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ビュッフェ

 ここの使用人たちは普段通いで、夕食と朝食は弟嫁が作っているそうだ。蒸留中は一人だけ泊まり込むというので、その人の分も含めて人数分の夕食と夜食を作ろう。



「何作るの、エミール君?」


「そうだなぁ、まず夜食だ。のり弁とか――」


「のり弁!」


「――サンドイッチでもいいけど、温かいものの方が休まるだろう。自分で温めて食える、なんなら蒸留所のかまどでも用意できるものにするか」



 蒸留器のかまどのことではない。

 蒸留所の外にはかまどがあって、ジャケットのお湯が減ったら沸かして補充するのだ。


 まずご飯があったのでさっと洗い水を切る。

 キノコと刻んだベーコン・玉ねぎ・ニンニクを炒める。一食分ずつに分けて洗ったご飯を加え、チーズと塩胡椒を振りかける。


 ピッチャーに牛乳を加えたブイヨンを用意しておく。

 休憩に入った人はご飯にブイヨンを入れて、ひと煮立ちさせればできたての『チーズリゾット』を食べられる。

 本来は生米を炒めてからブイヨンで炊きあげる料理だけど、こういうお茶漬けみたいな作り方でもいい。



「おいしそう! お酒造りにピッタリだね」


「人数分あるから夜に腹減ったら俺たちも食おうぜ」



 隊長親子は何度も酒を味見するから胃腸が疲れてくるはずだ。温かい乳製品は腹に入りやすいだろう。



「しかし明後日までか。酒の蒸留ってのは時間かかるんだな?」


「普通あの量ならそんなにかからないよ。直火を使ったり、冷却器の排熱を次のバッチの予熱に利用したり、もっと効率よくやるし」



 湯煎式蒸留はだと直接の熱源はお湯だから、100℃を超えられない。その分蒸留は遅いだろうし、お湯を沸かすこと自体にも時間がかかる。

 料理だとあまり使わないやり方だ。火は通るけど焦げ目は付かない温度だからなぁ。



「ゆっくりやると、なんかいいことあるのか?」


「もろみの香りをお酒に封じ込めるつもりなんだよ。あのもろみ、すごい香りだったわりに蒸留所はそれほどでもなかったよね」



 あれで、それほどでもないのか。


 夕食は『ホオズキ流 ナポリタン』、トマトと腸詰めのソテースパゲッティにするか。多少冷めてもいけるし。

 スライスしたペーコン・腸詰め・玉ねぎ・ピーマン・にんにくをフライパンで炒めて塩胡椒を振ったら一度皿に空ける。麺をゆでつつ、今度はトマトケチャップを入れて弱火で煮詰める。



「じゃあ逆にさ、よその蒸留所はどうして湯煎しなくてもいいんだ?」


「今の蒸留酒は樽熟成で香りを付けるものが多いからね。あまり几帳面に蒸留しても熟成中に香りが変わっちゃう。でもここのお酒は樽熟成しないの。だから蒸留でお酒に残す香りがすべてなんだねぇ。伝統あるのに勝負してるよぉ」



 そういや無色透明って言ってたな。茶色いブランデーよりグラッパに近い訳か。

 他に湯煎式だと「直火より温度のムラが少ない」、「過熱してもろみが吹き出す心配もない」ってメリットもあるそうだ。


 ケチャップが底に張り付くようになってきたら一度火を止め、フライパンに炒めた具材を戻して強火でよく混ぜ合わせる。

 メルセデスの顔が近かったので味見をさせた。


 ゆであがった麺をフライパンに投入したらバターを加え、胡椒を振る。麺にソースを満遍なく絡めて完成。パセリを振りかけ、タバスコと粉チーズを添える。


 ブイヨンに適当な野菜とベーコンを放り込んで塩気多めのスープも作った。蒸留器の前は暑いからな。


 これにオーブンで焼いておいたラムチョップとマッシュポテト、パンを付ければ足りるだろう。早めの夕食だけどコンタン卿が普段どんなものを食べてるか分からないから、ちょっと豪勢だ。


 本日泊まり込みの使用人が夕食を蒸留所に持って行った。

 俺たちは……わざわざ食堂使うまでもないから、厨房で済ませよう。




   ***




「寝坊したか……?」


「昨日はいろいろあったから、疲れてたんだね」



 メルセデスの気配で目を覚ましたら、もう午前6時を過ぎていた。昨晩は早かったのに、こんなに寝たのは久しぶりだ。


 昨日は王宮に忍び込んだり、ポワールを観光したり、蒸留所を見学したり、人ん家で料理作ったりしたもんな……疲れたのは王宮の件一択だろう。


 ベッドに上がってきたメルセデスを抱きしめると、頭を撫でられる。メルセデスからは梨の香りがした。

 俺たちは夫婦で客間をひとつ借りていて、代官の言う『夫婦一緒の寝室』というやつだ。



「もうちょっとエミール君の寝顔、見ていたかったなぁ」


「あんまし見ること無いもんな」


「エミール君て眠り浅いよね?」



 日頃空いた時間に仮眠を取る生活のせいか、すぐに目が覚めるタイプだ。その割にぐっすり眠れたのは二人一緒だったからだろうか。メルセデスの横は不思議と安心できた。

 こいつに起こされたのは、『迷宮・メルセデス』を出た時以来だ。一緒に寝起きするってのは相手の寝相やら寝起きも知ることになるんだろう。


 もう少しメルセデスの柔らかさに触れていたいが、そろそろ朝飯を作ろう。


 って……あれ、隊長たちは寝てないけど朝飯でいいのか?

 昨夜は夕飯と夜食のつもりで作ったが、そもそも決まった時間に食える訳じゃないしな。



「冒険者の頃ね。野営の時は交代で見張りするんだけど、つまめるものをちょこちょこ食べる方が身体は楽だったよ」


「ビュッフェみたいに量と種類を揃えて、いつでもつまめるようにするか」


「休憩の楽しみが増えるよぉ、きっと!」



 アイテムバッグに下拵え済みの食材が入っているから、手早くいこう。店の保温器が欲しくなるなぁ。


 厨房でちょうどいい耐熱容器を見つけたので、鶏モモに熱湯をかけて臭み抜きをする。

 出汁をしょうゆと塩で調味し、しっかり溶いた卵を混ぜる。

 耐熱容器、というか蓋付きの湯呑みに鶏モモ・かまぼこ・栗の甘露煮・キノコ・三つ葉を入れ、卵液を注ぐ。

 浅くお湯を沸かした鍋に、ふたをした湯呑みを並べたら鍋の蓋を閉めて強火で数分。蒸気が出てきたら鍋の蓋に箸一本挟み、弱火で蒸す。30分くらいで『茶碗蒸し』ができる。蒸し器が無いから鍋で代用した。


 次に鮭の西京漬けをオリーブオイルでポワレして、一口大に切っておく。ただ焼くより皮のパリッとした食感が長持ちするし、こっちの方が食べ応えがある。お茶漬けに乗せてもいい。出汁をポットに入れて海苔も刻んでおこう。


 鯖は竜田揚げにする。魔道具のフライヤーじゃないがなんとかなりそうだ。

 せっかく油を温めたので、カレー粉をまぶした鯖にパン粉を付けてカレーフライも作った。


 そして冷めてもうまいと言えば鶏のから揚げだ。

 下拵え済みのから揚げを持ち歩いてるのはシュールかもしれないが、メルセデスが突然食いたがるから仕方ない。多めに揚げておこう。


 しょうゆ・みりん・酒を煮きり、そこに殻をむいた半熟ゆで卵を漬ける。器をメルセデスに作ってもらった氷で冷やしておけば、そのうち『味玉』になる。


 だし巻き玉子も必要だな。

 水筒に合わせ出汁を入れて持ち歩いている俺はなんなんだろう?

 きれいに巻くコツは一周の長さを意識して、卵液を少しずつ足して何度も巻くことだ。こうしないと中がスカスカになる。

 これも器を氷で冷やしておこう。


 次に鶏ムネ肉をミンチにして、みじん切りにした玉ねぎ、キノコ、れんこんと混ぜて一口大に成形する。

 鶏団子だ。半分は適当な野菜と一緒にスープにして、残りはフライパンで焼いた。


 焼いたのにかけるタレも作っておこう。

 みじん切りの長ネギにおろししょうがを加え、しょうゆ・砂糖・酢・ごま油を入れて軽く煮きる。

 これはから揚げにかけてもうまい。


 小鉢は『ほうれん草とベーコンのバター炒め』、『水菜とキノコの和え物』、『ポテトサラダ』に腸詰めをボイルしておけばいいか。ポテサラはいつ作ったのか、アイテムバッグに入っていた。そろそろアイテムバッグの整理が必要だ。


 最後にオーブンを開けると牛モモ肉と一緒にトマトやブロッコリーも焼き上がっていた。しっかり目に火を通した『適当ローストビーフ』だ。肉足りない人向け。それにご飯とパンを付ける。

 果物は果樹園から調達するだろうから付けなかった。



「こんなもんか」



 急いだから西部らしい料理は無いけど、腹ペコにはゴキゲンなはずだ。


 あとは場所だが、蒸留所に置いとく訳にも行かないので食堂に並べた。そろそろ来るだろう弟嫁エミリーさんというに伝えておけばいい。

 手が離せないなら適当に盛り付けてデリバリーするし。



「このタレ、油淋鶏のタレだよね。焼いた鶏団子にすごく合うよ!」


「モサモサ感消えるからな。今日は馬車借りて、また街に出てみるか」


「昨日はあまり見て回れなかったもんねぇ」



 お先に即席ビュッフェを食べながら今日の計画を練っていると、食堂のドアが開く。振り返ると、そこにいたのはエミリーさん、ではなく血相を変えた隊長だった。



「メルセデス殿、エミール君……力を借りたい」


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