豚ラーメン(2)
ロマンがメルセデスに向かってあれこれまくし立てている間、皆が食べていたのは『豚ラーメン』だ。
『ホオズキ』にパスタを仕入れている製麺所を紹介してもらったら、ラーメン用の太麵も扱っていて急に食いたくなったので作った。
この街、うまいラーメン屋はあるけどこのタイプがないんだよな。専門店みたいに突き詰めなければ、煮豚のついでに作れるんだけど。
今日は他に客もこなそうだったから、グーラたちにも出したというわけだ。
まず前日から煮豚を作る。今回は茹でこぼしをしたくないので脂の少ないモモ肉を使う。
豚モモ肉をタコ糸で縛り、全体にフォークを刺しておく。それを全体に焼き色がつくまで焼き、ネギと生姜の他、たまねぎ、ニンニク、にんじん、戻した干しシイタケ、その戻し汁、クミンとオールスパイス、それにキノミヤ製カレースパイスを極少々、それに清酒、砂糖、水を多めに加えて中火で30分ほど煮ながら灰汁を取る。
しょうゆ、みりんを加えて弱火で2、3時間煮込む。煮汁を多くしたので落し蓋ではなく普通の蓋をする。
火を止め野菜を取り除いたら一日置いて味をしみこませる。
翌日、糸を切った肉は分厚くスライスし、煮汁は濾しておく。シイタケもうまいけど煮豚単品で出す時に添えるのでラーメンには使わない。
濾した煮豚の煮汁を鉄鍋で温め、ラード、オイスターソース、塩、砂糖で調味して軽く煮立たせる。そこに昆布とカツオの合わせ出汁を加えてドンブリに移し、スープに湯切りした太麺を入れる。
オイスターソースは牡蠣を発酵させた調味料で、シモンが港町で見つけて買ってきてくれた。コクが出るし炒め物にも使える。
茹でたキャベツともやし、粗みじん切りのニンニク、背脂、分厚い煮豚をたっぷり乗せる。背脂は2、3時間茹でてからミキサーで粉砕しておいたもので、ラードはそこから取った。
さらに迷宮産じゃないタケノコで作った自家製なんちゃってメンマを太く切って乗せれば完成だ。
「ほら、あんたも食ってけよ」
俺はロマンとメルセデスにも『豚ラーメン(マシマシ)』を出してカウンターに座らせた。俺も食おう。
「なっ、なんですの。このうずたかいもやしの山は!?」
「『豚ラーメン』だよぉ。これはねぇ、こうやって食べるんだよぉ!」
にんまりしたメルセデスは自分のドンブリに箸とレンゲを差し入れ、器用に『天地ガエシ』をして見せた。
もやしの山がスープに浸かり、その上に麺が姿を現す。
スープの一滴もこぼさない見事な業だ。てか手さばきが見えなかったし、中身宙に浮いてなかったか?
「はいよ、取皿」
というか空のドンブリ。あれは常人には無理だって。
端からもやしを別にした方が食いやすいんだろうけど、それじゃ気分が上がらねぇし。
「い、いただきますわ……」
ずるずると食べ始めたメルセデスを見て、ロマンも恐る恐る箸をつける。
~ ロマンのめしログ 『豚ラーメン(マシマシ)』 ~
言っておきますがラーメンくらいわたくしも食べますわ。むしろ好きですの。
王都のおいしいラーメン屋くらい押さえて置くのが侯爵令嬢としての嗜みですわ。
つまりこれは、あの若い料理人からの挑戦ということですわね? ここは酒場だと思っていたけれど、ラーメン屋だったのかしら。
なら受けて立ちましょう。
田舎の料理人如きが、王都で洗練されたわたくしの舌を満足させることなど、ないと知りなさい! (田舎にもうまいもんあるぜ? 俺は王都育ちだけど by エミール)
……それにしても、この立ち上るしょうゆとニンニクの香り。このところろくに食べていなかったので、余計にお腹が空きますわ。
だというのに! 大量のもやしが! お箸を邪魔して麺にたどり着きませんわ!
分厚い肉とか山盛りのニンニクとか、トッピングが崩れるではありませんの。すべてを一皿に乗せる意味ありますの!?
ようやく顔を覗かせた麺はずいぶんと極太麺ですわね。お味は……なんて塩辛い! でもなんですの、この『身体が求めていた』ような味……あら、もやしを口に入れるとちょうど良いですわ。見た目に反して臭みもなく、なかなかあとを引く味ですの。
分厚い豚肉はホロホロに煮込まれていて、背脂もしつこくないですわ。
あら? 食べ進めるうちに濃い味も気にならなくなってきた気が……背脂で味がまろやかになったのですわ。初めに軽く混ぜるべきでしたの。ニンニクがスープに馴染んで味に深みが増したのもありますわね。
慣れると小麦の香り高いモチモチした麺と、シャキシャキしたもやしのコントラストに箸が止まらなくなりますわ。極太のメンマは柔らかくて舌を休めてくれますの。
そして煮豚とスープを一緒に味わった時の調和。なるほど、豚肉を煮込んだ煮汁を味の土台にしていますのね。
多くの食材で複雑味を出しながらも揺るがない豚の味。しかし豚骨ではなく黒く澄んだスープ。『豚ラーメン』の名に偽りなし、ですわ!
~ ごちそうさまですわ! ~
「ぷはぁ……フン! 不本意ながらおいしかったですわ。それに――」
うまかったならよし。
ロマンは隣で顔半分口になって食べているメルセデスを見た。
「――あんな幸せそうなお姉さまを見るのは久しぶりですわ……こんなの見て無理やり王都に連れ帰るほど、わたくし野暮天ではありませんの」
店長は食べてると大体ああいう顔だけどな。
でも苦労してここを探し当てたようなことを言ってたけど、もういいんだろうか? 迷宮最深部で何があったのかとか。
「お姉さまは今、幸せですのね……」
「んはっ? うんうん。わたしもお客さんも居場所にできるお店を作れたと思うんだぁ」
「……ならばもう、何も聞きませんわ。あの時……いいえ、いつもお力になれなかったことは悔しいですが。ロマンはお姉さまに頼って頂けるくらい強くなって、また来ますわ」
寂しそうだが余計な力の抜けた顔でロマンが言った。
メルセデスが何かを我慢してここにいるんじゃないのなら、俺も安心だ。
「ところでロマンさ、なんか急にふっくらしてねぇか?」
入ってきた時は頬がこけるくらいだったのが、ちょっと肉が付いて標準より痩せ気味ってところだ。
高カロリーなラーメンだけど、そんなに即効性ある?
「それはロマンちゃんの魔法『ジークフリート』だよぉ。エネルギー変換効率が高い竜種みたいに『食べた分だけ蓄え、使った分だけ痩せる』だよね?」
「そ、それはオマケで本来は『竜の如き堅い守りと膂力を持ち、竜に致死の一撃を与える天敵』ですわ! 燃費の悪さを補うためのエネルギー効率ですの。おかしなところだけ説明しないでくださいます!?」
すげえ魔法があるもんだ。オマケの能力だけでも生きていけるんじゃねぇか?
『ホタテの昆布締め』を肴に飲んでいたカガチとビャクヤがビクんとして酒をこぼした。
そういや二人は竜だったな。食べて体形変わるところ見たことないけど。
「聖属性でなければなんの問題もないのであります」
ロアがフラグになりそうなことを言う。
そういえばもう一つ気になっていたことがあった。メルセデスたちのパーティー名だ。
実家を手伝っていた頃の俺は、華々しいトップ冒険者より身近な宿の客と料理を覚えるので手一杯だった。
だからあまり詳しくないが、あれだけ功績のあるパーティーなら俺も聞いたことあるかもしれない。
さぞかしカッコいい名前が付いているんだろう。
「わたくしたちのパーティー名をご存じないですの? 仕方ありませんわ、田舎者に王都の常識を教えるのも侯爵令嬢の――」
「――あ、俺王都育ちだけどな」
「んんっ……も、もの知らずな若者に常識を教えるのも侯爵令嬢の勤めですわ」
お年寄りみたいなお勤めだな?
ロマンは持ってきた大盾を軽々持ち上げると、ドシンと横に構えた。立てると顔が見えないからだろう。店内を見渡して名乗りを上げる。
「お聞きなさい――フィニヨン教の『聖女』カタリナ、『暗殺妖精』マゼンタ、わたくし『竜鱗』ロマン・ド・サン・シュフラン、そして首魁は『神を超えた天使』メルセデス……お姉さま! フランベ王国に隠れ無き、そのパーティーの名は――『子豚の丸焼き』ですわ!」
………………!
「なんですの、どうしてみんな笑いますの!?」
「のほぉぉぉぉ、はーずーかーしぃよぉぉぉぉ!」
いや、悪気はないんだが堪えきれなかったわ。
『子豚の丸焼き』は反則だろ! 王様と謁見したらえらい人が真面目な顔でこれ読み上げるんだぜ? メルセデスの二つ名とか、家名を誤魔化したこととか思わずスルーしたわっ。
あとフィニヨン教ってのはこの国でメジャーな宗教で、総本山は他国にある。冒険者やってたのかよ、聖女。
「わたしの寝言でパーティー名決まっちゃったんだよねぇ……」
食べたいもの答えただけじゃねぇか。
俺は知らないパーティー名だったけど、こりゃ聞いてもパーティー名だと認識してなかったかなぁ。『子豚の丸焼き』は実家でたまに出る料理だったし……いかん、また笑いが。
***
それからロマンの話を肴に酒を飲んだグーラたちは、テルマとキノミヤへのお土産をテイクアウトして帰った。キノミヤは遅いと怒ってるだろう。
なんでも王都の酒場では『酒場を開いた英雄と酒を飲みに来る魔物』の物語詩が流行っているそうだ。
ロマンはそれを手掛かりにここを見つけたと聞いて、グーラたちは興味を持っていた。どっかで聞いたような話だな……。
その後、ロマンはこの天気で宿もとっていないというので二階の空部屋に泊まり、二日後の早朝にはちょっとぽっちゃりした姿で王都へ帰っていった。
定休日だったので街を食べ歩いたりしたけれど、それはまた別のお話だ。
騒がしかったけど、悪い奴じゃなかったな。
居酒屋でラーメン? と思われるかもしれませんが、「昼は人気ラーメン屋」のお店もあったりします。自治体によっては排水の規制があり、元ラーメン屋だった店舗じゃないと難しいそうです。




