とうもろこしのかき揚げ(1)
気付けば15万字を超えました。
作って飲んで食べるだけの話にお付き合いくださる皆様のお陰です。ありがとうございます。
これからも梅雨時の雨のように止んだり湧いたりする『居酒屋 迷い猫』を、どうぞよろしくお願いいたします。
※ 一昨日の活動報告で「作中の粕取焼酎は~」なんて書きましたが本話で登場です。うっかりでした。
雨の中、グーラが連れてきた八層階層主・ロアはリッチだ。骨だから水も飲めないのだという。
肉どころか内臓も軟骨もないのだからそれも道理なんだけど。
俺はてっきり、こういう不思議パワーで動いているやつは、同じく不思議パワーで飲み食いしてるもんだと思い込んでいた。
「ぷはーっ、やはりお高い焼酎はうまいのぅ。この香りながら甘くないのがよい!」
グーラが飲んでいる粕取焼酎とは清酒を作った時に残る酒粕を蒸留したものだ。
昔は粗悪品が横行していたらしいが、きちんと作れば酒粕の芳醇な香りを持ち、今では高級焼酎の代名詞である。
「なんたって大吟醸の酒粕だからねぇ。お取り寄せには苦労したんだよぉ……うん、いつまでも続く甘酸っぱい爽やかな香りとふくよかさ。文句のつけどころのない、いいお酒だねぇ」
これといい、クニマーレとの契約といい、メルセデスは最近ほんとに活躍している。客に酒をたからなければもっといい。
ところでグーラはなんだって飲み食いできない仲間をうちに連れてきたのだろうか。
「雨の月は迷宮内も沈みがちでのぅ……カビ臭くなるし。このロアなど引きこもり故、ほんとにカビ始めての。温泉でクマガルーに洗わせて引っ張り出して来たのだ」
「カビたからといって、誰にも迷惑かけてないのであります」
不満そうなロアはよほど外に出たくなかったのだろう。職場にカビた人がいるのは普通に迷惑だと思うが。
だが俺は以前キノミヤに迷宮内へ攫われたことを思い出した。あの時は深夜なのに二層『鎮守の森』は昼間だった。迷宮は現世と隔絶した異界なのだ。
「迷宮に外の季節は関係ないはずなのに、不思議な話だな」
「うむ、出入りする冒険者の雰囲気と、奴ら濡れたまま入ってくるからの。いっそこの辺りだけでも夏にしようかと思ったが」
「やめてくれ」
この辺りも迷宮なので、迷宮主たるグーラのコントロール下なのだろう。
ここだけ夏とか雨降らないとか面白そうだが、空ってのはつながってるんだから何が起こるかわからん。
「そう言うと思うて迷宮内の除湿だけ強くしたがの。やはりわれらは気分が現象に干渉しすぎる故」
階層主くらいになると最早魔物ではなく、神や亜神の域だという。
己の意志で世界を作ってしまうのが神だ。
なるほど、つまりロアがカビたのは本人の気分の問題というわけか。
連れてきたクマガルーはロアの洗浄をした褒美だそうで、首のメダルは飲食機能を付加する魔道具らしい。
バゲットに乗せたウニクレソンをうまそうにもきゅもきゅと食べている。
「あ、それをロアに使えば飲食できるんじゃねぇか?」
「われもそう思ったが失敗であった。われらに魔術や魔道具が効かぬことはよくある故、これも気分が事象に干渉した結果であろ」
「自分は元人間でありますからして、食べられるものなら食べたいであります。この腹にぽっかり穴が開いたような飢餓感……あ、腹ありませんでしたね」
種族的ジョークかもしれないが、まったく笑えない。
いや、グーラたちよりよほど人間離れした姿だけど、元人間なのか。まぁ骨は人間のものだけど感性が人間やめてるぞ。
「そもそもロアはどうして引きこもりになったんだ?」
「……それ引きこもり本人に聞いちゃうでありますか? 答えが喉につかえる気分でありますが……あ、喉無いでありますね」
そのネタもうよせよ……。
***
「王国よりも古い国を当たっても記録のないことであります。自分は陸軍特殊作戦群少尉――つまり軍人でありました。
人間だった頃の記憶はこの骨のようにスカスカ――あ、骨粗鬆症ではないでありますが。
それでも感情調整のために食事制限があったことはよく覚えているであります」
雨音が聞こえるくらいぽつりぽつりとロアは話し始めた。
相当昔のことなのだろうか、聞きなれない言葉が混じる。感情調整とはなんだろう?
と思ったら話を聞いていた衛兵1が教えてくれた。
「任務を遂行しやすい気分に持っていくことだよ。勝つイメージを持つために弱い相手と何度も手合わせしたり、禁欲や粗食で心を荒ませて……言いにくいが、人を殺せる気分を作るんだ。衛兵はあまりやらないけどね」
「そこの爽やかな兵士殿が言う通りであります。その副作用で拒食症になっていた自分は、非公認作戦中に敵の捕虜となり餓死したのであります。
死に際になってようやく覚えた空腹感は、今でも忘れられないでありますな」
「「「……」」」
壮絶な死に方だなぁ……。
グーラたちは知っていたのか気にならないようだけど、俺たち人間には刺激の強い話だ。
「それからどのくらいの時間が経ったのか、自分なぜか目覚めたであります。
といっても骨になってましたし、場所も砂っぽい見知らぬ遺跡のようなところで目が飛び出るくらい驚きましたが。あ、目玉ないんですけどね。
渇きと空腹を感じて、ひたすら遺跡をさまよっていると、奇妙な動物がいるではありませんか。今でこそ魔物だとわかるでありますが、人間だった頃はそんなものおりませんでしたので」
ロアは衝動的に、その動物を捕まえて生きたまま齧りついたそうだ。あの身体の本能的なもので、葛藤はなかったという。
そしてロアは自分の骨の隙間からこぼれた血と肉を見て気付いた。
『――この身体は決して満たされることはない』
「それでも『狩り』をする度に、不思議と力が漲ったであります。そうして魔物を齧りながら、自分はついに遺跡から脱出しました。そこは一面の大砂漠、なんと遺跡は砂に埋もれていたであります」
さらに長い年月を過ごすうちに飢えと渇きを忘れた強力な存在となり、辺り一帯を支配する。砂漠を通る人間と争うこともあった。
彼と戦って生還した者の口から『ロア』という名が広まる頃には、人間だった頃の名前は忘れていた。未だになぜそう呼ばれているか知らないそうだ。
やがて魔術の存在を知ったロアはその研究にのめり込んだという。
「この世界は自分が死ぬ前と物理法則すら異なるであります。それほどまでに長い年月が経ったのか……はたまた生前とは違う世界――異世界で目覚めたのか。
自分の身に起きたことを知りたい。自分はこの謎を解くために研究を始めたであります」
その研究のせいで住んでいた土地が魔境化し、迷宮のような異界になりかけた。そのためこれまで縁のなかった遠く人間の国で討伐隊が組まれてしまう。
研究を邪魔されて困っていたところに迷宮オープン前のグーラと出会い、スカウト。
階層主として静かな環境で研究に没頭しているそうだ。
「冒険小説みたいな壮大な話だな……異世界ってほんとにあるのか?」
聞いていた全員からため息が漏れたところで、グーラに聞いてみた。
神様だから知ってるかもしれない。
「うむ、われにもわからぬ! そやつの生前は神代のような、そうでもないようなであるし、われも世界のすべてを知っているわけではないからの」
そういうもんか。
あと合コンは完全に終了していた。
***
「そういうわけでこれは衛兵たちからのおごりだ。感情調整の辺りに軍人として共感するものがあったって」
サムズアップしている衛兵たちを尻目に味付きラム肉の竜田揚げとレモンサワーをロアに出した。
「嬉しいものですね……しかし、食べられないので無駄にしてしまうであります。骨に引っかかるとカビの原因にもなりますから――」
と妙に説得力のある言葉で固辞する。
その時、引き戸が開いて荷物を抱えた客が一人入ってきた。
「いらっしゃい、カウンターかテーブルにどうぞ」
外套を掛けてつばの広い帽子の水滴を落とす姿はエルフだった。
ミーナと同じく金髪で一瞬知り合いかと思ったが、まぁエルフもたくさんいるわけで。
細身で長い髪にきれいな顔なので、性別がわからない。目つきがやや鋭いから男(仮)でいいか。
エルフの男(仮)は興味深そうに店内を見渡しつつ、無言でこちらへ近付く。そして抱えていた荷物を覆う布を剥いだ。
現れたのはきれいな細工を施したリュートだ。
「ほぉ、吟遊詩人であるの。エルフとは珍しい」
吟遊詩人とは、こうして各地の酒場を巡り一杯の酒と引き換えに歌や演奏を提供する芸術家だ。
店のコストは場所の提供と一杯の心付けのみ。パフォーマンスを気に入った客からのチップが収入になる。
「その料理と酒、いらないのなら一曲の代価に頂きたい」
「んー……ああ、構わないそうだ。一曲やってくれるなら店からも改めて温かいもの出すぜ」
衛兵とロア、それにメルセデスも頷いたのでお願いすることにする。料理と酒が無駄にならなくてよかった。
ここは一つ盛り上がる曲をやってくれるとありがたい。
なお、声はハスキーで中性的だった。
「気前のよい店だ、今日はついてるな……では『砂漠の英雄』と讃えられた異世界の大魔導師の物語を、ほんのさわりだけ」
「おい、それって……」
「階層主は歌になっておってもおかしくはないの」
思わず漏らした俺の小声にグーラが答えた。
さっきの話を聞いた後だから、ちょっと気まずいなぁ。
ポリン、とリュートを鳴らして演奏が始まる。
詩は異世界で目覚め魔導師となった男の英雄譚で、ロアの話にどこか似ていた。
魔導に目覚めた男はオアシス都市に住み着くが、死人を操る技に始めは人々から忌避される。異世界で右も左もわからない男は失敗の連続だ。
コミカルな演奏に、客席から笑いとため息がこぼれた。
しかしその魔術は厳しい砂漠の生活を助け、人を守った。男は次第に人々に慕われ、街に受け入れられていく。
そしてついに盗賊団を追い払う大活躍。
「いいぞっ、砂漠の英雄!」
掛け声と拍手が起きた。特に衛兵は大喜びだ。
気付くとじっとりしていた空気が軽い。客も歌に食いついて興奮気味だ。
歌のうまさや詩の面白さだけではない、緩急付けつつも手を止めないリュートの腕もすごいのだ。
幕間にはしっかりとその技巧を聴かせてくれる。
そしてこれに一番反応したのは、意外にもロアだった。
「自分、我慢できないでありますっ!」
勢いよく立ち上がったロアがどこからともなくトランペットを取り出す。
リュートの独奏が続いているところ。構えたロアはスッと息を吸い込み――合わせた。
「おいおいおい、ロアの旦那やるじゃねぇか!」
これには客も俺たちも驚いた。
うまいのだ。
トランペットを操りながら肩でリズムをとり、器用に壁際の吟遊詩人の元へ合流する。
ロアは即興で見事に合わせ、吟遊詩人もそれに応えた。
てか、唇も無いのにどうやって吹いてるの?
二人で昇り詰めるような演奏パートが終わり、物語はクライマックスへ。
民衆と協力して砂漠を牛耳る大盗賊団を倒すと、囚われていた遠い国の姫君を救い出す。
賊の財宝は男のものとなり、男はその金で国を作り砂漠の王になったという――
そして再び二人のセッションが始まり、喝采の中演奏は終わった。
「迷宮階層主とジャムの栄誉にあずかれるとは。噂通りの面白いお店だ」
恭しくお辞儀しながら含んだように笑う吟遊詩人は、ロアが残した酒と料理で一息つくと、すぐに合コンチームやテルマたちに囲まれた。
チップを受け取って次の演奏を始める。
俺もお礼の一品を作ろう。
スイートコーン、つまり甘いとうもろこしを使う。
長さを半分に切ったとうもろこしにカツラむきの要領で包丁を入れ粒にする。
容器に入れた粒に小麦粉をまぶしたら、卵と水・小麦粉をよく混ぜた衣と和えてタネとする。
穴の開いたおたまで余分な衣を除き、ばらけないよう静かに180℃の油に入れる。
とうもろこしが浮いてきたら新たに少なめのタネを上からそっと追加する。
1分ほど揚げたら裏返してさらに1分揚げ、もう一度裏返して1分ほど揚げて紙の上で油を切れば『とうもろこしのかき揚げ』の完成。
油に残ったとうもろこしは次を揚げる時にくっつける。
かき揚げを揚げつつ、カウンターに戻ってきたロアに声を掛けた。
「お疲れさん。意外な特技だな」
「自分でも驚きましたが。人間だった頃の身体……いや、魂が覚えていたようであります」
え、どうしてトランペット持ってたの……?
気にしたら負け?
「自分にもああなる可能性があったのかも、しれないのでありますな」
「大団円だったもんな」
「迷宮に来たこと後悔してるの?」
メルセデスがにんまりしながら聞いた。新しいレモンサワーと今揚げたかき揚げをお盆に載せている。
物語のように生きられるかどうかなんて、自分で決められることじゃないよな。
「今は、いい気分でありますな」
ゴクリ。
お盆のレモンサワーを一口、ロアは雨が上がったような顔をした。あ、骨だからわかんないけど――あれっ、ゴクリ?
「あわわ、それ吟遊詩人さんのお酒だよぉ」
「メルセデス、そこじゃねぇ」
「ロアよ、ぬし……」
「――おや?」
数瞬呆けたように見えたロアの目、もとい眼窩から液体がこぼれた。
つまり、
「あわわわ、どうしようエミール君! ロアさんの目からレモンサワーが漏れたよっ!?」
「すっぱくてしゅわしゅわ……飲めたであります……うまい、これもっ、うまい、食えるっ、酒とは、食い物とはうまいでありますなぁ!」
メルセデスは落ち着け。
ロアは立ったまま、勢いお盆に載っていたとうもろこしのかき揚げも食べてしまった。たくさん揚げてるからいいんだけど。
眼窩から溢れたのは涙だ。
泣きながら食ってる奴を止めることは、俺にはできない。
さっきの演奏の心付けってことでいいじゃねぇか。
「それ気に入ったなら、とうもろこしとズッキーニでパスタでも作るぜ。雨の月は案外うまいものが多いんだ。タコの冷菜でも食って待っててくれ」
「エミール君、うれしそうだね」
「うっせーよ。次の皿出すぞ!」
やっぱうちに来たら、食って飲んでもらわないとな。
話がうまく落ちなかったので蛇足的にもう一話続きます。
『とうもろこし』は思い切り地名由来ですが、『コーン』だと伝わらないものがあるので使いました。wikiによるととうもろこしの呼び方は日本だけで267通りあるそうです。
日本の(というか北海道の)とうきびは際立って甘みが強くジューシーなのでかき揚げがゴキゲンです。
北米・中国に次ぐ大産地、中南米で食べられている種類は甘みが少ないそうですが、スパイシーなタレをつけると美味しいそうです。食べてみたいですね。昔々、「名犬ラッシー」の密造バーボンを摘発する話で出てきた「とうもろこしパン」は今でも気になってます(犯人の嘘なので正確には出てきてません)。




