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豚ラーメン(1)

ブクマ・評価ありがとうございます。

章立てを作り2章を開始しました。

まさかのラーメンスタート。

 雨の月の末日は午後から嵐だった。

 8時を回った今、店にいる客は迷宮から転移してきたグーラ、カガチ、ビャクヤとロアの4人だけ。火曜日は元々客が少ない日でもある。


 打ち付ける雨風に戸や窓がガタガタ鳴る。外に出るのも危ないくらいの天気なので、店は開けてなかったんだが。


「まぁ朝のうちに仕入れ済ませたから、助かるんだけどさ」


「うむ。キノミヤとテルマは来られぬ故、帰りにお持ち帰りカレーをもて」


「トッピングは肉とチーズがいいって言ってたぞー」


「はいよ」


 ずるずるずる。


 グーラとカガチが言った。

 午前中に迷宮へ入った冒険者たちが嵐が止むまで迷宮内に留まっているそうだ。それを二層『鎮守の森』と六層『温泉街』で対応しているらしい。


 迷宮ってもっと命懸けで魔物と戦うイメージだったんだが。嵐の外より迷宮内の方が居心地いいってのは、迷宮と冒険者、どっちが間違ってんだか。


 トッピングは焼いたカチョカバロと昨日作った煮豚にしよう。


「今日は人の子など来そうにないな」


 ずるずるずる。


 ビャクヤが言い、メルセデスがにんまりした。


「グーラちゃんたちが来るようになった頃を思い出すねぇ」


 グーラが初めてこの店に来たのは芽の月の始めだから、もう4カ月近く経つのか。

 シモンが来るまでの2カ月、この店には迷宮の住民しか来なかったんだよなぁ。


「そんな頃があったでありますか」


 どんどんどん。


 ロアが来たのは今月の中ごろだ。

 その頃には人間の客どころか吟遊詩人まで来るようになっていた。店に雇われた時に俺が思ってた、冒険小説に出てくるような『酒場』とは違ったが、賑やかな店になったもんだ。


「俺がアントレに来て4カ月か……いろんなことがあったせいか、随分前に感じるな」


 どんどんどんどん!


「メルセデスよ、戸の前に人が来ておるぞ?」


 グーラが三角耳をピクリと動かした。

 嵐の音に紛れて気付かなかったが、こんな日に客だろうか?


 メルセデスが戸を開けると一段と激しさを増した雨風が吹き込んだ。


 そこに立つ外套を着た人影に、以前雨の中やってきた吟遊詩人を思い出すがこちらは背が低い。

 どしゃりと濡れた大荷物を下ろすとメルセデスの両手を掴んだ。


「ようやく見つけましたわ、お姉さまっ!」


「えっとー、どちら様で?」


「!?」


 ずるずるずる。


  ***


 戸を閉めたいのでとりあえず入ってもらった。


 外套を脱いだ姿は編み込んだ金髪に緑の瞳の、痩せて小柄な女だった。

 薄汚れた革鎧を着ているのに気品があり、嵐の中を歩くイメージが合わない。


 荷物は旅荷と身長ほどの大盾に短槍なので、よそから来た冒険者だろうか。

 メルセデスの関係者らしいが、本人は覚えがないのはどういうことだろう。


「ロマンですわっ、ロマン・ド・サン・シュフラン、お姉さまのパーティーメンバーですわっ……ああ、おいたわしい。こんな辺境まで来てよほど辛い目に……」


「サン・シュフラン……どっかで聞いたことあるぞー……」


 考え込むカガチをよそに、メルセデスはポンと手を叩いた。


「ロマンちゃんかぁ、随分やせたからわからなかったよぉ。久しぶりー♪ みんな、この子はロマンちゃん。幼馴染だよ」


「みすぼらしい格好でお恥ずかしいですわ。お姉さまの辛苦を思うと食事も手に付かず、愛用の金属鎧はサイズが合わなくなりましたの。つまり愛、ですわっ!」


「うむ、サン・シュフラン侯爵家の娘かの」


 知っているのかグーラ……!


 変なのが来たと思ったら貴族かー。飲みに来た様子じゃないから、放っておけば入れなかったんじゃねぇか?

 まぁ嵐の中放り出すのも本意じゃねぇが、あんまり関わりたくないな。


「おや、そこな魔の物にも我がサン・シュフラン侯爵家の威光は届いて――」


「――うちのお客さんは魔の物じゃないよ」


 メルセデスがロマンの肩に手を置くと、肩当に指が食い込んだ。

 ロアはともかく、グーラが人じゃないって一目で見抜くんだな。


 気にした風のないグーラによると、サン・シュフランは王の係累を除けば最も権威ある貴族家なのだとか。

 今ちょっと涙目だが。


「失礼しました、お姉さま!? わたくしはただ、お姉さまに一刻も早く王都へ帰ってきて頂きたくて……冒険者に戻って、またパーティーを導いてほしいのですわ! ご両親も……心配なさっていますわ」


 肩を解放されたロマンはメルセデスの手を胸に引き寄せて言った。頑丈だなぁ。


 そういえばメルセデスは元冒険者だって言ってたな。王都にいたってのはグーラに聞いたんだっけ。

 パーティーメンバーってのはそういうことか。


 ずるずるずる。


「……ここまで来てくれて悪いけど、わたしはもう冒険者をやめたんだよ。あの迷宮が最後の仕事(・・・・・)だって言ったよね? 両親は大丈夫だよ、ここのこと知らせてあるから」


「それでも、シドニア卿は――いたたたたたっ、痛いっ痛いですわ、お姉さま!?」


 メルセデスがロマンの手を握り返すと、ロマンは身をよじった。隠さなくてもいいのに、握りつぶす気か(物理)?


 メルセデスが貴族かなんからしいことは、客の噂話で俺もうっすら察してはいた。さっきも侯爵令嬢のことを幼馴染だって言ったわけだし。


 赤く腫らした手をふーふーしながらもロマンは折れなかった。


「思い出して下さいませ! 盗賊の根城を丸ごと異世界に捨てたり、異界化した森を砂漠に変えたり、海底神殿をもっと深いところに沈めたり……嵐のように鮮烈で美しい、あのお姉さまはどこへ行ってしまったのですわっ?」


 迷惑な奴じゃねぇか! 冒険者の頃のメルセデスってそんなだったの!?

 当の本人は真っ赤になった顔を両手で覆った。


「おぉぉぉ……恥ずかしいよぉっ」


「恥じるところなどありませんわ! 国内唯一の迷宮討伐者ダンジョンクラッシャーにして『国宝級冒険者』、昨年の初めには迷宮『大宮殿』の暴走から王都を救った『一の英雄』ではありませんの!」


「いやぁぁぁぁっ、もう許してぇぇぇぇっ!?」


 ずるずるずる。


 迷宮討伐者、国宝級冒険者に救国の英雄――誰のことだろう?


 俺も宿屋育ちだから冒険者についてはそれなりに知っている。

 『星なし』と呼ばれる新人から始まり、実績・能力に応じて『一つ星』から『四つ星』まで昇格する。


 『二つ星』で腕利き、『三つ星』でトップクラスと言われ、国内に数人しかいない『四つ星』冒険者は『国宝級』と呼ばれる。


 メルセデスはどう見ても国宝級ってガラじゃないんだけどなぁ。

 本人は何か恥ずかしいらしく、身悶えしている。てことは人違いじゃないんだろうな。


「ところで『大宮殿』の暴走って?」


「うむ、暴走とはの……」


 ずるずるずる。


 グーラによると迷宮主が適切に管理しない迷宮は暴走し、魔物が溢れ出すことがあるらしい。

 要因や現象は他にもあるが、討伐が必要なのは変わらないそうだ。


 てか『大宮殿』って王都のすぐ近くじゃねぇか。

 そういえば去年の初めは実家の客も母さんもバタバタしてたな。厨房の親父がいつもヘラヘラしてるせいか、そんな国の一大事だったとは気付かなかったぜ。


「それが『大宮殿』討伐から帰還するや塞ぎこんで、陛下との謁見にも出てこないなんて……教えて下さいませ! あの日、お一人で向かった迷宮最深部で、一体何がありましたの?」


 目に涙を溜めてロマンが訴える。


 つまり迷宮でパーティーメンバー置いて一人で王都を救ったメルセデスは、それを最後に冒険者を辞めて、仲間に説明もなくアントレに来たわけだ。

 そりゃ心配するよな。


 メルセデスは「えへへ……」と頭をかくと言った。


「最深部は一人しか入れない迷宮だったからね。パーティーのみんなを無理やり外に追い出して悪いと思ってるけど、討伐したら崩れる恐れもあったし」


「お姉さまがお一人で背負い込もうとしたのはわかっておりますわ。それはわたくしたちの力不足ですの……でもでも、それでどうしてこんな辺境で酒場をやることになりますの? あまつさえ迷宮のまも……迷宮に潜む者たちと馴れ合うなどっ!」


 ロマンはキッとロアを睨んだ。まぁ骨はわかりやすいからな。


「……骨だからといって誰にも迷惑はかけてないのであります」


 ずるずるずる。


 メルセデスがそんなすごい冒険者だってのはまだ違和感あるが、旧友(ロマン)に相対する姿はいつもよりくだけて見えた。

 これがあいつの素なんだろう。


 ロマンってのも鼻持ちならない貴族だが、メルセデスのことがすごく大事なのはわかる。命を預け合った仲間だからな。


 いずれメルセデスは冒険者に戻るのかもしれない。

 それが今日か、しばらく後かはわからない。けどその時、店は……俺はどうしたらいいだろう。


「もうわたしの力は、あの頃の半分もないよ。だから冒険者辞めてやりたいことをやってるの」


「お姉さまなら10分の1でも一流冒険者ですわ! そうではなくて、どうしてやりたいことが飲食店なのかと申してますのっ。だってお姉さまは――」


 ずるずるずる。

 ずるずるずるずるずるずるずるずるずる。

 ずーずーずーっずずずっ。

 ぷはぁーっ。


「――料理なんて一切できないじゃありませんの! ああっ、もう! ずるずるずるずるうるっさいですわっ!?」


 ぐぅぅきゅるる……。


 周囲の音に邪魔されていきり立つロマンの腹が鳴った。

 なんだ、腹減ってんじゃねぇか。


「おう、『豚ラーメン』だ。あんたも食ってくか?」

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