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『また会える日のコーンポタージュ』

三人称です。

 空き家の二階が崩れた瞬間、テュカたち6人は孤児院の庭にいた。キノミヤが全員回収して転移したのだ。

 あれ以上の戦闘継続は衆目を集めすぎたし、すぐにカガチ達が来ることもわかっていたので戦略的撤退である。


 そして事情を聴いた院長・カミラは子どもたちが無傷なのを確認すると、キノミヤに礼を言い、


「危ないことをして人様に迷惑かけたんだ。罰はわかってるね? さっさと身体を洗って調理場においき。つまみ食いするんじゃないよ」


 6人は初めて体験した転移の余韻もそこそこに、本日の夕食当番を命じられた。テュカも一緒である。

 キノミヤはあっという間に他の子どもたちに囲まれ、帰れなくなった。


 清潔な服に着替えた子どもたちは、調理場で帽子とエプロンを身に付ける。院長が乗馬服を洗って干してくれたので、テュカはそれに着替えた。

 イネスのエプロンの紐をテュカが、テュカのエプロンの紐はセリアが結んであげた。


「ここのお食事は毎日自分たちで作っていたの?」


 テュカは広い調理場の大きな鍋に目を丸くしながら言った。自分で料理するのはテュカにとって特別なことなのだ。


「簡単で、安くて腹が膨れるものだけな。昼飯はエミール兄ちゃんが差し入れしてくれるから、パンとスープを用意するだけだけど」


 あの料理屋はそんなこともしているのかと驚くテュカに、役割分担が告げられた。


 メインの野菜炒めはカーラとソラル、パンと食器の準備はイネスと、あの場にいなかったのに廊下で捕まったトマが行う。

 そしてマテオとテュカの担当は『コーンポタージュ』だ。


「わたし、作ったことないけど……」


「あー、そんなちゃんとしたもんじゃないから楽勝楽勝。包丁使えるか?」


 自信なさげなテュカはマテオに引っ張られて材料と器具がそろった調理台へ向かう。

 とうもろこしの皮をむき終わった頃、野菜炒め班は別の調理台で早くも鉄鍋を振るい始めた。


 ここの野菜炒めは独特だ。

 大量のもやしと、もやしのように細長く切ったありあわせの野菜、同じく細長く切った少しの肉を炒め、エミールにもらった『炒め物ならなんでもこれでいける』万能タレと塩こしょう、しょうゆで味付けをするだけ。

 なぜかたくさんあったちくわも輪切りにして入れる。同じく油揚げとこんにゃくも、用意されていた食材は残らず切って炒める。


 食材は院長や、ボランティアで手伝いに来る教師や治癒術師がその日使う分を計算して調理台に置いていく。だからすべて使い切るのが正解だ。

 細長く切るのは火の通りをよくするため。

 それに食材同士の混ざりもよくなるので、全員均等に肉が行き渡る。


 現在孤児院には乳児3人の他に子どもが18人いる。大人は院長以外に近所から交代で来る乳母が1人常駐するので、20人分の食事が必要だ。

 とても一度に作れる量ではないので、野菜炒めの場合5回に分けて作る。


 カーラのサポートをしていたソラルが、隣のかまどにも火を入れて二人体制で炒め始めた。慣れたものである。


 それもそのはず、この罰は院長が度々命じるもので、マテオたちは常連(・・)だ。

 子どもたちにしてみれば、これも冒険の余韻みたいなものだった。


「よそ見してると危ないぞ、テュカ」


 テュカが野菜炒め班の手際に見とれているうちに、マテオはとうもろこし10本から包丁で粒を削ぎ取り、たまねぎ5個を泣きながらスライスした。

 テュカもとうもろこしにぎこちなく包丁を入れる。


 寸胴鍋にたまねぎを入れてバターで炒め、透明になったらとうもろこしを加え火を通す。そこへひたひたに水を加える。

 本来ならブイヨンを加えるのだがここには無いので、『炒め物なら~』万能タレを少量加え、沸騰したら弱火にして10分煮込む。


 粗熱を取ったらミキサーでしっかりつぶす。この魔道具はメルセデスが寄贈したもので、魔力の充填も彼女がしている。


 ミキサーに全量は入らない。マテオがミキサーを動かしている間に、テュカは次の分を容器に取り分けていき、寸胴鍋を空にする。

 始めはおっかなびっくりだったテュカも、動きがよくなってきた。

 大鍋を火から下ろす時に、この料理はマテオ一人ではできないことに気付いたのだ。


 ミキサーの後は本来なら裏ごしするのだが、それだと量が減ってしまうのでそのまま鍋に戻すのが孤児院流だ。

 そこに生クリームと牛乳を加え、沸騰しない程度に温める。

 塩こしょうで調味したら完成だ。


「ふぃー、芋の皮むきが無い日は楽勝だな。テュカも結構やるじゃん」


「すごいっ、できたわ!」


「楽勝だって言ったろ? それよか、ちょっとこっち来いよ」


 手招きされて物陰へ行くと、湯気をたてるマグカップを渡された。

 今作ったコーンポタージュだ。


「え? つまみ食いはダメって言われたじゃない」


「いいかテュカ。これはつまみ食いじゃない、味見(・・)だ。まぁ、まずくても作り直しはないんだけど」


 そう言ってマテオは自分の分を一口すする。

 甘くて濃厚な味に思わずにやけた。歯ごたえが残っていて腹にたまる。

 それを見たテュカもごくりと喉を鳴らした。


「味見なら仕方ないわね……」


「他の奴には内緒だぜ?」


 ぽってりした温かいものが胃に落ちていく。たくさん作るのは大変だったが、作り方はいたって簡単だった。

 屋敷の料理人が作るものはもっと滑らかで、テュカは上にクルトンを乗せるのが大好きだ。

 これはクルトンもパセリも乗っていないし、粒が残ってざらつくし、万能タレを入れたのでしょうゆっぽい香りがする。


 ――でもこれはこれで……。


 こんなにもおいしいのは自分たちで作ったからだろうか。

 毎週両親と作る料理でもこんなにおいしかったことはない。


 ――これ、お母様とお父様にも飲ませてあげたいわ。


 そう思った時、テュカは自分がもう両親に怒っていないことに気付いた。

 その程度のことで家を出てきてしまった、自分の考えなしにも気付いた。そのせいで、この後辛い別れが待っていることも。


 マグカップを空にしたマテオが「早く飲んじまえ」と言いながらのびをする。その顔が見られない。

 テュカはうつむいて、熱いポタージュに息を吹きかけるフリをした。

 マテオはそれに気付かずあくびをする。


「きっとこの後、みんなが夕飯食べてる前で正座して説教だ。今のうちに腹に入れとかないともたねぇよ」


  ***


 事後処理に奔走するカガチと別れ、エミールとメルセデスはすぐ近くの孤児院に向かった。

 年長の子に挨拶すると、普段勉強に使われる教室へ通される。


「来るのが遅いの」


 そこには仏頂面のキノミヤと、キノミヤの蔦にぶら下がってはしゃぐ子どもたちがいた。

 暗くなったので室内に移されたのだ。キノミヤは帰りたかったのだが。


「いや悪ぃ。例の二人組なら、うちにも来てたんじゃねぇかと思って調べてもらったらさ――」


 むくれるキノミヤにエミールが経緯を説明する。

 大体のことはカガチからの通信で伝わっていた。


 迷宮で調べたところ、昨夜『迷い猫』からギルドに転送された者、つまり『店の酒と料理以外(・・)が目当て』の者は5人、すべて男だった。


 5人の魔力紋から現在位置を探査すると、二人は迷宮地下、もう一人は街の外におり、残る二人の反応が例の空き家から出た。二人組のどちらかが怪しい。

 同時に、なぜかキノミヤも同じ空き家にいることがわかり、カガチが通信を飛ばしたというわけだ。


「まさかテュカちゃんまであそこにいたなんてぇ、ちょうどよかったね?」


 メルセデスは今日もふんわりだった。

 テュカの位置も調べて偶然(・・)見つけたことにするつもりだったので、確かに都合はよかった。

 命の危険もあったことを除けばだが。


 そこへ、院長がヴィクトーを伴って入ってきた。手を叩いて子どもたちに呼びかける。


「ほら、今日の罰当番が配膳にくるから食堂へ行きな。スープが無くなるよ」


 罰当番と聞いて笑い声があったが、よく訓練された子どもたちは皆、整然と去っていく。

 知らせを受けて走ってきたヴィクトーは、先程まで院長室で平謝りだった。

 テュカを心配していても先に礼儀を通す、執事の鑑だ。


「エミール様、店長様にもこの度はご助力頂きまして――」


「俺たちは別件でたまたまだから。実際に助けたのはこっちのキノミヤだけど、それだってたまたまだぜ?」


 ようやく解放されたキノミヤが伸ばした指先をしゅるしゅると戻す。心なしかしおれていた。

 ヴィクトーは感極まったように頭を下げる。


「キノミヤ様、なんとお礼を申し上げてよいやら……このヴィクトー、言葉が見つかりません!」


「キノミヤ大活躍だったなぁ、俺たちの知らないところで」


「だから来るのが遅いの。みんな役に立ってないの」


 あの二人組はカガチ達が追っていた獲物だと知ったキノミヤは、余計なエネルギー消費をさせられて不機嫌だった。

 植物寄りなので無駄に動きたくないのだ。


 しかもマテオたちを届けたらさっさと帰るつもりだったのに、他の子どもたちに囲まれて面倒臭かった。

 子どもは無意味に枝を折ったり、幹に名前を彫ったりして木を傷をつけるので苦手なのだ。


「頑張ったキノミヤには特別に角煮入りチーズカレードリアだ」


「エミールは役に立つの」


 キノミヤの機嫌が直った。

 そして時刻は6時すぎ。

 夕食の前に、子どもたちはお別れの時間だ。


「テュカお嬢様!」


「ヴィクトー!」


 テュカとマテオたち罰当番組は料理を乗せたワゴンを食堂に運び終えると、教室に呼ばれたのだ。


 駆け寄ろうとしたテュカは、帽子とエプロンに気付いてそれをカーラに預けた。


「お怪我もなくて何よりです……お嬢様にもしものことがあればこのヴィクトーは――」


 テュカはヴィクトーの腰に軽くしがみつくと小声で謝る。安堵と罪悪感に頭をかき回されるが、泣かずに顔を上げた。

 もう甘えてばかりのお嬢様ではないのだ。


「――大丈夫よ、ヴィクトー。悪い奴もやっつけたし全然怖くなかったわ。そこの緑の女の子が助けてくれたのよ。それに……お友達がたくさんできたの!」


「テュカ……」


「テュカちゃん……」


「お嬢様だとは思っていたけれど、街一番のご令嬢とはね」


「俺は知ってた――いてっ」


 とびきりの笑顔で紹介されたマテオたちもそばへ来て帽子を取る。

 セリアはテュカの出自に気付いたようだ。ソラルはカーラに叩かれた。

 ヴィクトーは彼らに向かって深々と頭を下げる。


「ご友人の方々にはお嬢様が大変お世話になりました……後日改めてお礼に伺わせて頂きますが、お嬢様のことは何卒ご内密に、平にお願い申し上げます」


 丁寧だが反論を許さぬ重々しい言葉に、マテオたちは身を強張らせる。

 友情を金と権力で引き裂くようにもとれる発言だが、今日のことは両親の醜聞になりかねない――だけでなく、テュカの魔法については身の安全のため秘密にしなければならなかった。

 テイマーたちが「高く売れる」と言ったのは脅しではない。


 こういうことは早く明言した方がいいので、テュカもヴィクトーを責められなかった。

 始めからわかっていたこと、考えるまでもないことなのだ。


 だから最後に、令嬢の顔になって別れを告げる。


「とても素敵な一日でしたわ。ごきげんよう、皆様」


「……」


 マテオたちも最初からわかっていたのだ。

 すぐに別れの時が来ることを。

 そして一度別れたら二度と会うことがない程の、身分の違いがあることも。

 だから余計な詮索をせずにいたし、景気よく送り出してやろうと決めていた。

 だが――


「テュカおねえちゃん、かえっちゃうの? またくる?」


 幼いイネスの一言で戦線は崩壊した。


「テュカ、俺やっぱり……またテュカに会いたい!」


 背を向けて出ていくテュカを、マテオとカーラが追う。

 ソラルとセリアは泣き出しそうなイネスを抱きしめ、トマが黙って二人の頭を撫でた。


 マテオがテュカの肩に手をかけるか、と言う時、テュカは足を止めて振り返る。

 人差し指を鼻先に突き付けられて、マテオがよろめいた。


「何言ってるのよ、また遊びに来るに決まってるじゃない。もっとおいしいコーンポタージュを作れるまで、何度だって家出するわよっ!」


 半日足らずの冒険でテュカはちょっとだけ成長した。自分にできることを考えて、前に進むことを学んだのだ。

 だから考えて、考えて――考えた。

 すると、「なんとか理由を付けて会いに行けばいい」という結論が出た――なぜか家出する前提で。


 ヴィクトーは表情を変えずに胃の辺りをさすった。ハードな仕事である。

 それを見たメルセデスは自分の腹をさすった。


「そういえばお腹すいたね」


 ヴィクトーは瞠目したが、エミールはメルセデスのゆるふわ発言など慣れたものだ。

 エミールたちの用事は子どもたちの無事を確認することと、キノミヤの回収である。用は済んだ。


「帰るか、店開けねぇとな。ヴィクトーさんもまた食いに来てくれよ、胃に優しいもん作るから」

タイトルの料理を食べずに終わりそうだったので改稿したら長くなりました。

次回はエミール視点に戻りますが話は続きます。

そろそろ居酒屋らしい料理に戻ります。

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