『初夏の庭とジンジャーシロップ(1)』
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活動報告にお酒の話を更新したので、よろしければご覧ください。
「テイマーってなんだよ、メルセデス?」
『鬼料理 ホオズキ』は突如大量のネズミ、もとい太郎さんに襲われ、多額の賠償と駆除費用の支払いを迫られた。
『迷い猫』へ相談に来たカガチと二代目に、メルセデスは「テイマーの仕業」だという。
「テイマーはね、動物や魔物を従属化する魔術に長けた人のことだよ。足の速い魔物を手懐けて運送業やる人もいるし、強い魔物に戦わせる冒険者もいるね」
アジの干物定食を受け取ったメルセデスはにんまりして言った。
ホオズキの一件はそのテイマーが太郎さんを操って起こしたものではないか、ということだ。
「ちょっと待て、そうするとそのテイマーって……」
「うん、ご立腹のお客さんか駆除業者さんが怪しいよねぇ」
「……そういえばあの二人、タイミングが良すぎたぞ。二人がグルなら……くっそー!」
「ああ、僕も客あしらいには自信あったんだけどなぁ……言われてみればその通りだぁ」
エミールの予想をメルセデスが認め、カガチと二代目は頭を抱えた。
「思うに、テイマーは駆除業者だな。テイマーなら実際に駆除したように見せるのも簡単なんじゃねぇか? 客はその業者を使うように誘導する係か……行き掛けの駄賃に賠償もってところだろ。クレーマーってやつだな」
「わたしもそう思うよ。テイマーにクレーマー……せっかく身に付けた力をそんなことに使うなんて……」
クレーマーは特殊な能力ではないのではなかろうか。
だがそれを聞いたカガチは、
「ほぉ、テイマーにクレーマーか……あたしのシマで、目の前で……舐めた真似してくれたもんだぞ……?」
滾っていた。テイマーたちは死んだ。
その時、
「どなたか~……どなたか、いらっしゃいませんか~」
引き戸を叩く音と呼ぶ声に、メルセデスが入口を開けた。
そこにいたのはデュカ家の家宰、ヴィクトーだ。
先月グーラたちとギルド長、代官が会談した際、ギルド長と代官の娘・テュカが乱入する事件があった。
屋敷を抜け出すところから店に入るまで、テュカを影ながら見守っていたという執事の話を、エミールは本人から聞いて知っている。
ヴィクトーもたまには一人になりたいらしく、何度か店に来ていたのだ。
「ヘトヘトじゃねぇか。どうしたんだよ、ヴィクトーさん?」
エミールは訳を尋ねつつ、ピンク色のしゅわしゅわする飲み物を差し出した。
ヴィクトーはそれをごくりと飲むと事情を――
「――これはうまいですな!」
甘酸っぱくて爽やかな香り、そしてピリピリと喉を温める刺激がクセになる飲み物だ。
「おう、『新生姜のジンジャーエール』だぜ」
千切りにした新生姜に砂糖を投入し、十分水を出したら煮立たせ、シナモン、クローブなどキノミヤ印のスパイスを加えて5分ほど煮る。
そこへはちみつとレモン汁を加えて、ピンク色になったら火を止め布で濾すと『新生姜のジンジャーシロップ』の出来上がり。
炭酸水を加えればジンジャーエールだ。
搾りかすは料理に使ってもよし、天日干しして生姜糖にしてもいい。
今朝のエミールはこれと『サバの生姜煮』、『カスタードパイ』を作り孤児院への差し入れにした。
ジンジャーエールを飲み干したヴィクトーは我に返る。
「おほん。実はテュカお嬢様が、いなくなってしまいまして――」
日頃温厚かつ冷静なヴィクトーの慌てように、誘拐を思い浮かべたエミールだったが、そうではないらしい。
「――やっぱりケンカするんだな、あの夫婦」
「その件はどうかご内密に……それで私も目が行き届かず、ひょっとしたらこちらに来ているのではないかと参った次第なのですが……」
店の戸に手をかけた途端、ギルドの入口に転移してしまい、慌てて店に戻っては転移を繰り返すこと数十回。
暑い中ヘトヘトになりながらも、先ほどようやく外から声を掛けることを思いついた。
「その手があったな!」
エミールも今気付いたようだ。
「なんならネズミ太郎とかも店に入れないように設定するか?」
「その手があったな!!」
カガチの提案にエミールが乗った。
メルセデスが開発中の『花子さん除け』は不要になった。
二代目がちょっとうらやましそうな眼差しをエミールに向け、メルセデスは、
「しくしくしく……設計できたのに」
「それであの、お嬢様は……?」
テュカの行方に心当たりのある者はいなかった。
***
「平和ねー」
「平和だな」
「へいわってなに?」
「平和は平和に決まってんだろ?」
テュカを加えた6人の子どもたちは孤児院の庭が見える草むらにいた。トマは院長先生の手伝いに行っている。
マテオたちが何をするでもなく、じっと見つめる先には葉の繁った桜の木を始め、紫陽花やラベンダーがかわいらしい花をつけていた。
なかなか立派な庭ではあるが、
「ねぇ、これ楽しいのかしら……?」
テュカにとって初めての鬼ごっこは楽しかったし、またやりたい。
しかしこれは……まるで影から庭を見張る隠密の如き遊びだ……遊びなのだろうか?
ソラルは庭に興味ないのか、木の枝で足元を掘り返しては虫をつついている。
おやつの後はこうするのが彼らの日課らしいが、セリアは木の根元に腰掛けて難しそうな本を読んでいるし、退屈になったイネスはその膝を枕にお昼寝タイムだ。
天気がいいので、院長先生に持たされたポットには水で薄めた『新生姜のジンジャーシロップ』が入っている。
ちょっとピリピリするが、甘酸っぱくてテュカもお気に入りだった。
マテオたちと出会って数時間、誰もテュカの素性を詮索しない。
服装から金持ちくらいには思っているのだろうが、気を使ってくるわけでもない。かといって距離をおくでもなく、仲間のように扱ってくれる。
実のところ少年たちは日頃から、セリアとカーラの薫陶を受けていた。
「――裏町には訳ありの女がつきものよ」
「――女の過去を詮索するのは男らしくないわ」
テュカが『訳ありの女』かどうかはともかく、言われるまでもなく彼らにはそういう振る舞いが身についている。
孤児院には愉快な過去を持つ子どもなどいないし、自分の過去を知らない者さえいるのだから。
自分の出自を隠しているようで後ろめたくなってきたテュカだったが、結局口に出すことはなかった。
ここは居心地がいい。
ヴィクトーが迎えに来て連れ戻されるまで、もう少しこの仲間たちに甘えていたい。
静かで平和で退屈な時間に、テュカもなんだか眠たくなってきた。
「――先月迷宮でなんかあったの、テュカは知らねえか?」
不意に、マテオが庭から視線を外さずに言った。
先月迷宮でなにかといえば、テュカの両親が迷宮の住人と会談をした。そこにテュカも居合わせている。
しかしあれがどういう意味を持つのかテュカは知らないので黙っていると、マテオは声を潜め、秘密を打ち明けるように言った。
「何があったかは俺たちにはわかんねぇ。けどそれ以来、魔物が街を徘徊してるって噂なんだよ」
「噓!? そんな大変なことが起きたていたら――」
「シーッ、静かにしてっ。ここにも出るらしいのよ、その魔物が」
つまり彼らはその魔物が来るのをここで待っていたのだ。
だがそんな事件があればテュカの両親は呑気に夫婦喧嘩などしているだろうか。
テュカは『迷い猫』で食卓を共にした迷宮の住人を思い浮かべた。
見るからに風変わりな者たちではあったが、あれは魔物だったのかどうか。結局両親には聞けず仕舞いだったのだ。
「見た奴がいてさ、緑の頭の女の子が庭を手入れして帰るんだって」
マテオの話に頭が緑って怖い、と思うテュカだったが、
「どうせ寝ぼけた奴が、庭いじりしてる院長先生を見間違えたんだろ。第一、草いじって帰るだけなんて、つまんねーじゃん」
ソラルは噂を否定した。事情通からするとセンセーションに欠ける情報はデマなのだ。
しかし噂好きのカーラの意見は違った。
「頭じゃなくて緑の髪よ。庭いじりに見せかけた何かの儀式かもしれないじゃない。それにかわいい女の子かもしれないわ!」
かわいい女の子だったらどうだというのだろう?
「わたしたちで捕まえるのよ!」
カーラは噂話とメルセデスだけでなく、かわいい女の子も好きだった。
***
西日が差してきた午後四時半頃、南東の裏町によそ者二人がやってきた。
ひと気のない道を不景気な面で歩きながら話し込んでいる。
一人は中年の冒険者風の大男、背に大ぶりの剣を担いでいる。歩き方から、右脚が悪いようだ。
もう一人は鼠色のローブを着た無精ひげの痩せた男、いい天気だというのにフードを目深にかぶっている。
ローブの袖口から太郎さんが顔を出してひと鳴きすると、男の腕を伝って襟元からローブに潜り込んだ。
「――まさかマチの元締めが居合わせるなんて、ついてねぇぜ」
「キキキッ……あの鬼人の店は駆除費用半額でねじ込むか。賠償金は諦めるしかねぇな」
二人は昼に客とネズミ駆除業者として『鬼料理 ホオズキ』にいた。
エミールたちの推察通り、フードの男がテイムした太郎さんを飲食店に忍び込ませ、大男が騒いでパニックを起こし、勢いで金をもぎ取る――テイマーとクレーマーのコンビだった。
二人は街から街へ獲物を求めて流れている。
『ホオズキ』を出た二人はあの涎が出るようないい女が、本当にこの街の裏稼業を仕切っているのか、ガラの悪い連中に裏を取って今後の方針を決めていたところだ。
「ちっ、あの店に放したネズミども、急にいなくなっちまいやがって。ネズミがいりゃ、あの女ボスだってどうとでもなったんじゃねぇのか?」
「俺にも何が何だかわからねぇ。キキッ、この街はおかしいぜ? ケンカは日常茶飯事の冒険者の街だっていうから来てみりゃ、確かにケンカは多いわな」
「けど悪党がいねぇ。酔っ払いのケンカすら店出て外でやりやがる。なにが『実入りのいい街』だ、あの吟遊詩人め。どうかしてるぜ、まったく。おい、この街で稼ぐのは今夜で終いにするぞ。惜しいが鬼人の店はケツをまくれ」
「キキキッ、4件か……思ったほど稼げなかったがしかたない。俺たち悪党には居場所のねぇ街だ」
などとハードボイルドを気取ったテイマーは、金貨の詰まった革袋を確かめると、ローブの上から尻をかいた。
それを嫌そうに見てクレーマーが言う。
「今夜は迷宮街の高級店を狙うぞ。裏町の手が伸びねぇ飛び切りの店で稼いだら、その足で街を出る。俺は一張羅に着替えるから、さっさと空き家に戻って荷物をまとめろ」
二人は裏町の空き家へ勝手に上がり込んでアジトにしていた。
あちこちの飲食店を荒らしている以上、宿を取らないのだ。ネズミも蓄えている。
大事なことを思い出したテイマーは甲高い声で言った。
「おっと、その前にさっき逃げちまったネズミどもの補充だ。お前は先戻ってテーブルマナーでも勉強してろ」
***
「……捕まえてどうするのよ」
カーラの『かわいい女の子(魔物)捕獲計画』を聞いたテュカが呆れる。
「仲良くなれるかもしれないわ!」
「魔物だろ?」
「……返り討ちにあうとは考えないのね」
本を読み終えたらしいセリアも呆れていた。
その時、
「静かにっ、誰か来る」
マテオの指示にテュカも頭を低くして、隣から庭を覗き込んだ。
息がかかる程に近い少女の顔に、マテオが赤面し目をそらす。
なおマテオはテュカを同い年くらいと思っているが、今年8歳になるテュカは3つ年下だ。
はたして庭にいたのは緑の少女、ではなく――
(なにあれ、おじさんが入り込んでるわよ?)
(なにやってんだ、あいつ?)
鼠色のローブを着た瘦せぎすの男にテュカとマテオは困惑した。
孤児院の庭に上がり込んだ男は実のなっている木を観察すると、辺りに木の実のような丸薬を撒いた。
(ほらみろ、緑の女の子なんてやっぱ見間違えだったじゃないか。花好きのおっさんが庭の世話してるんだろ)
ソラルが自説の正しさを確信した時。
(なによ、あれ……)
男が粗末な笛を取り出して吹く。
耳の奥に届いたキーンと不快な音に両手で耳を塞ぐと、丸薬を撒いた方の茂みがカサカサと揺れた。
――あの音、微かだけど魔力がこもってるわ。
すると茂みから太郎さんたちが這い出し、男の足を伝ってローブの中へ潜り込んでいく。
この庭にこんなにもいたのかと思う太郎さんは、実に数十匹が男の懐に吸い込まれていった。
しかし男は不満だったらしく、
「こういう汚ねぇところにはもっといるもんだけどなぁ」
そう呟くとテュカたちが隠れる茂みの方へも丸薬を撒いた。
足元に転がってきたそれをテュカが摘まみ上げると、不思議な匂いのするモヤが立ちのぼり――
――なによこれ……身体が、動かない……みんなは……?
また耳障りな笛の音が聞こえた。
すぐ隣のマテオは虚ろな目で立ち上がり、男の方へフラフラと歩き出す。
テュカが咄嗟に手をつかもうとするが、満足に身体を動かせない。
他の子どもたちも同様で、眠っていたはずのイネスでさえ自分の足で歩いている。
笛の音がやけにうるさい。
――みんな、行っちゃダメよ! あれ、声が出ないわ!?
隠れていたことが見つかるやましさと、異変に対する混乱、それに本能的な危機感がテュカを急き立てる。
笛の音を意識する度に、息の仕方を忘れたように呼吸が乱れた。
ついにテュカの視界はぐにゃりと歪み、意識が途切れる。
――みんな……お母様……。
***
テイマーは大いに当惑していた。
今夜使う太郎さんを補充しに通りすがりのボロい家屋の庭へ侵入し、従属化の魔術を込めた丸薬を撒いていたら子どもが5人……いや、遅れて一人増えたので6人釣れた。
意味が分からない。
従属化の魔術は人間や同等以上の知能を持つ魔物には効かない――これはテイマーの常識だ。
だが魔術体系としては禁術である奴隷化と同系統にあり、出力を上げれば子どもならあるいは……いや、自分にそんな魔力があればこんな仕事やってないのでは……テイマーの思考は迷走する。
「くそっ、考えても仕方ねぇ。大体、薬が強すぎんだよ。あのエルフめ、おかしなもんつかませやがって」
面倒だがここで解放するのも得策ではない。顔を見られたかもしれない、とテイマーは考える。
「せめて今夜街を出るまでは空き家に押し込んどくか……いっそバラすか?」
どの道アジトに行かねば始まらない。相棒に小言を言われるのは面倒だが、子どもたちにはテイムがかかっているのだから連れていくのは簡単だ。
テイマーは微弱な魔力を込めて笛を吹いた。
「口を開かず静かに付いてこい、ガキども……」




