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仲直りのガレット(2)

 『ガレット』という料理ですれ違うデュカ夫妻。昼間の騒動の原因は五割がたこの夫婦喧嘩だ。

 俺は「正真正銘の『ガレット』を作って白黒つける」ため、調理に入った。


 そば粉に水と塩を加えて、トロトロになるまで混ぜる。できた生地は保温庫で冷やして寝かせる。時間が無いので泡が大体抜ければいいだろう。


 次に焼き台で炭をおこす。


「ガレットなのに、炭ですか……?」


「そりゃ炭じゃないとガレットじゃないよ、クラハ」


「楽しみだねぇ」


 ギルド長が困惑しているがまだ説明はしない。

 メルセデスは完全に食べる気だろう。全員分作るからいいけど。


 次に取り出したのは昨日仕入れた若鶏だ。朝のうちに三羽分を切り分けて塩と黒胡椒をすりこみ、たまねぎとニンニクのみじん切りを混ぜたオリーブオイルでマリネしておいた。


 オーブンでローストチキンにするつもりだったが、いいだろう。網に乗せてどんどん焼く。


 焼く間にソースを作る。

 トマト・たまねぎ・きゅうり・ピーマン・パプリカ・バジルをみじん切りにする。今日はテュカがいるので、たまねぎはスライスして水にさらしてからみじん切りにした。この方がヴィクトーさんの胃腸にも優しい。


 そこに塩こしょう・酢・ブイヨン・オリーブオイル・『リンゴのワイン煮』の煮汁を加えてよく混ぜたら保温庫で冷やしておく。


 肉は裏返したら残ったマリネ液のたまねぎとニンニクを乗せ、表面がパリパリになるまでよく焼く。


 次はフライパンを弱火にかけてバターを溶かし、寝かせておいたそば粉の生地を流したら、おたまで薄く広げる。


 表面が乾いてきたらさっきのチーズ・カチョカヴァロなどの具材を乗せて円形の土手を作り、真ん中に卵を落とす。


 蓋をして中火で火を通したら蓋を取り、火を弱めて生地の水分を飛ばす。

 塩こしょうを振って生地の四辺を折りたためば完成。


 これは一人一個ずつ皿に乗せるので、まずは三人前焼いた。

 若鶏もいくつか皿に盛ってソースと一緒にデュカ夫妻のテーブルへ出す。


「これは……ガレットと、グリルチキンですね? どちらもおいしそうです」


「ガレットと、クレープだね。ああ、そういえば王都にいた頃はこのクレープをよく二人で食べたなぁ」


「「え?」」


 顔を見合わせる夫妻に種明かしをしよう。

 もったいつけるような話じゃないんだが。


「どっちも『ガレット』ですよ。まずこっちのそば粉のクレープ。この国の、特に王都から北で『ガレット』を注文すれば、出てくるのはこれ」


 ギルド長が「だから言ったでしょう」と言わんばかりのドヤ顔をした。

 次にグリルチキンだ。


「若鶏の炭火焼は南部だと『ガレット』って呼ぶんだよね。南部領は割りと最近王国に帰順したから、それまで交流が深かった南の小国家群の食文化がたくさん残ってるんだよぉ」


 豪快でおいしいんだよねぇ、とメルセデスの解説にギルド長が気まずそうな顔になった。代官も同じだ。


 もっとややこしいことに、北部の方言だと丸くて平たく焼いたものは煎餅でもなんでも『ガレット』になるんじゃなかったっけ。


 刻んだジャガイモとチーズを混ぜて平たく焼いた『ガレット』も結構見かける料理だ。

 名前なんて『そば粉のクレープ』と『若鶏の炭火焼』でも、うまけりゃ文句ないけどな。


「お父様、お母様も。どっちもおいしいわ!」


 超絶くだらないことで周囲に迷惑をかけて反省している(ように俺には見える)両親を励ますように、テュカが言った。


 テュカは夫妻をよそに、熱々のをさっさと食べ始めていたからな。それが正しい。


「このヴィナグレッチ、実にうまいよ」


 代官が褒めてくれたのはソースだ。南部でソースと言えばこういう刻み野菜の和え物か、スイートチリソースを指す、とは親父の受け売り。


「見て、あなた。このガレットの中にもガレット(・・・・)が入っているわ」


 ギルド長が言うのはそば粉のガレットの具のことだ。ハム・チーズ・卵が王道だが、今日はハムの代わりに若鶏の炭火焼を刻んで使った。


「もう、ほんとに恥ずかしいわね……皆さんもテュカも、ごめんなさい」


「王都で文官になったばかりの頃、新参の南部領はよくバカにされてね。それでも南部者の誇りは捨てまいと、敢えて王都の文化には目を背けていた。意固地になっていたよ……食文化の違いなんて簡単に混ざるものなんだね」


 そうそう、何で何を包んでもうまければいい。生地に小麦粉や卵を混ぜる人もいるし、具はミートソースやソース焼きそばでもうまい。


 ヴィクトーさんとグーラたちの分も焼き上がった。キノミヤはカレーの後だけど、食べるようだ。


「ああ、今日一日の疲れが洗い流されるようです……」


「確かにそば粉の方、ホッとする味ね。甘いのも作れるの?」


「おう、リンゴとかアイスとかでよけりゃな。生地余ってるから後で作るか」


「カレーを包むといいの」


 ヴィクトーさん、身体壊す前に転職しろよ? テルマはやはり甘い方が好きか。

 カレーはなぁ……いや、カレーそばってのもあるからいける……か?


「鶏の方は見た目以上に手がかかっておる。パリパリのプリプリだの! 酸味の効いたソースもうまいの!」


 オリーブオイルでマリネしたからな。ロースト用の下ごしらえだったけど、うまくいってよかった。このソースつまみになるしな。


「カルヴァドスかシードルが合うけど、お酒は飲む? テュカちゃんはしゅわしゅわするリンゴジュース作ろっか」


「ワインはあるかな? 赤でも白でもいい」


 飲み物の注文を聞くメルセデスに、代官はワインを所望した。

 この店ワイン飲む客は滅多にいないんだよな、なぜか。俺が料理に使わないと減らない。


「うち安いのしかないよ?」


「いいんだ。思い出したよ、若い頃は金がなくてね。だから食事はそば粉のガレットで安く済ませて、安いワインを飲んでいたっけ。クラハはかなり稼いでいたんだろうけど、僕に合わせてくれていたんだね」


「私は……好きで食べていただけですよっ。私にはシードルを下さい」


 照れたのかギルド長の顔が赤くなった。

 意外だが若い文官の給料は安く、大貴族と言えど五男坊の代官は実家からの援助もなかったそうだ。

 一方ギルドにスカウトされるほど優秀な冒険者だったギルド長は金持ちだった、と。


 確かに、そば粉のガレットは安くて手軽に食べられる、この国のソウルフードみたいなもんだよな。

 うちも賄いでよく作る。


 飲み物のサーブを終えたメルセデスにも『ガレット』を出した頃。代官は立ち上がり、言った。


「今日は皆さんにお見苦しいところを見せて……いや、そうじゃないな。

 僕たち夫婦の思い出の味を提供してくれた店に感謝を。娘を救って下さった、そして僕の恥ずかしい勘違いと共に今日の思い出を共有してくれる皆さんには、お代をこちらで持たせて頂く」


「うむ、豪気であるの。メルセデスよ、粕取焼酎をもう一本入れるがよい」


 代官の実家より金を持ってそうなグーラが悪乗りし、乾杯となった。



  ~ グーラのめしログ 『ガレット』 ~


 夫婦喧嘩の終結でこの騒動も真の解決をみたの。

 それにしても鬼料理店やら孤児院やら、カガチとキノミヤは自由に出歩きすぎではないか?

 ずるいっ、われもお出掛けしたいぞ! 子どもをテイムする笛吹き男なぞ、面白いではないか!


 さて、紛らわしいことこの上ないガレットであるが、そば粉の方はわれにも珍しいものではないの。

 この街でなくとも朝や昼によく食べられておるし、屋台では片手で持てるように包んだものもある。

 とうもろこし粉や米粉、小麦粉でも生地を薄く焼いて具を包めば同じではないかと思うが、そば粉は独特の香りとサクサクした歯触りがよいの。


 腸詰や羊肉を入れてもうまそうであるが、エミールが王道のハムに代えて入れたグリルチキン。これがもう一つのガレット、というか夫婦喧嘩の原因であったか。

 これはわれも知らなんだ。カガチあたり、アドンの小僧と同じ勘違いをしておらぬかの?


 オリーブオイルでしっかりマリネされた若鶏は、外はカリカリ、中はプリップリであった!

 焦げているように見えるのは、刻んだたまねぎとニンニクだの。この香ばしさに加えて、刻んだ野菜で作ったソースの香味がよく合っておる。

 シンプルに見えて刺激的な味の料理だの!


 ところでこの辺りでは刻んだじゃがいもを平べったく焼いた煎餅のようなものもガレットと呼んでおる。

 他にもガレットという名の薄焼きクッキーやパイもあるのだが、みなどうやって区別しておるのかの?


   ~ ごちそうさまであった! ~



 盛り上がってきたところでギルド長がテュカに厳しい顔を向ける。眼鏡が光った。


「そういえばテュカ。家出をしてヴィクトーや皆さんにご迷惑をおかけした罰がまだでしたね」


「!?」


 鶏肉を頬張っていたテュカは肩をびくつかせた。

 代官も頷きながら言う。


「そうだね、淑女の教育だけでは足りなかったようだ。テュカはもっと広く世の中を知った方がいい」


「お父様まで!?」


 さっきまでケンカしていた両親が結託して自分を責める。その理不尽にテュカが顔を曇らせるが、ギルド長はニヤリとして告げた。


「秋から学校へ行きなさい」


「ほえ?」


「孤児院の近くに学校を作ることが決まっていてね。ギルドと領主側がお金を出すから、基礎学科は無料だよ」


 呆けたような声が出たテュカを見てニヤリとした代官によると、まずは読み書き計算などの基礎学科を作り、ゆくゆくは技能や学問的な内容を教える専門学科も開講するそうだ。

 街の職人と魔術師を総動員した突貫工事で校舎ができ次第、基礎学科だけでスタートする。


 場所はなんと、昼間テュカたちが遊んでいた、そして数時間前に倒壊した空き家のある一帯。

 あの区画はカガチが買い集めていて、学校用地として提供するそうだ。

 そして基礎学科は5歳以上、15歳以下なら身分も市民権も問わず無料で受講できる。


「それって……!」


「孤児院のお友達も一緒に通えますよ。しっかり勉強なさい」


 椅子から飛び上がって両親に抱き着くテュカ。

 伝票に書き込んでいると、デュカ親子をにんまりして見ていたメルセデスに小声で聞かれた。


「エミール君って、学校は行ってたの? 意外と達筆だけど」


「いや、基礎学科の内容は母さんに教わったんだよ。あと意外とは余計だ」


 行っていいとは言われたが、朝から昼までという宿屋が忙しい時間帯に授業があるので行かなかったのだ。

 いろいろぶっ飛んでる母さんだがその辺きっちりしているので、遜色ない教育は受けたと思う。


「そっか……」


 早くも食べ終えたメルセデスは俺の頭をぐりぐり撫でると、グーラのボトルを取りに行った。高い酒なんだけど、冗談じゃなかったの? あとメルセデスは手ぇ洗えよ。


 この後、大喜びのテュカがうとうとするまでの一時間少々で宴は終わり、結局いつもより早く店じまいした。

 昼寝できなかった俺には非常にありがたい。


 なお、まったくの後日談なのだが。

 花子さん・太郎さん除けの魔道具とジンジャーシロップは薬カガチ堂で製造販売することになった。

 作り方を指導したメルセデスと俺には結構なロイヤルティが入った。



一章 迷宮を統べる者たちの居場所・完

そば粉のガレットは自作すると非常に安上がりでおすすめです。

ヴィナグレッチはサルサの一種(サルサとはソースの意味ですが)で、手間ですがサラダ代わりになるし難しい工程ないのでおすすめです。

本来はバジルではなくイタリアンパセリを使うようですが、三つ葉でもシソでもパクチーでもいいと思います。作者はよく三つ葉をイタリアンパセリやクレソンの代わりにします。


以上の40部分をもって一章とし、章立てのため作品名を修正します。

いつのまにやら20万字間近ですが、読んで頂けることを励みに続けられました。ありがとうございます。


変更作業後、次話から新章スタートです。

今後とも迷い猫をよろしくお願いいたします。

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