肉料理おまかせ3点コース(2)
評価・ブクマありがとうございます。
活動報告を更新しましたのでよろしければご覧ください。
毎週木曜日の店内は魚祭りだ。
そんな中で肉にかじりついている少数派は、シモンだけではなかった。カガチとキノミヤを挟んで向こうに座るグーラだ。
グーラはなぜか時折シモンへ鋭い視線を向けていた。
~ グーラのめしログ 『肉料理おまかせ3点コース』 ~
エミールが珍しくコースを出すというではないか。これは便乗せざるを得まい。ここはひとつ、この店に初めて人の子が来た慶事をともに寿ごうではないか。神の祝福であるぞ? 皆忘れておるやもしれぬが神であるぞ!
さて、一品目の『手羽先揚げ』は最早説明不要のうまさであるな。迷ったらこれ、食い足りなかったらこれ、の定番である。
シモンとやら、一品でこの店の良さをつかむとはなかなかやるではないか。
シモンはカガチの息のかかった人の子であるな。ならばわれらの素性も明かしてよかろう。
それにしてもこやつ恐ろしい面よのぅ。冒険者でもここまで威圧感のある者はそうそうおらぬ。一人でおトイレ行けなくなってしまうではないか!
そんな猛者もカガチたちがしっかり仕上げた故、へべれけになっておるわ。こうなってしまえば、お可愛いものであるな!
二品目は『仔羊のロースト』であるが、鉄の皿の上でじゅーじゅーいっておる。新しい趣向であるの。
野菜と一緒にハーブをかけて焼いた骨付き肉、実に肉肉しい!
ラムチョップは手羽先同様、この街の酒場ではありふれたものであるが、こんなにうまそうなのは初めて見たのぅ。
手に持ってかぶりつくとハーブの香りと肉汁が広がる。肉はふんわり柔らかく焼き上がっておるが脂身はくにくにした食感があった。
見た目に反して薄味である故、仔羊の脂の甘みが実に魅惑的であるの!
断面はピンク色に留めた焼き加減で、ほろほろと骨から剥がれる。
麦焼酎モヒートを飲めばライムとミントが脂を洗い流す。このミントの香りはラム肉とよく合うの。メルセデスの仕業であったか。
熱々の野菜はハーブの香りと脂を吸っていて、他に味付けされていないにも関わらずうまい。特に甘酸っぱくなったトマト、これがまたラム肉とよく合う。
手羽先揚げのホッとする味とはちがい、異国に来たような心躍る品であった!
二品目にここまで変化を付けるとは、エミールの奴、腕を上げおったな。
大きな酒場よりも丁寧な仕事、高級店にはない庶民の味、レストランよりも酒の肴に寄せた料理。酒飲みたいが腹も減った、飯とも酒ともつかないそんな気分で入るにちょうどいい店になっておる。
これまで酒場と居酒屋の違いなど気にしたこともなかったが、こういうものであったか! (実家の宿屋もこんなだから by エミール)
ついに三品目……む? どんなすごい肉が出てくるかと思えば、作り置きではないか。しかも前菜に出すような冷えた品であろう。
刺身のようにスライスして出してきたのは『牛肉のたたき』とな。確かに焦げ目からの美しいグラデーションは、『カツオのたたき』を薄くしたように見える。しかしこれは肉、しかもほぼ生肉ではないか。
いや、エミールのこと故、ただの生肉ということはあるまいて。
まずは色の濃い方のタレを付け、薄切りタマネギと一緒に頂く――これはうまいの! 甘辛くニンニクの効いたタレが、香ばしい肉の焼き目とくにくにした内側の両方に絡みつく。これは漬けダレと同じものか。シャキシャキしたタマネギの香味と肉の力強い味、そしてタレの元気な味。
見た目に反して主張の強い品である!
次は色の薄いタレを付ける。これはポン酢か。生肉の脂は少量でもくどく感じるものであるが、柑橘の香りと酸味でサッパリと頂けるの! 今日の小雨を吹き飛ばすように力強くも爽やかであった。
こうして生肉の風味と食感を楽しんでおると、生命を頂いておると実感する……われには栄養とか不要であるが、魂の話だの。
してこれには麦焼酎のロックであるか。確かに噛むほどうまみが出てくる故、ゆっくりちびちびやるのが合っておるの。
コースと言っておったが、これは杯を重ねることを考えておるのであろう。やるではないか!
三品とも性格のまったく違う料理でありながら、しっかり肉を味わわせてもらった。
~ ごちそうさまであった! ~
「ところでよ、この先、俺みてぇに人間の客が来たらどうすんだ?」
シモンが人間やめたような目で言った。飲みすぎだ。
確かにグーラたちの自己紹介がなくても、ここの常連客が人ではないことは知れるだろう。
シモンは俺たちやカガチとキノミヤを知っていたから順応できただけで(すぐ酔っ払ったし)、何も知らない客が来たら騒ぎになったかもしれない。
「今のところ街の人間はこの店の評判を知らねぇから、誰も来ないんだろうけどよ。風の月に開店した頃、何人か病院送りにしたって変な噂もあったし」
開店直後にメルセデスが調理していた頃の話だろう。店長を睨むと音の鳴らない口笛を吹いていた。
「俺が卸売の会合で今日の報告をすりゃ、食い意地の張った肉屋辺りは来たがるぜ。そのうちエミールの知らない奴も来るだろう。なんなら会合でははぐらかしといてもいいが、どうするよ?」
「なるほどのぅ、われらを迷宮の魔物だと思えば攻撃をしかける冒険者もおるかもしれぬ」
「店でケンカは困るなぁ。どうする、店長?」
人間の客にも来てほしいと思いつつ、それは考えないようにしていたことだった。
話を振られた店長はキスの天ぷらを飲み込んでにんまりする。
「大丈夫じゃないかなぁ。ここ普通の人は入れないみたいだし」
「え?」
ギクリと肩を震わせたグーラがグラスを置いた。
「気付いておったか……実はわれが最初に来た時、そのような制限を設けておっての。われらか、ぬしらに招かれていない人の子はこの店に入れぬ。ぬしらが望むのであれば制限を外すがの」
そういやシモンには何度か店に来いって声掛けたな。そうすると孤児院の院長や肉屋も入れそうだ。
てか何してくれてんだよ、道理で人間の客が来ねぇと思ったよ。グーラを睨むと音の鳴らない口笛を吹いていた。
メルセデスは気付いてたんだな。
「黙っててごめんね、今は必要かなぁと思って。それにみんなたくさん食べてくれて楽しそうだから、これでいいかなって。でもエミール君はいろんなお客さんに来てほしいんだよね?」
俺も二言目にはそう言ってたけど、実際どうなんだろう。グーラがこの店を守るためにそうしてくれてるのはわかる。
一人で十人前は飲み食いする客もいるので店の経営は成り立ってるし、俺も思う存分料理ができてる。
皆グーラやカガチみたいに長生きなんだろうし、守ってくれるくらいだから、突然飽きて店に来なくなることもないだろう。そもそもここは迷宮の一部だし。
それになにより、今は店の雰囲気がいい。俺の料理も楽しんでもらえている。これはひとえに今の客層のおかげだ。
人間の客を入れるのは、今のお客にとって居心地のいい場所を壊すことじゃないだろうか。
俺のわがままでしかないんじゃないだろうか。
「エミール君のやりたいようにして、いいんだよ? ある程度の制限は残してもいいんだし」
「うむ、われもいろんな客が来る方が楽しいの。この店も迷宮の一部故、それも迷宮の進化である」
店長もグーラも、他の皆も背中を押してくれた。
そうか。せっかく入店制限ができるのだから、うまく使って冴えたやり方を探せばいいか。
***
「しかし迷宮ってのはそんなコントロールができるんだな?」
誇らしげに胸を張ったグーラは、ふさふさのしっぽを大きく揺らした。
「うむ、この辺りは迷宮であるからの。当の迷宮入口も冒険者ギルドに張り出された指名手配犯は入れないようにしておる。あとは……ビャクヤの氷像を壊したパーティーがおっての。ビャクヤが殺しかねぬ故、ひと月ほど出禁にした」
氷像って何?
アイナメの刺身を楽しんでいたビャクヤは悔しそうに言った。
「この身が彫ったクマさんの氷像だ……奴らにとどめを刺せなかったことが悔やまれる」
「出禁にする前に一度ボコってるんじゃねぇか……入れないってのは具体的にどうなるんだ? 扉が開かないのか?」
「それだと入れる者と一緒に入ってしまうからの。どこに行こうとしていたか忘れたり、いつの間にか違う場所に出たりする。細い路地を抜けたり角を曲がった途端、どこにいるかわからなくなったことはないかの?」
ねぇよ。でもガキの頃に聞いたような話だな。
神隠しとか眉唾だと思ってたけど、迷宮が絡んでいればあり得ないことじゃないのか。俺も攫われたことあるし。
カレーライスを食べているキノミヤを見ると、
「古木の洞に入ったら入口を閉じちゃいけないの。消えちゃうの」
なにそれ怖い……!
「あー、急に酒が回ってきたぜ……迷宮がどうしたって?」
さっきから酔ってたぞ。
眠りから覚めた猛獣のような顔をしたシモンは、まだ聞いてなかったか。
てか飲みすぎだろ。階層主と同じペースで飲むと人間辞められるぞ。
「うむ、ここら一帯は地上も迷宮の一部となっておる。故にわれの管理下で人払いもできるわけだの」
「あたしの『薬カガチ堂 迷宮前店』は実は『迷宮店』なんだぞ」
「えっ? えっ?」
シモンは次の獲物を探す野獣のようにキョロキョロしたが、ここに魔物は出ないぞ。
さて、本題に戻ろう。
「迷宮の幹部と冒険者が鉢合わせすると危ないのはわかったけどさ、店が迷宮だとなんか問題あんのか?」
「うむ、例えばここに大掛かりな魔道具を設置すれば、迷宮の魔力で動かすことができるの。無論われが邪魔するが。
魔術ギルドなどは迷宮の研究をしている故、黙っておらぬだろうし、そうなると利にさとい商人が先手を打つだろうし、その商人は荒事に冒険者を雇うであろう――と思ったがの。
前の広場や冒険者ギルドの建物も迷宮化しておる。わざわざこの店にちょっかいださぬであろ」
「それにわたしたちは冒険者の相手なんて毎日してるんだから。襲ってきたってどうとでもしてやるわよ」
グーラとテルマの話を聞く限り、結局いつも通りじゃねぇかな?
だがカガチの意見は違った。
「あー、グーラ様。冒険者ギルドにはそろそろ話を通した方がいいかもしれないぞ。領主が知ったら『迷宮ならば出入りを管理する』って言いかねない。その場合にこっちの味方が欲しい」
「うむ、そういえばわれ、ギルド長とやらに会ったこともないしの。挨拶ついでにギルド会館が迷宮化したことを教えてやるか!」
なるほど、さすがは迷宮の渉外役、というか裏町のボス。後の交渉のことも考えてるわけだ。つーかそっちの話の方が先じゃないだろうか。
しかし領主――貴族なんて面倒くさいのとは関わりたくもないな。
メルセデスを伺うように見ると、にんまりして言った。
「迷惑なお客さんが来たら、わたしが懲らしめるから大丈夫だよ、エミール君!」
『迷宮地上階・居酒屋 迷い猫』の階層主の太鼓判だ。
腹を決めた俺はグーラにお願い事をすることにした。
「決めたぜ、当面積極的な客寄せはしない。でも人間が来たら断らない、もちろん人間じゃなくても客なら歓迎するよ。なぁグーラ、入店制限はちょっと変えてくれねぇか――」
シモンが生まれたての小鹿のような足取りで帰る頃、夕方から降っていた雨は上がり、外はリラの花の香りがした。
ああだこうだ言っても、今までとそう変わらない予感はしてるんだよな。
このエピソードはこれで終わりです。
エミールがどう決断したかは次のエピソードで明かした方がいいかなぁ、くらいの目論みで次回は『ジンギスカンの竜田揚げ』(仮題)。
なおこのお話、原案では食べ歩きか、迷宮内にできた居酒屋の話にしようと思っていました。




