仲直りのガレット(1)
『太郎さん詐欺』の犯人と家出したテュカが同時に見つかり、騒動はめでたく終結した。
辺りはすっかり暗くなっていた。店の前に待ってる客がいたので俺は慌てて店を開ける。結局昼寝はできなかったな。
「遅くなって悪かったな。『豚の角煮』と揚げ物、炒め物ならすぐ出せるぞ。キノミヤは『角煮入りチーズカレードリア』だな、20分くらい焼くから何か食いながら待つか?」
待っていたグーラとテルマ、一緒に来たキノミヤにお通しの『オクラ温泉卵』を出して注文をとる。
ちなみに温泉卵は迷宮産のものをテルマに注文したら、クマガルーが持ってきた。湯がいたニラをオクラの代わりにしてもうまい。
メルセデスはグーラたちの粕取焼酎を用意している。
「うむ、では『豚の角煮』と何か揚げ物をもて」
「わたしも同じものをちょうだい。そういえば、調べた魔力紋は役に立ったのかしら?」
「キノミヤも揚げ物ほしいの」
「はいよ。ああ、ありがとな。お陰で犯人は捕まえたぜ、カガチとキノミヤが。メルセデスはなんか、すげー大きな太郎さんを始末してた」
「そ、そう。役に立ったならよかったわ」
『角煮入りチーズカレードリア』はご飯に生卵を乗せてカレーをかけ、角煮を乗せてその上から刻んだチーズを敷き詰めてオーブンに入れる。
揚げ物は定番の『手羽先揚げ』や『ササチー』もいいが、今日は『いか天』と『新しょうがのかき揚げ』が仕込み済みだ。
油を温めている間にテーブル席の様子を見よう。
「……」
「……」
「――それでね、わたし、魔術にかかったフリをして、ずっとチャンスを伺ってたのよ!」
デュカ夫妻と娘のテュカである。
実は孤児院を出る際、俺たちはヴィクトーさんの操る馬車に同乗させてもらった。
事情を把握した夫妻が店の前で待っているというのだ。孤児院の方にはおいそれと顔を出せない立場だろうし、この店は二人の職場から近い。
娘と合流して夕食をともにしたい、とのことだった。
そして無事帰ってきた娘に喜ぶところまでは問題なかったんだが、注文を取りに行った途端、思い出したように夫妻が険悪になった。
夫婦喧嘩したとは聞いてたけど、まだやってたのか?
「注文決まるまでこれでも食っててくれよ。酒は……欲しくなったら言ってくれ」
夫妻は互いにけん制し合ってか注文しないが、テュカは腹も減ってるだろう。
アイスクリームに『リンゴのワイン煮』を添えて出した。
いきなりデザートだが、うちはコース料理の店じゃないし。
『リンゴのワイン煮』は白ワインに砂糖を加えて皮をむいたリンゴを煮たものだ。むいた皮も一緒に入れたのでピンク色になっている。
実は俺の目当ては果実ではなく、煮汁だったりするのでシナモンなどのスパイスは入れてない。これを肉料理などのソースに加えるとうまいのだ。
最近は他にも柑橘やベリーをコンポートにしてあれこれ試している。果実が豊富に揃う秋が楽しみだ。
「――見つからないように魔法の杖を取り出すときなんて、心臓が破裂するかと思ったのよ! あっ、これリンゴなのね、おいしいわ!」
テュカはアイスクリームとしゅわしゅわするジンジャーエールを前にするや、「ほわぁ……!」とご機嫌で、メルセデスに冒険譚を語っている。
お互い孤児院の子どもたちと知己なので、帰りの馬車で打ち解けたようだ。
「『豚の角煮』と『いか天』、『新しょうがのかき揚げ』お待ち! あとはヴィクトーさんだな、やっぱり胃に優しいものがいいか?」
『いか天』には塩と天つゆの他に、天丼に使う煮詰めたタレも用意した。甘辛いのが合うのだ。
御者をしてきたヴィクトーさんは外で待とうとしたのだが、主の命により中で食事をとることになった。
それでも同席は固辞し、カウンターでグーラたちと並んでいる。
「お手間をとらせて申し訳ございません。ご迷惑をお掛け致しますが、旦那様のお食事が決まるまで待たせて頂きたい」
こりゃ冷たいものも控えた方がいいな。
俺は「ゆっくりしてってくれ」と伝えると新しいお茶を出した。今日は空いてるし迷惑なんてことはない。
「執事も大変だのぉ……しかしこの『いか天』と『新しょうがのかき揚げ』は交互に食すと一段とうまいの!」
「ビャクヤも好きそうだわ。『豚の角煮』はすごく柔らかいのね。脂身が多いのにしつこくないわ」
新しょうがは刻んだイカと混ぜてかき揚げにしようと思ったんだが、仕入れたスルメイカが上物だったから別にした。さすがシモン。
『豚の角煮』は特別なものじゃないが、バラ肉は一度ゆでこぼして脂をしっかり落としてある。
~ グーラのめしログ 『いか天』と『新しょうがのかき揚げ』 ~
今夜は店が開くのを待っておるとデュカ夫妻と鉢合わせた。
お陰で店が開くのを待つ間も不審がられなかったが、あの夫婦は大丈夫かの? 一言も口を利かずに落ち着かぬ様子であったが……。
しかし人の子のお嬢ちゃんが無事でよかったの。先月作ってやった子ども椅子を今日も使っておる、愛い奴ぞ。
ひと月見ぬ間に大人びたかの?
手早く用意された『いか天』と『新しょうがのかき揚げ』であったが、この組み合わせは実に罪深い。
『いか天』は刺身では想像つかぬほど柔らかく、容易にかみ切れる。もっちりした歯ごたえと旨味がたまらぬ一品で、塩でも天つゆでもいけるが甘辛いタレが秀逸であった! 飯が欲しくなる味だの!
『新しょうがのかき揚げ』はシャキシャキした歯ごたえがあり柔らかい。しょうがというよりもミョウガに少し辛みがついたような味だの。(仲間だよ by エミール)
天つゆで食うとうまいが、こやつの真価は『いか天』と一緒に発揮されおった。
口に残る互いの風味が絶妙に合うではないか!
考えてみればイカ焼きにはしょうがを使う故、道理である。
どちらを先に食べきるべきか結論の出ない、無限ループだの!
~ ごちそうさまであった! ~
いつのまにやら夫妻の口論が始まっていた。
「あいにくと僕は南部領育ちだからね。王都の女性がへそを曲げる理由なんて想像もつかないよ」
「あら、女性に『へそを曲げる』だなんて確かに王都では言わないわ。南の殿方は器が小さいのね」
「なんでも器の大きさで表現するのも、王都の習慣かい? 王都ではさぞかし大きな食器棚が必要なんだろう」
「まぁ、失礼。それでよく『テュカを一流の淑女に』なんて言えたわね。もうなりましたけどね、テュカの実力で!」
「君こそ魔法だ、剣術だと冒険小説みたいなことをテュカに勧めるじゃないか。テュカが危ない目にあったのはそのせいじゃないか?」
子どもを引き合いに出すなよなぁ。
メルセデスもさすがにこれには顔をしかめ――てない。『リンゴのワイン煮』をつまみ食いしてにんまりしてる。
だが当のテュカは我慢ならなかったようだ。テーブルを叩く勢いで腰を浮かせた。
「もうっ! お父様もお母様もいい加減になさって。昨日からどうしてケンカしてるのか、わたしにはさっぱりわからないわ!」
うんうん。そもそもテュカが家出したのは夫婦喧嘩が原因だっていうから、代官はブーメランだよな。
テュカの強烈な一撃に面食らったのか、夫妻は考え込んだ。先に口を開いたのはギルド長だ。
「どうしてって、確か……私が貸した推理小説をあなたが『犯人の動機が薄っぺらい』って言ったからよね?」
「えっ、いや……君こそ僕が読んでた冒険小説をチラ見して、『リアリティがない』って言ったじゃないか」
これはあれだ。喧嘩の原因を作った方が悪者として娘に嫌われると思って、押し付け合ってる流れだ。大人げねぇ!
「君が『目玉焼きには塩以外かけるな』っていういから――」
「あなたこそケチャップかけるのやめて――」
好きなもんかけろ。俺はしょうゆ派、メルセデスはソース派だ。
「あなたの食べ物に対する認識には我慢ならないことがあるわ。昨日だってそう、『今日は僕がガレットを作るよ』って言ったのに……私がどんなに裏切られた気持ちだったか!」
「それだよ、昨日の夕食! どうして君は急に怒り出したんだい? 『ガレットを食べたい』と言ったのは君じゃないか」
ここでキノミヤの『角煮入りチーズカレードリア』が焼き上がった。
いつも眠そうなキノミヤの目が開く。
「チーズが伸びるの!」
使ったのはカチョカヴァロという牛乳のチーズだ。熱湯を注いで練っているので繊維状に裂ける。弾力が強く、焼くと外はカリカリ、中はもっちりとしてよく伸びるし牛乳の味が濃い。
それにチーズで覆うことで、焼いた時にカレーの風味が抜けるのを防ぐことができる。
「卵トロトロなの!」
「む、うまそうだの……」
カレーとチーズという最強の組み合わせの中には卵が仕込まれている。これがいい具合に半熟卵なのだ。グーラが欲しそうにしている。
キラキラしながら食べるキノミヤと対照的に、夫婦喧嘩は続いた。
「――あれがガレットですって? あなた、私にプロポーズした日のことを覚えていないの?」
「覚えてるさ、王都のカフェで花の月の第二日曜日、3回目のデートの日だ。それがなんだい? 確かに昨日は僕らの結婚記念日だったが――」
「覚えていないじゃない、あの日のガレットのこと!」
「カフェにガレットがあるわけないだろう!?」
デート3回で結婚したんだな……てか貴族でも恋愛結婚するんだなぁ。そして雨の月の終わりに結婚した、と。
そろそろ止めるか。
「あー、盛り上がってるとこ悪いんですが、俺たち聞いていい話なのか、それ?」
「テュカちゃんも呆れちゃったよぉ?」
「……もうっ」
個人情報をさらけ出す両親に、テュカも怒りを通り越して赤面してしまった。
「恥ずかしいところを見せて申し訳ない……」
「すみません……」
ところでこの二人、どうやら『ガレット』という料理ですれ違いがあったようだ。
いい加減腹も減っただろうし、我に返って小さくなっている夫妻へ提案がある。
「その『ガレット』、ここで食って白黒つけりゃいいじゃないですか。俺が正真正銘の『ガレット』を作るんで!」
ワインはあまり登場させる気がなくて『葡萄酒』と表記していましたが、『葡萄酒煮』の字面の悪さに変更しました。
ちなみに作者はワインも好きです。




