ウニクレソン
ブクマ・評価ありがとうございます。
活動報告にお酒の話を更新しました。ご興味のある方ご覧ください。
雨の月の第二金曜日。王都と同じくこの時期の雨は小ぶりにはなっても止まない。
かといって土砂降りにもならず、朝から降り始めたまま夜8時になってもしとしと降り続けるわけだ。
もうすぐ夏だというのに、北部に位置するアントレの雨は冷たく、先月よりも寒く感じる。
こんな時期は客足も遠のく……かと思いきや、そうでもなかった。
「スープカレーもおいしいの」
「ルーカレー以外もいいもんだろ?」
最近ようやくルーカレー以外にも興味を示し始めたキノミヤは、オクラ入りスープカレーを食べている。
油や小麦粉を使わず、ブイヨンでさらさらに煮込んだ優しい味のカレーだ。いろんな野菜を素揚げにして入れるとうまい。納豆もいい。
俺もルーカレーは作りすぎて飽きてきたし。
カウンターでは他にテルマとビャクヤが、お通しの『キノコのおろし和え』を摘まみながら今日の肴を思案している。
さらにテーブル席では、
「乾杯も済んだところで早速事故哨戒、もとい自己紹介行ってみようぜ、うぇーぃ!」
「「「「「うぇーぃ!」」」」」
先週も来てくれたギルドの受付嬢たちが非番の若い衛兵と合コンを開催していた。
二週間くらい前にこの一帯の迷宮化がギルド経由で公表されたらしい。
人間の客も初顔が増え、衛兵隊からも誰かしら飲みに来てくれるようになった。
グーラとギルド長・代官の会談(娘も来たけど)の時に作った『味付きラム肉の竜田揚げ』。
あれを周辺の警備をしていた衛兵にも差し入れしたところ好評だったのだ。
といっても兵卒は休みが少ないらしく、隊長さんくらいしか顔を覚えていないのだが。
今夜は事前の注文通りお通しは無しで、大皿に盛った『タコとズッキーニのサラダ』と例の『ラム竜田』を出している。今日のラム竜田にはマヨネーズにおろしにんにくとパセリを混ぜた『にんにくマヨ』を添えた。
先週カガチを見て倒れたメリッサという人が早速小皿に取り分けている。
うちで初めての合コン客なので、思う存分盛り上がってほしい。
「これが『めしログ』に載ってたラム竜田ねぇ……あ、食べたことない味! おいしい!」
「アイオリソースも合ってるわね」
エルフの客はこのミーナって人が初めてだったな。
人間の客から「『めしログ』見てきました」と言われることがあって、そのたびに「へ?」って返していたんだが――。
なんとグーラが書いた料理の感想がギルドの掲示板に貼ってあるのだそうだ。そういやたまに書き物してたもんなぁ。
アントレには王都みたいにグルメ情報誌もないから、新鮮なのかもしれない。
なお、『アイオリソース』ってのは『にんにくマヨ』の本家というか、酢ではなくレモン汁で乳化した『にんにくマヨ』みたいなものだ。
今回のことでギルドや衛兵は大忙しだったとも聞いたけど、今のところ人間の客はギルド職員か衛兵がほとんどで、トラブルも無い。
***
「エヴァさんの仕事も大変なんだなぁ……衛兵の仕事? うーん、一言で言うと訓練だな」
「だな! 訓練中の待機も休日にカウントされるから自由が少ないぜ、うぇーぃ!」
「明日から長期遠征訓練だが、その前にこんな美人たちとうまいもの食えて幸せだ! 俺、筋トレしかできない待機日には今日のこと思い出して筋トレするんだ……」
「筋トレはするのかよ……」
揚げ物してて自己紹介が聞こえなかったので、今の発言順に衛兵1、2、3と名付けた。最後にもう一度発言した衛兵1が一番イケメンで発言もさわやかだ。
「長期の訓練ってどのくらいかかるの?」
「えーと、今回は北の傾国、もとい渓谷を踏破するんだろ?」
「その先の山を要塞攻略に見立てて筋肉で登るんだろ?」
「山頂付近で陣地防衛もやるな……輜重隊も巻き込まれてたからひと月はかかるんじゃないか」
「安月給にボロ感謝、もとい官舎なのによくやるのな、うぇーぃ!」
「「「……」」」
メリッサの質問で訓練内容が明かされたけど機密じゃないの? あと衛兵2はパリピなの?
説明を聞いた受付嬢たちは急に静かになり、視線で会話を始めた。
話がついたのか、代表してメリッサが問う。
「ボロい官舎って……もしかして元牛舎の方?」
「そうそう、メリッサさん地元だけに良く知ってるね」
「俺たちの官舎って元牛舎なのかよ、うぇーぃ……」
「俺の田舎にも牛はいたからな。外観見てすぐわかったぞ」
「「「……」」」
官舎がボロいことの何が問題だったのかわからないが、これを境に受付嬢たちのテンションは急降下した。
ぴしょぴしょぴしょ。
じめじめじめ。
静かになると外の雨音がやたら大きく聞こえた。
***
「してエミール殿、合コンとは何だ? ギルド職員と衛兵のようだが、決闘か?」
テルマとともに湯豆腐をつつきながら、ビャクヤが俺に問う。
酒はキノミヤがヨーグルトサワー、テルマは麦焼酎の炭酸割り、そしてビャクヤはクニマーレという酒蔵の清酒だ。
清酒の安定調達は諦めかけていたのだが、店の名が広まったことで声を掛けてくれる商人がいたのだ。
メルセデスの厳しい審査を経て契約に至り、今後はいつでも清酒が飲めるようになった。
「お、おう。合コンってのは男女が出会う目的で開く宴会のことだ。合同コンパニーの略だな」
「エミール君、経験あるの?」
背筋にゾクッときた! と思ったら店長がにんまりしていた。
そりゃ俺も聞いた話だけどさ。
「実家の宿屋でそういうのやる冒険者もいるんだよ。でもあれ、どうして官舎の話で空気悪くなったんだ?」
休みが合わなそうだとポイント下がるのは俺でもわかるけど。
疑問にはテルマが答えてくれた。
「衛兵はね、将来性の有無で官舎を分けるのよ。街の西端にある新しい官舎は将来エリート、迷宮街の牛舎は一生兵卒らしいわ」
なぜ詳しいかというと、テルマは水源開発の件で衛兵隊の幹部と連絡を取り合っているからだそうだ。
「あの合コンはもうダメなの」
ぴしょぴしょぴしょ。
じめじめじめ。
店内にキノミヤの一言がやけに大きく響いた。
てかキノミヤは合コンて知ってたんだ?
***
「さて、身体も温まったが……今日はこの身も刺身の気分ではないな」
初めて来た頃は寒くても凍れ酒なビャクヤだったが、最近では風情を大事にするようだ。
合コンが盛り上がらないのは不憫だが、やみそうでやまない雨のように会話が途切れる日もあっていい。
でも食材の鮮度にはほんと気を遣う時期なんだよなー。
「旬のものは揃ってるぜ。こいつで火の通ったものいってみるか」
そう言って取り出したのは板に乗った折ウニだ。それを見たメルセデスが食いついた。
「ウニ!? エミール君、わたしも! わたしも食べたいっ!」
「……しょうがねぇなぁ」
俺は食糧庫からクレソンを出して根元を切り落とし、葉っぱをちぎった。
バゲットをスライスしてオーブンに入れる。
その間にクレソンの茎をざく切りにしたらフライパンにバターを溶かし、刻んだニンニクを炒める。次にクレソンの茎を加え塩を少々。しんなりしたら葉っぱを加える。
葉っぱはすぐに火が通る。そこへウニを乗せ、つぶさないようにざっくり混ぜ、しょうゆを回しかけて完成。ウニは半生くらいでいい。
皿には炒め汁を残さず移し、端にレモンと焼いたバゲットを添える。
「『ウニクレソン』だ。あと『ゆでそら豆』も食ってくれ。どっちも旬のものだからゴキゲンだぜ」
ウニはシモンの店にはまだ無くて、今朝市場で見つけた。生ウニは痛んでなくても2,3日で溶けてしまう。輸送の都合上、市場で手に入るのは蒸しウニかミョウバンに漬けた折ウニだけだ。
折ウニはちょっと苦みがあるのだが、火を通すならこれで十分だから仕入れた。
「これはテルマちゃんも清酒がいいね。はい、しゅわしゅわする清酒! 低酒精だから飲みやすいよ!」
「これおいしい! 甘みと酸味と炭酸が爽やかで飲みやすいけど、清酒の味がするわ。ウニクレソンにもそら豆にも合うわね」
盛大にねだられてメルセデスの分も作ったのだが、いい酒を紹介できたならまぁよかった。
発泡性の清酒は例によってメルセデスが見つけてきたもので、飲みやすいがすごく希少らしい。
「む、この身もそのしゅわしゅわを所望する。このウニクレソンはバゲットでソースを拭って食うのがうまいな。そら豆との食い合わせもいい」
「ウニとバターの濃厚な味が絡んだシャクシャクのクレソン、おいしいね!」
旬のものだからな。
ニンニクは入れなくてもいいけど、入れた方が皿に残るソースがうまい。
合コンチームにも同じものを出すと、また会話が聞こえてきた。
「このウニクレソンて、ギルド会館のカフェでも食べたいわね」
「あそこのメニューってメリッサが入った時から変わってないんでしょぉ? こういう珍しいの食べたいわぁ」
「今日はカガチ様来ないのでしょうか? またメリッサが気絶するところを見たいです」
「何言ってるのよ、もー!」
「ビャクヤ様も凛々しくて素敵よねぇ」
そら豆を口に放り込むビャクヤを、チラチラと見る受付嬢たち。
つられてそら豆を口に放り込みながらチラ見する衛兵たち。
階層主に対する人間の客の反応はこんな風に遠慮がちなもので、おかげでトラブルはない。
それにしてもさっきから受付嬢たちの内輪ネタしか聞こえてこないんだが。
衛兵たち会話に入れなくてひたすら飲んでるけど大丈夫か?
「やっぱりあの合コンはダメだったの」
ぴしょぴしょぴしょ。
じめじめじめ。
再びキノミヤの一言がやけに大きく響いた。
カウンターの面々も合コンの様子が気になって静かになっちまう。
***
「それにしても、最近ジメジメして鬱陶しいわね……」
「さっぱりした冷菜でも作るか」
温泉に暮らしているらしいテルマでもこの季節は苦手なようだ。
今日はナスがあるからあれにするか。
ナスを丸ごとオーブンで焼く。途中転がしながら皮が焦げ始めるまでじっくり焼いたら氷水に落としておく。
豚ロースの薄切りを一枚ずつ広げ、沸騰する手前のお湯にさっとくぐらせ、火が通ったら氷水に落とし水気を切る。
冷えたナスの皮をむいてヘタをとり、縦長に切って水気を切ったら皿に盛る。その上に豚肉を盛り付け刻みネギを乗せる。
醤油、酢、砂糖、ニンニク、唐辛子、ゴマを混ぜたタレをかけたら『豚肉となすの冷しゃぶ』の完成だ。
作り置きの『タコとキュウリのニンニク醤油和え』と一緒に出す。
「ナスが甘くてトロトロしてるの」
「どっちも冷たいけど元気な味ね。焼酎の炭酸割りにはレモンを絞って……はーっ、ジメジメした気分が切り替わるわね!」
特にテルマが気に入ったようだ。
そして同じものを出した合コンチームは……。
「フロントダブルバイセップス! からのぉ、サイドチェストォ!」
「仕上がってるよっ!」
「「お前もな!」」
すっかり酒で仕上がった衛兵たちは互いの筋肉を讃え合っていた。何この地獄絵図。
今度はメリッサたちが所在なげに無言で飲んでいる。
「どうせならもっとマシな余興を見たいの」
ぴしょぴしょぴしょ。
じめじめじめ。
キノミヤは合コンに嫌な思い出でもあるの?
***
店の空気がどんよりしてしまった……いや、始めからそうか。
ここはひとつ、全部当たりの『ルーレットタコ焼き』でも食わせてみようか――と食糧庫へ目を向けた時。
引き戸がガラリと開き、少し雨に濡れたグーラが入ってきて赤い傘を立て掛けた。
クマのぬいぐるみを抱えながら傘を差して来たようだ。
「やれやれ、今日も降っておるの。よっこいしょー」
おばあちゃんみたいな掛け声でクマのぬいぐるみを絞る。そんなに濡れるまでどこで何してたのか知らないが、ぬいぐるみは床に足が着くと動き出してカウンターの椅子に座った。
あ、クマガルーか。
こいつはテルマが作ったゴーレムだ。六層を出ると凶悪に変身するはずだが、グーラがなにかしたのだろう。
この個体はナイフとフォークの絵が入ったメダルを首から提げているので、特別仕様だろうか。
そしてもう一人、グーラの後ろにやや大柄な人影があった。
「……無理やり外へ連れ出されたと思ったら。飯屋でありますか、グーラ様」
抗議するような男の声だ。
声の主が濡れた外套を脱ぐと――
「骨、いや、スケルトンか!?」
魔術師や宗教関係の偉い人が着るような、豪奢な黒い法衣。そこから白骨化した頭部と手が覗き、合コンテーブルから衛兵の誰かが声を上げた。
察するに、服の下は全身骨なのだろう。
衛兵たちは一瞬構え、受付嬢たちはそれを盾にするように隠れる。
だがここは迷宮の住人も来る店だとすぐに思い出したようで、席に戻った。そもそも衛兵たちは武装していない。
スケルトンというのは戦場跡や墓地に出現する魔物だと聞いたことはあるが、俺も見たのは初めてだ。
「スケルトンとは失礼な! あのようなちんけな魔物とは違うでありますっ」
声を裏返らせながら曰く、スケルトンではないそうだ。
グーラがしっぽの水滴を飛ばしながら言った。
「うむ、こやつは八層階層主・ロアといってな。種族で言うとリッチぞ。人に害なすような理性のない者を外には出さぬ故、安心するがよい」
「然りっ、不死のネクロマンサーにして大魔導師、『砂漠の王』ロアとは自分のことであります!」
ばーん、と両腕を広げ黒いオーラを出しているが、このそこはかとない小者臭はなんだろう。
「ロアが今日も小者臭いの」
「なんとでも言うがいいであります、小さき者よ」
「たいていの生き物はキノミヤより小さいの」
キノミヤの毒舌は気にならないらしい。対するキノミヤも木(世界樹)はロアより遥かに大きいせいか、身長にコンプレックスはないようだ。
ともあれ害がないのなら客だ。
グーラは最近お取り寄せした粕取焼酎から始めるそうなので、グラスは3つでいいか尋ねるとロアが答えた。
「いや申し訳ないが自分、飲み食いはできないでありますよ。骨でありますからして」
焼酎飲んでお通し食べてるクマガルーの横で言われると、説得力ねぇな……。
付近にウニクレソンを出すお店が無いので材料を探し回ったところ、お手頃なのが見つからず食いっぱぐれました。
居酒屋の大将に聞いたところ、今ちょうど安いのが出回らない時期だそうで。
代わりにすごくおいしいものを頂いたので、今度本編でご紹介します。
あとクニマーレは実在の国稀酒造さんの製品と一切関係ありません。