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肉料理おまかせ3点コース(1)

遅くなりました。自転車操業の焦燥感……!

評価・ブクマありがとうございます。

 『鬼料理 ホオズキ』の一件があった翌日。夕方から降り始めた小雨はまだ止まない。

 しかし今日は『おいしい木曜日』。8時現在、カウンターにはグーラからカガチまで常連5人が揃っていた。昨夜もなかなかいい魚を仕入れられたので、気合を入れて仕込んだ甲斐があったってもんだ。


「『キスの天ぷら』お待ち!」


「これよ、これ!」


 とテルマが二皿目を受け取った時、入口の戸がガラリと開いた。テイクアウトしにくるテルマの部下だろう、彼女らも最近木曜日を外さなくなっている。


「いらっしゃい!」


 反射的に声を掛けたが、入ってきたのは別人だった。


「よぉ、エミール。この店ほんとに開いてたんだな」


「シモンさんいらっしゃ~い」


 そう、やってきたのは雨に濡れたナマハゲ――いや、悪人面の魚屋シモン、昨夜魚を仕入れに行った卸売店の店主だ。


 シモンはアントレから馬車で2日ほどの港町・ポアソンで、その日獲れた魚介を仕入れ、携帯用アイテムボックスに詰め込んで帰り、競りにかけるという商売をしている。この街で一番新鮮な魚介を売る男だ。


「シモンじゃねぇか、木曜日は仕事休みだっけ?」


「ああ。月曜か火曜の朝戻ってきた船から仕入れるからな。向こうで他の用がなければ今日明日みたいにゆっくりできるぜ」


 魚の仕入れもシモンが言うと違法なものの取引に聞こえるからすごい。

 ポアソンまでの街道は割と安全なので途中で宿をとらずに野営する場合もあって、日程に余裕ができるそうだ。新鮮なうえに目利きの腕もいいので儲かっているのだろう。その気になれば高級店で全量買い取るという話もあるらしい。


 それでも競り方式を変えないのは卸先を偏らせないためだそうだ。

 卸先が買った分の魚を使い切れるかの見極めまでまでしていて、新参の『居酒屋 迷い猫』など最近まであまり売ってもらえなかった。


 そのシモンも孤児院でのひと騒動以来、量を増やしてくれている。おかげで今日のおすすめは魚がいっぱいだ。

 シモンは入口近くのテーブルに座った。座っただけなのに借金取りに見えた。


「という訳で飲みに来てやったんだが……意外というか当然というか、酒場にしては小せぇ店だな?」


「まぁな。俺も雇われた時はそう思ったぜ」


 アントレは迷宮都市だけあって、冒険者パーティーが装備を付けたまま入れる大きな酒場が人気だ。そういう店はすれ違いざまにぶつかって喧嘩にならぬよう、テーブル同士の間隔を広めにとってある。


 実家の宿屋では客の半数が冒険者で、俺も度々相手にしていた。

 ああいう店では騒がしい中で注文を聞き取り、ボリュームのある料理を手早く提供するのが大事だ。

 奴らは男女問わず大食らい・大酒飲みが多く、声が大きくて気が短い上に腕っぷしが強いのだ。

 元冒険者らしい店長のメルセデスも例にもれずだ。普段はアホだし、ゆるゆるふんわりしているが……俺がキノミヤに攫われるとグーラを人質に取るなど、沸点の低いところがある。


「でもこれが案外、今の客層と俺の性に合ってんだ」


 居酒屋は居心地が大事だからな。今の常連客たちが作っている雰囲気や、客と近い距離で好みを考えながら調理できるところは気に入っている。

 最初は人外の味覚なんてわからん、と思ったものだが――そういえば。


「て、店長、店長! 人間の客って初めてなんじゃねぇか!?」


「エミール君来てからは初めてだね! シモンさんは昨日も会ったから気付かなかったよぉ!」


 俺も毎週顔合わせてるから違和感なかったぜ!

 当のシモンは「何言ってんだこいつら?」と何人か殺ってそうな顔をしている。

 さっきからこっちをチラチラ見ていた常連客からも声が掛かった。


「よぉ、シモン。相変わらず人相わりぃなー。そんなとこ座ってないで、こっち来いよ! カガチ姐さんの隣が空いてるぞ?」


 シモンはニヤリと凶悪な顔をして頭をかきながら席を移った。ちなみにシモンが悪いのは人相と口だけで、善良な男だ。

 お通しとおしぼりをすっかり忘れていた俺は、慌てて厨房に戻る。


「ウス、姐さん。昨日は裏町で酔いつぶれて荷車で運ばれたってホントすか? いやぁ、珍しいっすね。いつもは樽で飲んでも酔わねぇのに」


「……そういう日もあるぞ。まぁ飲め、この麦焼酎はあたしのボトルだぞ」


 シモンは人相が悪いだけで善良な男だが、一言二言余計な奴だ。特にカガチの前だと口が滑りやすい。

 魚料理に麦焼酎を合わせていたカガチに新しいグラスを渡すと、氷の上からドボドボと注いだ。

 シモンは今日、自分の足で帰れるだろうか。


  ***


「そういや桜の時の『木の嬢ちゃん』もいるな。客は全員迷宮関係なのか?」


「そうだぜ。この5人の他に持ち帰りで注文してくれる客もいるけどな」


 『木の嬢ちゃん』はキノミヤのことだろう。顔の割りに酒は強くないのか、早くも赤ら顔のシモンが言った。

 今日のお通しの『アイナメの煮付け』をつつく。


「卸売りの連中ってのは卸先の情報交換してるもんだけどよ、おめぇんとこには誰かが行ったって話がねぇ。なのにこの2カ月注文は多いし安定してやがる。

 市場の連中は気付いちゃいねぇが、肉屋は不思議がってたぜ? 実は違う場所にもう一軒あるんじゃねぇかとか、密かに巨大な魔物を飼っててその餌にしてんじゃねぇかとか、ほとんど都市伝説だ」


「えーっ、うちに魔物なんていないよぉ!」


「腹に魔物を飼ってる店長ならいるな」


「しくしくしく……」


 カガチの炭酸水と氷を補充した店長が抗議した。

 大方、シモンは卸売り連中の代表として様子見に来たんだろうな。

 一応店のシステムを説明しておこう。


「メニューは壁の黒板にある定番かおすすめな。書いてない料理も酒も大雑把に注文してくれれば作るぜ。酒は一通りあるけど今は焼酎が人気だな。常連客はボトルキープしてるから気が向いたら試してくれ」


 さて、シモンのことだ、目当ては魚だろう。

 今日のおすすめは天ぷらが舌平目とキス、刺身はイカとアイナメ、エビはでかいのが入ったからニンニク炒めかエビフライだ。


「いらっしゃい!」


 テルマの部下たちが来て、天ぷら盛り合わせを持ち帰りで注文した。

 今日はアイナメが特にゴキゲンなので、これとエビも盛り合わせに入れよう。


「全部俺が売った魚じゃねぇか。地味だが奇をてらわねぇ、いい献立だな。魚の活かし方をわかってる奴じゃないと、こうはいかねぇ……ところでよ、肉料理はあそこに書いてるのだけか?」


 天ぷらを揚げる俺の手がちょっと止まる。

 今日の肉料理は定番メニューの『手羽先揚げ』、『ササチー』、『から揚げ』だけだ。仕込み中のものは他にもあるけど。

 シモンはカツアゲしたそうな顔で言った。


「実はよ、仕入れでポアソンに行くたびに魚食ってるから、こっちにいる時は肉食いてぇんだ」


 聞けばさすが漁港の街だけあって、高級店から素朴な漁師料理の店までうまい魚料理に不自由しないそうだ。それも産地特有の雰囲気で余計にうまく感じるという。俺も何日か店閉めて食いに行きたいなぁ。


 一方アントレは「冒険者は肉」というイメージから肉料理推しの店が多く、元々この辺りは牧畜が盛んだったせいもあり肉料理の街になりつつある。

 だから俺も肉料理は余分に準備して研究していたところだった。


「今日の客はシモンの魚目当てだからメニューには載せてないけど、作れるぜ。『肉料理おまかせ3点コース』でいいか? 酒も一杯ずつセットだ。嫌いなものあったら替えるから」


「ありがてぇ話だな。じゃそれ頼むぜ」


「はいよ!」


「のぅ、エミールよ。それわれも食いたい」


 舌平目の天ぷらにバジルソースをつけて齧りついていたグーラが興味を持ったようだ。

 俺は紙に包んで持ち手を付けた天ぷら盛り合わせを、メルセデスに任せた。瓶に入れた天つゆも持って行ってもらう。


「はいよ。じゃあ作ってる間、お互い自己紹介でもしててくれよ」


 「うむっ」と元気のいい返事が返ってきたので、迷宮関連の説明はグーラに丸投げして調理時間を稼ぐ。


 まず定番から『手羽先揚げ・甘辛味』を作る。

 手羽先を揚げて油をきってる間に二品目の用意だ。バットに塩と黒胡椒をふり、その上にラムの骨付き肉、ラムチョップを並べもう一度塩と黒胡椒をふる。ラムチョップとは仔羊のロースの塊、ラムラックを骨ごとに切り分けたものだ。

 さらにタイム・ローズマリー・パセリ・セージの乾燥粉末、キノミヤハーブミックスをふりかけ、スライスしたニンニクを乗せる。

 オリーブオイルを振りかけてマリネしたら2本ずつ昨日買った鋳物皿に並べる。ミニトマトとブロッコリーと玉ねぎも一緒に並べて置く。


 230℃に余熱したオーブンに皿ごと入れて15分ほど焼き、粒マスタードを添えて完成――だがその前に手羽先揚げを出した。

 タイミングよくメルセデスがレモンサワーを持ってくる。


「これは定番メニューにあった手羽先揚げだな? おい、まさか定番の揚げ物が3つ出てくるんじゃねぇだろうな?」


「違うに決まってんだろ。最初は定番食ってほしいからそれ出したんだよ、早く出せるし」


 シモンはごつい手を手羽先揚げへ手を伸ばし――引っ込めた。熱いからな。


「この街じゃどこでも食える料理だが……あちちっ。揚げたてってのは酒場じゃあんまりねぇな。そうか、少ない席数で作りたてを待たせずに出すのがこの店の売りだな? んぉ、こいつぁレモンサワーに合うなぁ」


 そうそう。さすがにタイミング見て提供するコース料理は今日だけだけど。

 さて、予想通りシモンは食うのが早い。巻き気味に調理したのでラムチョップはもうすぐ焼き上がりだ!


  ***


「『仔羊のロースト』お待ちっ、皿熱いからな」


 皿を傾けて余分な油を吸い出してから、ジュージューいってる鋳物皿を木皿に乗せて出す。

 メルセデスは麦焼酎モヒートを出した。ラム酒があまり手に入らないからだが、これもなかなかうまい。


「こいつぁうまそうだ。野菜も一緒に焼けてるところが粋だな。この酒も爽やかで合いそうじゃねぇか!」


 ラムチョップはこの街だと手羽先揚げ以上にありふれた食材だが、お気に召したようだ。

 迷宮の幹部たちを紹介され何度も乾杯していたので、シモンの顔は街中の子どもたちを攫いに来た凶悪犯のように仕上がっていた。

 俺は保温庫から最後の品、今朝仕込んだ『牛肉のたたき』を取り出した。


 新鮮な牛モモ肉のブロックに塩コショウをしっかり刷り込み、強火で温めたフライパンで表面を焼く。合計2,3分、表裏と側面全体に、少し焦げ目がつくくらいだ。焼いた肉は容器に入れて蓋をして10分休ませる。

 使ったフライパンを軽く拭いて酒、みりん、しょうゆ、おろしニンニク、おろしショウガを入れ、火にかけ煮立ったら濡れ布巾の上に置いて粗熱を取る。

 肉を入れた容器にそのタレを流し込み、保温庫に入れて5℃くらいで1時間以上寝かせる。ここまでが今朝の仕込み作業だ。


 冷たいままのたたきを薄くスライスすると、焦げ目から生へグラデーションした断面が現れる。端っこを味見すると――うん、よく漬かってる。

 水にさらしたスライスたまねぎとシソの葉を添え、白ごまをふって小ねぎをちらす。タレは二種類、ポン酢と漬け込みに使ったタレをそれぞれ小皿に入れて出す。


「『牛肉のたたき』お待ちっ」


「こりゃ刺身……いや、カツオのたたき……いや、肉なのか。初めて見る料理だが生肉か?」


「おう。この街は新鮮な肉が手に入るからな。苦手じゃなければ食ってみてくれ」


「どれ――ニンニクの効いたタレが絶妙だな! それに魚にも負けないうまみの強さだ……そういえば魔族だったか、生肉料理を出す店があったなぁ」


 そう、生肉料理といえば魔族だ。俺は凍らせた牛肉をフレーク状にして熱々ご飯に乗せた『牛トロ丼』が大好きだ。

 『牛肉のたたき』も生肉の扱いに長けた魔族が考えた料理らしい。生肉を供する際は表面を削いで捨てるか、こうして焼く必要がある。俺は風味がプラスできる分、たたきにした方がうまいと思っている。


 この料理にメルセデスが合わせたのは麦焼酎のロックだった。

 シモンは今日何度目かの乾杯をしながら、人を食い殺しそうな顔で上機嫌に言った。


「なるほど、最初の二品で腹を満たして、三品目でじっくり飲ませるわけだな? ここまでされちゃ『肉食った』って気になるぜ!」


 てかもっとゆっくり飲めよ、何回乾杯してんだよ。

生肉もいいけどレバ刺しが恋しい……。

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