーンを入れて、タレとネギのバランスも考えて。ワサビには殺菌効果があるから多めに付けて――


「――なにこれ……旨味の塊じゃない!?」


 ヒヤッとした冷凍肉は噛めばすぐに溶けるのね。もっとこう、本能が呼び覚まされるような野性的な味を想像してたけど、嫌な臭いも舌触りもなくて、すごく食べやすい。


 噛むほどに広がるのは脂とご飯の甘みとしょうゆの香り、それに圧倒的な旨み。

 牛脂としょうゆとお米は炒め合わせるだけでもおいしいはず。それが引き込まれるほどに高まっているのは、生肉だからなの? 今のところお腹の調子はおかしくないけど、本当にヒト種でも生肉を食べていいのね?

 もう一度言うわよ、『行って、いいのかい?』 (誰に言ってんの? by エミール)


 わかったわ、この癖になる味――お爺ちゃんたちは子どもがこの味を覚えて偏食しないように『生肉怖い』という虚像を作り上げていたのねっ!? (健康に育ってよかったじゃん。家庭で作るのは実際難しいし by エミール)


  ~ ごちそうさまでした! ~



 『シズル』とは一緒に肉の加工方法を考え、浄化機能付き粉砕魔道具を提供した。

 あっちの料理人もあの空中トリミングができるそうで、料理人ってなんだろうな?


 ギルド誌『道草アントレ』の創刊号は閑散期の明けた二週間後には各所で販売するとのこと。


 ちなみに食肉の豊富なアントレだけあって、郊外の加工場の人は生肉の食べ方を知っていた。村だった頃から大人の珍味としてひっそりと食べられていたようだ。





※作者注: 現実の製品は現在の法規制と物理法則の観点から物語のような製法は採っておりません。分類も『生食用』ではなく『非加熱食肉製品』(生ハムなどのこと)となっているはずです。とてもおいしいので通販などで見かけたら是非。作者にとってはいつも食べていた思い出の味です。



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