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『影踏み鬼とカスタードパイ(1)』

ブクマ・評価ありがとうございます。

今回は三人称でお届けします。

長くなりそうなのでちょろちょろ投稿します。


4/25 同じサブタイトルが続いても退屈なので変えました。

「『鉄板オムライス』と『鉄板オムナポリタン』お待たせしました!」


 夏が近付き、雨も降り疲れたかのように晴れた日曜日。

 長いジメジメから解放された人々で賑わう昼時は『鬼料理 ホオズキ』も混雑している。


 この店は迷宮都市黎明期に遠くの街から移転し、大繁盛した名店だ。今年に入って二代目が腰を痛め、一時は閉店を決めたこともあった。

 今は孫のエルザが三代目を目指して修業中で、それを見守りたい常連たちが戻りつつある。


 エルザの腕はプロとしてはまだまだだが、ソース作りは得意で伝統の味を守っている。二代目の指導を受けることで、『見た目はともかく味はうまい』店になりつつあった。


「ママ、チーズソースとチキンカツ、ビーフシチュートッピング、3番さん4番さん上がりました!」


 人気メニューは鋳物皿で焼いた半熟卵の上に、ケチャップライスやスパゲッティを乗せた『鉄板メニュー』だ。

 そこに揚げ物や、店が長年かけて磨き上げたソースのトッピングを選べる。


 忙しく給仕をするエルザの母が一人の客の横を通り過ぎる時、事件は起きた。


「なんだ、この店はっ! 掃除してねぇのか、ああっ!?」


 テーブルを叩いて立ち上がったのは冒険者風の大男だった。

 男がつまみ上げているのは真っ赤な目のネズミだ。しっぽをつままれてご立腹である。


「ひゃぁ、ネズミ!? 申し訳ございません、お客様!」


 エルザの母は目の前にネズミを突き付けられて腰を抜かしかけたが、立て直す。

 しかし、


「うわっ、ネズミ!」


「テーブルに上がってきたわっ!?」


 次々と姿を現すネズミに店内は騒然となった。

 厨房から娘の悲鳴も聞こえる。


「そんな……!」


 これはおかしい。

 食品を扱う以上、飲食店というのは衛生に気を使っている。家庭の台所の比ではないのだ。

 ネズミなど入り込んだばかりのを一匹見かける程度、それもすぐに追い出す。


 それが突然、数十匹もの群れが顔を出すなど、あり得ないことだった。

 あまりのことに理解が追い付かないエルザの母を、その母、エルザの祖母が叱咤した。


「落ち着きなさい、まずはお客様の安全が第一です――お客様方、お食事中のところ大変申し訳ございません。急いで外へ、退店して下さいますよう――」


 当面の閉店と後日の駆除・消毒を約束して頭を下げる。もちろん代金は取らないし、今日来てすでに帰った客にもわかる限り返金せねばなるまい。

 しかし、それで納得しない者がいた。


「おうおう、こっちはネズミが湧くような店で不衛生なもん食わされてんだ。代金はいりませんで、はい、そうですかってのはしょっぺぇだろうが!」


 最初に声を上げた冒険者風の男だった。

 文句を言いつつも右手のスプーンはオムライスをすくい続けている。その手はさっきネズミに触ったのだが。


「大変申し訳ございませんが、店としましてこれ以上のことは……」


 おばあちゃんがたじろいでる間にオムライスを完食した男は、立ち上がって大ぶりの剣を肩に担いだ。右脚が悪いのかちょっと傾いている。

 男は威圧を込めておばあちゃんを見下ろす。


「こっちはネズミ食わされそうになったんだ、出るとこ出たっていいんだぜ?」


「そんな、言いがかりを――」


「――なんだい、騒がしいね。おや、ネズミだらけじゃないか」


 そこへ二階の居住スペースから一本角の鬼人、二代目ホオズキが降りてきた。

 階段をよじ登ろうとするネズミを躊躇なく蹴とばしながら……。


「今朝までネズミなんていなかったことは僕が誓うよ。これ以上ここにお客様がいるのはよくないんだ。もう帰ってくれないかぁ」


 巨漢なので、連れ添いにつめよる男をさらに見下ろす格好になる。


「お、おぉ? なんだ、やろうってのか?」


 ちょっと腰の引けた男は剣に手をかけ、二代目を睨む。

 その時、店に入ってきた者がいた。


「――キキキッ、お困りのようですね……ネズミの駆除なら業界歴二十年のワタクシにお任せください……キキッ」


 甲高い声の主は鼠色のフードを目深にかぶった無精ひげの痩せた男だった。

 ニヤニヤしながら尻をかく男を見た二代目は、足元をちょろつくネズミを無言で踏みつぶした。


  ***


「テュカには一流の教育を受けさせて立派な淑女に育てる! そういう約束だったじゃないかっ!」


「だからこんなに立派なレディに育ってくれたじゃないの! 次は戦闘を学ぶ約束です、この子には魔法の才能があるのですよ!」


 テュカ・デュカの自宅、代官屋敷の昼食の時間に、言い争う両親の声が響く。


 金髪の優男こと父、アドンはアントレを治める代官であり、南部の大貴族の出だ。

 眼鏡が似合う緑の瞳が理知的な母、クラハは冒険者ギルドの長であり、王都の出身だ。


 仕事の立場や常識の違いから衝突することはこれまでもあったが、今回は少々長い。

 それがテュカの気分を重たくしていた。


 昨晩の夕食時からこの調子で、もう翌日の昼なのだ。

 今日はテュカの好きなズッキーニとベーコンのキッシュに、タコのから揚げもあるのに。これでは味もわからない。

 「食事中は静かに」という両親の小言に心底同意する思いだった。


 ――おかしいわ。いつもなら一晩経つと仲良くなってるのに。午後のお菓子作りで仲直りできるといいけど。


 毎週日曜日は親子三人で夕食を作る――それは普段忙しい両親が愛娘のために考えたルールだった。

 とはいえ料理などできない三人だし、料理人には敢えて休暇を取らせている。臨時で朝昼の食事を賄う執事のヴィクトーも親子の時間に水を指すようなことはしない。

 結果、これまではなんとか火を通した程度のものを食べるのが日曜日の習慣だった。


 それはそれで楽しいテュカだったが、最近は料理らしきものが出来上がるようになっていた。


 先月、テュカは故あって迷宮近くの居酒屋という食事処で両親やその知人たちと食卓を囲んだ。

 そこの料理人に教わった『味付けラム肉の竜田揚げ』という料理がまた、簡単でおいしくできたのだ。

 少々料理にコンプレックスを持っていたクラハの喜びようといったらなかった。


 テュカも料理がおいしくできた喜びを初めて味わい、そして味をしめた。

 ヴィクトーに命じて簡単かつおいしく楽しい料理のルセットを事前に揃えさせるようにしたのだ。


 ヴィクトーは随分苦心しているようだが、お陰で先週の『いももち』も大成功だった。


 ――バターで焼いた芳しいもっちりを、砂糖醤油に浸したあの幸福感……。


 ヴィクトーによると今日は少し背伸びして、『カスタードパイ』を焼くのだという。

 といってもパイ生地や他の材料は用意済み、包丁は使わない。オーブンも絶対間違えないよう設定を固定してもらった。

 親子で頑張るのは中身のカスタードクリーム作りだが、ありふれた材料なのでいくら失敗してもよい。

 ならば成形やトッピングにこだわるのもいいだろう。


 そもそも『カスタードパイ』など、使用人のおやつとして料理人が余った材料で作る簡素なものだ。


 ――このところ負けなしのわたしたちにかかれば、もっと素晴らしいお菓子になるはずよ! ああ、将来はお菓子屋さんを開くのもいいわねぇ……。


 夢見がちなお年頃の少女は、調理の厳しさも自らの実力も知らないのだ!

 だが、そんなテュカの夢の国はすぐに砕かれた。


「じゃあ僕はやり残した仕事もあるし、街に出てくる。帰りは待たなくていい」


 ――む、お父様、約束……。


「どうせ裏町で(・・・)やり残したお仕事でしょうけども、ええ、お好きに。私も遅くなりますから帰りは待たなくて結構!」


 ――むーっ、お母様まで……。


「「フンっ!」」


 昼食もそこそこに、両親はテュカを置いて出ていってしまった。

 ヴィクトーも主人たちの急な外出に、侍女たちへ指示を飛ばしながら追い掛ける。


「むーーーーっっっ!!」


 取り残されたテュカはナイフとフォークを持ったまま、頬をふくらませる。

 激おこだった!


  ***


 『飲食店の天敵、格安で駆除します! ギルド受付にてご指名下さい!』


「ふーん、最近増えてんのかね、太郎さんと花子さん」


 『居酒屋 迷い猫』の店内、エミールは店の引き戸に挟まれていたビラを見て言った。

 今日のように晴れると暑くなる季節、飲食店としてはますます衛生に神経を使う。


「ふぁなほはん?」


 昼食にと作った『トマトソース仕立てのチキンカツサンド』を食べながら、店長のメルセデスが首を傾げる。


「ネズミとかゴキブリのことだ。お客に聞こえても不快にさせないように隠語で呼ぶんだぜ。メルセデスもそうしてくれよ?」


「ゴキ……ブリ! うちにはいないよねっ? ねっ、エミール君!?」


 カツサンドを飲み込んだメルセデスの顔が青い。

 それを見たエミールはニヤリとする。

 いつもふんわりにんまりしながら食べてるか飲んでるかしている店長にして、珍しい。


「今はまだ見ねぇな。今後のためにネズミは太郎さん、ゴキブリは花子さんて決めておくか」


「前にこーんな大きなゴキ、花子さん見てから苦手なんだよぉ……そうだ! わたし魔道具作るよ、花子さんがお店に入れなくなるように!」


 ぶるっと身体を震わせたメルセデス曰く、両腕をいっぱいに広げたくらい大きかったらしい。それは誰でも怖い。

 メルセデスがイメージする花子さんに齟齬を感じるエミールだった。


「けど花子さん避けの魔道具かぁ。いいな、ほんとにできたらうまいもん作ってやるよ」


「わぁい、頑張るよー!」


 この店のアイテムボックスや炭酸サーバーなどの魔道具はメルセデスの自作だ。

 どれも高級品な上に、市販品より性能がいいときている。


 エミールがメルセデスの過去について知っているのは元冒険者というくらいだが、魔道具技師でもやっていけるはずだ。


「ところで、太郎さんは平気なのか?」


 エミールは『ネズミが苦手なネコの魔道具屋さん』という子ども向けの絵物語を思い出した。

 見た目は花子さんよりマシという意見もあるが、攻撃的なやつはかなり厄介だし疫病を媒介する脅威度は太郎さんの方が高い。


「んー、猫がうちにご飯もらいにくるくらいだから、この辺りに太郎さんは少ないと思うよ?」


「あー、閉店間際に丸いの来るよな。納得だ」


「それに太郎さんが大きくなっても大型哺乳類の範疇だし、急所もわかりやすいからねぇ」


「急所……?」


 冷やしたお茶を飲みながらにんまりするメルセデスは、やはり認識に齟齬があった。


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