『アントレ食べ歩き』(3)
街中食べて周り、お腹いっぱいになって店に戻ると3時過ぎだった。仮眠をとったりお茶を飲んだりゴロゴロしたり。思い思いにのんびり過ごす。
そしてエミールが魚屋へ競りに向かった7時前。
ロマンはメルセデスに連れられて南の裏町へ来ている。なぜか迷宮階層主、カガチも一緒だった。女子会だ……!
「賑やかだねぇ! お客さんに聞いて一度は来てみたかったんだぁ。じゃあ買ったらこのテーブルに集合ね!」
ここは夜に開くフードコートで、ビアガーデンと呼ばれる。冬寒いアントレでは夏から秋までの風物詩だ。
無数に並ぶ椅子とテーブルの周囲に屋台が並ぶ。客は屋台で買ったものをテーブルで飲み食いするのだ。
夜ではあるが店とテーブルは過剰なほど照らされ、お祭りのようだった。
お酒担当を命じられたロマンは飲み物屋台の並ぶ一角を見つけた。呼び込みも威勢がいい。
「おねーさん、ビールならうちだよ!」
「たくさん飲むならこっちだ、バケツでも樽でも出してやる」
「当店はご注文あらばなんでもご用意いたします……ええ、なんでも」
ビアガーデンというだけあってビールの種類が多い。他には各種シロップを使ったサワーがあり、ウィスキーなどはソーダで割るのが一般的なようだ。
サイズは小さめのグラスから大きなジョッキ、小ぶりの樽、バケツなど、増やす分には注文を聞いてもらえる。
ハイボールの大ジョッキにしようかと考えたところで、ロマンは気付いた。
――二人が何を飲むのかわかりませんわ!
***
「カガチちゃんもおいしそうなもの買ってきたね!」
串揚げ、焼き鳥、焼いた腸詰、茹でた枝豆、お好み焼き、アサリの酒蒸し……テーブルに買い集めた料理がみっしり並んだ。
メルセデスが買ってきた焼き鳥は、昼間の串焼きとどう違うのだろう?
「どっちもおいしいけど、焼き鳥は鶏にこだわってるだけあって、セセリとかレバーとか種類が多いよ。ほら、あの網がピカピカのお店だよ」
指差す方を見ると、新品のようにピカピカの焼き網を炭火に乗せ、何十本も串を並べている屋台があった。人気らしく行列ができている。
「で、飲み物はどうしたんだ? その人、誰?」
お好み焼き(豚玉、肉マシ)を買ってきたカガチはロマンの背後に立つ口髭の老紳士を面白そうに眺めた。
ドリンク屋台に行ったものの決めきれなかったロマンが選んだのは――
「はい、私が本日お嬢様方のバーテンダーでございます。乾杯には何をお作りいたしましょうか?」
メルセデスならともかく、カガチが何を飲むのかロマンには考え付かなかった。そこで「なんでも揃える」という店に頼んで、バーテンダーを派遣してもらったのだ。
侯爵令嬢は金銭感覚がおかしいのだ!
「じゃ、あたしビール。スタウトで」
「わたしはレモンサワーにしよぉ」
「わたくしは……ウィスキーのハイボールですわ」
持ってきたワゴンから酒や氷を出し、注文されたものを用意するバーテンダー氏。
実は『飲み物を買ってきてくれる人』を雇えば事足りたのだが、誰も指摘しなかった。
それに店でドリンクを作るメルセデスは、その華麗な手さばきが気になるようだ。
飲み物が揃えば「お疲れ様」を唱和して飲み始める。
「それにしてもここは人が多いですわね」
行列ができているのは焼き鳥屋台だけではなかった。串揚げやお好み焼きなど、二人が買い物した屋台はどこも混雑している。
「今年のビアガーデンは今日が初日でさ、毎年初日は混むんだぞ」
クリーミーな泡のひげを付けたカガチが言った。
これまで雨が続いていた上に昨夜は嵐で、屋台の営業もできなかっただろう。
カガチはともかく、初ビアガーデンのメルセデスにはおいしいお店をかぎ分ける鼻でもついているのだろうか。
ロマンはモモ肉と思しき焼き鳥を一本手に取った。竹串を打たれた肉はロマンが知っている串焼きに比べ、随分と小さい。
ボリュームに欠ける、と思いつつ一口。
「焼き加減が絶妙ですわっ!?」
外はカリッと香ばしく、中はプリっとしっとり。外側に付いた塩コショウも肉の量とのバランスがいい。
一定の火力で狙った焼き加減にするための小ささなのだろう。
「お、気付いちゃったね? つくねとかレバーもいいんだけど、このお店はモモとハツだと思うんだよねぇ」
バーテンダー氏にピルスナーを頼んだロマンは、続いて焦げ目の付いた腸詰を一口。これは一口サイズのまん丸い形だった。
一見小さなただの腸詰だが、やや強い塩気に加え酸味と辛みに驚く。後には強い旨味と脂の甘みが広がった。あと熱い。
はふはふしながらビールで口を冷やした。
「一瞬腐っているのかと思いましたわ……でも癖になる味ですわね」
買ってきたのはカガチだ。
カガチは二杯目にモヒートを飲みながら竹串で腸詰を口に放り込むと、ショウガやネギなどの薬味を口に追加した。
「これは南方の腸詰でさ。トウガラシとニンニクともち米を入れて発酵させるんだ。一日目と三日目で全然味が違うんだぞ?」
焼いてる屋台は煙がすごいからわかる、と言われてキョロキョロすると、思った以上に煙に包まれた屋台が一つあった。そこにも行列ができている。
「小火かと思ってましたわ……」
***
「で、エミール君とはどうなんだよ? 一緒に住んで四ヶ月だろ?」
杯を重ね、とん平焼きと空心菜炒めを追加で買ってきたカガチは梅酒のソーダ割りを片手に核心へ切り込んだ。
女子会名物、恋バナだ! ロマンも二人の関係は気になっていたので、耳を澄ませる。
「エミール君はねぇ、わたしの大切な居場所を作ってくれた人だよ。冒険者を辞めて手に入れた居場所」
「「夫婦かよ」」
「そんなんじゃないよぉ」
「でもあの息の合いようは尋常ではなかったですわ……!」
「ああ、いつも思ってたぞ。夫婦……漫才か、もういっそ介護?」
「わたしもそこまでポンコツじゃないと思うけど……おばあちゃんになったら不安かも」
そう言って頬を赤らめるメルセデスだが、これは恋バナなのだろうか、老後の相談だろうか……?
ロマンは気になっていたことを尋ねる。
「そもそもお姉さまは、どうして冒険者を辞めたかったんですの?」
「ん〜……エミール君はぁ、すぐ腕を上げちゃうからぁ、わらひも負けていられまへ~ん」
――酔っ払ってますわー!!
顔が赤いのは酔ったからだった。
大きなジョッキで濃いめに作ってもらったハイボールをカパカパ飲んでいたので、こうなってもおかしくはない。だがカガチは、
「バーカ、バーカ! メルセデスがいつ料理でエミール君に勝ったんだー? キルスコアの勝負じゃないんだぞー」
「それじゃ勝ち目ないよぉ」
「「ギャハハハハハッ」」
――こっちもダメですわっ!
状態異常に強い三人は本来簡単には酒に酔わない。
しかし『迷い猫』で毎晩楽しく飲んでいるうち、メルセデスやカガチたちは『酔って気持ちよくなる』という特技を身に付けてしまったのだ!
「――よぉ嬢ちゃんたちぃ、バーテンまで雇って羽振り良さそうじゃねぇか。待ちに待ったビアガーデンの初日だ、俺たちにも楽しませろよ」
盛り上がっているところへ水を挿す声があった。
武装した冒険者が四人、一番大柄なリーダー格の一人がテーブルに拳を叩きつけると、カガチのグラスが倒れた。
メルセデスのメガジョッキはビクともしなかった。
「大人しくその渋いバーテンをこっちに寄越しな! キレイな顔に傷を付けたくないだろ?」
冒険者の一人がバーテンダー氏の腕を掴んだ。
そう、このガチムチ女冒険者パーティーの目的は渋い老紳士、文字通り酌をさせようという魂胆だったのだ! ロマンの払いで!
咄嗟に魔力を練ったロマンとカガチの瞳が光を帯びるが。
「あんたら魔法使いだろ? やめときな、『反射』の魔道具だ。バーテンまで怪我するよ」
「魔法相手でアタシらに敵はいないぜ、対魔法戦に全振りした、この『筋肉婦人会』にはなぁっ!」
リーダー格の女と一番小柄な女が口々に言う。
この国のパーティー名はこんなのばかりなのだろうか?
メガジョッキを飲み干したメルセデスは、ジョッキをドンと置いて言った。
すでに周囲の客は避難している。
「じゃあ、腕相撲しよっか」
「アンタ舐めてんのかい、その細腕で――」
メルセデスは掴みかかってきた小柄な女の手を取ると、握り潰した。
あまりの痛みに女が気絶すると、テーブルの紙ナプキンで血を拭って言う。
「次」
――やだ、お姉さま……カッコイイですわっ!
***
数分後、メルセデスの足元に四人の女冒険者が倒れ伏していた。彼女らの腕は食べる時の手羽先揚げのように曲がっている。
立ち上がりもせずに四人倒したメルセデスは、冒険者たちの腕に回復薬をかけながら言った。
「エミール君がね、飲みに行く時はいつも回復薬持たせてくれるんだよぉ。予言者かな?」
「「夫婦かよ」」
***
翌朝、まだ明けきらぬうちに目覚めたロマンは、静かに旅支度を済ませ下に降りた。
会わずに街を出ると決めたのだ。
結局メルセデスが店を開いた経緯はわからなかったが、理由はなんとなく把握した。
苛烈なところは変わっていなかった。いや、あれは苛烈なのではなく、「死ななきゃ治るから」くらいが彼女にとって普通なのだ。
それに今、幸せそうだった。
だからいい。
エミールとの仲睦まじさにしっぽ巻いて退散するみたいだが、今はそれでいい。
荷物を担いで引き戸を開けると、目の前に仕入れから戻ったエミールがいた。
「「あ……」」
――気まずいというか、カッコ悪いですわ!
「弁当作るからちょっと待てよ」
声を潜めて言うと、これから仕込みだというのに手早く握り飯とおかずを詰めてくれた。
「『黙って行くのか』とか言いませんのね」
「行くって決めた時に行けばいいぜ。うちは宿屋じゃねぇから清算もないし」
思えばラーメンの時も取り皿を出してくれたし、昨日は休みを潰してあちこち案内してくれた。
「それにメルセデスはやっぱ冒険者だから、時々荒事がないとストレス溜まるみたいでさ。昨日は助かった」
メルセデスも割と万人に優しい人間だが、それは『楽しいの好き!』という無邪気さの発露であって、思いやりとはちがう。
ロマンに至っては気は使われるものであり、他の仲間も似たり寄ったりだった。
こうしてさりげなく温かさをくれる人間は、貴族や冒険者界隈にはいない。
――だからお姉さまと一緒に殿方が暮らしていても、それほど嫌じゃなかったのですわ。
少なくとも悪い虫だとは思わない。
それに少々素直じゃないところはあるが、エミールのメルセデスに対する思いやりは本物と感じた。
「お弁当のお礼に、いいことを教えて差し上げますわ」
ロマンはカウンターの隅に置いていくつもりだった包みをエミールに渡し、小声で言った。
もちろん同封したバースデーカードは回収した。
***
「ええぇっ、ロマンちゃん行っちゃったの!?」
「いつまでも寝てるからだろ」
「起こしてくれればよかったのに!」と抗議するメルセデスに朝食を出しながら、エミールは思う。
――王都からプレゼント持ってきたってことは、ロマンは誕生日祝いに来たんだよな……明日までいればよかったんじゃね?
それはそうと、今日明日は忙しくなりそうだ。




