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定番(2)

 手羽先揚げとササミチーズしそ巻きフライは元々グランドメニューに入っていたものだが、開店以来出したことはない。

 今日のおすすめに入れたことでグーラとテルマはまんまと注文してくれたわけだ。これで皆に好評なら定番メニューにできるだろう。

 客が三種の手羽先揚げのどれを好むかも重要な情報だ。


「アツツっ、この熱々の手羽先は止まらぬのぅ。表面のパリッとした食感と、ほろっと骨から離れる肉のうまみがよい。われは甘辛党であるな!」


「わたしはピリ辛が……辛いのになんだか癖になる味だわ。ピリ辛鍋の手羽先とはまた違ったおいしさね。でもやっぱりササチーよ、このカリッとした端が香ばしいのよ!」


 俺はグーラに手羽先揚げの甘辛おかわりと新しい骨入れを出した。テルマもそのうち激辛沼に溺れるかもしれないな。

 さて、今日は好評でも毎日おすすめに入れるわけには行かない。定着させるにはどうしたものか。


 と、ガラリと戸が開いてビャクヤとカガチが連れだってきた。この二人、ということは辛いものを求めてきたのだろう。

 カウンターに加わった二人におしぼりとお通し、それに小指唐辛子を出した。


「いらっしゃい。今日もメバルとアジとイカだ。あとは先に来た二人が食べてる手羽先揚げとササチー、〆にチャーハンがあるぞ」


「刺身は昨日たらふく頂いたからな。この身は手羽先揚げと……ササチーとはなんだ?」


「ササミチーズしそ巻きフライの略だ。長いんでササチー。結構大きいからカガチとシェアしてもいいかもな」


 確かにいくら刺身が好きでも毎日食べていれば飽きるだろう。特に昨日は木曜日、刺身が一番出る日だった。

 ビャクヤはカガチと視線を交わしただけで頷く。

 全然タイプの違う二人だけど仲いいんだよな。職場(迷宮)ではカガチの方がビャクヤ・テルマの後輩にあたるのだそうな。


「ではそうするとしよう。酒はウィスキーのハイボールを頼む、暑くなってきたからな」


「葉の月前に暑いとか言うのはビャクヤだけだぞー? あたしも手羽先揚げ、あとヨーグルトサワーちょーだい」


「はいよ」


 カウンターで飲んでいた店長が二人の酒を作る。

 手羽先の味は三種盛りで注文を受けたので、先ほどと同じく調理した。

 この二人の好みだとピリ辛に落ち着くんじゃないだろうか。テルマが食べられるくらいの、それほど辛いものではないけど。


「この身は手羽先ならサッパリだな。米の酒にも合いそうだし、辛みが欲しければ唐辛子をかじればよい。だがササチーにはやはりハイボールだ。罪深い味だが、優しい味と爽やかな香りで箸休めになる」


 ビャクヤは意外と合理的に飯を食うタイプだな。ササチーが箸休めってのは何か間違ってる気がするけど。てかあんたらがよく言う『罪深い味』って何?


 しばらくするといつものテイクアウト組が来店、手羽先とササチーを渡す。入れ違いにキノミヤが来て、今はカウンターの隅でササチーを乗せたビーフカレーを食べている。


 手羽先のカレー味も作りたかったが、以前から揚げで試したところ油にしっかり匂いが付いてしまった。ポテチを揚げてみたら匂いは取れたけど、フライヤー三号機を入れるまではカレー味封印かなぁ。カレー味のタレを開発すべきか……カレー焼きって手もあるな。

 なおカレー風味のポテチはうまかったので孤児院に送った。


「キノミヤぁ、カレー一口くれよぉ、ササチー乗ったところぉ。はい、あーん」


「……取り皿もらうの」


 キノミヤは手羽先なら甘辛派閥だった。しょうゆと黒胡椒の香りが気に入ったそうだ。

 そのキノミヤに絡んでいるカガチはピリ辛派閥らしい。キノミヤからカレーをもらうとは勇者だな。面倒くさそうにしているキノミヤに取り皿をそっと渡した。


「ピリ辛はちょっと故郷の味に似てるんだよなー。南の国は甘酸っぱ辛い料理も多いんだぞ? まぁ密林に料理なんて生えてないんだけどな! お、端っこかぁ。知らないのか、キノミヤぁ。ササチーは端っこが一番うまいんだぞ? んっ、これはレモンサワーだなぁ」


「!?」


 ピリ辛の特製南蛮酢はスイートチリソースという南の国でよく使われるツケダレを参考にしている。

 カガチは長い年月、人に紛れて薬学などを学んだらしいから、その時食べたのだろう。あとキノミヤいじめんな。


「安心しろキノミヤ。ササチーには端っこが二つある」


「!」


  ***


 キノミヤが帰り、ササチーは品切れ。〆のチャーハンは? と聞くと全員食べるとのこと。はらぺこ店長も食べるとのこと……。

 五人前かぁ……二人前ずつ作って俺も食おう。腹減ったし。


 チャーハンはずっと強火だ。

 底の丸い鉄鍋に作り置きの鶏油ラードでもうまいを馴染ませ、刻んだニンニクを炒める。

 自家製メンマで使った特製鶏がらスープを少量、溶き卵に加えて鉄鍋に投入し、大きめのオタマでかき混ぜる。卵が半熟になったらご飯を加え、手早く混ぜる。

 今日はパラパラのチャーハンを出したかったので南方産の長粒種を使った。湯取りという、ゆでこぼして水気を飛ばし、蒸らす方法で炊いておいた。


 卵がバラバラにほぐれたら塩昆布、塩コショウを加えて混ぜ、刻んだ焼き豚を加えて混ぜ、小口切りにしたネギをごま油で和えてから加えて混ぜ、しょうゆを鍋肌から加えて素早く全体を混ぜて火を止める。ぜーぜー……。


 鍋をゆすってチャーハンをおたまに移す。この時おたまで鍋を叩くときっちり詰まり盛り付けがきれいになる。これを皿にあけるとこんもり丸いチャーハンだ。細切り紅ショウガを乗せ、レンゲを添えて出す。


 六人前も作るとフラフラだ。メルセデスが作れるようにならないかな……。



  ~ グーラのめしログ 『チャーハン』 ~


 チャーハンを作り始めたエミールが鉄鍋を火にかけると、ニンニクの刺激的な匂いが店に充満しおった。この強烈な香気、今更腹がなるわい。

 材料を入れては軽快に鍋を振る様は見ていて面白い。しかし体力をかなり消耗する調理らしく、中身をおたまに移す段に至っては歯を食いしばっておった。


 料理人渾身の一皿をレンゲですくって一口……熱い! だが調理中の匂いほど刺激が強い味ではないの。

 ニンニク、ごま油、しょうゆがふんわり香り、口に唾液が溢れた。噛みしめるとパラパラした細長い米と焼き豚やネギの食感の違いが、何度も味に変化をもたらす。

 それらを包み込むのはふんわりした卵だの。さらにガツンと腹に溜まるコクは鶏油であるな?


 しかし食べてるだけで暑いの……調理中のエミールと同じく、われも額に汗をかいておる。

 たまらずジョッキに残ったハイボールを飲み干した。


 あんなに丸々としていたチャーハンはレンゲに崩され、半分になり、今や小島を一つ残すのみ。

 ふと気付くと店が静かである。単調かと思えば元気な味に、皆黙々とレンゲを動かしておった。チャーハンの熱で汗をかき、あのビャクヤですら湯気を立てているかのようだ。

 最後の飯粒を食えば、今日一日をうまいもの食べた記憶で満たすような満足感が残る。

 現世のものでは満腹にならぬわれも、腹いっぱい食えたような気分であった!


  ~ ごちそうさまであった! ~



「今日のおすすめは酒が進んで腹に溜まる、居酒屋らしい品であったな!」


「ありがとうよ。今日の三品は定番にするからいつでもできるぜ!」


 帰り際のグーラたちへ定番メニューを吹き込んでおく。あともうひと工夫して定着してくれたら成功だ。キノミヤには今度カレーチャーハンを提案しよう。


「うむ、あれだけの品ならばそれがよかろう。われの迷宮ならば階層主への昇格といったところだの」


「その例えはわかんねぇよ……」


  ***


 次の日の開店前。店に入って左手の壁には1メートル幅の黒板が掛かっていた。仕込みの後に木工店へ行くと丁度いいのがあったので、取り付けまで頼んだのだ。これがもうひと工夫。

 黒板にはメルセデスの手で今日のおすすめと昨日作った定番が書かれている。メニューと関係あるようなないようなイラストも、もちろんメルセデスが描いたものだ。グランドメニューにも描いていたこのフォルムの丸い猫はなんなのだろう。


「この猫? うちの近所にいる子だよぉ」


 この辺にもちょいちょい猫がいるとは思ってたけど。よく見てんな。

 定番は書き切れなくなったら板にでも書いて掛けよう。


「この壁がおいしいメニューでいっぱいになるといいねぇ!」


 ガラリと戸が開いた。今日の一番乗りはキノミヤだ。


「いらっしゃい!」


 店に補充するスパイスの袋を抱えている。

 代金替わりのカレーの前に、俺は今日のおすすめ『手羽先のカレー焼き』の調理に取り掛かった。


チャーハンは馴染みの居酒屋でよく注文した思い出深いメニューです。

パラパラもしっとりもおいしいと思いますが、ご自宅でパラパラチャーハンに挑戦するならタイ米がオススメです。工夫しなくても最高にパラパラになるので、じっくり味付けと手順に集中できます。

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