タケノコづくし
迷宮の向かいに店を構える『居酒屋 迷い猫』。
昨夜はグーラの他に四人の階層主が来店し、最多来店数を記録した。
まぁ出したのは居酒屋らしからぬカレーだけど。
その帰り際にキノミヤがタケノコをたくさんくれたので(ほんとどこから出したの?)、まだ旬には早いが今朝はタケノコづくしだ。そのために昨晩のうちに灰汁抜きをして、火を止め朝まで冷ましておいたのだ。ぬか漬け用に米ぬかを買っておいてよかった。
タケノコはいい。俺はタケノコが好きだ。
焼いたタケノコが好きだ。炒めたタケノコが好きだ。揚げたタケノコが好きだ。揚げ出しも最高だ。
煮物で主役にするなら若竹煮が好物だ。具材としてもピザ、パスタ、シュウマイ、春巻き、なんにでも使えるところに感動すら覚える。合わない料理は無いと言って過言ではない。
俺はタケノコが大好きだ!
そんなわけで定休日の今日、俺は孤児院への差し入れ用に『タケノコ入りキッシュ』を焼いている。その間に『タケノコの竜田揚げ』を作ろう。
酒、しょうゆ、みりんを混ぜ、一口大に切ったタケノコをよく和える。10分ほど保温庫で冷やして寝かせたら、汁気を拭って片栗粉をまぶす。
180℃で5分ほど揚げ、油を切ったら青のりを散らして完成。
一つ味見をする。
ジューシーでいい歯ごたえだ。タケノコと青のりの香りもよく合っている。これならパンでも米でもおかずになるな。
次にいつもの鶏のから揚げだが、今日は揚げ粉にキノミヤ製カレー粉を混ぜてみた。うまいに違いない。
今日はこの後油を入れ替えるので作ってみたが、これで油に匂いが付くようなら今後はやり方を考えるとしよう。
これも味見する。
冷めてから食べるので二度揚げはしていないが、十分カラッと揚がっている。しっとりとして味の濃いもも肉にカレー粉の風味が負けてない。これは……マヨネーズが合うな。今度サンドイッチの具にしてみよう。
焼きあがった大量のキッシュをオーブンから出して冷ます。これはパイ生地を使うところが手間だが、オムレツよりたくさん具が入る。
熱いうちに一切れ食べる。
具はタケノコの他、ジャガイモ、タマネギ、キノコ、鶏肉だ。味付けは塩コショウとバターだけのシンプルな卵料理だが、その分具材を変えるとガラリと味わいが変わる。バリエーションを作りやすい料理だ。オーブンで焼けるのは楽だし。
朝飯はこれに『タケノコご飯』を加える。ちょうど炊きあがったので土鍋の蓋をとり、切り混ぜる。醤油とカツオ出汁のいい香りだ。
山椒の若芽――通称・木の芽を数枚、手のひらでポンッと叩いて香りを開き、ちぎって散らす。
これも当然味見する。
具はタケノコ、キノコ、ニンジンだ。訳あって油揚げは入っていない。
塩加減はまずまず。タケノコを噛めばうまみを含んだスープがにじむ。木の芽の爽やかな香りが味に立体感を持たせている。さっきのタケノコの竜田揚げには粉山椒をかけてもうまい。
ここまで来たら他のタケノコ料理も早く作りたいな。分身が欲しい。
そろそろ匂いにつられてメルセデスが降りてくる頃だ。
***
朝飯の後はタケノコ料理の続きをする。今日は定休日だし、思いつくまま作りたい。
タケノコを1cm幅で縦長に切る。フライパンにごま油をひいてタケノコを炒め、油がまわったら作り置きの鶏ガラスープ、塩、醤油、酒を加えて中火で煮詰める。この鶏ガラは青ネギ、ショウガの他にニンニクを加えて煮た特別製だ。これがごま油を使う料理によく合う。
水気が飛んだらみりんと少しのごま油を加えて炒め合わせる。
輪切りにした小指唐辛子を散らして完成。『即席メンマ』だ。いい酒のつまみになる。
本来のメンマは南方に生える別種のタケノコを使い、塩漬け発酵と天日干しをしてひと月以上かけて作るものだ。水で戻して調味すると、独特の風味ときめの細かい食感が楽しめる。うちにも水で戻す前の在庫はある。
即席はきんぴらに近いもので香りも食感も違うが、タケノコの甘みやジューシーさが強く、おつまみならこちらの方が向く。タケノコいっぱいもらったし。
「エミール君は最近、油断しすぎだと思いますっ!」
メンマを容器に入れて冷ます俺に、カウンターでコーヒーを飲んでいたメルセデスが唐突に言った。
キッシュを冷ますのに時間がかかったので今日はゆっくりだ。箸でつまんだ出来立てメンマを差し出すとパクつきながら続ける。
「迷宮は危ないし怖いところなんだよ? 怪我したり、死んじゃうかもしれないんだよ? そんなところに手ぶらで入るんて……店長はそんな子に育てた覚えはありません!」
「育てられてねぇよ!?」
説教するかボケるかどっちかにしろい。
大体手ぶらっつっても、俺が剣を持ったところで食材くらいしか切れねぇぞ?
「自分の足で行ったわけじゃないの、メルセデスも見てただろ? 」
「あの時エミール君は迷宮に惹かれてました! でなきゃ護符が迷宮の干渉を防いだはずでしたっ! 毎晩グーラちゃんたちのお話聞いて『迷宮見てみたいなー』とか『迷宮の食材欲しいなー』とか、思ってたでしょう」
「………………」
メルセデスもたまには鋭い。
先日の魔物肉のような不思議食材は、魔物の血が含まれる部分だけが該当する。それ以外の、例えば黙示録の羊のミルクや、バジリスクの卵などは、質が良いだけで不思議食材ではない。木の実や果実についても同様で、木人に生っている果実すら味の補正効果はない。
以前テルマから『六層の温泉に名物を作りたい』と言われ、『温泉饅頭』、『温泉ラムネ』、『温泉卵』の作り方を教えた。いまだに販売にはこぎつけていないようだが、砂糖や小麦粉をたまに融通している。
その時に迷宮で手に入る食材をいろいろ調べて、興味はあったのだ。実際使ってみると高級店で仕入れるようないいものばかりだった。
そういう興味が『迷宮に惹かれる』ことに当たるなら、なるほどあれは不可抗力じゃなかったってわけか。
見ればメルセデスは腕を組んでぷっくりふくれっ面だ。こんなことは初めてだが、一緒に暮らしていればケンカくらいするだろう。むしろ、にんまりふわふわしている普段の方がおかしい。
よし…………全力で誤魔化そう。
「メ、メルセデスはどうして迷宮に詳しいんだ? グーラたちとは前から知り合いだったんだろ?」
「へっ? このくらい詳しいってほどじゃ……えーと、いや……その、ほら! ご近所さんだから、ご近所付き合いだよぉ。お向かいさんとは仲良くしないとね?」
お、目が泳いでいる。これは嘘吐きの目だ。
ここは追い打ちをかけるのがマナーだろう。
「仲良くっつっても、あいつらたまにあんたのこと怖がるよな?」
「や、やだなぁ怖がられるようなことなんか、してないよぉ――」
嘘だっ、ロープで縛られたグーラは目が死んでたぞ!?
と追い打ちをかける前に戸を叩く者がいた。
「――どちらさん?」
戸を開けると、質素な服装の少年が険しい表情で息を切らせている。
これはおそらくメルセデスの客だ。
「マテオ君、だよね? どうしたの、こんなところまで?」
「メル姉ちゃん……孤児院が、わるいやつらにカツアゲされちゃうよっ!」
***
俺はあまり詳しくないが、アントレが村から街になったのはここ12年の話だ。だから王都のような街全体を囲む壁なんてない。
人が生活している領域は端から端まで3キロくらいあるらしいが、きっちり整備されているのは迷宮を中心に半径400メートル程度の範囲だ。この中は『迷宮街』と呼ばれ、迷宮が発見された時、冒険者ギルドが領主をせっついて整備させたので領主別館や冒険者ギルド、衛兵隊の本部がある。
店があるのも当然迷宮街だ。
その外側は『外区』と呼ばれ、冒険者を始めほとんどの住民はここに住んでいる。
元々村にあった建物を活かしつつ、畑を潰しながら家屋を増やしてきた。そのため元の畑の範囲ごとにつぎはぎの街が出来上がっている。
ここからは市場のおばちゃんたちに聞いた受け売りになる。
街の外周は川や堀、柵や建物そのものでなんとなく線引きされていて、冒険者と衛兵による見回りが獣や魔物から街を守っている。冒険者の比率が高いため、それでなんとかなってしまうのだ。
街には東西に門、というか検問があり、指名手配犯などがチェックされる。壁は無いが門以外から入るのは違法で、出る時はどこから出ても問題ない。
さて、そんなアントレで治安がいいのはどこか。まず迷宮街、と言いたいところだが、荒くれ者が多いためケンカ騒ぎが絶えない。一番は見回りが多く、かつ長閑な外周付近だ。門には衛兵の詰め所があるのでそのそばが最良と言われる。
反対に最もガラの悪いところと言えば、迷宮街を囲む外区との境目地帯だ。
迷宮街ほど衛兵の巡回はなく、外区と迷宮街を行き来する人と物の流れが悪事を呼び寄せやすい。故にこのドーナツ型エリアは『裏町』と呼ばれる。ちなみに市場は西の裏町にある。
それに、かつての村長の屋敷や共有倉庫などの施設が多く、迷宮発見後の混乱期によそから来た人間が安く手に入れたことも理由にあるらしい。
「そんなわけで俺は今、南東裏町の孤児院に来ています……」
「何言ってんだ、エミール兄ちゃん?」
マテオ君(10歳)の案内で薮を抜け他人様の庭を横切り、建物の隙間を抜け(メルセデスの荷物がつっかえた)。直線距離で450メートルの道のりをほぼ直線で突っ切り、窓から孤児院に招き入れられた。領主別邸の庭にも侵入したけど大丈夫だろうか。
ここは孤児院の二階、年少の子どもたちの部屋だ。
普通に通りを歩いて玄関から入った方が早かったと思うのだが、そういうお年頃なのだろう。お年頃を過ぎて久しい俺のライフはもうゼロだ。
差し入れをちびっ子たちに預け、渋面のひとつもせずに付き合えるメルセデスは何歳なのだろう。
そのメルセデスは殊更にんまりしていた。
「エミール君は人気者だねぇ」
ガキんちょたちが俺に群がっているからだ。メルセデスがあることないこと吹き込んだのだろう。
「エミール兄ちゃんだ!」
「エミール兄ちゃん肉増やしてくれよっ」
「エミール兄ちゃん明日は何作るの?」
「エミール兄ちゃんオレ、どんぐりで育った豚の生ハムをつまみにシュワシュワ泡の出るやつ飲みたい」
最後の子は将来、金かかる酒飲みになるから勉強頑張れよ。
しかしここはアントレの他の建物より格段にボロい。つまり迷宮以前からあった建物だ。
元は倉庫だろう、後付けの間仕切りや断熱工事の跡が目立つ。だが、隙間風が入らないよう厳重に補修されているし、清潔だった。
俺たちはここで窓の外をうろつくガラの悪い男たちを見下ろしていた。鍛えられた身体に着くずした服装、隠し持った武器は隠しきれていない。
冒険者ではあるまい。そんな男たちの一人が院長を訪ね、今院長室にいるのだという。
「最近この近くでああいう奴らのコウソウがあったんだ」
という事情通はソラル君(12歳)。やくざもの同士の抗争か。
「負けた奴らのアジトはぶっ壊されて、今はあちこちでケンチクがコウケイキなんだよ」
建築が好景気な。どこで覚えてくるんだろうな。
「でもね、そのせいでおっかないひといっぱい。せんせーもげんきないよ?」
涙目で訴えるのはイネスちゃん(5歳)。せんせーってのは院長先生のことだろう。
「院長先生が元気ないのは毎年のことなんだけどさ。庭の枯れ木、見えるだろ? 毎年このくらいになるとあれ見てため息つくんだよ」
「でも今年はおかしいってカーラも言ってたじゃねぇか、セリアもそう思うだろ?」
確かに前庭の隅に生えた木は花の月だというのに、花どころか葉のひとつも付けていなかった。幹や枝もうねうねといびつで、病気ではないだろうか。
しかし、そういうソラルにマテオは反論する。
話を振られたセリアちゃん(8歳)は眼鏡をかけた賢そうな女の子だった。
「裏町の古い建物ばかりが狙われてる。反抗するやくざものは潰されて、建て替え工事が始まった。これは再開発よ。この孤児院も古い建物だもの、集客性の高い商業施設に建て替えてモダンな企業体に組み込まれるんだわ。つまり地上げよ」
……この子、中に大人の人、入ってない?
ともあれセリアのおかげで事情はわかった気がする。カツアゲじゃなくて地上げだったのか。
王都と違って冬が厳しいこの街の建物は木造で、その分変化が早いのだ。街の拡大に伴う古い建物の建て替え、そこにガラの悪い連中が噛んでるのだろう。
「大変よ、メル姉さん! 院長先生とトマが武器持った男に連れていかれたわ!」
「カーラ、お前どこにいたんだよ!」
「うるさいわね、男は黙ってなさいよ! それどころじゃないのよ!」
年少部屋に飛び込んできたのは年長のカーラ(12歳)。メル姉さんってのはメルセデスのことらしい。男嫌いなんだろうか、マテオに蹴りを入れながらメルセデスの胸に顔をうずめている。
「あの男、絶対何人か殺ってるわよ……」
カーラは怪しい男の訪問を警戒し、年長の仕事を抜け出して院長室の前を見張っていたそうだ。
決してサボっていたわけでも、盗み聞きをしていたわけでもない……!
だが残念ながら中の話は聞き取れず、むしろ院長に見つかってトマ(14歳)を呼んでくるよう言われた。
呼んで戻ると男と院長、それにトマは連れだって出ていくので、メルセデスに知らせるためここへ来たというわけだ。
「そりゃ穏やかじゃねぇな」
聞き捨てならない話に慌てて窓の外を見れば、表に停まっていた馬車が走り出した。御者をする若い男の強面がちらりと見える。
どうする? とメルセデスを見ると、いつになく思案気な顔で言った。
「エミール君、追いかけよう!」
常に味見になってしまうのでエミールは食レポが下手です。
お酒の名前に地名はなんか許せるのですが、子どもだったので。