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お花見弁当(1)

 ガラの悪い男にさらわれたという孤児院の院長とトマ(14歳)を乗せた馬車を追って、俺とメルセデスは走っている。


 街中でスピードは出さないので、馬車が去った方向に行くとすぐに見つかった。孤児院から北西、市場の方へ向かっているようだ。

 そういえばあの辺はもう建て替えが済んでいて、古い建物は見ないな。

 それはそうと。


「なぁメルセデス、追いかける必要ないと思うぜ? あの人は――」


「いいのいいの。ほら、しっかり走らないと見失っちゃうよ。皆に約束してきたんだから!」


 マテオたちがまた孤児院を抜け出すのは看過できないので、子どもたちには外に出ないよう言い聞かせてきた。確かに投げ出すわけにはいかない。


 走り出して10分と経たずに馬車が停まったので、物陰から様子をうかがう。どことなく孤児院と似た外観は倉庫だろうか。いたみもなくまだ新しい建物だ。大扉が閉まっているから休みだろうか。

 脇の通用口を開け、院長とトマ、それに御者をしていた男も入っていく。

 さて、どうする? 院長と子どもがこんなところに何の用かわからない。だからといって、踏み込んでいくわけにもいかないだろう。

 出てくるのを待って事情を聴いて帰ればいいだろうか。

 どうせ今日は休みだし。


「エミール君、ぼんやりしてないで、わたしたちも乗り込むよぉ!」


「!?」


 メルセデスがトコトコと物陰から出て、ドアを開け手を振っている。

 アホ店長っ……。

 やってしまったものは仕方ないので、俺も慌てて中へ駆け込んだ。


 ……しゃりしゃりしゃり。


「おや、メルセデスとエミール君も来たのか? まぁそこ座れよ、かき氷食う?」


 しゃりしゃりしゃり。

 中に入るとそこは机と椅子が並ぶ部屋で、事務室のようだ。

 隅の応接セットには座ってかき氷を食べる院長とトマ、御者をしてた男、そして――昨晩店に来た七層階層主『舎密(せいみ)竜』カガチがいた。


  ***


「――で、院長たちが攫われたって聞いて追っかけてきたのか? お前らマジうけるぞっ!」


 しゃりしゃりしゃり。

 大笑いするカガチからかき氷を受け取り頂く。お、桜シロップだ。ひょっとしてカガチが作ったのかな? 氷も口あたりが良くてスッととける。錬金術師みたいなことができるっていうから、こういうのは得意だろう。

 と思ったら、かき氷器のレバーを回していた顔に傷のあるイカツイおっさんが親指を立てた。あんたが作ったのかよ。


「うちの子たちが迷惑を掛けてしまったね、あんたがエミールさんか。メルセデスさんから聞いてるよ。いつも美味しいものをありがとう。礼が遅くなって悪かったね」


 事情を飲み込んだらしい院長が立ち上がって礼を言う。

 50は過ぎてるだろう。芯の強い、女傑といった印象の人だ。迷宮階層主を前に落ち着き払っているのも納得の安心感がある。


「わたしが止めたんだよぉ。エミール君こういうの照れちゃうもんね?」


「うっせーよ。でも確かに礼を言われることじゃないぜ。金出してるのはこのゆるふわ店長だし、うちの店は客が少ないからな。あれくらい作ってようやく給料分だ」


 院長の方の事情も聴いた。ここはカガチが経営する氷屋で、来年成人するトマの就職先として見学と挨拶に来たそうだ。双方気に入れば、書き入れ時の夏から見習いとして働くらしい。

 それなら御者の男がここにいる理由はわかった。


「そっちは氷を買いに来たわけだ、魚屋さん?」


 この人相の悪い若い男は、俺が毎週水曜日の夜に仕入れにいく魚屋の店主だ。カーラが武器と言ってたのは、氷塊や魚の入った箱を荷捌きするのに使う『手鉤』だろう。大事なものらしく今も持っている。


「おうよ、今夜も競りがあるからな。てめぇも来るんだろ、迷い猫の?」


「もちろん。でもあんた、なんだって孤児院にいたんだよ?」


「俺はよぅ、あそこの出身なんだよ……だから、顔出しただけだ。院長先生も氷屋に用事だっていうから乗っけてやったんだよ、文句あんのか?」


 何が言いにくいのか知らんが、すごむなよ。トマ君が泣くぞ。

 院長がこめかみをさすりながら窘めた。


「……シモン、もう少しお行儀よくなさい」


「……す、すいやせん、先生」


 この悪人面も院長には頭が上がらないようだ。シモンって名前なのか。

 ニヤニヤしてると睨まれたが、もう一つ気になることがあった。


「カガチはどうして氷屋やってんだ? そもそもどうして……ここにいるんだよ?」


 しゃりしゃりしゃり。

 カガチは新しいかき氷を用意する。今度は色の違うシロップだ。オレンジだろうか。まさかかき氷を食うためとか?


「ああ、迷宮のことは皆知って……トマ君はおいおい知ればいいぞ、うん。若いうちは気にしなくていい」


「今、口滑っただろ」


「んんっ。12年前に迷宮ができてすぐの、黎明期のことだ。ここには仕事を求める冒険者と商人が殺到した――だけならよかったんだけどなぁ。

 来てはみたものの仕事にあぶれた奴もいたし、悪いこと考える奴らも集まってきて、それが嫌で出ていく元の村人がいたりして。まぁ随分と混乱したぞ」


 そりゃそうだろうな。普通の村に大勢のよそ者を受け止める用意なんて無かっただろうし。

 カガチは細い指でスプーンをくるくる回しながら続けた。


「その時からずっと、あたしはグーラ様の命で街の治安に干渉してるんだ。

 この裏町は5年前にようやく、あたしがまとめたんだぞ? 街のルールを知ずにちょっかい掛けてくる馬鹿は今でもいるけどな!

 最近も孤児院の近くに人買いが集まってきたから始末したけど、残党狩りでうちの者がピリピリしてる。だからエミール君も気を付けるんだぞ?」


 しゃりしゃりしゃり。

 孤児院で聞いたやくざものの抗争ってのは、それか。

 メルセデスは新しいかき氷をもらってにんまりしてるけど、まさか階層主がやくざの親分やってるとは思わなかったなぁ。

 

「で、カガチはどうして迷宮の外に出てるんだ?」


「おい、迷い猫の小僧。カガチの姐さんに――」


「グーラ様とその眷属以外で、かつ迷宮生まれじゃない階層主なら自由に外へ出られるぞ。迷宮に縛られてないからな。だから迷宮と関わる人間はエミール君の他にも結構いるんだぞ?」


 12年もやってるからな、と付け足す。それは道理だなぁとシモンを見れば頷いた。


「俺が世話になって9年、見た目が変わんねぇからな。俺みてぇな馬鹿でもなんかあるって気付くぜ……」


「おやおやぁ? 言いたいことがあるなら言っていいんだぞ、シモン?」


 シモンは『カガチの姐さんは若くて美人』を書き取り30回命じられた。商売してるんだから今更だけど、こいつ字書けるんだな。


 ともあれ子どもたちが心配するようなことはないとわかった。

 そろそろお暇しようと腰を上げかけた時、メルセデスが言う。


「孤児院が安全だってわかってよかったよぉ。あとはソラル君が言ってたことだけだね。院長先生、どうして庭の木を見て辛そうにするの? どこか悪いなら――」


 ああ、院長は毎年この季節になると、枯れ木を見て元気なくなるってやつか。確かにここまで来たら子どもたちをキッチリ安心させてやりたいよな。


「おや、ソラルがそんなことを言っていたのかい? おかげさまでね、私はどこも悪くないよ。気のせいさ」


 年寄り扱いするんじゃないよ、と院長は苦笑交じりだ。

 だが、


「ったく……ガキってのはよく見てるもんだよな。そいつは俺のせいだ」


「よしなさい、シモン。お前のせいじゃないよ。それより仕事があるんだろ?

 用が済んだらさっさとお帰り。氷が溶けちまう」


 あ、これなんか訳ありのやつだ。

 院長が自分の店のように氷屋から追い立てると、実際忙しかったのかシモンは素直に従った。シモンの魚屋はこのすぐ近くだ。

 大扉が開閉して氷を積み出し、シモンの馬車は去った。

 なるほど、保冷のために大扉を閉めてたのか。


 しゃりしゃりしゃり。


 シモンがいなくなったことを確認した院長は腰を落ち着けた。

 メルセデスとカガチは興味津々の様子で3杯目のかき氷を受け取り、聞く姿勢だ。腹壊すぞ。

 白いのはミルクシロップだろうか。煮た小豆が乗っていてうまそう。


「迷宮が出来て半年と経たない頃のことさ。商会主だった夫が死んで子どももいなかった私は、商会を人に譲り、残った貯えを持ってここへ流れてきた。

 誰も知らないところでやり直すって、月並みなやつさ」


 そして混乱する街の惨状を見た院長は、商売のための資金で倉庫を買い取って、あの孤児院を始めたという。まだ冒険者ギルドと領主の話がついていなかった頃の話だ。


「シモンは孤児院で拾った最初の子どもたちの一人さ。私は自分の子どもを育てたことすら無かったからね、シモンたちにはほんと苦労かけたよ。

 街は少しずつ安定してきたけれど人は増える一方、その分捨て子も増えた。

資金繰りもうまくいかなくて、3回目の冬を越せるか怪しくなってきた頃さ。

 空腹で寒くて辛くて、あの子が言った」


『俺たちはこの枯れ木と同じ出来損ないだ』


 この木だって葉も付けず立っているだけなら、産まれてきたくなんかなかったはずだ、と。


 うーん……。

 こんな重たい話を聞いてもメルセデスはにこにこしていた。

 今の孤児院はうまくいっていると知っているからだろうか。実際子どもたちは健康そうで、部屋はボロくても清潔で、セリアに眼鏡を作ってやるくらいの余裕があった。


「あの枯れ木って桜の木だよね、院長先生?」


「メルセデスさんはご存知か。北部には珍しいが昔村に来た行商人が差していった枝が、根を張ったらしくてね。王都じゃあの花の下で宴会することを花見と言うじゃないか。

 私はシモンの言葉を否定したくて、つい約束してしまったのさ」


『次の春、この桜の花の下で花見をするよ』


「いやぁ、売り言葉に買い言葉だねぇ! で、約束通り花は咲いたのかい?」


「結果はご存知でしょう、カガチ様? 9年前も今年も、花は咲いておりません。そしてシモンはいなくなりました。私の言葉を本気で信じてくれたからこそ、裏切られて傷ついたのでしょう」


 自分を満足させるための約束なんてしちゃいけないのさ、と院長は寂しそうに笑った。


「実は飛び出したシモンは氷屋(うち)で働いてたんだよ、自分の店を持つまでの間な。大方、先月入り込んだやくざものを潰した騒ぎを聞きつけて、心配になって院長に会いに行ったってところだぞ?」


「なんだよ、全部知ってたんじゃねぇか。でも存外近いところにいたのに何年も気付かないもんだな」


「シモンが元気にやってることはカガチ様に聞いて知っていたさ。合わせる顔がなかっただけだよ」


「そうなのかよ? 毎年元気無くなるっていうからてっきり……」


「……あの咲かない桜を見るたびに、あの子を傷つけてしまったことを思い出してね。今日は顔を見られて嬉しかったけど、今でも合わす顔が無いとは思ってるさ――さて、帰ったらあんたらに迷惑かけた子どもたちを叱らないとね」


 そうか。院長はシモンが孤児院を飛び出したことじゃなくて、下手な約束で傷付けたことを後悔してるのか。

 それじゃ再会してすっきりとはいかねぇな。


 院長の用は済んでいたらしく、トマを連れて帰っていった。差し入れの空き容器を受け取るため、メルセデスも付いていく。

 急ぐ用もないので俺も……と思ったら、カガチに呼び止められた。


「ちょっと頼まれてくんないかな、エミール君」


 アントレの街はフランス北部のベテューヌというコミューンを参考にしています。行ったことありませんが。

 写真で見るベテューヌは気候風土や歴史もまったく異なり、石造りの建物が並ぶ美しい街です。

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