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領都ポワール

「久しぶりだよぉ、西部領」


「メルセデスは来たことあったのか。こっちはまだ暑いな、北部の領都に比べて随分と賑やかだ」



 領都ポワールは川沿いにできた街だ。水運が港町から王都までの物流を古くから担ってきた。活気のある荷捌き場を離れるにつれ、白壁の小さな家が増える。

 家は住宅と店舗が混在していて、どこも軒先をお洒落に飾っているから区別がつかない。通り掛かる買い物客と住民が混じり合って雑踏を作っていた。

 それを当て込んだ屋台が家々の隙間を埋めるように並び、さらにそれを目当てに客が集まっている。いい街だな。



「ってか無事に着いたな……」


「即席でも案外いけるもんだねぇ」



 王宮から転移した俺たちはポワール近くの森、その出口付近に出たのだ。

 そうか、即席で出たとこ勝負だったかぁ。



「でも楽しかったでしょ、冒険みたいで?」


「確かに……やっぱ、わざと王宮に飛ばしたのか?」


「ソンナコトナイヨー」


「……」



 あれは嘘つきの目だ。あと口笛吹けてないぞ。

 メルセデスって口笛吹けないんだな。


 さて宿を決めて、その後はオドヴィの情報収集といくか――



「このピザおいひいよ。次は何食べようか、エミール君!」


「……もう昼か。確かに腹減ったな」



 メルセデスはチーズとバジルとサラミの乗ったシンプルなピザをもぐもぐしていた。この土地ではたいていの料理をトマト・ニンニク・オリーブオイルで味付けする。なのに食べ飽きないのは洗練されているからだ。

 あと使い方が上手なのか、小麦がうまい。ピザとパスタは西部領が本場だ。


 目に入る他の屋台はランプレドット(ギアラのトマト煮込み)とトリッパ(ハチノスのトマト煮込み)、それにライスコロッケ。北部でも作る料理だが、どれもこの土地が発祥だ。

 食後にジェラートとコーヒーの店もあって、至れり尽くせりじゃねぇか。



「このグラッパもいい香り! あ、このワイン。おいしいのに西部領でしか買えないやつ」


「幻の酒はいいのか……?」


「いいのいいの。ハネムーンなんだから、観光しながらのんびりやろうよぉ。あ、このお酒。瓶のガラス細工がかわいい」


「それもそうだな。メルセデスが前に来た時は冒険者の依頼だったのか?」



 俺もピスタチオのジェラートを買い、食べながら散策を続ける。

 メルセデスは仔羊の大腸を炭火で焼いた大きな串焼きをパクついていた。強い酒飲んだ後によく入るな。


 グラッパはワイン作りで出たブドウの絞りかすを蒸留したもの、粕取焼酎と同じ発想の酒だ。

 樽熟成をせずブドウの香りを楽しむ、フルーツブランデーの一種とも言える。



「あれはねぇ、海底にある神殿型の迷宮を探索しに来たの。貿易港じゃないけど、ここからずっと西の港町だったよ」


「あー……ロマンが言ってたな。『海底神殿をさらに海底深く沈めた』とか」


「えへへ……迷宮は壊してないんだけど、地盤がね……」


「アントレ迷宮ではやるなよ、絶対」


「わざとじゃないんだよぉっ! あれで西部の冒険者ギルドには顔見せづらくなっちゃったし」



 有用な迷宮を探索不能にした犯人だもんなぁ。ほんとにアントレでやるなよ、フリじゃねぇぞ?

 しかし冒険者ギルド出禁は困ったな。



「ギルドでオドヴィについて情報を聞けないかと思ったんだけどな」


「それでギルド会館に入ると、西部の三つ星冒険者に絡まれたりして?」


「そうそう。で、床にめり込んだそいつらに俺がポーションかけるんだ」


「フェアリーリングで来たから盗賊にも遭わなかったしねぇ」


「盗賊のアジトを壊滅させてギルドで目立つ流れが熱いと思うぜ」


「もぉ、エミール君ったら冒険小説の読み過ぎだよぉ」


「へ?」


「まず西部領に三つ星以上の冒険者はいないよ」


「そうなのか?」


「魔物も迷宮も少なくて、代わりに普通のお仕事がたくさんあるからね。王都までの街道は領兵と騎士が巡回してて盗賊も出ないよぉ。盗賊しなくてもお仕事あるしね」


「平和かよ」


「平和だよぉ。貴族の黒い噂も聞かないし」



 その平和な西部で迷宮を沈めたのはメルセデスだけどな。



「……やっぱ俺、冒険に縁がねぇな。事件に巻き込まれて、いつの間にかお宝が手に入ってる展開とか来そうにねぇわ」


「冒険パートは王宮で終わりだったねぇ。まぁお酒のことならバーか酒屋さんに聞くのが一番だよ」


「じゃあ早速そこの酒屋で――」



 と、ちょうど目に入った酒屋を指差すと、中から男性客が出てきた。こいつどっかで見たような――



「――メルセデス殿とエミール君じゃないか……?」


「「衛兵隊長!?」」



 ただのびっくり顔なのに苦み走ったイケオジに見える男は、アントレの衛兵隊長だった。武装はなく農夫のような格好だ。

 隊長は西の出身だし休暇中とは聞いてたけど、すげぇ偶然だな。


 隊長といえば幻の酒を買ってきた張本人。この辺で手に入る店を教えてくれるだろう。もしかするとそこの酒屋かもしれない。



「――というわけなんだ。手に入る店を教えてくれねぇか」


「そうか、新婚旅行であの酒を……実は私の実家の商品なんだ」


「お酒造り!」


「まじかよ、そりゃ話が早いじゃねぇか。ひょっとして酒屋から出てきたのは納品の帰りか?」


「今年はまだ出荷していないが……当家の在庫でよければ分けよう」



 偶然ついでに目的へたどり着いてしまった。どうして誰も知らなかったんだろう。


 在庫を分けてもらいに行くついでに蒸留を見学させてもらい、さらに宿まで貸してもらえることになった。

 隊長の馬車に乗り、街を離れることしばし。周囲に隣家らしき家も見当たらない。完全に農地か原野だ。


  葡萄の房の紋章が付いたゲートを潜ると、農園、というか果樹園だった。ここは古い酒造家で、自前の果樹園で育てた果実を醸し、蒸留して瓶詰めまで行ってきたそうだ。

 子どもの頃から剣術ばかり頑張っていた隊長は家を出ており、跡を継いだのは弟だった。


 隊長は使用人に馬車を任せ、梨や桃の木に囲まれた大きな屋敷に案内してくれる。

 重厚なドアが開いてひげを蓄えた老人が出てきた。



「客人か、マルタン」



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