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オムライス(2)

 近所の鬼料理店を助けてほしいと言われた俺とメルセデスは、カガチの案内で店を出た。

 俺に何かできるとは思わないが、事情は道中聞くことにする。

 渋ってた俺がどうして話に乗ったかといえば、鬼料理が好物だからだ。


 人間の王が建国したフランベ王国の国民は、当然ほとんどが人間(学者によると鉄人族(ドワーフ)森人族(エルフ)も人間なのでヒト族が正しい)だ。だからといって他種族を排斥しているわけではない。

 エルフもドワーフも独自の国を持ち、種族の特性に合った制度を持っているので、大抵そちらに住んでいる、というだけだ。


 なのでアントレのように冒険者(自由業)だらけで景気のいい街では他種族もよく見かける。先日黒板を取り付けてくれた木工屋だって移住してきたドワーフだし。


 だが鬼人族は他の種族と事情が異なる。世界にいくつかの集落があっただけで数が少ないため、今も昔も鬼人が元首を務める国は無いのだ。

 フランベ王国の鬼人族の場合、建国された300年くらい前の時点で北東の帝国国境近くに集落があったそうだ。ほどなくして王国と帝国との関係は悪くなる。


 鬼人族はヒトと同じく常命――エルフのように千年を超えて生きる長寿ではない。だが身体能力は高く隠形の術に適性があるため軍人を多く輩出し、建国にも貢献した。


 それが敵国国境付近にいるのはまずい、ということで、王命により田畑を捨て、移住を強いられた。さらに悪いことに、当時国が安定していなかったために強制移住は数度繰り返されることになる。その結果、民は散り散りになり、集落を維持できなくなった。

 もちろん今でこそ、そんなお粗末な政策は無いが、他国の集落でも事情は似たり寄ったりだったらしく、鬼人族は『苦難の種族』と呼ばれる。


 ――以上、実家に投宿していた吟遊詩人の受け売り。


 移住の多かった鬼人族が作り上げたのが『鬼料理』だ。

 その土地で手に入りやすい食材や調理法を積極的に取り入れたため、多彩なメニューを持っている。飯にもパンにも合う味付けが多く、手間や食器の数を軽減できるようワンプレートの料理が多い。


 代表的なメニューはミンチ肉のステーキや煮込み、コロッケなどのフライの多く、一部のパスタやグラタン、ドリア、そしてオムライスだ。統一感が無いのはいろんな土地の料理を取り入れ再構築したから。

 以前グーラに作ったカツ丼、というかとんかつも元は鬼料理だ。


 手頃でうまい鬼料理が庶民の味として広まったため、現代の鬼人族には料理人が多い。フランベ王国に食文化を築いたのは鬼人族である、とまで言われている。

 異なる料理を取り入れる風潮は健在で、最近ではカレーライスも鬼料理風にアレンジされているらしい。

 ――と、こっちは親父の受け売りだ。


 元は庶民の味だがそこはアレンジの得意な鬼人族、この街で俺が知ってる鬼料理店は三軒が三軒とも高級店だった。いくら好物でも俺には分不相応だし、あれがコース料理なんかになったらもう別物だと思う。

 王都の実家の近くには伝統的なお手頃鬼料理店があって、ガキの頃、滅多に外食させてくれない両親もそこには連れていってくれた。


「そんな店あるならもっと早くに行きたかったけど、知らなかったな。ほんとに近所なのか?」


 店を出て真っ直ぐ50メートルほど歩くと迷宮の入口だ。そこで左を向くと、冒険者ギルドと衛兵隊本部が並んでいる。

 前を行くカガチの足取りに迷いはなく、冒険者ギルドと衛兵隊本部に挟まれた通りに入った。この辺りはお役所や大きな商館が並ぶ一等地だ。『ヘビのマークの薬カガチ堂・迷宮前店』も大店のひとつ。


 大きな建物の中では大勢が働いているから、昼飯や仕事帰りの一杯に集客が見込める。うちと違って真の一等地というわけだ。恐らく10年以上前に開いた店だろう。


「この先、ワンブロック行って左だぞー。去年店主が腰を痛めてしばらく閉めてたんだ。孫娘が店を再開したのは芽の月だったかな……この話とも関係あるんだけど、それ以来、客入りが悪くてなぁ」


「2カ月くらい前か。味が変わったとか?」


「あたしが見つけたのは先月でねぇ。店主とも会えてないし、以前の味は知らないぞ。ただ、まぁ、その……味は期待しないでくれよ」


「料理屋に味以外の何を期待するんだよ……」


 この先を左なら大きな窯焼きレストランも近い。立派な窯を持っている店で、肉・野菜・ピザ、なんでも窯で焼いて出す面白い店だ。火との距離を調整しながら焼き上げた塊肉は実にうまい。


 人知れず避難先を考えていたら思わぬ人物に遭遇した。


「オス、カガチの姐さんじゃねぇスカ。ん? エミールと店長さんか。どうした、こんなところ……って、店の近くだからいても不思議じゃねぇか」


「よっ、シモン。この先に鬼料理店があるっていうから食いに行くところだぜ、姐さん(・・・)のおごりで!」


「なんだとっ!? クソうらやま……しくねぇ。鬼料理っつったな? あそこ、まだやってたのか……」


 魚屋シモンが珍しく渋い面をしている。いや、素で悪人面だし珍しくないのだが、本当に悪感情がこもって見えるのは珍しい。

 シモンは声を潜めた。


「うちは取引ないからいいんだけどよ。先月不渡り出して評判わりぃんだよ。肉屋なんか取り立て諦めて取引停止するかの瀬戸際だぜ。

 先代の娘は一日中、金策に走り回ってるっていうし、てっきり店売って清算するもんだと思ってたぜ」


 潰れかけ、いやほぼ潰れてるじゃねぇか。

 知ってた? という目線をカガチに向けると、表情がすぐれない。そこまで状況が悪いとは知らなかったのだろう。

 手形で仕入れできるということは、やっぱりこの街では古株、老舗だ。うちなんか当然現金先払い。


「先代の代わりに孫娘が厨房に立つんだが、常連も寄り付かねぇ味だって噂だぜ。先代の頃はうまくて安い店だったんだけどなぁ。ズルズル続けられると仕入れ元も道連れ――」


「……おいシモン。早く行かないと氷が売り切れるんだ、ぞ……?」


 カガチがすごい顔で睨んでいた。口から紫色の煙が出てるけど、何?

 シモンはしっぽを踏まれた猫のように飛び上がり、そそくさと退散しながら言った。


「じゃ、じゃあエミールは夜の競り来いよーっ……!」


 最近の魚屋はうちへの卸しを少しずつ増やしてくれている。話の通り太い客は後払いになるわけで、金額の大きさに比例してリスクも上がるのが卸売りだ。カガチは不満そうだけど飲食店は信用が大事な商売なのだ。


  ***


「ここか……」


「わたしもこのお店は知らなかったよぉ……」


 オレンジ色の看板には『鬼料理 ホオズキ』と書いてある。通りに面した窓は大きい。昼営業の店はこうして灯りを節約するのだ。その窓から店内を伺うと、平日の昼時だというのに客は一人も入っていない。


「こんちわー!」


 まったく怯まないカガチがドアを開けると、無人の店内にドアベルが響いた。内装は伝統的な鬼料理店らしくこげ茶色で統一されている。

 壁に染み付いたように漂うデミグラスソースの香り。『外食に来た』というわくわく感を搔き立てられる。

 人がいないこと以外、一見して問題があるようには見えなかった。


「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ……」


 あ、無人じゃないか。

 さすが隠形の鬼人族というか、頭に三角巾を巻いた老婆が物陰から現れた。先代店主の奥さんだろう。

 厨房には孫娘が立ってるというから、この人は給仕か。

 この店にカウンターは無い。厨房との間は壁で仕切られ、洗い場との間に料理を出す小窓が一つあるだけだった。


「こんにちは、カガチさん。お連れ様は初めてですねぇ」


 窓際のテーブル席に座ると、注文を取りに来た。

 しゃべりがゆっくりした穏やかな人だ。三角巾の左右が尖っているのは鬼人族の特徴である角だろう。

 俺には祖父母がいないせいか、このくらいのお年寄りには無性に親切にしたくなる。


 食べたいものはすぐに決まった。来る前は不安だったがこの『鬼料理店らしい』匂いを嗅ぐとたまらない。


「俺はやっぱりオムライスだなっ」


 俺のオムライスを食べたばかりの二人はメニューを見ているが、やはりここでオムライスに行かないと損する気がした。だが、


「オムライスなら今はできませんっ。メニューにも書いてありますよっ」


 厨房から半身をのぞかせたのは、調理服を着た黒髪ショートヘアのちっこい娘だった。くりくりした青い目でこちらを睨んでいる。一本角で前髪が左右に分かれているから、鬼人族だろう。


「ここの孫娘って二人いるのか?」


「いいや、あの子一人だぞ」


 あれが店を再開したという孫娘か。グーラほどじゃないにせよ、ちっこいな。何歳だろう。お婆さんとは対照的に愛想の欠片もないけど、客商売大丈夫なんだろうか。


「ほんとだぁ、オムライスは『品切れ』だって、エミール君。大人気なんだね?」


 欠品してるってことか。材料を切らすような料理じゃないから、人気なんじゃなくて納得する品を作れないってことだなぁ。

 料理人としてわからなくもないのでメニューからできるものを探そう。さすが庶民の味、どれもお手頃価格だ。


「じゃあミンチ肉のステーキ(ステークアッシェ)とパンにするぜ」


「あたしはトマトのソテースパゲッティをちょーだい」


「わたしはコロッケとライスにするよぉ」


「オムライスはごめんなさいね。『ハンバーグステーキ』、『ナポリタン』、コロッケとパンお二つにライス一つ、お待ちくださいね」


 注文を確認したお婆さんはにこやかに厨房へ向かった。

 ハンバーグとかナポリタンって、順番的にはミンチ肉とトマトのソテースパゲッティのことか? メニューにはフランベ語と併記して読めない文字が書かれている。


「それは鬼人語だぞ。神代の言葉を一部に残しているから、研究している人もいるなぁ」


 そして待つことしばし、料理が揃った。見た目にどうも違和感のある皿なのだが、概ね普通の鬼料理だ。ハンバーグステーキは深めの鉄板皿、というか鋳物の鉄皿にゆで野菜と一緒に盛られ、デミグラスソースがなみなみとかかっていた。


「お、ソースたっぷりじゃねぇか。いただきます!」


 このミンチ肉のステーキには大まかに二通りある。

 ひとつは挽きたての新鮮な牛の赤身肉を丸めて表面だけに火を入れたもの。中は生なので鉄板皿や焼石で好きな具合に火を通しながら食べる。ほとんど生で食べる()もおり、これがオニオンソースによく合う。

 肉の味がどっしりしていて満足感の高い料理だ。


 もうひとつは牛豚の合い挽き肉にタマネギと小麦粉をつなぎに混ぜて、よく捏ねたもの。脂身も混ぜて挽いており、ふわっとジューシーで甘みのある優しい味だ。表面を焼いてからソースで煮込んでもうまい。

 これにはデミグラスソースがよく合い、鬼料理ならこちらが一般的だろう。


 ソースを絡めて一口……うむ。


「うむ」


 声が出た。なんかぽろぽろしてる、つなぎか脂身が足りてないな。

 このタイプに使うミンチ肉は、俺なら肉屋で牛豚6:4、牛の脂身を少し足して挽いてもらう。牛タンや鹿肉を足すのもいい。

 脂身の量は細かく調整できないので、挽いた後の見た目や捏ねた感触でつなぎの量を調整するものだ。


 恐らくあの娘は、このぽろぽろを埋め合わせるためにソースをたくさんかけたのだろう。

 実際このソースはうまい。つまり煮込みの方が正解だったか!


 だがもう一点、皿が冷たいことでそれも台無しになっていた。

 ぱっと見の違和感の正体はこれだ。鋳物皿に乗った料理なのにジュージュー言ってなかった。

 せっかくのできたて熱々の料理だが、すでに下の方は冷めてしまった。


 一言で言うと「うむ」だな。

 他の料理はどうだろう、とカガチを見ると。


「……うむ」


 無の表情で「うむ」って言った!

 そっちは陶器の皿に乗ってるし、トマトとニンニクとバターのいい匂いしてるけど。

 カガチが頼んだのは茹でたスパゲッティをピーマン、タマネギ、マッシュルーム、ベーコンと一緒にトマトケチャップを加えて炒めたものだ。鬼人語ではナポリタンとか言ったっけ。


 気になったので一口もらった。


「うむ」


 味が薄い……というかコクがない。

 粉チーズとチリソースはカガチがたくさんかけたようだが、それでも物足りない。俺の知ってるナポリタンと違う。


 多分こいつはケチャップをそのままか、トマトピューレを使ってるな。あとバターは炒め油に使ったか。

 『トマトとツナのパスタ』などと違い、ナポリタンは濃厚さが大事だ。だから固形分の高い特製ケチャップを使うか、具と和える前にフライパンで焼いて水分を飛ばすのだ。トマトピューレだとかなり煮詰めることになる。

 それにバターは仕上げに加えた方がコクが深くなる。くどくならないよう、炒め油にはオリーブオイルがいい。


 名店じゃなくても人の作ったもの食うと勉強になるなぁ、とメルセデスを見ると、にこにこしながら食べている。メルセデスはなんでも食べるが、おいしくなければ悲しい顔をして食べるのでうまいのだろう。


「コロッケおいしいよぉ。はい、あ~ん」


 差し出されたフォークに食いついた。メルセデスはこの食わせ方好きだなぁ。

 たしかにうまい。コロッケの揚げはイマイチだが、この中濃ソースがいい。野菜のうまみがよく出ていて甘みと酸味のバランスがよく、コロッケに合う。

 これと比べるとうちの中濃ソースはキノミヤスパイスに頼りすぎだ。

 トマトケチャップも付いてたので少しもらったが、これもうまかった。


 どれもソースはうまいのに調理が粗っぽいというか、『必要な材料を決められた手順で調理した』だけに見えた。料理人なら放っておけないような、『もっとうまくなる余地』がありすぎるのだ。


 これは料理の腕の問題じゃあない。カガチのように手業が苦手な人でも、味を見ながら工夫を重ねればできることだ。

 よりうまくなれば食べた人の反応も変わる。それが面白いから料理人なんてやってられるわけで。


「ここの料理人は、料理嫌いなんだろうか……?」


  ***


「うむ」

「……うむ」

「どうしたのぉ、二人とも?」


 カガチが解決したい問題は大体わかった、と視線で伝えた。メルセデスは首を傾げている。


 恐らく厨房に立っている孫娘は料理にあまり興味がない。

 そして長年給仕をしているお婆ちゃんは料理の問題点に気付かないはずはないのだが、調理に口を出さない。

 上の階で寝込んでいるという先代料理人にして店主は、これをどうしたいのだろう。


「お口に合わなかったようで申し訳ございません……こちらサービスですのでどうぞ」


 俺たちの様子を察したらしいお婆ちゃんが、空いた皿を下げつつコーヒーをサービスしてくれた。

 お婆ちゃんはあくまで穏やかに、だが少し寂しそうに続ける。


「来て下さるお客様には申し訳ないのですが、もう店は閉めようと思っております」


「……!」


 カガチがやりきれない顔でコーヒーを飲み下した。


洋食という言葉の代わりに少数民族・鬼人を持ち出してみました。

台湾における客家を少し参考にしています。


作者は過去に一度だけ、完食を諦める味のカレー屋さんに遭遇したことがあります。

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― 新着の感想 ―
[一言] そこそこ適当に作っても食える味にはなるだろうカレーで完食を諦める味を出せるのは凄い 流石プロ?
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