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カレーライス(1)

 昔食べた料理を再現してほしいと、迷宮地下二層階層主・キノミヤによって迷宮へ連れていかれた俺。その料理は『カレーライス』だろうことを突き止めた。

 それを作るためスパイスや食材を山ほどもらって、なぜかキノミヤをおぶって店に帰る。

 視界が途切れた次の瞬間、『居酒屋 迷い猫』――見慣れた店の中にいた。巨大な葉っぱに包まれての《転移》。行きも同じだったらしいが意識を失ったので覚えていない。


「エミールくーんっ! 心配したよぉっ!」

「ふぐぅっ!?」


 メルセデス の飛びつき 攻撃!

 俺 に大ダメージ を与えた!


「怪我してない? 魔物に追いかけられなかった? いじめられなかった?」


 怪我なら今したな! 骨がきしむ……メルセデスはこう見えてかなり力持ちだ。

 その腕力で胸に埋められると、


「ふがっ、離せっ、息が出来ねぇだろ!?」


 目の前の川を渡りそうになったわ!

 そんなに心配されるほど長く留守にしただろうか。


 窓の外は暗く、時計を見ると2時、遅い日でもぼちぼち店を閉める時間だ。店を出たのが夜11時くらいだから3時間ほどいたのだろう。


「心配かけたな、何もされてねぇよ。キノミヤって階層主にカレー作ってくれって頼まれただけ」


 俺は抱き着かれた勢いで散らばった荷物を拾い集めた。

 あれ、キノミヤどこ行った?


「………………」


 テーブル席の陰で俺が見つけたのは、放り出されてのびてるキノミヤ、それとロープで縛られ目が死んでいる幼女――グーラだった。


「つ、通報……通報は……どこにすれば……!?」


「怪我がなくて安心したよぉ。あ、それはエミール君に危害を加えないよう捕まえた人質だから、大丈夫だよ? あれ、エミール君――どうひへほっへはほふえふえ」


 メルセデスのほっぺたをつまんで伸ばし、ふえふえ言わせた。

 「人質だから大丈夫」って言葉の組み合わせ、脳が震える怖さだな。


「全然大丈夫じゃねぇだろ。心配かけて悪かったけど、これはやりすぎだ……!」


 俺はメルセデスのよく伸びるほっぺたを解放すると、魂が抜けたように生気の失せたグーラの縄を、そっとほどいた。


  ***


「「くぴー……」」


「…………まだいたのか」


 翌朝。目が覚めるとグーラとキノミヤ、二人の幼女が俺のベッドに入り込んでいた。

 昨夜は二人ともイスを並べて寝かせた上で店を閉めた。グーラは眠っていたわけじゃないから、一休みしたらキノミヤ連れて転移で帰るだろうと思ったのだ。

 寒かったのだろうが、事案を作らないでもらいたい。


「通報されてしまう……」


 いやまじで。

 朝まで寝るなら店長の部屋か空き部屋に入れたのに、悪いことしたな……。

 まぁ、悪いのは俺を攫ったキノミヤと、グーラを縛ったメルセデスだけどな!


 俺は起こさないようにベッドを抜け出して、二人に毛布をかけ直す。

 まだ寝足りないが店に降りて仕込みをするか。今日は寝坊したけど迷宮産の野菜もあるし、仕入れは休むことにする。

 俺は枕元の護符(タリスマン)を首から提げた。店の迷宮化自体は無害とはいえ、強力な『人ならざるもの』に近付けば(今ベッドにいた)、何かしら状態異常をもらうそうだ。店長にもらったこれはそれを防ぐものらしい。


 店に降りたら顔を洗って、持ってきた調理服に着替える。フライヤーの油を温めつつ、食材を準備した。

 まず孤児院への差し入れ兼、朝食を作ろう。


 パンに温めて柔らかくしたバターを塗り、レタスを乗せる。そこに作り置きのゆで鶏をスライスして乗せマヨネーズを塗る。

 さらにキュウリをスライスして塩もみしたら水を切って乗せる。

 マスタード、マヨネーズ、ハチミツを混ぜたソースを作り、もう一枚のパンに塗ってそれを重ねる。ここでもう一種類、キュウリとソースの代わりにスライスしたトマトとチーズを挟んだものも作る。


 板に挟んで軽く押し、馴染ませたら二つに切って完成。二種類の『ゆで鶏サンド』だ。


 あとは油が温まってきたので、大量にから揚げを揚げて21食分の調理完了だ。コストと手間の問題でから揚げばかりだけど、今度コロッケとか鶏天も作ってみよう。カレーコロッケもいいな。

 仕入れの都合で魚介類をあまり持たせられないが、いい方法ないだろうか。アジフライとかエビフライとか。あ、イカリングも。


 一息つくと、グーラとキノミヤがカウンターの向こうから厨房をのぞき込んでいた。グーラはメルセデスによる監禁の恐怖から回復したようでなによりだが、帰らなくていいのか?

 そのグーラはバツが悪そうに言う。


「エミールよ、昨夜はすまなかったのぅ……店を迷宮化した時に注意しておくべきであった。これもわれの不心得、許せとは言わぬ」


「ごめんなさいなの」


 迷宮主、というか神様に頭を下げられてしまった。

 確かにキノミヤはそこんとこ、教えてやらないとやらかしそうではある。

 俺としては少々寝不足なくらいで、貴重な迷宮体験できたし、いい食材と上質なカレースパイスも手に入ったし。


「まぁ、店長があんなに心配するとは思わなかったけどな」


「「……!」」


「ふぁぁあ。朝、声が聞こえるって新鮮……おはよぉ、みんなー」


「「!!」」


 まだ眠そうなメルセデスも起きてきた。

 震えてらっしゃる。迷宮主と階層主が涙目で震えて、俺の後ろに隠れてらっしゃる。

 二階の踊り場にいるメルセデスからは見えてるわけだけど。


「エミール君も無事帰ってきたことだし、二人とも朝ご飯、食べていきなさいな♪」


 俺もそのつもりで人数分作ったし。


「そういうわけだ。余りもので作った簡単な朝飯だけど、そこのテーブル席にでも座っててくれ。メルセデスは服着ろ、下着姿で降りてくんな」


  ***


 朝食にはさっきのゆで鶏サンドに少し手を加える。

 切らずに残しておいた二種類2セットずつ、バターを溶かしたフライパンで焼き、時々フライ返しで押して両面に焼き目を付ける。

 対角線で切れば『ゆで鶏ホットサンド』の完成だ。専用の器具は売ってるけど、うちはカフェじゃないからな。

 から揚げ、ゆで卵、適当な生野菜とマヨネーズ、もらってきた黙示録ミルクを一緒に出す。


「喫茶店なら『モーニング』ってところだな、うちは居酒屋だけど。さぁ食ってくれ」


「いただきまぁす、今日はホットサンドだぁ。端っこカリカリしておいひー。あれ、このミルク、黙示録の羊?」


「おう、キノミヤにもらった。他にもいろいろあるから、今晩はカレーライス作るぞ」


「わーい、カレー大好きぃ!」


「この鶏ぷりっぷりだのぅ、溶けたチーズと合わさって朝からなんと贅沢な」


「マスタードソースの方もおいしいの」


 各々、朝食を楽しんでいるようでなによりだ。

 昨日の朝、ブイヨンを作りだめして大量にゆで鶏ができたので、その消費のために作った。ブイヨンが冷めるまで鍋に入れていた肉なので、ジューシーでうまい。


  ***


 店長はいつも通り孤児院へ向かった。キノミヤはグーラに正座で説教を受けている。

 その間に俺は今晩のカレーに取り掛かる。まずカレールーだ。


 キノミヤ特製スパイスミックスをフライパンで弱火にかけ、炒る。

 詳しい配合は俺も知らないが、味を見た限りターメリック・クミン・コリアンダー・唐辛子・胡椒は確実に入っている。他にはナツメグ・クローブ・シナモンの香りがある。それ以外も入ってるかもしれないが、俺にはわからなかった。

 スパイスの香りが開いたら火を止める。


 鍋にバターを入れ弱火で溶かしたら、等量の小麦粉を加え焦がさないようにトロトロになるまで混ぜる。

 炒ったスパイス、それに細かく砕いた乾燥ナッツを鍋に投入し弱火で混ぜる。混ざりきってへらが重くなったら、森のはちみつを加えさらに混ぜる。

 これでルーは完成だ。1回に使う分ずつ型に流し保温庫で冷やして寝かせる。1日置いた方がスパイスが馴染んでうまいのだが、今日の分はそのままですぐ使うことにする。


 今日のカレーはチキンカレーだ。鶏むね肉を肉の繊維方向に沿って親指くらいのサイズに切る。塩を振りフライパンで焼き色が付くまで焼く。


 大量の迷宮産たまねぎ、湯むきしたトマト、ニンジン、ナス、セロリを気合でみじん切りする。セロリは少しでよい。同じく少しのリンゴとニンニク、ショウガをすりおろす。

 それらを油を引いた鍋で焦がさないように炒めながら塩を加える。


 俺はこの時の匂いが大好きだ。肉じゃがや豚汁もそうだが、具材を炒め合わせる匂いは実にうまそうで、期待感を高める。


「うまそうな匂いだのぅ」

「おなか空いたの」


 グーラとキノミヤも説教を忘れて、カウンターからこちらをのぞき込んでいた。これを食べてもうまくないだろうけど、焼く前のクッキー生地だってうまそうな甘い匂いするしな。


 水気が飛んでしんなりしたらヨーグルトと焼いた鶏肉を加え混ぜる。

 そこへ昨日作ったブイヨンを加えて煮込み開始だ。


  ***


 帰ってきた店長と洗い物などしながら弱火で1時間、時々混ぜながら煮込み、火を止める。まだ固まってなかったルーを加え、もうひと煮立ちさせてから塩で調味して、ひとまず完成だ。


 ここにいても仕事ができるらしいキノミヤはともかく、グーラもまだいた。いつも一番早く飲みに来るし、暇なんだろうか。


「おいしそうだねぇ」

「うまそうだのぅ」

「グラグラトロトロ……この匂いなの」


「おい、よだれ。でも出来立てっていまいちなんだよなぁ、今回ルーも馴染んでないし」


 と言いつつ味見皿を三人に渡した。まぁ食えばわかるだろう。

 ちゅるっと一口で無くなる量だ。


「おいしい……けど喉にくる辛さだねぇ」

「うむ、だが腹の減る味だの……もっと食いたい」

「ぽかぽかするの。調合は成功したの」


「ルーカレーは時間をおくと、まろやかになってうまいんだよ。スパイスの角が取れた方が、不思議と香りに奥行きが出るしな。晩にはもっとうまくなってるぜ」


「なんと、これよりうまくなるのか……」


 三人そろってゴクリと喉を鳴らした。


次回「カレーライス」実食。

ゆで鶏サンドはサラダチキンでも作れます。


バーや居酒屋でもカレーを出すところが増えているそうです。

皆さんの馴染みのお店でもお願いすると作ってくれるかもしれませんよ!


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