『ボトルキープ(3)』
お待たせしました。
今回の話のラスト、三人称でお届けします。
活動報告に作者の好きなお酒をちょこっと書いたのでよろしければご覧ください。
「手羽先揚げピリ辛味、お待ちっ」
持っていられないほど熱い骨付き肉に、ニンニクの香り。かじりつくと甘酸っぱくも辛い複雑な味がしみ出す。
「思った通り、モヒートにはこれが合うなぁ。あと羊肉なんかも合いそうだぞ?」
「羊肉かぁ。この辺だと手に入りやすいし、いいかもしんねぇな」
エミールは早速羊肉のメニューを考えながら、別の注文を調理するため仕事に戻った。カガチたちにしてみれば、20歳など赤子同然だというのにこの熱心さだ。
料理と薬学、道は違えど一つのことを追求する点でカガチは彼に親近感を持っていた。人の子の寿命は短いので、自分のようにあれこれ考えすぎずに、やりたいことを貫いてほしい、と思う。
ボトルキープを果たした面々はメルセデスに似顔絵を描いてもらい、満足げにおいしい飲み方を模索していた。カガチ好みの知識の探求は始まったばかり、今夜は長くなりそうだ。
ロック・水割り・お湯割り・炭酸割りと、料理に合い、かつ焼酎の味を引き出すシンプルな飲み方が多数派。一方テルマは好物の海鮮丼を食べながら、梅干しを落とした米焼酎のお湯割りを楽しんでいた。
グーラは麦焼酎と米焼酎だけでなく、ウィスキーとリンゴ酒もボトルキープしたらしく、カガチが果たせなかった四刀流を開眼した。
そのグーラが麦焼酎とウィスキーの炭酸割りを飲み比べながら首をかしげる。赤丸ほっぺたがさらに赤くなっていた。
「のぅ、ぬしら。麦焼酎とウィスキーは何が違うのかのぉ? 味は似ても似つかぬがどちらも麦を醸した蒸留酒であろ?」
「ウィスキーは樽で寝かせるんじゃないか? うちに置いてるのはそんなに高級品じゃないけど、5年は熟成してるやつだ。この色と風味は樽から酒に移るんじゃなかったっけ」
エミールはあまり酒を飲まない割りによく知っている。料理との相性を考えるため頭に入れているのだろう。
それを酒好きのメルセデスがにんまり得意顔で補足する。
「あと麦焼酎の方が発酵期間が長いとか、蒸留する回数はウィスキーが二回、焼酎は一回っていう違いもあるよ。
発酵期間が長いほど酒精は強くなって、蒸留回数が多いほど酒精は強くなるから……あれぇ、結局何が違うんだろう!?」
惜しいような残念なような補足に、グーラは腑に落ちない様子。仕方ないのでカガチが助け舟を出す。
「蒸留回数が多い場合も酒精は強くなるけど、原料の風味は薄くなるんだ。ウォッカがそうだろう?
麦焼酎は発酵でできるだけ酒精を強めて、その分蒸留を一回で済ませて原料の風味を残す作り方だなぁ。
ウィスキーは短い発酵と二回の蒸留が樽の風味を活かすのに丁度よかったんだろうさ……いやぁ、あたしが昔ウィスキーの蒸留所を覗いた時代は樽詰めなんてやってなくてさぁ。あの頃は酒精そのまんまーみたいなきっつい酒だったぞ~」
「それいつの時代……まぁいいか。カガチは蒸留所に何の用だったんだ?」
「薬づくりに酒精が必要だったんだなー。大量に使うから『瓶詰じゃかさばるじゃん』って言ったら、『飲まないなら樽でいいだろ』って大樽を寄越されてさぁ。
何年か経って使い残しを見たらいい色と風味が付いてんの。舐めたら『木のリキュール』みたいでうまかったから蒸留所のオヤジに持って行って……まさか世界中に広まるとは思わなかったぞ……」
「まじかよ……」
「カガチちゃんってすごいんだねぇ!」
今や当たり前に行われるウィスキーの樽熟成。それを発明したのがカガチだという新事実に、エミールが固まった。メルセデスはにこにこしながら感心しきりだ。
二人の人の子以外はその頃のウィスキーも知っているはずだが、樽熟成前後で同じ酒だとは気付いていなかったかもしれない。
「あと一番大きな違いは、麦のでんぷんを糖に分解する糖化の方法じゃないかなぁ。麦焼酎を樽熟成してもウィスキーの味にはならないんだぞ?」
麦焼酎は米や麦にコウジカビを繁殖させた麹によりでんぷんを糖に分解する。
一方、ウィスキーは麦芽が持つ酵素ででんぷんを分解する。この時発芽をコントロールするため燃料を炊いて温風を作るが、その煙臭も大半のウィスキーでは風味として残る。
「糖化させてるところに酵母を加えると、もろみになって酒精ができるんだよね?」
「そうそう、やっぱり店長は詳しいなぁ。麦焼酎の場合、麹は米でも麦でも良くて、酵母を加えて増殖させたのが一次もろみ、ここに主原料……麦を加えると糖化と酒精発酵が同時進行して酒ができる。これが二次もろみだぞ。
二次もろみを絞って蒸留したら焼酎のできあがりだぁ!」
米、麦、芋などの大まかな風味は二次もろみで加える主原料で決まる。麹からこだわる酒蔵もあるものの、一次もろみには米麹を使うことが多い。
懐かしい知識を思い出したなぁ、とカガチはグーラから回ってきた麦焼酎の炭酸割りを飲みながらほっこりしていた。香ばしく優しい飲み物だ。
だが回し飲みを始めたグーラは質問前より頭を抱えていた。
「米麹だけど麦焼酎とか混乱の状態異常を受けるのぉ、焼酎は何故二度も仕込むのかの?」
「う~ん、それは多分だけどねぇグーラ様。酵母を増やす段階と酒精を増やす段階を分けた方が味が安定するんだろうねぇ。
それと酒造りはもろみの腐敗との闘いだから、大量の主原料を仕込む前に酵母を増やしてちょっと酒精濃度を上げた方が、腐りにくいんじゃないかと思うぞ?」
泡盛と清酒は麹と米を混ぜてから酵母を加えるので、二度に分けないと作れないわけではない。もちろん酵母や原料米の違いもあるし、実際は同じ焼酎でも銘柄それぞれに厳選した原料や工程を突き詰めたものだ。
「むむ~っ、ストイックな世界だのぅ……だが知識を得ると酒がよりうまく感じる。これも職人の魂がこもった一杯というわけだの!」
その魂を四つも並べたグーラが一つをグイっと飲み干した。
カガチも自分のグラスをあおると、妙に酒が濃い。氷も増えている。隣を見るとビャクヤがニヤリとしたので、講釈を垂れている間に注ぎ足してくれたようだ。
麦焼酎に米焼酎が混ざっているが、おいしいので良しとしよう。
今日は割りと働いていた店長がグラスと料理を持ってカガチの隣に座った。自分の分らしい。
「カガチちゃんすごく詳しいんだね、もっと教えて!」
「詳しいって言っても酒造りしたことないしなぁ。薬師だから酒蔵と付き合いができたってだけだぞ」
「お酒好きだから詳しいんじゃないの?」
「どうだろうなぁ……あたし毒耐性高すぎて酒に酔わないから……」
酒精のない飲み物との区別はもちろんつくし、どうせ飲むならうまい酒を飲みたい。だが酔わない酒を好きかと問われれば、カガチには答えがなかった。
「カガチはいつも酔っ払ってるようなものなの」
「うぅ……キノミヤの毒はカガチ姐さんにも効くんだぞ……」
軽口を叩いている間にキノミヤの指先がしゅるしゅると伸び、氷とウィスキーと炭酸をカガチのグラスに満たした。テルマとビャクヤの頭越しに器用なものだ。
「ねぇねぇ、これ焼酎入ってたんだけど……あ、いえ、ありがたく頂きます……うん、味不明だぞっ……いや、一周回っておいしい……?」
日頃キノミヤをいじってガス抜きしている自覚のあるカガチは、渋々混合酒を飲んで首を傾げた。実は回し飲みの間に仲間たちがいろいろ投入していたので、三種類どころじゃなくいろいろ混ざっているが、カガチはついに気付かなかった。
***
「エミールよ、野菜のほっこりしたものをもて」
「はいよ、『長芋のから揚げ』な」
「キノミヤもほっこりほしいの」
グーラが注文したのは輪切りにした長芋に粉をまぶして揚げたものだ。粉に調味料が混ざっており、ふりかけた青のりも香ばしい。
中は少々のシャキシャキ感を残してほっこりと火が通っている。キノミヤお気に入りの新・定番メニューだった。
「エミールよ、何か甘いものを食いたい」
「はいよ、『ハニートースト』でいい?」
「ひょれっ、わらしもほしいわ!」
グーラと呂律の怪しいテルマが注文したのは厚切りの食パンにバターを塗ってオーブンで焼き、ハチミツをかけたものだ。パンに入れた格子状の切り込みにバターが染み込んでいるので中までおいしい。
「エミールよ、冷たいものはないか?」
「はいよ」
と、エミールはグーラのハニートーストに自家製アイスクリームを乗せた。
「ひょっとひょれっ、わらしにも乗せらさいよ!」
「む~、そういうものならこの身も所望する。ところでカガチ~、裏町にできたぬいぐるみ店を知っているか?」
「それ今日3回聞いた話と一緒かい……?」
結局『ハニートースト(アイスクリーム乗せ)』は店長含め全員が食べた。
皆、立派な酔っ払いに仕上がってきたようだ。酔わないカガチは仲間たちが酔うとどうなるか大体知っていた。
グーラはわがままになり、ビャクヤは凛々しい顔が緩んで話がループし、キノミヤは頭に花が咲く。
テルマはこの店で見る限り、呂律が回らなくなるようだった。そもそも首まで赤くなっている。
他に顔に出るのはグーラくらいだが、グーラは常に赤丸ほっぺなのでわかりにくい。
「エミールよ、燕の産んだ子安貝が食いたい」
「ねぇよ、てか何それ!?」
「伝説級の宝物だよぉ、エミール君。うちにあったかなぁ?」
「うむ、あと蓬莱の玉の枝と火鼠の皮衣が無いのなら、われに婿入りせねばならぬっ!」
「ダメーっ! エミール君はあげないよぉ、グーラちゃんっ。宝物ならわたし、取ってくるから!」
なんだか古い物語に似ているような全然違うような。
所有権を係争中のエミールは店長とグーラ他、皆にお茶を出してカガチに言った。
「カガチはまだ元気そうだから、帰りに皆拾っていってくれ……」
「んー? 皆も《解毒》できるから、醒めようと思えば醒めるぞ?」
「いやさ、そんな理性あるように見える?」
「あーそれな……」
それぞれの階層の私室に転移とか面倒くさいなーとか、グーラの私室にカガチは転移できないから七層の空き部屋探さないとなー、とか考えていると。
「エミール君、空いた食器は洗い終わったし、のれん下ろしちゃおうか」
さっきまで飲んでいたメルセデスがテキパキと働いていた。
空いた皿を目ざとく見つけ、氷や割り材を補充し、落ちそうなグラスをフォローする鬼神のごとき働きぶりだ。たまに残像が見えたり分身したようにも見えるが、風ひとつ起こさない達人の動きだった。
あれは誰だろう……。
「エミール君、幻覚が見える。あたしも酔っ払ったかも……」
「今更何言ってんだよ。店長は酔っ払うとあんなもんだろ」
エミールが茹でてほぐした鶏肉を皿に乗せると、のれんを下ろしたメルセデスが受け取った。
店先ではフォルムの丸い猫がお行儀よく待っている。見覚えがあると思ったら、黒板メニューのイラストに似ていた。
かわいいもの大好きなビャクヤがそそくさと店長に合流する。
注がれるままに混合酒を飲んでいたカガチだが、今のグラスの中身は麦焼酎の味がした。皆の意見がそこに収束したのだろう。香ばしく優しい飲み物だ。
――今日はこの酒に身を委ねるのも悪くない、なーんて思っちゃうよねぇ。
日頃は見られない仲間の一面、うまい肴。なによりここは居心地がよくて安心する。カガチも酔えるものなら、この店では酔っ払ってもいい気がした。
「あ、居心地かぁ」
店に来る前、考え込んでいた『この店に酒を飲みに来る理由』の答えが出てしまった。
胸のつかえがとれると気が抜けたのか、カガチの視界は前後に揺れる。
「やっぱりちょっとぉ、酔ったかもぉ…………」
***
「う~、喉乾いた……どこ、ここ?」
「おはよ~……わたしの部屋だよぉ」
目が覚めるとそこは店長の部屋だった。机とベッド、鏡台にクローゼットくらいしかない簡素な部屋だ。
ベッドには店長の他、グーラとキノミヤが寝ていたので、カガチたちは床で毛布を被っていた。
「どうしてこうなったかわかる者はおるかの?」
「エミール君が運んでくれたんじゃないかなぁ……あわわ、怒られるぅ」
「んぅ~、どんだけ飲んだのよ。お酒は残ってないけど全然寝た気がしないわ」
「喉乾いたの」
「泡盛の飲みすぎを反省した矢先。この身の未熟が恨めしい」
本能的に《解毒》が働いたようで身体に酒は残っていないが、皆昨夜の記憶がおぼろげだ。
部屋が酒臭いのでメルセデスは窓を開けた。葉の月の朝は爽やかで、部屋の面々とのギャップがひどい。
カガチはしみじみと呟いた。
「酔うってこんな感じなんだなぁ……」
階下から朝食に呼ぶエミールの声が聞こえ、皆のそのそと動き出した。
***
「昨日ちゃんと帰ったのは猫だけだったな」
「「「「「うぅ」」」」」
「お利口さんだったねぇ」
エミールの言葉がカウンターに並ぶ迷宮の幹部たちに刺さった。
関係ないとばかりににんまりしているメルセデスに、たんこぶはない。力尽きる前にたくさん働いたからだろう。エミールもメルセデスに甘いところがあった。
「でも仕方ないよ。あの状態でお外出ると危ないし、転移すると迷子になっちゃうかも」
メルセデスの言う通りだった。ここの表に人目が一切無くなることなど滅多にないので、人ならざる者がふらふらすると騒動になったかもしれない。
《《酔っ払い転移》》はさらに危険で、迷宮に縛られていないキノミヤとカガチはよその国まで行ってしまう恐れがあった。
「まったく面目ないのぅ。泊めてくれたメルセデスにも礼を言うぞ」
「運んでくれたのはエミール君だけどねぇ」
「六人はもう勘弁してくれよ……」
「エミールもすまなかったの。それにしてもこの朝飯、以前と随分ちがうの?」
「こっちもおいしいの」
『以前』と言われて一瞬遠い目をしたエミールだったが、キノミヤに迷宮へ連れていかれた翌朝のことだと思い出したようだ。あの日はホットサンドだった。
「ああ、飲み過ぎた翌朝って人間は重たいもの食えないんだけど、皆はどうかわかんねぇからさ。
味はしっかりしてるけど胃腸に優しい『トマトチーズリゾット風おかゆ』にしてみた。ビャクヤには熱いと思うけど、ゆっくり食ってくれ」
今日の朝食はご飯に刻んだタマネギ、パプリカ、ベーコン、チーズを混ぜてトマトジュースとブイヨンで煮込んだものだ。ほのかにニンニクの香りもする。上に乗った温泉卵をつつくと黄身が流れ出し、たまらない。
「チーズが溶け込んで濃厚だけど、染み込むような優しい味ね。好きだわ、これ」
「確かに熱いが、これは滋味だ。我ら現世の食べ物で腹は満ちなくとも、影響は受けるからな」
普段は孤児院への差し入れと同じもので済ます朝食だが、エミールは疲れた胃腸を慮って別メニューを作った。この人数分だとその方が早いという理由もある。
同じものを食べているエミールが思い出して言った。
「カガチって酔うと蘊蓄語るよな」
「ぶっ!?」
エミールの奇襲にカガチはリゾットを吹き出しかけ、そしてむせた。
少しずつ昨夜の記憶が戻ってくる。麦焼酎とウィスキーの話のことだろうから、まだそんなに飲んでいなかったはずだ。
少なくともカガチが酔ったと自覚するより随分と前だ。しかし、
「ああ、なんか思い出すと恥ずかしいくらい楽しくなってたぞ……どうして昨日に限って酔っ払ったかなぁ? あたし初めてだったんだぞ」
ひょっとすると、あの場の誰よりも早く酔っ払っていたのではないか。
そんな気がしてきたカガチに、皆が優しい眼差しを向ける。チリチリと痛い。
「俺、素面だからわかるんだけどな、カガチだっていつも多少は酔ってるぜ?」
そんなはずは無い、とカガチが言う前に。
「カガチとビャクヤとキノミヤは顔が赤くならないけど。カガチって酔うと前後に揺れるからさ、わかりやすいんだよ」
「うそっ!?」
「カガチちゃんかわいいねぇ」
「恥じることではない、みな酔っ払っておるわ!」
――「恥じるな」ってそりゃ無理だよグーラ様!
恥ずかしくて真っ赤になった顔で、恨めしそうにカガチが言った。
「この店の居心地いいのが悪いんだぞ!」
朝食が片付くと、「じゃあまた今夜」と言って迷宮の面々は帰っていった。
カガチが混合酒を美味しく飲んでいたのは、すでに仕上がって(酔っ払って)いたからです。
酔っ払いの醜態を書いてると自分に刺さって痛い作者ですが、いくらおいしくて楽しくてもお店に迷惑かけない酒飲みでありたいですね(真顔)。
※ 登場人物は成人しています。日本の皆さんはお酒は二十歳になってから。節度を守って後悔しないお酒を楽しみましょう!