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味付きラム肉の竜田揚げ(1)

遅くなりました。評価・ブクマありがとうございます。

活動報告にお酒の話を更新したので、よろしければご覧ください。

 迷宮前の『居酒屋 迷い猫』に初めて人間の客を迎えた(シモンだけど)三日後の日曜日。

 時刻は夜7時、辺りは厳戒態勢だった。

 店の前だけではない。迷宮広場や周囲の死角になりそうな物陰、路地も完全武装の衛兵が警戒し、通行人は訝し気な顔を店に向ける。

 そして店の引き戸には『本日貸し切り』の札が掛けられていた――というか俺が掛けた。


 店内のテーブル席ではテルマとカガチがグーラの両脇を固め、その対面に身なりのいい男女が着席している。衛兵の姿はないが、何かあれば戸を破って踏み込むつもりだろう――実は迷宮化したから、この店は壊せないらしいけど。


 茶色い真っ直ぐな髪と緑の瞳に眼鏡を掛けた真面目そうな女は、フランベ王国冒険者ギルド・アントレ迷宮統括(通称・ギルド長)、クラハ・デュカ。元冒険者らしく、軽装だが帯剣している。


 金髪に茶色い目の飄々とした優男は北部領アントレ代官、アドン・デュカ。貴族らしい高そうな服装だとしか俺にはわからない。

 二人は夫婦だそうな。二人ともせいぜい三十歳といったところで、肩書にしてはずいぶん若い。


 迷宮を拡張した件を公然化するに当たり、今日は顔合わせとしてグーラの予約でうちを貸し切った。ようは飲み会――いや、トップ会談だ。

 迷宮がオープンしてから十二年間、この街の権力者に挨拶してなかったことを今更思い出したグーラが招待する側なのは当然だろう。


 ちなみに冒険者ギルドは国の組織ではない。

 そもそもは互助組織が乱立していたのが、自然と国ごとに単一組織としてまとまり、各国間も協定で連携しているのだそうだ。


 カガチとテルマがいるのは街に関係が深い、またはこの先関係し得るからで、カガチは権力者夫婦と面識があるらしい。


 「今日は顔合わせ故、酒飲んで縁ができればよい」とグーラは言っていたが、この会談の成否が店にも影響しないわけがない。

 そして現在、席に着いたばかりの権力者夫婦は固い表情のままカガチに紹介を受けていた。

 大丈夫だろうか……?


「まぁ私も妻も二年前に赴任したばかりでね。クラハとは王都で出会って結婚したんだけど、まさか娘を連れて迷宮都市に来るとこになるとは思わなかったよ」


 場を和ませようとしてか軽い口調のアドンは王宮政務官だったそうだ。アントレを領有する伯爵の部下という形だが、実際は王宮のゴリ押し。

 アドンは南部の大貴族・デュカ侯爵家の五男で伯爵よりずっと家格が上だ。領主はやりにくいことこの上ないだろう。


「私も夫同様――いえ、逆ですね。ここは迷宮と冒険者の街、ギルドが主導してここまでの街にしたという自負があります。領主にも王宮にも迷宮を独占させるつもりはない、これはギルドの方針です」


 クラハの言うように、この街は黎明期の街づくりに尽力したギルドの発言力が強い。たいてい街の問題はギルドが出資者を募って冒険者に依頼を出せば解決してしまうからだ。

 その際、仲介料がギルドに入るため税を取らなくても莫大な収入がある。

 元々小さな村で北部領の中心ではなく領主本人は滅多に来ないこともあり、ギルドは事実上のアントレ行政府と言える。


 このクラハは元冒険者だが、貴族で王都の法衣貴族・コルドー子爵家の娘だそうだ。代々王宮の要職に就く譜代で王家との太いパイプを持ち、子爵ながらここの領主より家格は上。貴族と言うのは面倒くさいものだ。


 ちなみに夫婦はそれぞれ、アントレ行きの辞令を受けた当初は伴侶と幼い娘を置いて単身赴任を覚悟していたそうだ。そりゃ二人とも同じような辞令を受けたとは思わないよなぁ。

 その偶然もすごいけど、利害の対立する集団のトップ同士が夫婦ってケンカにならないの?


「何かの陰謀かとも思いましたが、家族でこの街に来られたことは幸運と言う他ないでしょう……しかし、このお店。メルセデス……殿は本当に調理しないのでしょうね?」


 ……。

 ギルド長は店長の料理を食べたことがあるのかもしれない。

 今日はさすがに大人しくエールを準備していた店長は、にんまりして言った。


「久しぶりだね、クラハさん! ほんとほんと、芽の月からずっとお料理はエミール君が作ってくれるよっ、おいしいから期待しててね!」


「そうですか……」


 言葉少なに胃の辺りをさするクラハは、多分風の月に開店した当初、メルセデスの料理の犠牲になった一人だろう。

 ぎこちない態度は緊張というか、防衛本能だな。気の毒に。


 ともかく俺は自分の仕事をしよう。

 お通しは豪華に海の小皿料理三品だ。

 水菜に焼いたネギとホタテを乗せ、しょうゆベースのドレッシングをかけて刻んだゆず皮を添えた『ホタテとネギの焼きサラダ』。

 太刀魚の竜田揚げをタマネギ、にんじん、ピーマンと一緒に南蛮酢に漬けた『太刀魚の南蛮漬け』にはマヨネーズを添える。

 そして味の染みた『イカ大根』は説明不要だろう。


「居酒屋料理ですけど、ご満足いただけるはずですよ」


「では早速――んほーっ、大根もイカも柔らかいのぅ。ほれ、われの焼酎も好きにやるがよい」


 グーラが自分の麦焼酎と米焼酎を出すので、メルセデスはミキサーを用意する。

 デュカ夫妻は乾杯以降、エールをちびちびやるばかりで、グーラたちの様子に注意を向けていた。

 メルセデス料理のトラウマとグーラたちへの警戒心だろうか。料理に手を付けない客は初めてで、やりにくいがどんどん並べていくしかないな。話がはずめば(うっかり)箸を付けることもあるだろう。


「対話可能な迷宮があるという話は聞いていたけど、この街がそうなるとはね。まして迷宮主がうちの娘くらいの姿だとは」


 グーラはなぜか胸を張ってしっぽを揺らした。

 アドン代官は驚いたという身振りでにこやかに話すが、この人目が笑ってない。

 妻のギルド長もグーラを知らなかったようだ。


「カガチ殿が迷宮に属する人ならざるものだという情報は先代から引き継いでいました。黎明期には街づくりに助力を頂き今は裏町を束ね、実質的に迷宮側の窓口であるとの認識です。

 ここに迷宮ができて12年、今になって迷宮主であるグーラ殿から公式に接触してきたのは、なぜです?」


 迷宮主は人語を解するとは限らないし、人間に敵対的な場合もあるそうだ。

 加えてここの階層主は冒険者と本気で戦わず、死んだふりして先へ通している。デュカ夫妻から見れば、得体の知れない不死の超越者に呼び出されたようなものだろう。


 しかもグーラたちは黎明期から街の運営に関わり、裏町を掌握している。そんな化け物と協調して利益を得ようなんて、胃が痛くなるような仕事だ。


「オープン前の準備期間も含めれば12年どころではないがの。われも元は人と距離を置くつもりでおった。だが裏町に介入して以来、人の子と関わることが増え、頃合いかと思うたまでぞ」


 自己紹介タイムは終わったのに、どっちも出方をうかがうばかりで話が弾んでないな。盛り上がらない合コンみたいに酒も料理も進んでない。テルマやカガチでさえ借りてきた猫のように大人しかった。

 ……じれったいな。


「よし、店長。次の料理は一気に出すぜ!」


 鴨のムネ肉に塩と粗挽き黒胡椒をふり、皮目から焦げ目がつくまでじっくり焼いて冷ましておいた『鴨の黒胡椒焼き』は、スライスして白髪ネギを添える。


 『刺身盛り合わせ』はアイナメ、アジ、舌平目、イカ、ホタテだ。


 ちくわの穴にチーズを詰め、青のりを混ぜた衣で天ぷらにした『ちくわチーズ磯辺揚げ』とこの間も作った『牛肉のたたき』。


 そして箸休めに『だし巻き卵』と、カブを練がらしとしょうゆで漬けた『カブの辛子漬け』、『ポテトサラダ』も出す。

 今日はお通し以外、大皿から取り分けてもらうことにした。「同じ釜の飯を食う」と言うし、その方が打ち解けるだろう。


「それにの、実は地上のこの辺りまで迷宮は広がっておる」


「「!?」」


 料理の勢いに乗ったのか、グーラは燃料を投下した。

 『鴨の黒胡椒焼き』を頬張りながら麦焼酎のロックをくぴっとやり、あくまで酒の上の話スタイルは崩さない。

 デュカ夫妻はエールを噴き出しかけ、代官の方はキョロキョロと店内を見て、こっちをチラ見した。


「おいおい、グーラ殿。ということは今、我々は迷宮の中にいるのかい? じゃあこの店の店員は……」


「いや、エミール君とメルセデスはただの人の子だぞ。あたしが保証する」


 カガチの言葉にギルド長はメルセデスを見て目をすがめた。

 「ただの?」って気持ちわかるわー。

 ギルド長は眼鏡の位置を直すと、グーラたちに鋭い視線を向ける。眼鏡が光った。


「最近ギルドにおかしな事件の報告があります。夕暮れ以降、ロビーにいる冒険者や衛兵の記憶が一瞬途切れるそうです。時間にして一分にも満たず実害も報告されていませんが、ほぼ毎日起きるにも関わらず未だ詳細不明となれば看過できません。

 もしや迷宮が広がったことと関係が――」


「直接の関係はないの。それはわれが出入りする時に居合わせた者が《魅了》にかかっただけ故。お外に出ても行く先はこの店と決まっておるがの」


「「!?」」


 グーラは存在するだけで《魅了》を振りまいてしまうため、階層主たちのように《気配遮断》や《認識阻害》で隠形すると余計に目立つのだそうだ。


「ぬしらは大丈夫なようだから安心するがよい。護符(タリスマン)でも持っておるのであろ?」


 確かにデュカ夫妻におかしな様子はなかった。俺と同じく強力な護符を持っているのだろう。

 ギルド長はまた眼鏡の位置を直しながら言った。


「それは……仕方ない……ですね。実害は無いとのことですし。

 他にもおかしな事件が二つ、心当たりないでしょうか? ひとつはギルド会館をトイレと間違えて入ってきた酔っ払いがいました。幸いすぐに気付いて奥のトイレに駆け込んだそうですが、あまりに不自然な間違えです」


 もうひとつはさらに変な事件だった。

 営業中のギルド会館の開いている(・・・・・)扉を慎重にピッキングしていた男が捕まった。調べてみると男は飲食店専門の泥棒だったそうだ。


 泥棒は「どこかの店に忍び込もうとした」ところで記憶が消えたと言い張っていた。余罪も認めたことから嘘はついてないのだろうが、不可思議な珍事として皆首を捻っているそうだ。

 どちらも一昨日、金曜日のことだという。


「トイレ男は知らぬがコソ泥はこの店に向かっておったのであろ。以前は《人払い》しておったのだが、『迷宮に敵意がなく、店の酒と料理が目当ての者だけが入れる』と条件を設けての。条件に合わぬ者はギルド会館前に転移させておる」


 条件は木曜の夜に俺が頼んだことだった。

 お客なら誰でも歓迎したいのだが、『お客って何だろう?』と思ったらそれしか考え付かなかった。『迷宮に敵意がなく』というのは俺たちの安全を考えてグーラが付け足してくれた。


「そうか、迷宮化するということは、そういうことも可能になるのか……つまり君たちは、この伯爵領アントレで領主に断りなく私有地を広げ、不可解な事件を起こしたことになるな」


 代官が苦い顔で言った。ついに牙を見せた、というべきか。顔合わせの予定が随分と踏み込んでいるように見える。

 一方グーラは『ちくわチーズ磯辺揚げ』にパクつくと、


「そもそも迷宮自体勝手に生まれたものであるからの。もっと言えば、この国ができる遥か以前より在るわれらに、人の子の国とやらに属する謂れもないわ」


「なにを――」


「待って、アドン!」


 一瞬気色ばんだ代官をギルド長が抑えた。

 背筋に伝わる寒気にグーラたちを見ると、テルマの眼は赤く光り、カガチの口からは牙がのぞき紫色の靄が漏れ出ている。そしてグーラのしっぽが何本にも増えていた。

 何より存在感が膨れ上がったように感じる。背後に映る影がやけに大きく見えた。


「……表の兵、いえ街中の冒険者を総動員しても、この方たちに勝てません。他にも階層主や魔物がいることを考えると、領軍でも相手にならない」


 さすが冒険者の長、冷や汗をかきつつもテーブルに立て掛けた剣は抜かず、席も立たない。

 ただならぬ気配だったのだろう、引き戸の向こうから何かあったかと声を掛ける衛兵に、クラハギルド長は何でもない、と返した。

 アドン代官も青ざめつつ気を取り直したようだ。


「いや、失礼した。僕は根っからの文官でね、なんでも人間の尺度に押し込めてしまうから妻にもよく叱られる。

 言われる通りだ。迷宮に対して領有権を主張するのは『竜に向かって空の所有権を主張する』ようなものだな」


「よい。堅苦しい話はこのくらいにして、酒と料理を楽しもうぞ。なにやら良い匂いがしておるわ!」


「あ、グーラ様! ギルド会館や衛兵隊本部も迷宮になったこと、言い忘れてるぞ?」


「わたしが治水・水源開発に手を貸す話もしてないわよ?」


「そうであったな。あとこれまで迷宮に来た指名手配犯はロビーを無限ループさせておったが、今後はギルド会館に捨てていいかの?」


「「待って! 今なんてっ!?」」


 グーラたちの様子はすでにいつも通りだった。

 話打ち切っといて最大の燃料投下するなよ、デュカ夫妻が不憫だ……。


 さて、今日のメイン料理が仕上がった。


葉の月(ぶっちゃけ五月)はなぜか話数多い気がします。

GWを設定しておくべきだったか……。

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