『初夏の庭とジンジャーシロップ(2)』
お知らせ:今後の物語の構成を鑑みて、サブタイトルの表記方法を変更しました。
これまで閑話と表記していた三人称の回は『サブタイトル』に変更します。本文は変わりません。
5/3 かき氷のくだりを沖縄ぜんざい風に変えました。
テイマーがテュカたちを連れ去った直後、誰もいない庭にぽぅっとした光が出現した。この辺りでは迷宮階層主しか使えないであろう、転移の光だ。
光が消えた場所に現れたのは緑の髪に緑の瞳、白いワンピースを来た小さな女の子、二層階層主・『世界樹』キノミヤである。
「ようやく人の気配が無くなったの」
キノミヤは樹木を統べる力を持つドライアドであり、世界樹や神樹として各地で祀られている。
そのキノミヤは花の月にここの桜の木を再生し、たまに庭の手入れに来ていた。
そう、子どもたちが噂する『魔物』、『緑の頭(髪)の女の子』はキノミヤである。
いつもは子どもたちが掃除や勉強に忙しい午前中に来るのだが、今日は遅くなってしまった。
院長は出入り自由だと言うが、子どもの相手をするのが面倒くさいので木々を通じて人の気配を探っていたのである。
カーラの嗜好を考えると賢明な判断だ。
「……」
指先をしゅるしゅると伸ばしてクチナシの剪定を始めた矢先、キノミヤの眠たげな目が異物を捉えた。
「精霊臭いの。庭におかしなもの撒いた奴がいるの」
伸ばした指先でそれを摘んで引き寄せる。
キノミヤの手にあったのはテイマーが撒いた丸薬だった。
***
『迷い猫』ではエミールたちが頭を抱えていた。
『ホオズキ』の太郎さん騒ぎは金銭を目的とした自作自演の可能性が高く、それなら店で待ち構えて取調べをすればよいと思っていたのだが。
「昨日、一昨日で4件やられたか……別件ってことはないんだな?」
「へい、姐御。特徴は一致しておりやす。こいつは流れもんの仕業ですぜ」
カガチが調査に出した顔に大きな傷のある配下がそう報告する。
普段カガチの氷屋で事務をしている彼の特技は、かき氷作りだ。
しゃりしゃりしゃり。
エミールは彼がお土産に持ってきた氷でかき氷を作り、ジンジャーシロップをかけた。
「じんわりする香りでおいしいねぇ、この先暑い季節も爽やかに過ごせそう!」
「かき氷にするならレモン入れない方がよさそうだな。夏は普通のしょうがで作るか……甘く煮た豆と白玉団子を入れて……きな粉と黒蜜も合うかな?」
「それ絶対おいしいよぉ!」
「『ぜんざい』たぁやるじゃねぇか、エミールさんよぉ……」
メルセデスには好評だったが、エミールは改善の余地を見つけたようだ。
かき氷マイスターの太鼓判をもらった。
犯人捜しは当初、難航が予想された。
雨の月は太郎さん花子さんが増える季節だ。毎日どこかしらに駆除業者が入る。
しかし二代目がクレーマーの男はどちらかの足が悪そうだったと思い出したため、絞り込みは容易になった。
多少物騒でも悪人の少ないこの街で、二人の悪党は目立ちすぎたのだ。
昼夜で一軒ずつ被害が続いて三日目。今日の昼が『ホオズキ』だったということは夜もどこか別の店が狙われる。
「のんびり待ち構えてもいらんなくなったけどよ、この広い街で夜までに見つけられるもんか?」
すでにカガチの配下が飲食店へ手配書を回し始めてはいるが、相手がどう仕掛けてくるかわからない。
事前に探し出すのがベストだ。
「大方クレーマーは負傷で引退した冒険者崩れだろうなー。せめてこの街の冒険者なら見つけるのは簡単なんだぞ」
「どういうことだよ?」
「迷宮に入れば時刻と魔力紋が記録されるからな。この街の冒険者で迷宮に入らない奴はいないから、それを調べて探査魔法で探せばいい。デュカ家のお嬢ちゃんもこの店に来た日時はわかるから、簡単に見つけられるぞ」
魔力の波形には個人差があり、特定の方法で記録した波形・魔力紋は個人の識別に使用できるのだそうだ。
「それヴィクトーさんがいるうちに教えてくれよ……」
万策尽きたヴィクトーは現在、テュカを探して街を駆けずり回っている。
ついでに二代目も店の片付けがあるのでカガチの配下を伴って帰った。
残念ながら『ホオズキ』は迷宮の外だ。この辺を通ってホオズキへ行った可能性はあるが、それらしい時間帯に絞っても膨大な通行人がいたはずだった。
「エミール君。街全域を走査する探査魔法って、人間には簡単じゃないんだよ」
エミールはその辺り疎いのだが、メルセデスが言うには魔術師と違い、魔法使いは貴重だそうだ。
魔術は適性さえあれば訓練で身に付く技術であり、効果の高さは術者の魔力・知識・技量による。
冒険者の魔術師の多くがこれを使用する。
対して魔法は術理を無視した力であり、生まれつきの才能や超常の存在に与えられるものと言われている。一説によると妖精のいたずらとも。
魔法使いは総じて魔術・魔法への抵抗力が高く、状態異常にもなりにくい。
だがグーラたち神や亜神、魔物ならともかく、魔法を行使できる人間は少ない。
また、魔法は術者にも原理不明なものが多く、応用の効かないピーキーな術であることもしばしばだ。
例えば火炎魔術は燃焼が起きる条件を魔力や触媒で整えることで燃焼という現象に到達する。
一方、火炎魔法というと突然頭頂部に火が灯るものから、竜を象った炎が自律行動して辺り一帯を焼き払うものまで様々である。
グーラの『覗き見』やメルセデスが魔道具に刻む魔法は使いやすい部類で、『両足の中指が曲がる魔法』のように用途不明なものも多い。
「そういうことなら、おいそれと助けてもらうわけにもいかねぇよな」
カガチが簡単だ、と言う以上、迷宮側は簡単にやってしまうし対価も求めないだろう。
しかし恩を受ける代官とギルド長は立場上、それに見合うものを返さねばならない。
つまり、勝手に恩の押し売りをするわけにはいかないのだ。
「ああ。あの執事なら『わが命にかえてでも!』とか言い出しかねないから、言わなかったんだぞ」
「じゃあそっちは別の手を考えるとして……『太郎さん詐欺』の方はこんなのどうだ――」
エミールは今日入っていた駆除業者のビラをカガチに見せた。
***
夕暮れ時。昼間テュカたちが鬼ごっこに興じた空き地を囲む建物の一つにテイマーたちはいた。
空き地の周囲はどれも空き家で選び放題だったのだ。
割れた窓から夕日が差し込んでいる。
ここは空き家の居間に当たる広い部屋だ。子どもを6人入れるにはここしかなかった。
「ったく、余計なもん連れてきやがって。孤児じゃ身代金もとれやしねぇ……いやまてよ? こいつら人買いに売ったら儲かるんじゃねぇか?」
テイマーがアジトに連れてきた子どもたちを見て舌打ちしたクレーマーだったが、いい考えが浮かんだようだ。
「キキッ、それもそうだ。ガキだが6人もいれば一日分の稼ぎにはなるだろう」
テイマーはチーズを前にした太郎さんのように舌舐めずりをし、クレーマーと段取りの相談に入った。
――こいつら、わたしたちを売る気だわっ!?
アジトに着いて早々、テュカに掛けられたテイムは自然と解けたが、バレないようにジッと様子を伺っていた。
術が解けたのはテュカだけらしく、他の子どもたちは虚ろな表情のまま直立不動だ。
テュカには魔術・魔法に対する抵抗力があり、テイムが効くまで時間がかかったのもそのためだ。
クラハの言う通りテュカには魔法の才能があるのだ。親バカではなかった。
「キキッ、急いで人買いに渡りをつけなきゃなぁ。いるとしたら北の裏町か?」
「ああ、あそこはまだ骨のあるやつが――」
――みんなが動かないのはローブの男の魔術よね……なら術者を気絶させれば……。
マテオの影に隠れながら、腰に提げた短い杖をそっと取り出す。二人の注意がそれている、今がチャンスだ。
――ごめんなさい、お母様。人に向けて使わない約束を破りますわ、お叱りは後でいくらでも!
「えいっ!」
気合を込めたテュカの一声、杖で指されたテイマーは、
「なんだおい、急に……立ちくらみだぁ……」
へたり込んでしまった。
テュカが使えるのは『流れがよくなる魔法』だ。
排水管のつまりが取れたり、換気ができる便利な魔法である。
将来的にはお金や人の流れも操れるようになるかもしれない。
この魔法は人間に使うと血行が良くなる、つまり血管が拡張し血圧が下がる。強めにかければ血圧の急変動により気を失うのだ。
ヴィクトーが実験台になってくれたので、テュカはそのことを知っていた。
「このガキ、術が解けてるじゃねぇか。なにしやがった!?」
「えいっ!」
「くそっ……立ってられねぇ……」
クレーマーも床ペロした。相手の血圧が高いほど効果的な危ない魔法である。
そして子どもたちは。
「うーん……あれ、助かったのか?」
「どこよここ、何がどうなってるの?」
「……魔術にやられたようね。テュカのお陰で助かったわ」
「イネスの奴、立ったまま寝てる!?」
皆テイムが解けたようだが、ソラルとセリアとは違い、カーラにはテイム中の記憶が無いようだ。
イネスは庭でのお昼寝を続行していたので、ソラルが慌てておんぶする。
「皆、元に戻ってよかった!」
「あのおっさんたち、テュカがやっつけたのかよ? すげぇな!」
首尾にホッとするテュカをマテオが興奮気味に称える。
ともかく今は逃げるのが一番だ。
「話は後、さっさと逃げるわよ!」
「――おっと、逃がさねぇよ」
と、起き上がったテイマーが最後尾のソラルの背中から眠るイネスを奪い取った。
立ちくらみによる気絶は倒れたことで脳への血流が戻るため、すぐに回復することが多いのだ。
テュカはヴィクトーもそうだったことを思い出した。
「てめぇ!」
「イネスを返しなさい!」
「お前、魔法使いだな? 撃てるもんなら撃ってみやがれ」
テュカは再び杖を向け威嚇するが、テイマーはイネスを盾のようにかざした。イネスはそれでも起きない。
「そうよ、お前みたいな三流魔術師とは違うのよ! 痛い目にあいたくなかったら大人しく皆を解放しなさい!」
「このクソガキ、人が気にしてることを!?」
テイマーを挑発して隙を伺うテュカ。『冒険者相手に舐められてはいけない』という母の薫陶の賜物だったが。
「大人しくするのはてめえだ、クソガキ。しかし魔法使いとは拾いもんだ、高く売れるぜ」
いつの間にか起き上がったクレーマーは、テュカの背後、出口を塞ぐ位置に回り込んでいた。
倒れた時にこぶでも出来たのか頭をさすっていたが、その手を握り込んでテュカを睨む。
「だがその前にきっちりしつけてやる」
「ひっ――」
振り上げられた拳に息を飲むテュカ、しかしマテオが前に出てかばう。
「お、女に手をあげる男は、サイテーなんだぞっ!」
震えながらも目をそらさないマテオに、クレーマーの動きが少しだけ鈍った。お陰で我に返ったテュカは杖をクレーマーへ向ける。だが、何も起きなかった。
――魔力が、足りない……どうしよう、何か、何かないのっ!? もうもうっ、なんだってこんなことになるのよっ!
魔法使いといえど、訓練していない子どもの魔力量はたかが知れているのだ。
「どうした、魔法はもうおしまいか? 坊主もまとめて教育してやる!」
確かにあの太い腕で殴られたら、マテオが捨て身でも止めることはできないだろう。
ソラルとセリアが何か叫んでいる。カーラの悲鳴も聞こえる。イネスはすやぁと眠る。敵は待ってくれない。
ゴツゴツした拳が迫る。テュカとマテオは目をつぶった。
「――ぎゃふ」
次の瞬間、聞こえたのはカエルが潰れたような声と衝撃音だった。
恐る恐る目を開けた二人が見たのは壁に激突して伸びているクレーマーだ。
「すっげー、あのおっさんすごい速さで横スライドしたぜ? あれも魔法かよ、なぁ、ローブのおっさん?」
「知るか! なんだ、なにしやがったクソガキ!?」
解説を求めるソラルにテイマーも困惑した。
すると、あれだけ大きな音がしても眠っているイネスに蔦のようなものが絡みつき、テイマーの腕から奪ってソラルに返却される。
「今度はなんだ、おい!?」
「――お前精霊臭いの。庭におかしなもの撒いたのお前なの」
テイマーの背後に、いつの間にか緑の髪と瞳を持つ少女がいた。指先から伸ばした蔦のようなものを、しゅるしゅると手元に戻す。
キノミヤである。
孤児院の庭でテイマーが撒いた丸薬を見つけたキノミヤは、それが従属化の魔術触媒としては異様であることに気付いた。
丸薬には精霊の痕跡があったが、精霊魔術に《従属化》は存在しないのだ。
それを不審物と即断したキノミヤは精霊の痕跡を追って辺りを捜索し、ここにたどり着いた。
実はテュカが魔法を撃った辺りから見ていたのだが、子どもが多いので入るか迷っていた。
「お、お前は――」
「――『緑の女の子』だわ! やだやだ、かわいいじゃない!」
テイマーの誰何を遮ってカーラが言った。カーラはもうダメかもしれない。
「ちっ、ガキが一人増えたからなんだ。もういい、てめえらまとめてネズミの餌だ!」
相棒を回収して安全に街を出るには、この場の目撃者を消すしかない。
そう結論付けたテイマーは奥の手を見せる。
「喰らい合え、ネズミども!」
笛を鳴らす。子どもたちには耳障りな音だが、キノミヤは平気だった。
「大人になれば聞こえなくなるから安心するの」
モスキート音なのだろうか。
人間に影響しないはずの従属化魔術で子どもたちがテイムされたのは、おかしな丸薬と彼らが子どもだったことの相乗効果なのは確かだった。
それはともかく、笛を合図にテイマーのローブから飛び出した太郎さんたちは、共食いを始めた。
同じ体格の同族を一飲みにし、食べた直後に倍以上の大きさになる。摂食ではなく魔術による融合だ。
冗談のような光景だが、あっという間にクレーマーを超える程の大きさまで育った大太郎さん、もとい大ネズミ。
最早化けネズミと呼ぶに相応しい異形だ。
異様に発達した前脚で近くにいた少女に襲い掛かった。マテオが叫ぶ。
「カーラ!」
「させないの」
キノミヤは周囲の木材を森に帰し、縦横無尽に樹木を生やした。化けネズミを閉じ込める木の牢獄、『世界樹』の権能だ。
しかし歪みに耐えきれなくなった壁と二階の床が少し崩れる。
「くそっ、化け物か!?」
「加減がわからないの……」
周囲を木材に囲まれた環境はキノミヤに有利だ。しかしここは森ではない。
あまり派手にやると空き家が倒壊して騒ぎになり、人が集まってくる。キノミヤの力を目の当たりにすれば、野次馬からも魔物と思われてしまうだろう。それは避けたいキノミヤだ。
そこへ頭の中に響く声――通信魔法が届いた。
『あっれぇ、キノミヤじゃん。そんなとこで何して――』
「今それどころじゃないの」
カガチからだった。すぐに話を終わらせたが、化けネズミはその隙を見逃さず、崩れかけた壁を破壊して外に出る。
「逃さないの」
蔦を巻き付かせて化けネズミを引き留めるキノミヤだが、壁を破ったことでついに二階の床が落ち、子どもたちの頭上へ迫った。
***
倒壊した空き家の前にエミール、メルセデス、そしてカガチがいた。
テイマーたちの居場所に見当をつけ、思いの外近いので駆けつけたのだ。
騒ぎを聞きつけた近隣住民が人だかりをなしており、薄暗い中、照明魔術で照らしながら危険箇所の撤去や怪我人の確認が行われている。
本格的な作業は明日からだ。
「おっ、いたいた。生きてるぜ、こいつがテイマーじゃねぇか?」
エミールは瓦礫下から、鼠色のローブを着た男を見つけた。
気絶しているが大した怪我ではない。
先程クレーマーも意識のない状態で捕縛されたところだ。担架に縛り付けられた二人はカガチの配下の手で衛兵隊詰め所に運ばれ、そこで治療と尋問を受けるだろう。
「犯人も見つけたことだし、俺たちは行くか」
満足げに言うエミールの足元で瓦礫が音を立てた。
「ん? ぬぉっ!?」
外れたドアを押し上げて現れたのは、巨大な化けネズミだ。照明に浮かび上がった異形に、作業や見物をしていた人々も一様にギョッとした顔になるが。
「そ~れ♪」
背後にいたメルセデスが気の抜けた掛け声でレンガを放り投げる。
直線を描いて飛んだレンガは、素晴らしい速度で化けネズミの後頭部に迫り、空気を叩いたような乾いた音が鳴った。
レンガはゴトリと地に落ち、化けネズミは目や口からゴボゴボと血を流すと脱力してその場に崩れ落ちる。絶命していた。
「本当にいたんだな、巨大太郎さん……てか今の何だ?」
メルセデスの話に半信半疑だったエミールはその異様さに慄く。確かに両腕を広げたくらいあった。テイムは解けたものの、魔物化していたようだ。
しかしそれがどう倒されたのかはさっぱりわからない。
「レンガを太郎さんに当たる直前で止めて、衝撃を頭の内部に浸透させたんだよぉ。脳が急所じゃない哺乳類はいないからね!」
エミールにはメルセデスが何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
メルセデスが魔物肉は好きにするように伝えると、住民たちは思わぬ高級食材に歓声を上げた。
エミールは慌てて『衛生上の問題』があるのでギルドに依頼して浄化することを約束させる。
カガチが巨大太郎さんの解体と浄化を手配すると、住民たちは何事もなかったように作業や見物に戻った。
一段落したところで高いところに登ったカガチが声を張る。照明がスポットライトのように当たった。
「聞けっ! 飲食店にネズミを持ち込んだ悪漢2名は捕縛した。被害に遭った店への返金と完璧な駆除・消毒は『薬カガチ堂』の、このあたしが約束するぞー!!」
大歓声を背に、エミールたちは現場を後にした。
ネズミ被害よりもセンセーショナルなこの噂は、瞬く間に街中へ広まり被害にあった店のマイナスイメージを払拭するだろう。
裏町の元締めの面目躍如だった。
思い出したようにファンタジーしてますがジャンルはハイファンタジーなんですよ(グルメとか料理とかいうジャンルはないので)。
次回サブタイトルは変わりますが話は続きます。




