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味付きラム肉の竜田揚げ(2)

 今日はグーラと代官、ギルド長の初顔合わせ。

 堅苦しい話もここまでということで、俺は今日のメイン料理を山盛りにした大皿をテーブルの真ん中に並べた。空いた皿を下げたが、これでまたテーブルはいっぱいだ。


「『味付きラム肉の竜田揚げ』だ、こいつは熱いうちに食ってくれよ。エールもいいが、レモンサワーかヨーグルトサワーが合うぜ」


 ようやく料理に手を付けていないことに気付いたらしいデュカ夫妻は、恥じたような顔をした。


「エミールでしたね、申し訳ありません。緊張で箸を付けられないなど……」


 ギルド長がわざわざ頭を下げる。仕事できる感じだけど素はこういう人なんだな。


「でもこれは熱いうちがうまいよ、クラハ。それに他の料理は冷めても味が落ちないもので、会話を止めないよう箸やフォークで食べやすいものを出してくれていたんだね。もっと食べながら、リラックスして話をすればよかったよ」


 代官は腹が減っていたのか、うまそうに他の料理にもあれこれ手を伸ばした。

 「この店を会談場所に指定したのは迷宮側の心尽くしだったわけだ」と言ってもらえたのでよしとしよう。


 メルセデスがにんまりしながら持ってきたレモンサワーを飲んで『太刀魚の南蛮漬け』をつまむと、ギルド長の表情も柔らかくなった。


「突然迷宮化して不便はありませんでしたか? ギルドも代官も人の味方であることに違いはありません。困ったことがあればいつでも我々を頼って下さい」


「そりゃどうも。今のとこ、楽しくやってますよ!」


 グーラたちと揉め始めた時は驚いたが、いい人たちじゃないか。


「さぁ、〆のご飯ものの前に揚げ物焼き物じゃんじゃん出すぞ!」


「はぁい、グーラちゃんたちもまだ食べたりないよね。新しいボトルも持ってくる?」


 ようやく宴会が始まろうとした時、戸口が騒がしくなった。表で何かあったようだ。メルセデスが様子を伺いに向かうと、


「お待ちください、お嬢様!」

「放しなさい、この下郎!」


「わわわっ、女の子!?」


 下郎? 引き戸が開いて言い争う声が聞こえたと思えば、ピンクのドレスを着た子どもが飛び込んできた。そのままメルセデスの後ろに回り込んで盾にする。

 左右に垂れる金髪を揺らしてこちらへ振りむいた少女と、戸口で途方に暮れる若い衛兵の間を俺たちの目が行ったり来たりする。


「テュカ! どうして来たんだい、ヴィクトーは!?」


「お休みの日なのにお父様もお母様も出掛けてしまうから、抜け出してきたのです! またお父様たちだけおいしそうなもの食べて、ずるいっ!」


 少女に駆け寄ったのは代官だった。眼鏡の位置を直したギルド長曰く、デュカ夫妻の娘だそうだ。

 グーラたちも同意したので夫妻の側にもう一席作った。


「テュカ・デュカです! 7歳です! いただきますっ!」


 ギルド長と同じ緑の瞳をきらきらさせながら、テュカも席に着いて食べ始めた。代官は子煩悩なのかニヤケ面で娘を撫でる。親子じゃなかったら通報だな。


「娘の同席を許してもらい感謝する……テュカ、ヴィクトーが探しているかもしれないから、屋敷には使いを出そう。どうしてこんな時間まで食事をとっていなかったんだい?」


「……おいしくないからです」


 テュカはちょっと後ろめたそうに答えた。

 代官のお屋敷なんだから、住み込みの料理人がいるはずだ。うちの居酒屋料理より上等なものが出るだろう。


 ヴィクトーというのは執事だそうだ。後で知ったのだが、店に入るテュカを密かに見届けたヴィクトー氏は代官へのメッセージを衛兵に託して屋敷に帰っていた。

 執事って何者だよ……。


「……残してきた夕食は帰ったら三人で頂くとしよう。いつも一人で食事させてしまっているから、今日は特別だ」


 そうか、味の問題じゃなくて、一人で食べてもってことか。さすが代官、子煩悩は伊達じゃねぇな。

 テュカに酒を出すわけにはいかないのでオレンジジュースを持っていくと、ギルド長が小声で言った。


「騒がせてすみませんでした。本当は娘と一緒に夕食を作る約束をしていて……急に頼んだ料理人にも悪いことをしました」


「へぇ、ギルド長は料理するんですかい、元冒険者なのに?」


 メルセデスみたいなメシマズじゃないんだろうか。

 ギルド長は目をそらして答えた。


「うまくできないので毎週日曜日はろくなものが食べられませんが、テュカも楽しみにしてますし。でもできれば娘に無様なところを見られたくないのですが……ああ、すみません。料理人のエミールにはわからない話でしたね」


「うちの料理はどれもそう難しくないんで……特にこの竜田揚げなんて簡単だから、レシピ持って行ってくださいよ」


 『味付きラム肉の竜田揚げ』は肉屋で買った味付きラム肉を使うので簡単だ。


 味付きラム肉をザルにあけてタレを切り、片栗粉を付けて180℃の油で衣がいい色になるまで揚げて、油を切れば完成。

 お好みで千切りキャベツやピーマンなどの野菜の素揚げ、レモンとマヨネーズを添える。以上。

 揚げるだけなら包丁不要、味付け不要だ。


 実は味付きラム肉に加工した肉屋が大量に余らせて、泣きつかれたので考えた料理がこれだ。

 元々この地方の『ジンギスカン』と呼ばれるバーベキュー料理でよく使われる肉なのだが、店で焼くと匂いがこもるし居酒屋メニューとしてもいまいちだ。

 そこで揚げてみると大皿で提供しやすく、より酒に合う料理になった。


 肉が余った理由は今日予定されていた衛兵隊恒例の大バーベキュー大会の中止で、その原因はまさにこれ、今日の会談の警備だ。

 店にも責任がないとは言えないので考案して、レシピを肉屋にも教えてある。てか誰か先に作ってる人いるよな、これ。



  ~ グーラのめしログ 『味付きラム肉の竜田揚げ』 ~


 今日は貸し切りにしてもらった故、料理は随分と豪華であった。

 『ホタテとネギの焼きサラダ』、『太刀魚の南蛮漬け』、『イカ大根』、『鴨の黒胡椒焼き』、『刺身盛り合わせ』、『ちくわチーズ磯辺揚げ』、『牛肉のたたき』、『だし巻き卵』、『カブの辛子漬け』、『ポテトサラダ』他いろいろと、これだけの品数はこれまで注文したこともなかったの。


 会談のため食べやすく、冷めてもうまいものを少量ずつ並べてくれた。彩もよく、眼も楽しませてくれるの。われの行動範囲で酒と料理が出るのはこの店だけ故、貸し切りを承諾してもらえたのは僥倖であった。


 話が落ち着いたところで出てきた『味付きラム肉の竜田揚げ』は初めて見る料理だの。

 熱々のをひとつつまむ。どれも一口サイズで食べやすい。

 カリカリの衣の中から、くにゅっと柔らかい肉が現れ、肉汁がじゅわっと弾けた! 甘辛い味付けと少し癖のある肉が力強い味を出しておる。


 本来バーベキューに使う肉だと聞いたが、この料理のために作ったかのようにまとまった味であるの。焼いたのより柔らかいし、タレが焦げないところがよい。

 ちょっとだけマヨをつけると……これは罪深いの! パンにはさんでもうまそうな味である。(ピタパンに詰めて孤児院用の差し入れにしました by エミール)


 そしてこれにはエールもよいが、多めの脂にレモンサワーが合うの! と思ったら、肉の味に合うヨーグルトサワーがさらに上を行きおった!


  ~ ごちそうさまであった! ~



「これならわたしにも作れそう、お母様! わたしがお父様とお母様にお料理を作るなんてすてき!」


「そうね、でも揚げ物は危ないから、必ず一緒にお料理しましょうね」


 今度こそ一緒に料理できそうだけど、簡単すぎてギルド長がいいところ見せられないかもな。

 両親と一緒で楽しそうに箸を伸ばしたテュカに、グーラが声を掛けた。


「む、テュカとやら。そのカブは辛いからこっちの卵かポテサラにするがよい……アジの刺身は小骨に気を付けるのだぞ?」


「このちくわにはチーズ入っててうまいぞぉ?」


「ねぇエミール。この子にハニートーストかアイスクリームを追加してくれないかしら?」


 人間の子どもが珍しいのか、テュカがモテモテだ。普段こんなキラキラしたお嬢様を見る機会がないからだろうか。

 そしてグーラはどこのお婆ちゃんだろう。

 俺にはテルマと同じような髪型をしたテュカは『ちびテルマ』に見える。お嬢様っぽいところも似てるし。


 アイスクリームは食後に出すのでハニートーストを作ることにする。

 テュカの方はグーラが飲んでいるレモンサワーに興味津々だ。


「きれー。お母様、わたしもあのきれいなシュワシュワ飲みたいです!」


「お行儀が悪いですよ、テュカ。あれはお酒だから大人になるまでダメよ」


「えー、あの子もテュカと同じくらいなのに……」


 なるほど、炭酸に興味があったのか。グーラが子どもに見えるのは、見かけは全くその通りなので仕方ないな。あとたまに自分のことテュカって言っちゃうわけだ。


「テュカよ、われはこの中で一番の年かさぞ」


「うそ! どうみてもわたしと同じくらいよ」


「愛らしいのは否定せぬが、嘘ではない。見ておれ――」


 グーラがテュカの方を見つめると瞳の奥が微かに光った。するとテュカの椅子も淡く光り出す。椅子の輪郭がぼやけてテュカの身体を押し上げ始めた。

 デュカ夫妻がギョッとして娘を支えようとする。


「わわっ」


「落ちぬようじっとしておれよ」


 店には大人用の椅子しかないので、テーブルがテュカの胸の高さくらいだったのだが、にゅるにゅると変形した椅子は座面が上がりフットレストが付いている。子ども用の椅子だ。


「すごーい! 魔術師なの?」


「魔術ではない。われは迷宮の主故、迷宮の一部である椅子に形を変えるよう命じたのだ」


「迷宮の、あるじ? だからお婆ちゃんみたいな話し方なのね!」


「……」


「グーラちゃん、ありがとう。椅子は予備があるからこれは置いておこうかぁ。はい、テュカちゃんにはシュワシュワするジュースだよ!」


「ふわぁぁ、ありがとう!」


 メルセデスが割り材で炭酸入りのノンアルカクテルを作ったようだ。赤いからグレナデンシロップでも使ったかな?


 テュカの乱入で和んだところで、今度こそ料理を出していく。

 『仔羊のロースト』、『イカのわた焼き』、『エビと野菜のかき揚げ』、『イカ天』、それに定番の『手羽先揚げ 各種』、『ササチー』、お子様用に溶かしたチーズをかけた『ポテトチップス』も作った。


「ところでテルマ殿、治水と水源開発の件を詳しく!」


「いいえアドン、それはギルドで扱うべき案件では?」


「いやいやクラハ、これは領主案件だよ。お、この天ぷらうまいな……それに指名手配犯は今後、衛兵隊の詰め所にでも――」


「そうやって冒険者に支払う懸賞金を減らそうとするから、いざという時冒険者に足元を見られるのでは? あら、このフライいいお味……」


 デュカ夫妻もいろんな酒に挑戦し、宴は盛り上がってなによりだ。

 〆のエビチャーハンと食後のアイスクリームを平らげると10時近く。テュカがうとうとし始めたのでお開きとなった。

 馬車を呼んだ代官は娘を抱いて上機嫌に言う。


「うまい酒と肴に感謝する、迷宮主殿。最後に問おう、迷宮をどこまで広げるおつもりかな?」


「はての。それは迷宮の望む進化次第ぞ。仮に街全体が迷宮化したとして、ぬしらに損はあるまいて?」


「人間をよくご存じだ。そうか、やはり迷宮は進化を望む、か……」


「忘れておったわ。ギルド職員にここの説明をするならこれが役に立つであろ」


 そう言ってグーラは紙束をギルド長に渡した。どこから出したの?


 客と衛兵たちが姿を消し、貸し切りの札を外して後片付けを終えた頃。


「会談は首尾よくいったようだな。刺身をもらおう」

「カレーなの」


「いらっしゃい! 今日は『味付きラム肉の竜田揚げ』もあるぜ」


「それももらおう」

「カレーに乗せるの」


 待っていたかのように客が来た。今夜の営業もまだ終わらない。


 なお、シモンから話を聞いた肉屋は店の前まで来たが、貸し切りの札と物々しい衛兵隊を見て回れ右した。


『ジンギスカンの竜田揚げ』は元調理師、現アニメーターの友人が教えてくれた料理です。マヨにも合います。

チェーンの居酒屋によくある鉄板ジンギスカンはたまに食べたくなります。

ジンギスカンは故郷の料理ですが味付け肉は焦げるしすぐ固くなるのであまり好きじゃないです。生ラムは大好きです。


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