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『ギルドの美食ハンター(1)』

活動報告にとても役に立たないお酒の話を更新したのでよろしければご覧ください。

今回は三人称でお届けします。


お知らせ:迷宮前広場を迷宮広場に変更しました。


 『居酒屋 迷い猫』にて迷宮と街のトップ会談が行われる前日。

 フランベ王国冒険者ギルド・アントレ迷宮区拠点(通称・ギルド会館)の受付嬢・メリッサ(21歳)は、カールした茶髪を揺らしながら午前中の仕事をテキパキとこなしていた。


 受付嬢と言っても男性お断りというわけではない。そもそも仕事は来訪者の用件を取り次ぐ『受付』にとどまらず、冒険者への依頼紹介・依頼内容の精査と受託・冒険者と依頼人の契約仲介・完了報告と報酬の受け渡し・クレームの受付や説得と多岐にわたる。


 その戦場のごとき最前線を切り盛りする『契約課』の女性職員は、ギルドの花形への敬意をこめて『受付嬢』と呼ばれるのだ。


「だからさぁ、メリッサちゃん。依頼で壊れた武器は依頼人が補償してくんないとさぁ。報酬受け取ってもマイナスじゃ食ってけねぇよ」


 巨躯をカウンターに預けてメリッサに詰め寄る、中堅冒険者の男。どうやら討伐依頼に出掛けて武器を壊したらしい。それでも依頼達成して帰ってくるあたり、腕はいいようだ。


 一般人のメリッサの首など、太い腕の一振りで物理的にポッキリいくだろう。この冒険者もそれを知りつつ要望を通そうとしている。


 しかしメリッサはピクピクする上腕二頭筋にも怯まず、笑顔を返した。

 二十歳を過ぎて少し減った気もするが、メリッサに言い寄る冒険者は後を絶たない。この笑顔はそういう笑顔だ!


「それは大変でしたね。だけど武器が無くなっても無傷で帰ってくるなんてさすがです! 依頼人の方もきっと喜びますよ」


 ギルドの経営は依頼人と冒険者の仲介手数料によって成り立っている。よって報酬金を預ける依頼人だけでなく、冒険者もお客様である。

 だから「得物を失うようでは冒険者として二流……!」とは言わない。思っても言わないのだ!


「ですが、この契約内容だと残念ながら補償されませんねぇ。あ、依頼人の方に直接金銭を要求するのもダメですよ、教導課に連行されたくはないでしょう?」


 メリッサのいる契約課の他に、ギルドには財務を監督する経理課・素材や宝物を鑑定する査定課・迷宮情報の収集と分析を行う分析課・所属冒険者の手綱を握る教導課などの部署が存在する。


 教導課には現役時代、達人と言われたレベル以上の元冒険者がおり、揉め事の最終的解決を物理的に行う。そして査定課が金銭トラブルを清算する。


 それに思いいたってか青褪めた冒険者に、メリッサはにこやかに言った。


「でも安心してください。今回は依頼中の事故ということで、こちらのお得なローンをご利用いただけます。今後は依頼中の損害を補償してくれるこちらの保険に加入されてはいかがでしょうか? 武器は買いかえれば元通りですけど、腕や脚だとそうもいかないでしょう?」


  ***


「あ、課長。ギルド発行依頼の報酬額、早く出さないと依頼出せませんよ。昼休憩行ってくるのでここお願いしますね!」


 昼時になって受付の列を消化した頃。

 元経理課で苦労性の上司(50歳・妻子あり)に仕事を急かしつつ受付を押し付け、ギルド会館内のカフェに向かった。


「メリッサ遅い遅いー、お疲れさま~」

「お疲れ様です」


「お疲れ様。土曜日に三人揃うの久しぶりね」


 ここに務めて六年目のメリッサはカフェの料理にもすっかり飽きてしまったが、酒類を提供しないため冒険者も大人しくしているところがいい。


 先に来て席を確保していたのは金髪に青い目のエルフ・ミーナ(132歳)と淡い色の髪に赤い瞳の魔族・エヴァ(49歳)、ともに受付嬢で気の合う仲間だ。歳は離れているが、見た目と精神面は同年代の感覚でつるんでいた。


 ギルドの受付業務は年中無休で朝7時から夜7時なので、出勤日と早番・遅番のシフトが組まれている。

 今日はメリッサとミーナが早番、エヴァが遅番で出勤していた。


 3つの受付カウンターにこの三人が揃った日に限り、昼休憩を一緒にとることができるのだ。ちなみに今、受付は課長が一人で回している。


「このところさぁ、なーんか忙しくない?」


 ホットサンドとカフェラテを注文したミーナがため息まじりに言う。長命のせいか達観していて、日頃ふんわりのんびりしている彼女が愚痴るのは珍しい。


「仕事量は変わりませんが……芽の月の初めから、どこに回せばいいのかわからない仕事が増えてます」


 パンケーキにハチミツをかけながらエヴァも同意した。

 彼女は透き通るような肌とささやくような声という、およそギルドにあるまじき儚げな外面から男性冒険者に絶大な人気を誇っている。

 無表情で素っ気ないところもたまらないらしい。しかも分析課から誘いがかかるほどの才女だった。


 よその支部から異動してきたエヴァが現・人気ナンバーワン受付嬢なら、元・人気ナンバーワン受付嬢はメリッサだ。

 それに関してメリッサに含むところはない。どんなに人気があろうと相手は冒険者だから。どうせロクな男いないから!


「やっぱりさぁ、迷宮関連なのかなぁ? メリッサ何か聞いてない?」


「カガチ様の動向から見ると――風の月からあったやくざ者の抗争は先月片付いたわね。それ以外は特に……いえ、夜の巡回が減ってる。何かあるわね」


 カツレツ定食を食べるメリッサが思い出しながら言った。

 カガチの動向に詳しいのはメリッサに限ったことではない。この街で働く若い女性には裏町の女ボス・カガチに憧れを抱く者が多いためだ。

 決してストーカーではない。


 妖艶な美貌を武器にもせず、配下の男たちを従えて歓楽街で豪快に飲む様と、荒くれどもの揉め事をさばく胆力で裏町のボスにのし上がった(ということになっている)ところが尊いと評判だった。


 巡回、つまり顔役としてあちこち夜の店に顔を出すカガチに、運よく遭遇、あわよくば同席できちゃったらどうしよう、という期待を持って夜遊びするファンも多い。


 そしてカガチが迷宮と通じているということも、ギルド職員なら知っていておかしくなかった。


「でも四日前だっけぇ?」


「裏町で昼から飲んだくれてるカガチ様を誰かが見たそうです」


「気になるわよね……相手の女の素性とか!」


「そんな食いつかなくてもぉ」


 カガチが女連れ(・・・)で店の酒を飲みつくした末に酔いつぶれ、魚臭い荷車で運ばれていった――この話はそれなりの噂になり、酔った姿など想像もつかない人々を驚かせた。


「……おかしな事件ならもっと前から毎日起きてますよ」


「ロビー周辺の集団昏睡現象ね。あれ扱う部署がころころ変わるから困るのよ」


 エヴァとメリッサが言うのは、ここ二カ月ほど毎日のように報告される集団昏睡現象である。

 それは迷宮入口のロビースペース内にいる冒険者と衛兵が、ほんの短い時間記憶を失う現象だ。


 分析課を中心に高位の冒険者の手も借りつつ、魔術や薬物の痕跡を調べたが皆無。

 状態異常対策に定評のある冒険者をロビーで張り込ませたがまんまと記憶に空白があり、持ち込んだ記録の魔道具に手掛かりは残されていなかった。


 怪我や健康被害、窃盗などはない。そもそも不可思議の塊・迷宮で起きる現象なので、結局ギルドも念のため記録するだけの状態だ。

 エヴァが『どこに回せばいいのかわからない』というのはこの関連の報告や書類が主である。


 手掛かりは夕方から夜にかけて発生すること、たまに発生しない日もあり、特に水曜日は一度も発生していないことだけだった。


 静観を決め込んでいたギルドだったが、昨夜、ギルド会館の開いている(・・・・・)扉をピッキングしていた男が捕まったことでやや認識が変わった。


 調べてみると男は飲食店専門の泥棒で、「どこかの店に忍び込もうとした」ところで記憶が消えたと言い張っているのだ。

 昏睡現象が迷宮の外にも広がっていくのなら、看過できない。


「そこでわたしは、『あの店』が怪しいと思うわけよ」


「あの店?」


「広場の反対側にある小さい居酒屋ですね。でもどうしてですか?」


 メリッサが言うのは三カ月ほど前にできた『居酒屋 迷い猫』のことだ。ギルド会館から見ると迷宮を挟んで広場の反対側にある、ご近所さんである。

 不可思議の塊である迷宮ではなく、そんな小さな居酒屋を集団昏睡現象と関連付けたのはなぜか。


「あそこは夕方に店を開けるのよ!」


「なるほどぉ!」


「たいていの酒場はそうですよ……」


 エヴァは簡単に納得したミーナを呆れ顔で見た。

 メリッサもさすがに迷い猫が直接冒険者たちに何かしているとは考えていない。しかし、無関係ではないと確信していた。なぜなら、


「それに水曜日がお休みなのよ!」


「なるほどぉ!」


「……それは確かに……一考の余地ありかもしれません」


 メリッサはおいしいものに目がないお年頃。エヴァとミーナは……もう長いことそういうお年頃! 職場の目の前にできた居酒屋のことは三人とも当然気になっていた。

 だが開店直後の「マズイ・ヤバイ・状態異常もらう」という噂や、武装した衛兵や冒険者が常時行き交う立地、時に彼らの殺気や血の匂いが漂う立地、迷宮が近すぎて『何かに見られている』と感じる立地、ほぼ立地のせいで行ったことのある勇者は身近にいなかった。

 今度はエヴァも渋々同意しながら言う。


「あそこは結構遅くまで開けてるようですが、客が入るところを見た人はいません」


「んー……前を通りがかったら声がして、賑やかそうだったって聞いたことがあるようなー」


 口元に指を当てて考えているミーナの認識はちがうようだ。

 ぼんやりしているように見えて、なんでも器用にこなす彼女は独自のルートで情報を仕入れてくる。年の功である。


「やっぱり一度行ってみないとダメかしら? マズそうなら食べずに出てくればいいんだし……」


 メリッサはカツレツのトマトソースが付いた唇を舐めた。

 そろそろ仕事に戻らないと、受付を一人で回している課長が力尽きる頃合いだ。


 ミーナが情報をつかみ、エヴァが考察し、メリッサが実行を指揮する。最高のチームワークを誇る彼女らに暴けない秘密はない(こともない)。ましてターゲットが飲食店であれば是非もなし、相手にとって不足はなかった。


 そんな彼女らは人呼んで『ギルドの美食ハンター』! 出動かっ!?


「ところでメリッサ、随分がっつり食べたのねぇ」


「……食べすぎでは?」


「朝ごはん食べ損ねたのっ!」


  ***


 定時で仕事を終えたメリッサは迷宮街にある自宅でのんびりした後、再び迷宮前に来ていた。お一人様だ。


 時刻は夜8時、明日はお休み。

 メリッサが休みなのはたまたまシフトが入っていないからだが、冒険者の多くは日曜日、または土曜日と日曜日を自主的に休みにすることが多い。

 そのため迷宮広場を行き交う人に武装した者は少なく、週末の夜を楽しむ姿で溢れていた。


 ――どこもかしこもすっかり変わったわね。広場は前から広場だけど、迷宮の入口は元々小さな祠があるだけで……建物は少なかったけど、何があったか思い出せないわ。子どもだったし。


 メリッサは迷宮が出現する前からアントレ()で生まれ育った地元民だ。両親は畑を売り払って迷宮街で商売をしており、それなりにうまくいっているようだ。

 彼らのように街になっても残っている地元民は数えるほどしかいない。


 12年前に迷宮が出現してから4年くらいの間、メリッサにはいい思い出がない。


 なだれ込むように増える移住者は臭くて怖くて、浮浪者か山賊に見えた。


 村のルールが通用しなくなり、これまで通りの生活は壊れた。


 諍いが絶えず子どもは外に出られなくなった。


 元から住んでいた大人たちは『昔はよかった』と言い、次々に村から離れていった。地価が高騰して簡単に大金が手に入ったせいもある。


 幼いメリッサは怖いところに一人取り残されたように感じたものだ。村を出て仲の良かった友だちを追い駆けたいと駄々をこねたことも、一度や二度ではない。


 それでも両親は村に残ることを選び、メリッサは日々大切なものが失われるような恐怖に、頭から布団を被って耐えた。幼いメリッサに無秩序な変化を跳ねのける力はなかった。


 思えば両親も同じ気持ちだったのではないか。両親は村を出ることこそ、大切なものを失うことだと考えたのではないか。だから無力感を抱えながらも混乱の黎明期を耐えたのではないか。

 それが正しかったかどうかわからないが、そう思いたかった気持ちは今のメリッサなら理解できる。


 村が落ち着きを取り戻し始めたのは、迷宮出現から4年目のことだった。

 理由の一つはギルドが領主から街の運営に大きな裁量権をもぎ取り、インフラやルールが整備され始めたこと。村は()として歩み始めた。


 もう一つは街に集まったならず者たちの組織に対抗する勢力が現れ、一般人が被害を受けにくくなったこと。カガチが裏町に介入して悪い奴らの動きを牽制したのだ。


 ギルドとカガチが表と裏の経済を掌握したことで街の整備は加速し、元通りとは言えなくとも賑やかで平和な日常がアントレに戻った。

 今ではアントレ村より迷宮都市(・・・・)アントレが好きだ、とメリッサは断言できる。


 だからメリッサはカガチへの恩を忘れない。6年前の募集でギルド職員になったのも、いつかカガチの役に立ちたいと思ったからだ。

 そのためにもメリッサは『美食ハンター』のリーダー、しっかり者のお姉さんでいなくてはならないのだ!


 おいしいお店はハンターとして誰よりも早くチェック!

 後ろ暗いお店の噂は裏町に流す!


 今回は集団昏睡現象の調査のために来たので、動きやすい服装だ。

 すっかり様変わりしたとはいえ、そこは地元民(ジモティー)。店で何かあっても追っ手を振り切って裏町の安全な店まで駆け込むのは容易いはず。


 すぐそこにギルドも衛兵隊もあるのだが。

 すでにメリッサの脳内には店の悪事を暴いて裏町に駆け込む自分と、それを迎えるカガチの映像が流れていた。


 物陰伝いに『居酒屋 迷い猫』へ近付く。

 紺地に白い文字で店名の入ったのれんは目の前だ。やや緊張しながら引き戸に手をかけ――


  ***


「――わたし……何しに来たんだっけ……」


 メリッサの目の前には職場、ギルド会館の扉があった。

 広場の時計を見ると8時10分。動きやすそうで地味な服装の自分。食後の散歩にしては空腹だ。


 ――はて、今日の昼は何を食べたっけ? ああ、一人で定食ガッツリいってからかわれ……あ!


「あーっ!」


 やられた。これは集団昏睡現象やピッキング男と同じではないか。

 やはりあの店には何かある、そう確信したメリッサは再度店へ向かった。


  ***


「……」


 メリッサの目の前には職場、ギルド会館の扉があった。

しばらくぼんやりしていると、これで二回目であることを思い出したが、引き戸に手をかけてからの記憶はない。


 やはりあれは後ろ暗い店に違いない。

 もう一度。こののれんの向こうにあるものを、世間の前に引きずり出さねば。


  ***


 もう一度。


  ***


 もう一度、こんどこそ。


  ***


 もう一度。もう一度。もう一度………………。


  ***


「――メリッサ、おい、メリッサ! こんな時間に何してるんだ?」


 肩をゆすられたメリッサが見上げると、夜勤の出勤者と夕食から戻ったらしき当直の管理職が訝し気にのぞき込んでいた。ギルド会館の扉の前だ。

 ハッとして広場の時計を見ると間もなく10時。

 店内に入ることはおろか、中を覗くことすらできなかった。


 その場はなんとか誤魔化して、空腹も屋台で誤魔化して、メリッサは自宅に帰った。


グーラは店からの帰り道、迷宮範囲内を人目を避けてお散歩して酔いを醒ましてから転移で帰ります。だから(ロビーの)昏睡事件は一日一回しか起こりません。

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